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続編2 手放してしまった公爵令息はもう一度恋をする

39話 知りたい

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「ねぇ、教えてくれない?僕と貴方の事。言える範囲でいいので。」

戸惑い立ち尽くす私に、シリルはベッドをポンポンと叩いた。

「読み聞かせするみたいな感じでいいから、横座ってさ。話聞けば、少しは何か思い出すかもしれないじゃない?」

疲れたらそのまま寝てくれていいよ。
そう、簡単に言って軽く笑う。

いや、しかし。
貴方にとっては、兄弟や友達と寝そべりながら語らう様な感覚しか無いのかもしれないが。
私にとってはとてもそんな感覚では居られない。
ただの生殺しなのですが。
……貴方と肉体関係もある恋人同士だと分かる様にお伝えした筈なのに、その意味を貴方は理解なさってらっしゃらないのか?!

と、無表情の仮面の内側で、大いに葛藤した私だったが、ハッと気付いた。

そうだ。
彼は分かっていないのだ。
初めて貴方と心から愛し合って添い遂げられた際、貴方は無邪気に笑って言っていた。
『そう言えば、やっと精通で来て良かった~。』……とも。

本来の肉体がどうであれ、記憶を失い、昔の自分に逆戻りされた今の彼の心身は。
恋というものもまるで知らない、無垢なままの少年。
そんな状態の彼に、何をどう伝えればいいのだろう。

「……シリル。私達は恋人同士で、同衾もしていました。それがどういう事か分かりますか?」
「熱烈な恋人とか、結婚した夫婦みたいだね。」
「そう、です。貴方が好きで、その身に触れたいと思うし、繋がり合いたいと思っている。そんな状態の私をそんな所へ招き入れてはいけません。」

話した内容とは裏腹に、貴方に対する欲情よりも今は、どうすれば貴方を傷付けずに済むか、そればかりが頭をよぎる。
難しい顔で佇む私に、けれど、シリルは困った顔で見つめて来る。

「でも、聞かないと分からないよ。」
「……っ」
「こっち来るのが嫌なら、せめて椅子に座って。言いたくない事は言わなくていいからさ。知りたいんです。記憶を失う前の僕は、貴方とどんな関係で、どう思っていたのか。知れば何か思い出す糸口が掴めるかもしれないから。」

他意など無く、ただ純粋に知りたいだけだと言われ。
邪な心に負けそうになる、弱い自分が恥ずかしくなった。
一人知らない世界に放り込まれたみたいで、不安しかない彼を相手に。

ベッドに椅子を寄せた私は腰掛けて、ポツリポツリと言葉を紡いだ。

シリルが学院に入学した時、貴方に一目惚れした事。
ずっと好きで好きで大切に想っていたのに、前世では全てが上手くいかず、貴方を傷付けてしまった事。

前世の記憶が無いまま、また今世も一方的に好きでいたが、前世の記憶があったシリルは、記憶の無かった私に再会して、動揺したと言っていた事。
その後、記憶を取り戻した私が、過去の過ちも思い出し、貴方を拒んでしまった事。
前世からの試練を解決出来た後、どんな罰も受けると言った私に、もう謝罪など聞きたくない。傍にいて欲しい。と想いを告げられて、私達は両想いになれた事。

救世の巫子様方やユリウス王太子の助力もあり、実家の事も話をつけ、私と共にこのアデリートへ来る事を選んでくれた事。
私を好いてくれるが故なのだが、閨で貴方に無茶をさせない様に気を付けようとする私に、我慢せずに己をさらけ出していいから、と度々過度に情事を頑張って、くたくたになってしまわれる事。

……などなど。
刺激的な内容は極力控える様努め、出来る限りざっくりと簡潔に話したら。

話し終わって、フッと目線を上げると、こちらを見つめるシリルと目が合って。
頬を朱に染め、サッと視線を外される。
そして、少し俯いたまま、呟く様に口にされた。

「よく分からないけど、貴方が僕の事を大事にしてくれていたのは分かった。」
「……。」
「それにしても。……よっぽど好きだったんだねぇ、貴方の事。」
「……え。」

しみじみと彼に言われて、虚を突かれた私は、ポカンとした顔になったが。
シリルは穏やかな笑みを向けてくれる。

「だって、そうでしょう?でないと、自国を飛び出して、馴染みの無いこの国へ行こうとは思わなかっただろうし。閨でくったくたになるまで励むとか、そんなお盛んな事……今の僕には想像もつかない。」
「埋められない体力差が悔しかったんですかね…。媚薬を飲んででも事に及ぼうとされるのには、参りました。案外、負けず嫌いなトコもおありなんだなと思ったものですが……。」

そう言えば、彼が飲もうとされた媚薬を奪い取った事もあったな。
そんなおバカなやり取りも、懐かしくて泣きそうになる心地だった。
押し黙る私に、シリルはフッと嗤って自嘲する。

「負けず嫌い?僕が?そんな訳無いよ。僕は今まで実の両親を喪ったとはいえ、公爵家の嫡男だったにも拘わらず、家に篭りっぱなしでさ。外にも出ずに、周囲から散々陰口を言われていたんだ。どうしても出席しないといけないパーティーに仕方なく出た時も、同じ年頃の子達に『あー、あの陰気な公子サマが居るー!』『女としかつるまないじゃん。アイツも本当は女なんじゃねーの?』とか何とか言われても、怒るどころかテオや叔父様の影に隠れる事しかしなかったし、怖がりこそすれ、腹が立ったり仕返しをしてやろうなんて、思いすらしなかったな。」
「悔しいと思った事も?」
「うん。ただ、好きなだけ言ってくれていいから、早くその場から立ち去りたい、って思ってた。そんな後ろ向きな事しか考えられない僕が、貴方には無茶してでも事に及んでいたんでしょう?僕、疲れる事って極力嫌なんだよね。それなのに、その、媚薬飲んででもはっちゃけようとしてたなんて……そこまでしてでも、貴方が好きで仕方なかったんだよ、きっと。」

閨での事を口にするのは少々躊躇われる様だが、それでも、少し頬を朱に染めながらも、自身の感じられたままの気持ちを述べられる。

「私が思っていた以上に、無理をしてくれていたのですかね……。」
「多分、違うと思うな。したかったから、そうしてただけだったんだよ、きっと。苦になるどころか、自分からそうしたいと思えるのって、それだけ好きって事だよね?」
「……っ」

堪え切れなかった。

明るく、優しく、うっとりした顔で、蕩けた瞳で。
いつも私を好きだと目で訴えて、口で言って伝えてくれていた、あのシリルは。
同じ顔と声で、記憶を手放してからも尚、私を愛してくれていた事を教えてくれる。

彼のくれる愛情を分かっているつもりだった。
でも、自分が理解していた以上に、自分は彼に深く愛されていた。

時に必死になって、全身で訴えてくれていたのに。
私が思っていたよりも、余程彼の想いは強かったのだ。
失ってから気付くなんて。
なんと、愚かな事だろう。

「うぅ……っ」

涙が溢れて止まらない。
記憶を手放す前に酷く落ち込んでいた彼は、きっと……私の所為で苦しめてしまったのだろう。
それ以外に考えられない。

あぁ、どうして。
せめて、その過ちを知れたなら、悔い改める事も出来るけれど。
それを知る術もない。

彼に謝る事も出来ない。

色んな想いが溢れてぐちゃぐちゃになって、涙する事しか出来ない私に、シリルは。

「ごめんなさい。悲しませたい訳じゃなかったんだけど……。全然思い出せなくてごめんね?えーと、その、よしよし…」

困った声音で言って来たシリルは、ベッドの上から身を乗り出して私を抱きしめ、幼子をあやす様に背中をポンポンと叩き、落ち着かせようとしてくれる。
その触れてくれる温もりが、確かに感じられるが。
そこに親愛の情はあれど、以前の様な恋慕の情は無い。

……そして。
優しく抱きしめてくれながらも、また震え出す腕を叱咤する様に、ギュッと手を握り込まれた。

何度も感じた。
間違いない。

————この、眼前のシリルは、私に触れる度に震えている。

こうして、抱きしめてでも私を慰めようとしてくれている程度には、嫌悪感は持たれていない……と、思う。
それなのに、触れる度に震えが抑えられない様だ。

「すみませんでした。貴方のお手を煩わせてしまって。」

そう言って、そっと彼から身を引いたら。

「あ…っ」

少し、名残惜しい…とも取れる様な表情を見せた彼だったが。

「お休みに、湿っぽくなってしまいましたね。どうか、ゆっくり体を休めて下さい。……良い夢が見られます様に。」
「う、うん。……おやすみなさい。」

少し泣き腫らした目で微笑んで、私は寝室を後にした。
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