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第28話 衆人・告白

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『ちょっと聞きたい事があるんだけど良いかな?』

  それは若い少年の声だった。
  年は自分とそれほど変わらないだろうか?
  つまり運命だった。

 『もしもし? 聞こえてます?』

 目の前の騎士が声を掛けてくる。
  自分に!

 「は、はい! 聞こえています!! 何でも聞いてください!!」

 『ファーコミンのカミーラという騎士の弟が捕まっている場所を知らないかな?』

 「ファーコミンの……カミーラ?」

  キリアはその名前に酷く不快感を感じた。
  何故他の女の名前などを聞くのだろうと。

 『知らないなら他の人に聞くけど』

 「っ! し、知っています!!!」

  先に答えてから必死で思い出そうと頑張るキリア。

 「アレじゃないですか? ブロンザ様が従わせている女騎士の……」

  後ろから部下が耳打ちしてくる。

 「ああ! 思い出した! はい、知っています知っています!! ブロンザという騎士が捕らえています!!」

 「ブロンザ!!」

  それは知らない女の声だった。

 「誰!?」

 『ブロンザって誰なんだ?』

 「それは……」

 「ブロンザ=アケドーカ。ピーシェンの騎士で外道男爵と名高い悪党です。あの男なら人質を用いてカミーラに服従を強いたのも納得です」

キリアが答えようとした所でまたしても女の声が邪魔をする。

 「ぐぬぬっ」

 『そうか……君、そのブロンザって男がどこに居るか知ってるかな?』

 「はい! ファミベーの町です!! ここから南へ3日の距離にあります!!」

  今度こそ姿の見えない女に邪魔されない様にと先手を取るキリア。

 「キリア様、さすがにそこまで教えたら不味いですよ、相手の素性も分からないのに」

  部下の言葉は正論だった、
  だが彼は大事な事を忘れていた。
  恋する乙女に常識は通用しない。

 『ありがとう』

 「ひぅんっ!」

  純白の騎士がキリアに礼を述べた。
  それだけで少女は天にも昇る気持ちへ至った。

 「ほふぅ」

  腰砕けになるキリア。
  なんというか表情が恍惚としていてとても危険な感じだった。

 『じゃあ行くか』

 「えっ!?」

  突然現実に引き戻されるキリア。
  純白の騎士が背を向けて去って行く。

 「ま、まままま待ってください!!」

  キリアは反射的に騎士を引き止めた。
  このまま行かせたらこの運命の人には二度と会えなくなる。そう感じたのだ。

 『何?』

  純白の騎士がこちらを見る。
  コレが最後のチャンスだ。

 「私も連れて行ってください!!」

  言った。言ってしまった。
  キリアは己の行いに驚愕していた。
  それは許されざる行為であり、人の上に立つ騎士のして良い事ではなかった。
  だがそれは自然に出た己の本心だった。

 「隊長! それはっ!!」

  上司の言葉を聞きとがめる部下。
  正体は分からないが突然騎士に変身してやってきたのだから味方とは考えられない。

 『悪いけど俺はファーコミンの人間だ。だから……』

  と、そこまで言って騎士が言葉を止めた。

 「?」

  ◆

 タカヤは思案した。
  道を聞いただけだったのに目の前の少女がついてきたいと言ってきたのだ。
  これはアレだろうか? モテ記? と。
  見れば少女は軽装ではあるが鎧を纏い腰に剣を下げている。
  兵士、もしくは騎士だろう。
  連れて行く理由もない。
  なにより自分達はファーコミンの人間だ。
  敵対するピーシェンの人間を連れて行く義理はない。これから行う事を邪魔されたらたまらないからだ。
  だからタカヤは少女を突き放そうとした。
  ……したのだが……

(おっぱいでっけぇなぁ)

  それよりも欲望が勝った。

 (まだ敵かわかんないし駄目元で誘っちゃうか。戦力も欲しいし可愛いし)

 『来る?』

  聞いた。はっきりと聞いた。

  ◆

 コレはプロポーズである。
  着いて行きたいといって来るかと問われた。
  つまり駆け落ち。
  しかも相手はファーコミンの騎士。
  敵対する国家の騎士と駆け落ち、なんとロマンチックであろうか。
  もはや快諾するしかなかった。

 「駄目ですよ隊長!!」

  しかし無粋な部下が静止する。

 「貴方は大貴族デュオア家のご息女なのですよ!! それが亡国の騎士と駆け落ちなど許される事ではありません!! 冷静になってください!!」

  部下はキリアのお目付け役であった。
  キリアの父親じきじきの命令で彼女のストッパー役を仰せつかっていたのだ。
  つまり彼女は出世の道を断たれたと言っていい。
  それでも上司の裏切りを見過ごす訳には行かなかった。
  コレを見過ごしたら左遷所ではないからだ。
  だが彼女は己の上司の性格を理解していなかった。

  彼女の上司は思い込みが激しかった。

 「なります。私、キリア=デュオアは貴方の妻になる事を誓います!!」

 『え?』

  純白の騎士が驚いた声を上げる。
  彼はそこまでの関係は想定していなかったからだ。

 「あ、貴方何を言っているんですか!!」

  姿なき女が悲鳴を上げる。
  キリアはいい気味だと心の中で嗤った。
  世の中は早い者勝ちだ。まごまごしていた方が悪いのだと。

 「キキキキキ、キリア様!!」

  部下が失神寸前になっているがキリアは無視する。

 「私を貴方の妻にしてください! 私は貴方の正室として跡継ぎを産む事を望みます!!」

 「っ!」

  部下がひっくり返った。

 「ばばばばばば馬鹿な事を言わないで下さい! 貴方は敵国の騎士なのですよ!! ファーコミンの王であるタカヤ様と結婚なんて出来る訳ないじゃありませんか!!」

  姿なき女、つまりアリシアがキリアの言葉を強く否定した。
  常識的に考えれば当然の言葉である。
  しかし……

「ファーコミンの王! つまり私は王妃になるのですね!!」

  恋する乙女に常識は通じなかった。

 「なっ!」

  さすがのアリシアも絶句する。

 『…………あのさぁ』

  純白の騎士、タカヤがキリアに話しかける。

 「何ですか旦那様」

  既にキリアの頭の中は新妻モードだ。

 『さっき正室って言ってたけどそれって第一王妃の事だよな』

 「はい、その通りです」

  愛する男から正室という言葉を聞き舞い上がるキリア。

 『悪いんだけど正室は予約が入ってるんだよ。なりたいのなら第二婦人からにしてくれ』

 「…………は?」

  突然の言葉に理解が追いつかないキリア。

 「ど、どういう事ですかタカヤ様!! 一体誰と婚約を!!」

 『あー、いやそれは……』

  アリシアに問い詰められタカヤが言いよどむ。

 「言えない相手なのですか!!」

 『いや、そう言うわけじゃ。……まぁ良いか。アリシア、俺が最初に結婚する相手は、正室にする相手はな……』

  ジョイボの町が沈黙する。
  先ほどからタカヤ達だけで会話しているから気付かなかっただろうが、彼等の会話を町中の人達が聞いていた。
  突然現れたタカヤ達から逃げ出そうとしていた彼等は突然始まった痴話喧嘩に好奇心を刺激されたのだ。
  つまり暇だったのだ。
  町に侵入したタカヤ達を捕らえようとしていたキリアの部下達もそうだった。
  突然の出来事が続きすぎてどう対処すれば良いのか分からないのだ。
  しかも自分達の上司その人が謎の侵入者と共に行きたいと言い出したのだから彼らもどうしたら良いのか判断がつかなかった。

 『俺が結婚したいのはお前だアリシア!』

  タカヤは告白した。
  衆人環視の中で、敵地のど真ん中で。

 「おおおおおおおおお! 告白したぞあの騎士の兄ちゃん!」

 「いや王様なんだろあの騎士様!!」

 「しかも相手がアリシア様!? あのアリシア様なのか!?」

 「そりゃファーコミンでアリシア様つったらあの方しか居ないだろう!!」

  住民達は大興奮。誰も彼もがこの修羅場に見入っていた。

 「わわわ、私ですか!? 何で私!?」

 『ウルザとの約束も歩けど。俺がこの世界に呼ばれて最初に出会った女の子はお前だからだよ。お前と出会って、スゲー可愛いって思ったんだ。だから俺はお前と結婚したい!』

 「タ、タカヤ様……」

  余りにもストレートな物言いに恋愛経験などないアリシアの心は激しくときめいた。
  それはもう恋する乙女のそれである。

 『アリシアを俺のハーレム第一号として迎えたいんだ!!』

  本気の余り本音が出た。

 「はい?」

 『あっ』

  タカヤが己のうっかりに気付いた、だが時既に遅し。

 「ハーレムって何ですか?」

 『あ、いやその』

 「第一号って言う事は他に誰をハーレムにするつもりなんですか?」

  アリシアの声は怖かった。

 『ええと』

 「誰ですか」

  アリシアの声が自白を強要する。

 『イミアとオリビアとそこの娘とこれからあう予定の美少女達です!!』

  女の子から受ける初めての嫉妬を恐れたタカヤは、全てを正直に話してしまった。
  町の人達がアッチャーと言いたげな感じで顔を抑えている。兵士達もだ。

 「……それはつまり、私でなくても可愛ければ誰でも良いという事なのですね」

  アリシアの声がドンドン低くなって行く。

 『いや』

 「単に私が初めて出会った相手だからという理由で正室にするんですね」

 『その』

 「私でなければいけない理由なんてなかったんですね!!」

  アリシアの感情が爆発する。
  それはタカヤとの信頼関係の崩壊を意味した。 

 『それは違う!!』

  だがタカヤははっきりと否定した。

 「何が違うんですか! 女の子なら誰でも良いのでしょう!!」

 『断じて違う!! 俺にはアリシアがハーレムに加わってくれなければいけない理由があるんだ!!』

 「どんな理由があるんですか!!」

  住民達も聞きたかった。この状況でどうやってアリシアを説得するのか。
  彼等はお茶とクッキーを用意しつつ固唾を呑んで状況を見守った。

 『アリシアにハーレムに加わって欲しい理由、アリシアでなければいけない理由。それは……』

  タメの間が入る。

 『メカクレッ娘だからだっ!!!!』

 「…………………………」

 「…………………………」

 「…………………………」

 「…………………………」

  アリシアは絶句した。
  キリアは絶句した。
  町民は絶句した。
  兵士は絶句した。

 「「「「はっ?」」」」

  全員が耳を疑った。

 『アリシアは貴重なメカクレ枠だ! メカクレッ娘だぞ!! 普段は前髪で隠れていてもいざ髪を上げれば滅茶苦茶可愛い素顔が明らかになる!! か・ん・ぺ・き! なヒロインだ!! だからアリシアは必要なんだ!! 俺のハーレムに!!』

  もはや意味不明だった。
  タカヤはアリシアがメカクレッ娘だからハーレムに入れて結婚したいと言っているのだ。
  常人には理解不能なメンタリティ。
  それがスメラギ=タカヤという男の煩悩だった。

 「私がメカクレ? だった、から?」

  呆然として呟くアリシア。
  無理もない事である。

 「ふふ、ふふふふふ。ふふふふふふふふ」

  アリシアが壊れたように笑い出す。

 「ああ、アリシア様が……」

 「いやこれは仕方あるめぇ」

  町人達もアリシアを同情の目で見る。何処に居るのか分からないが。

 「それでは、タカヤ様はその理由で私を必要としてくださるのですね?」

 『ああ、そうだ。アリシアは俺がこの世界に来て初めて出会った可愛い女の子で、俺のハーレム第一号の大切なメカクレッ娘だ!!』

 「…………」

  アリシアが無言になる。

 「…………分かりました。私はタカヤ様のメカクレッ娘として貴方の妻になります! 貴方の正室に!!」

 「「「えええええええええええええっ!!」」」

  住民達は訳が分からなかった。

 「今の説明の何処に結婚する所があったんですか!?」

 「そうだぞ、ヤケになるな!! 自分を大切にしろ!」

  何故か敵対する兵士にまで心配された。

 「タカヤ様をこの世界に呼んだのは私の身勝手な願いの為。そのタカヤ様が私を必要とされるのでしたら! 私がメカクレッ娘だから私でなくてはいけないというのなら! 私は喜んでタカヤ様の妻になります!!」

  アリシアは断言した。

 「アレもうヤケになってませんかね?」

  気絶から復活したキリアの部下がやってらんないと言った感じで呟いた。

 「頼る相手すらおらず、差し出せるものが何一つない私を、タカヤ様は攻める事無く助けてくださいました!! そのタカヤ様が私を求めてくださるのならば、このアリシア、タカヤ様に全てを捧げます!! 貴方の妻として身も心も捧げます!!」

 『アリシア=ディクスシスの条件が一段階解除されました。アリシア=ディクスシスとの接触条件が一部緩和されました。アリシア=ディクスシスのステータスが上昇しました。闘技LvおよびスキルLvが上昇しました。キングLvが2から3にレベルアップしました。ボーナスポイントを10入手しました』

  そこに何時ものマシンボイスが響く。

 『マジ!?』

  それは2重の意味での疑問符だった。
  自分のものになると告げたアリシアへの、そしてアリシアの条件が解除されたと言うマシンボイスへの。

 「はい!」

  アリシアが勢い良く答える。

 『よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

  タカヤの声が町中に響いた。

 『じゃあ早速家に帰って!!」

 「その前にカミーラの救出が先です! それさえ行っていただければ何でもしますから!!」

 『何でも!?』

  タカヤの欲望ゲージが一気に全開になる。
  タカヤは躊躇う事無く町を飛び出した。
  それはもう突風のごとく。

 「……っは! お、追え!! 追うのだ!!」

  我に返ったキリアの部下が命令するが既にタカヤ達は遥か彼方。
  たとえ騎士が全力で走っても追いつけない距離まで逃げていた。

 「なんという早さだ」

  キリアの部下は驚愕る。
  訳の分からない相手であったが、その力は間違いなく脅威と断定して間違いないものだったからだ。

 「恐るべき突撃力、再びあの速度で攻め込まれたら対処のしようがない」

  キリアの部下は己の上司の姿を見る。
  これ以上の作戦行動を行うには上司の権限が必要となる。

 「あの白い騎士を追うわ」

  キリアが部下に命令を発する。

 「っ! で、では」

  部下は安心した。妙な流れになっていたが、腐っても騎士。軍人として優先するべき事柄はちゃんとわきまえて……

「あの方を捕まえて私こそ正妻にふさわしいと認めて貰うのよ!!」

  部下は黙って胃薬を取りに行った。
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