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続編2 手放してしまった公爵令息はもう一度恋をする
52話 お墓参り
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せっかく異世界から来てくれた巫子達とシルヴィアだったが、彼女らの和気あいあいとした雰囲気にはどうにも馴染めず、僕はテオだけを伴って墓地に来ていた。
行動を共にしようとせず、単独行動をする僕に、シルヴィアも巫子達も最初は酷く残念がっていたが、テオがやんわりと言ってくれた様だ。
僕は手に花を携え、実の両親の墓前へとやって来た。
静寂な空気の中、風だけがさわさわと音を靡かせている。
此処なら、混乱した頭も心も、落ち着けられるだろう。
それに、此処へはしばらく来ていなかった。
可愛がって下さっている叔父様と叔母様の手前、実の両親の眠る場所へ一人で来るのはどうにも憚られたからだ。
けれど今となっては、それは無駄な遠慮だったのかもしれない。
行動を共にしたがらない僕に巫子達とシルヴィアはきっと不満があるだろうが、両親の墓へ行ってくると叔父と叔母に口にすると、二人は嫌な素振りなど見せる事無く、むしろ喜んで勧めてくれた。
きっと二人も喜ぶよ、と言って。
未だに思い出せない所為で、事情を聞いてはいても、義父様、義母様とは言えずに、叔父様、叔母様、としか言わない僕に、それでも二人はそれでいいよと言ってくれる。
そんなお二人だからこそ、僕が実の両親のお墓参りをしたいと言っても、快く送り出してくれた。
そうしてやって来た訳だったが、誰も居ない筈の静かな霊園に、佇む人影が見える。
僕と同じ様な銀色の髪を長く伸ばし、後ろで束ねている。
風に吹かれて、束ねた髪がサラサラと舞っているが、そんな後姿だけで美しいなと思えた。
誰?と首を傾げる僕の後ろから身を乗り出したのは、テオだった。
「……ヴァルトシュタイン侯爵!遅いじゃないですかっ」
「!…テオドール、すまない。入れ違いになってしまっていた様だ。」
「入れ違い?」
「あぁ。手紙をもらってすぐ準備して、急いでアデリートへと向かったんだが、聞いていた第5王子の新居に行ったものの、王子もお前達も居らず、フルールのリアーヌにコンタクトを取ったんだが。そうしたら、シリルは目覚めたが記憶喪失になってしまい、エウリルスの実家へ帰ってしまったと聞き、此処まで来たんだ。シリルに会う前に、アナトリア達に子供達の事をきちんと謝っておきたくて。まさか此処で再会出来るとは。……シリル、久しぶりだな。具合はどうだ?」
テオに怒られ恐縮している壮年の麗人は、僕の姿をその淡い紫の瞳で捉えると、とても心配そうな顔で尋ねてくれたけれど。
「……侯爵様?すみません、記憶を失いまして、貴方の事を存じ上げません。」
「そうか……。仕方ないのだから、気にする事は無い。大変だったな。」
「いえ…。」
両親の墓に侯爵が供えた隣に僕も持参した花を供え、それから近くの木陰に腰を下ろし、侯爵の口から事の顛末を聞いた。
両親…とりわけ母アナトリアとの関係、魔力を譲渡した事による不都合とシルヴィアや僕との因縁に、その為の介入。
やがて、僕が受け継いだ魔力を返した事で互いの因縁は新たな関係へと変わり、今では手紙でやり取りし合う様になったのだと。
「僕がアデリートで読んだ“ヒブリスおじさん”からの手紙って、貴方の事だったんですね。」
「あぁ。今では私をそう呼んで、時折手紙をくれる様になったんだ。」
「それは良かったですね。」
「………話を聞いてどう思った?今のお前からしたら、とても許せるものじゃないだろう。お前の人生を滅茶苦茶にしてしまったのだから。復讐が望みなら、受け入れるつもりだ。」
苦しげだが、真摯に向き合ってくれる。
今の僕のこの極度に他者と関わろうとしないのは、己がシルヴィアを苦しめ、その記憶に苛まれているからだろう?とも問われて。
僕は黙って首を横に振った。
「確かに僕はある日を境にシルヴィアの記憶を自覚して、前世の自分の事と捉えていましたが、それは貴方の所為ではなく、シルヴィアの自分を忘れないで欲しいという願いの為でしょう?上手く記憶を引き継げなかったのは僕とシルヴィアの問題であって、貴方が直接の原因では無いと思います。今まで知らなかったくらいだし。」
「しかし。」
「僕も初めはね、シルヴィアの事…夢か何かかと思っていたんです。幼い頃はまだ、朧げだったし。ただ、周りと関係を絶とうとした原因は、他にあるんです。……ジルベールと関わって、それからかな。」
独白の様に言葉を零す僕に、後ろのテオが反応した。
「ジルベール!目を覚まされた時、サフィルにも言ってましたよね?……そう言えば思い出したんですが、俺が貴方にお仕えして直ぐの頃です、ルーファス様がその名を聞いて珍しく酷くお怒りになっていらっしゃいました。俺が来た頃には既に居ないと伺いましたが。……一体何があったんですか。」
「そうか、テオにも話して無かったんだ。……当然か。」
「シリル……?」
テオと侯爵両方に心配されて。
記憶の無い今の僕は、こんなにも人に心配してもらって。
そんな資格、無いのに。
「記憶を失う前の僕は、話さなかったんだね?なら、今の僕が勝手に明かす訳にはいかないよ。」
「でもっ」
「僕の記憶喪失の件とは関係ないでしょう?ならいいじゃない。過ぎた事だよ。……それより、侯爵は僕なんかより秀でた魔術の使い手なんですよね?なら、どうすれば僕のこの状態を治す事が出来るのか分かりますか?」
無理矢理話を逸らした僕は、しかし、一番テオが望んでいる筈の事を尋ねてみる。
侯爵はハッとなってテオと視線を交わした後、再度僕の方を見た。
「それならまず、記憶を失う前後の状況を教えてくれないか?」
行動を共にしようとせず、単独行動をする僕に、シルヴィアも巫子達も最初は酷く残念がっていたが、テオがやんわりと言ってくれた様だ。
僕は手に花を携え、実の両親の墓前へとやって来た。
静寂な空気の中、風だけがさわさわと音を靡かせている。
此処なら、混乱した頭も心も、落ち着けられるだろう。
それに、此処へはしばらく来ていなかった。
可愛がって下さっている叔父様と叔母様の手前、実の両親の眠る場所へ一人で来るのはどうにも憚られたからだ。
けれど今となっては、それは無駄な遠慮だったのかもしれない。
行動を共にしたがらない僕に巫子達とシルヴィアはきっと不満があるだろうが、両親の墓へ行ってくると叔父と叔母に口にすると、二人は嫌な素振りなど見せる事無く、むしろ喜んで勧めてくれた。
きっと二人も喜ぶよ、と言って。
未だに思い出せない所為で、事情を聞いてはいても、義父様、義母様とは言えずに、叔父様、叔母様、としか言わない僕に、それでも二人はそれでいいよと言ってくれる。
そんなお二人だからこそ、僕が実の両親のお墓参りをしたいと言っても、快く送り出してくれた。
そうしてやって来た訳だったが、誰も居ない筈の静かな霊園に、佇む人影が見える。
僕と同じ様な銀色の髪を長く伸ばし、後ろで束ねている。
風に吹かれて、束ねた髪がサラサラと舞っているが、そんな後姿だけで美しいなと思えた。
誰?と首を傾げる僕の後ろから身を乗り出したのは、テオだった。
「……ヴァルトシュタイン侯爵!遅いじゃないですかっ」
「!…テオドール、すまない。入れ違いになってしまっていた様だ。」
「入れ違い?」
「あぁ。手紙をもらってすぐ準備して、急いでアデリートへと向かったんだが、聞いていた第5王子の新居に行ったものの、王子もお前達も居らず、フルールのリアーヌにコンタクトを取ったんだが。そうしたら、シリルは目覚めたが記憶喪失になってしまい、エウリルスの実家へ帰ってしまったと聞き、此処まで来たんだ。シリルに会う前に、アナトリア達に子供達の事をきちんと謝っておきたくて。まさか此処で再会出来るとは。……シリル、久しぶりだな。具合はどうだ?」
テオに怒られ恐縮している壮年の麗人は、僕の姿をその淡い紫の瞳で捉えると、とても心配そうな顔で尋ねてくれたけれど。
「……侯爵様?すみません、記憶を失いまして、貴方の事を存じ上げません。」
「そうか……。仕方ないのだから、気にする事は無い。大変だったな。」
「いえ…。」
両親の墓に侯爵が供えた隣に僕も持参した花を供え、それから近くの木陰に腰を下ろし、侯爵の口から事の顛末を聞いた。
両親…とりわけ母アナトリアとの関係、魔力を譲渡した事による不都合とシルヴィアや僕との因縁に、その為の介入。
やがて、僕が受け継いだ魔力を返した事で互いの因縁は新たな関係へと変わり、今では手紙でやり取りし合う様になったのだと。
「僕がアデリートで読んだ“ヒブリスおじさん”からの手紙って、貴方の事だったんですね。」
「あぁ。今では私をそう呼んで、時折手紙をくれる様になったんだ。」
「それは良かったですね。」
「………話を聞いてどう思った?今のお前からしたら、とても許せるものじゃないだろう。お前の人生を滅茶苦茶にしてしまったのだから。復讐が望みなら、受け入れるつもりだ。」
苦しげだが、真摯に向き合ってくれる。
今の僕のこの極度に他者と関わろうとしないのは、己がシルヴィアを苦しめ、その記憶に苛まれているからだろう?とも問われて。
僕は黙って首を横に振った。
「確かに僕はある日を境にシルヴィアの記憶を自覚して、前世の自分の事と捉えていましたが、それは貴方の所為ではなく、シルヴィアの自分を忘れないで欲しいという願いの為でしょう?上手く記憶を引き継げなかったのは僕とシルヴィアの問題であって、貴方が直接の原因では無いと思います。今まで知らなかったくらいだし。」
「しかし。」
「僕も初めはね、シルヴィアの事…夢か何かかと思っていたんです。幼い頃はまだ、朧げだったし。ただ、周りと関係を絶とうとした原因は、他にあるんです。……ジルベールと関わって、それからかな。」
独白の様に言葉を零す僕に、後ろのテオが反応した。
「ジルベール!目を覚まされた時、サフィルにも言ってましたよね?……そう言えば思い出したんですが、俺が貴方にお仕えして直ぐの頃です、ルーファス様がその名を聞いて珍しく酷くお怒りになっていらっしゃいました。俺が来た頃には既に居ないと伺いましたが。……一体何があったんですか。」
「そうか、テオにも話して無かったんだ。……当然か。」
「シリル……?」
テオと侯爵両方に心配されて。
記憶の無い今の僕は、こんなにも人に心配してもらって。
そんな資格、無いのに。
「記憶を失う前の僕は、話さなかったんだね?なら、今の僕が勝手に明かす訳にはいかないよ。」
「でもっ」
「僕の記憶喪失の件とは関係ないでしょう?ならいいじゃない。過ぎた事だよ。……それより、侯爵は僕なんかより秀でた魔術の使い手なんですよね?なら、どうすれば僕のこの状態を治す事が出来るのか分かりますか?」
無理矢理話を逸らした僕は、しかし、一番テオが望んでいる筈の事を尋ねてみる。
侯爵はハッとなってテオと視線を交わした後、再度僕の方を見た。
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