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第27話 純白・爆走

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「タカヤ様お願いがあるのです」

それは朝食を食べた後の事だった。
 珍しくアリシアがタカヤに頼み事をしてきたのだ。

 「ん? なんか用か? これからイミアの手伝いをするんだけど」

  用事がない時、タカヤは頻繁にイミアの手伝いをしていた。
  それは食料の安定した確保の為、小さなイミアに負担をかけない為。農作業を手伝って体力をする為。
  というのは全て建前で本音はイミアのパンツを見る為だった。
  初めてイミアと出会った日、お風呂で着替えを除いたタカヤはイミアがノーパンである事を知った。
  それゆえタカヤは手伝いという名目で畑仕事に夢中になっているイミアを後ろから眺めようと考えたのだ。
  そしてタカヤは敗北した。
  なぜならイミアはパンツを履いていたからだ。
  アリシアのお古の服を譲ってもらったイミアは、同じくお古の下着も貰っていたのだ。
  コレはタカヤも予想外であった。
  だがそれは新たな歓喜をタカヤにもたらした。
  それはパンツである。
  ファーコミンの姫であるアリシアのパンツは非常に優雅で、そしてエロスを兼ね備えた素敵デザインであった。
  農民娘のミニスカートの下に隠れた高貴でアダルティな下着。
  タカヤはこれはこれでオッケー! と喜んで手伝いを継続する事にした。
  つまりイミアの手伝いとはタカヤにとって欠かす事の出来ない神聖なお役目だったのだ。
  畑を耕す事で報酬としてイミアのパンツを見る。
まさに需要と供給の奇跡的な一致である。
そんなタカヤをアリシアは呼び止めたのだ。

 「はい、カミーラの事です」

 「カミーラ!?」

  カミーラ、それは以前アシアダ鉱山を解放しに出撃したタカヤ達が遭遇した元ファーコミンの騎士。
  そして今はピーシェンによって弟を人質にとられ、無理やりに従わされていた。
 彼女はウルザがビルクを倒し、鉱山を解放したドサクサに紛れて逃亡していた。

 「お願いです、カミーラを助けてください!」

  タカヤは困惑した。確かにカミーラはアリシアの親友だ。助ける事ができるなら助けてやりたい。彼女を救う事が出来ればファーコミンにも騎士が増えるからだ。

 「うーん、アリシアの気持ちは分かるけどさぁ」

  彼女がピーシェンに従っている理由は明らかだ。囚われている弟を救えばいい。
  だがその弟が何処に居るのかが分からねば救い様がなかった。

 「情報がなけりゃ動く事も出来ないよ」

 「それは……そうですが」

  アリシアが項垂れる。
  だが、そう言いつつもタカヤは考えていた。どうすればカミーラの弟を救い出せるのかを。

 (大事なのはカミーラの弟の囚われている場所だ。そこさえ分かれば救い様がある。問題はその場所なんだよなぁ。敵が教えてくれれば良いんだけ……ど)

  そこでタカヤは一つのアイデアを思いつく。
  かなり危険なアイデアだ。だがそのアイデアでタカヤが失うものはなかった。
  強いて言えば人としてのモラルを失いそうだったが、騎士道とか関係ないタカヤはそれを実行に移す事にした。

 「よし、早速カミーラの弟を助けに行くぞ」

 「え?」

 「おーいイミア、何日か出かけてくるから留守を頼む。もしも敵が来たらすぐに逃げろよー」

 「分かりましたー」

  タカヤの言葉にイミアから返事が返ってくる。

 「あのタカヤ様? 一体どうやってカミーラの弟を救うのですか? 私達は彼の居場所も知りませんよ」

  困惑するアリシアにタカヤは笑顔で答える。

 「敵に教えて貰うのさ!」

 「???」

  ◆

 アリシアはすごい勢いで走っていた。
  正しくはヘヴィナイトに変身したアリシアだ。

 「おっほー! 早い早い!! スキルを取って正解だったな」

 「すごいですタカヤ様! 私こんな早く走るのは生まれて初めてです!!」

  アリシアはタカヤが取得させた【速度上昇】スキルの効果に驚いていた。
  今のアリシアは通常の2倍の速度で走っている。
  いわゆるBダッシュであった。
  このスキルは使用する際、オーラを消費する事はない。パッシブ系のスキルだ。
  もちろんスタミナは消耗するが、それも普通に走って居るのと同じ感覚での消費なので実質デメリットなしだ。
  しかもヘヴィナイトの巨体で走るのでそのストロークは人間の10倍以上。
  高速道路を爆走する車並みの速度であった。

 「所でタカヤ様、一体何処まで走るんですか?」

  アリシアがタカヤに質問をする。
  今のアリシアはタカヤの命令でピーシェンとの国境のある方向に向かって走っていたのだ。

 「ピーシェンの兵隊に遭遇するまでだ」

 「ピーシェンの兵隊?」

  タカヤの意図が読み取れず困惑するアリシア。

 「お、居た」

  タカヤがピーシェンの兵隊を確認する。
  兵士の鎧は鉱山で見た物と同じ、つまりピーシェンの部隊だ。
  タカヤはアリシアを加速させ、大きくジャンプする。

 「え? え?」

  アリシアは突然の出来事に困惑するばかりであった。

  ◆

 ピーシェンの兵士達は見た。
  突然現れた巨大な騎士が自分達の向かって信じられない速度で向かってくる光景を。
  そして騎士が跳躍した。
  自分達を踏み潰す為。
  騎士の体がこちらに向かって落ちてくる。
  回避など不可能。
  体が動く事を拒否しているかのようだ。
  騎士の巨体が大地を震撼させた。
  地面が吹き飛ぶ、自分達も吹き飛ぶ、なにもかも吹き飛ぶ。
  吹き飛んだ。

  ◆

「タ、タタタタタカヤ様!? い、一体何を!?」

  突然のタカヤの奇行にアリシアが混乱する。

 「いいからいいから、コレがスピーカーのスイッチか。アリシア、暫く黙っててくれ」

 「へ?」

 『おい、お前達!』

  外の兵士達にタカヤの声が届く。

 「はへっ」

 「ひ、ひぃ」

  吹き飛ばされた兵士達の中でかろうじて意識のある者達が返事ともいえない声を上げる。

 『俺の質問に答えろ。答えなければ踏み潰す』

  アリシアが足を挙げ、騎士達の横ギリギリに足を下ろす。

 「「「ヒィー!!!」」」

 『ファーコミンの騎士カミーラの弟が閉じ込められているのは何処だ!』

  兵士達が顔を見合わせるが誰も答えようとしない。
  再びアリシアの足が兵士達の近くに落ちる。

 「し、しししし知りません、知りません、知らないんですぅぅぅぅぅ!!」

  兵士達がコメツキバッタのようにヘコヘコと頭を下げる。

 『だったら知ってる奴は何処にいるか言え!!』

 「ジジジジ、ジョイボの町にいらっしゃる隊長ならし、知ってると思、思います!!」

 『ジョイボの町はどっちだ?』

  タカヤの質問に兵士が町のある方向を指差す。

 『騎士は何人居る? ランクは分かるか? 分からなけりゃデカさを教えろ!』

 「き、騎士様は5人です、ランクとか大きさはよく分かりませんが、隊長は自分の事をナイトだといってました!!」

 普通に考えれば情報漏えいで重罪だが、命の危機とあっては兵士達も自分の身を選ぶ。

 『よし、逃げていいぞ』

  タカヤから許可を得た兵士達は這いずりながら逃げ出した。
  既に馬は主を置いて逃亡済みである。

 「じゃ、ジョイボの町へ向かうか」

  タカヤはアリシアをジョイボの町へと向かわせる。

 「タ、タカヤ様、もしかしてこの調子で手当たり次第に襲撃してカミーラの弟の場所を探すんですか!?」

 「ああ、そのつもりだ」

 「そ、そんなの無茶です! こんな滅茶苦茶な方法上手くいく筈がありません!!」

  珍しくアリシアが強固に反対する。それもその筈。今回のタカヤの行動はたった一人広大な土地に隠された宝を見つけ出そうという行為なのだから。

 「上手く行くさ」

  しかしタカヤは自信満々で答えた。

 「何でそんなに自信満々なんですかー!」

  悲鳴を上げながらアリシアは走り続けた。

  ◆

 ここはジョイボの町。
  ピーシェンに支配されたファーコミンの町のひとつであった。
  ジョイボの町を支配するピーシェンの騎士、キリアは優雅に紅茶を啜っていた。

 「下賎なファーコミンの町だが、紅茶だけは美味いな」

  キリアはピーシェンの大貴族の娘であり自身も騎士だった。
  だがキリアは政治的な意味では優れた騎士でなかった為、この町に左遷された。
  父親が娘を危険な戦場に出したくないという理由もあった。
  キリアは不満に思っていた。自分はもっと有能なのだと、活躍の場さえ与えられたなら獅子奮迅の戦いを繰り広げる事が出来るのにと。
  そしてそんな益体もない妄想に耽る事しか出来ない今の己を嘆いていた。

  そんなキリアに転機が訪れる。

 「隊長! 大変です!!」

  キリアの部下が慌てて部屋に飛び込んでくる。

 「どうした? またマシューの爺さんの所の牛が逃げ出したか? それともロッカーの所の馬か?」

  長い左遷生活ですっかりキリアはダレきっていた。

 「違います!騎士です! 正体不明の騎士がこっちに向かってきてるんです!! それもすごい速度で!!」

 「…………何!?」

  キリアの目に火が灯る。
  コレはチャンスだと。己の力を世に知らしめる最初で最後のチャンスだと。

 「よし! 迎撃の準備だ!!」

  だがそのチャンスは既に終わっていた。

  町を揺るがす轟音。
  テーブルの上のカップが床に落ち悲鳴を上げて割れる。

 「何事だ!!」

  キリアは窓に身を乗り出し外を見る。

 「隊長危ないです!」

  部下が制止するがキリアはお構いなしだ。

 「アレは……!?」

  キリアは見た。巨大な騎士の姿を。
  純白な騎士の荘厳なる姿を。
  それはまるで物語の中にのみ存在する英雄そのものだった。

  騎士が首を動かし視線をさまよわせる。

 「何かを探している?」

  そして騎士とキリアの視線が合った。

 「っ……!」

  その美しい相貌に息を呑むキリア。

 『可愛いな』

  突如放たれた言葉に、キリアは……

「素敵」

  恋をした。
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