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第13話 鉱山・脱出

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 アシアダ鉱山、それはかつてファーコミンを支えた鉄の産地である。
  良質な鉄が取れる事からファーコミンの様々な金属製品がこの鉱山から生まれていた。
  だがその鉱山も今はピーシェンによって支配されていた。

 「おら、今日からここがお前の仕事場だ」

  ピーシェンの兵士に無理やり連れてこられたタカヤは乱暴に鉱山に放り込まれる。

 「ぐぅっ」

 「寝てねぇでさっさと鉄を掘りに行け」

  起き上がったタカヤの足元にツルハシが放り投げられる。

 「手前ぇ……」

  反射的に反抗しようとしたタカヤの肩を誰かが掴む。

 「止めときな兄さん、抵抗するだけ無駄だ」

  タカヤを静止したのは年若い男だった。
  だがタカヤが驚いたのは男のまなざしだった。
  男は鉱山仕事で体中が土まみれになっており、見た目もみすぼらしかったが、その瞳には強い意思が垣間見えた。

 「え……あ、はい……」

  そんな男の眼差しの前に思わず頷ずいてしまうタカヤ。

 「じゃあ行こうか兄さん」

 「はい……」

 「そうそう、大人しく鉄を掘ってりゃ痛い目には会わされねぇさ」

  兵士達がニタニタと笑いながらタカヤに声をかける。

 「……クソッ」

  兵士達を刺激しない為にも素直にツルハシを手に取ったタカヤは男と共に鉱山の奥へと進んで行く。

 (落ち着け、今抵抗しても意味は無い。まずはアリシアが助けに来るのを待つんだ)

 「そうさ、今はじっとしてな。チャンスは必ず来る」

  まるでタカヤの心を読んでいるかのように小声で話しかける男。

 「あんたは……」

 「俺はウルザ、ウルザと呼んでくれ。兄さんは?」

 「俺はタカヤ……です」

 「よーしタカヤ、このウルザさんがこの鉱山でのルールを色々教えてやろう」

 「はぁ……」

  馴れ馴れしく肩を叩くウルザ。
  しかしそんな馴れ馴れしさがアリシア達と離れ離れになった不安を和らげてくれる。
  タカヤは少しだけウルザに感謝した。

  ◆

 その頃アリシア達はアシアダ鉱山も近くに辿り着いていた。

 「アリシア様、早くタカヤ様をお助けしないと」

 「分かっています。ですが今は駄目です。この鉱山はかつてのファーコミンの主要鉱山、まず間違いなく騎士が護衛に付いています。だから攻める時は確実にタカヤ様を助けないと」

  焦るイミアをアリシアが静止する。
  正直な所を言えば、今すぐタカヤを助けに行きたいのはアリシアも同じだった。
  だがもしも失敗すれば、鉱山の警備は今以上に厚くなり次の救出作戦が困難になるのは目に見えていた。

 「良いですかイミアちゃん。作戦はですね……」

  こうしてたった二人の少女によるタカヤ救出作戦が進められる事となった。 

  ◆

「うう、疲れた……」

  夜になり、ようやく掘削作業から開放されたタカヤは同じ鉱山労働者と共に食事をとっていた。

 「一日働いてこれが飯かよ」

  タカヤの持つ容器の中には、具の少ない少量のスープが控えめに入っている。
  コレがタカヤ達の一日の食事なのだ。

 「文句を言うのは止めときな。兵士に聞かれたらなけなしのスープまで取り上げられるぞ」

  文句を呟いたタカヤをウルザが嗜める。
  年が近い事もあってかタカヤとウルザはすぐに打ち解けた。
  いや、寧ろウルザの人懐っこさがタカヤの警戒心を解いたと言える。
  実際ウルザが居なかったらタカヤは兵士達の不況を買って殺されていたかもしれない。
  鉱山の中では働きの悪い労働者達には鞭を打ち、殴り、疲れで倒れたら蹴って起こすといった非道な行いが当たり前のように行われていた。
  ウルザが兵士に見つかりにくいスポットへ連れて行ってくれなければ、ストレス解消の為に意味も無く殴られた可能性すらあっただろう。

 「今は大人しくしているんだ」

 「ウルザさんはずいぶん落ち着いてますね」 

 「先輩だからな」

  タカヤの皮肉もウルザはさらりと流してしまう。
  逆にウルザの大人振りに自分が恥ずかしくなってしまうタカヤだった。

 「俺もウルザさんみたいに頼りがいがあればこんな事にはなってなかったんですけどね」

 「そんな頼りがいのある俺もここに閉じ込められてるけどな」

 「違いない」

 「「はははっ」」

  笑い合う二人だったが見張りの兵士が睨んでいるのに気付きすぐさま黙って食事を再開する。

  ◆

「消灯だ、さっさと寝ろ!!」

  食事が終わった後は掘っ立て小屋に押し込まれ、早々に眠る事を命じられる。
  更に言えば掘っ立て小屋の床には既に何十人もの男達が所狭しと横になっていた。

 「毛布もないのかよ」

 「今は暖かい時期だからマシさ。冬は全員が身を寄せ合ってようやく寒さに耐えられる。下手をすればそのままお陀仏だ」

 「マジスか」

  ウルザは笑い事の様に言うが言っている内容は間違いなく笑い事ではすまない。
  今が冬では無い事を心から感謝するタカヤだった。

  ◆

 それは深夜に現れた。
  突然の轟音と振動で掘っ立て小屋が揺れる。

 「うぉっ!? な、何だ?」

  眠い目をこすりながら起き上がってみれば、周囲の労働者達も何事かと目を覚ましていた。

 「おい、一体何があったんだ!?」

  労働者の一人がドアを叩きながら兵隊に問いかける。
  しかし見張りの兵士からはなしの礫だ。 

 「貴様等には関係の無い話だ」

 「関係ないって事無いだろ! 何が起こってるんだ!!」

  彼が食い下がるのもおかしい話ではない。
  今も掘っ立て小屋の外では轟音が轟いているのだ。
  暫くすると他の兵士がやって来て見張りの兵士もどこかへ行ってしまう。

 「もしかしてチャンスじゃないのか?」

 「かもしれないな」

  タカヤとウルザは頷きあう。

 「皆チャンスだ、脱走しよう!!」

  ウルザが労働者達に声をかける。
  だが彼等は疲れた顔でそれを拒んだ。

 「無理言うなよ。外には騎士がいるんだ。逃げれるもんか。それに逃げれたとしても何処へ逃げるんだ? すぐに追手がかかって連れ戻されるに決まってる。そしたら魔物の出る最下層の採掘に放り込まれて使いつぶされるのがオチだ」

  かつて誰かがその通りの結末を迎えたのだろう。怯える作業者達は誰一人として立ち上がろうとしなかった。

 「なら俺達だけは行かせて貰う。世話になったな皆」

  あっさりとあきらめるウルザにタカヤは驚きの感情を覚える。

 「え? 説得しないんですか?」

 「そんな時間は無い。誘ったのは同じ釜の飯を食ったよしみだ。それよりもドアには鍵が掛かっている。体当たりで開けるぞ」

 「わ、分かりました」

 「せーの!!」

  二人で体当たりを仕掛けると、ドアは驚くほど簡単に吹き飛んだ。

 「所詮手抜きの掘っ立て小屋だからな。ピーシェンの連中にもっとやる気があれば脱走は不可能だっただろうさ」

 「成る程」

  ◆

 外に出たタカヤ達はこの騒動の原因を理解した。
  彼等の視線の先には巨大な白い騎士が暴れていたのだ。

 「アリシア!!」

 「何っ!?」

  タカヤの言葉に驚愕するウルザ。

 「どうかしたんですか?」

 「あ、いや。なんでもない。知り合いの名前と同じだったのでね。それよりも急ごう。騎士が戦っているのなら俺達が逃げるチャンスも十分にある」

 「はい! ……っとその前に。おいアンタ等! 今外で騎士が戦ってる。逃げるなら今だぞ!!」

  タカヤは掘っ立て小屋の中に居る作業員達に向かって声をかける。

 「何故そんな事を? 君にはなんの義理も無い相手だろう」

  タカヤの行動を見て不思議そうな顔をするウルザ。

 「あなたと一緒ですよ、半日とは言え、同じ釜の飯を食った仲ですからね」

 「君は義理堅いな」

  ウルザが苦笑する。

 「さぁ、行きましょう!!」

 「ああ!!」

  タカヤ達が走り出すと後ろ足音が付いて来た。

 「待ってくれ、僕も連れて行ってくれ!!」

  掘っ立て小屋の中から現れたのは小柄な少年だった。

 「僕もここから出たいんだ」

 「分かった。だが付いてこれなければ置いていくぞ」 

  走る速度を落とさずにウルザが許可を出す。

 「俺はタカヤ、あの人はウルザ」  

 「僕はエル。よろしくタカヤ君」

  走りながら挨拶をするタカヤとエル。

 「こちらこそ」

 「二人共止まれ!!」

  突然ウルザが二人を制止する。そしてジェスチャーで物陰に隠れろと指示を出す。
  ウルザの指示通り三人が物陰に隠れてじっとしていると何者かが近づいて来る。
  その人影は小さく、とても兵士とは思えなかった。

 「あれは……イミア!?」

  そう、その人影はイミアだった。イミアはうろうろと何かを探してさまよっている。
  しかしそんなイミアに危険が迫っていた。

 「おいお前、こんな所で何をしている!?」

  運悪くイミアは偶然通りがかった兵士に見つかってしまったのだ。
  あのまま進んでいたらタカヤ達も見つかっていた事だろう。

 「子供? 何でこんな所に?」

 「あ、あのその……」

  恐怖でイミアは言葉を詰まらせる。

 「まさか、貴様あの騎士の仲間か!?」

  兵士が腰に下げた剣に手をかける。

 「ひっ」

 「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」

  考えるまもなく兵士に飛びかかって行くタカヤ。
  そのまま兵士を突き倒してマウントポジションをとる。

 「ええい、放せ!!」

  兵士がタカヤを突き放そうと抵抗し、タカヤもそれに抵抗して兵士を押し込めようとする。
  しかし相手は仮にも軍人、戦闘訓練をした経験も無いタカヤでは勝ち目など無かった。
  じわじわと力で押しかえされ、押される側に回ってゆくタカヤ。
  遂に押し倒されたタカヤは、今度は自分がマウントポジションを取られてしまった。

 「覚悟しろよ、貴様は最下層送……ぐっ!?」

  突然兵士の力が弱まる。それどころか兵士は脱力してタカヤにもたれかかってきた。

 「まったく、君は危なっかしいなぁ」

  タカヤを助けたのはウルザだった。彼の手には大きな石が抱えられている。どうやらコレで兵士の頭を殴ったようだ。 

 「石ならそこら中にあるからね」

  そう言って笑うとウルザは気絶した兵士を担ぐ。

 「さて、君の迎えも来たみたいだし、ここでお別れだ」

  ウルザが指差した先にはイミアの姿があった。

 「タカヤ様、アリシア様が時間を稼いでいますので早く脱出を!!」

  よほど怖かったのだろう、イミアは半泣きでタカヤに縋り付く。

 「ああ、分かった。その、ウルザさんも俺達と一緒に行きませんか?」

  後ろ髪を引かれる思いでウルザを勧誘するタカヤだったが、その願いが適えられる事は無かった。

 「すまないが俺にはやる事があるからね。じゃっ」

 ウルザはあっさり断ると兵士を担いだまま風の様に走り去っていった。

「……体力あるなぁ」

 その光景に呆然としていると、イミアが服の袖を引っ張る。

「ああ、分かってる。行こう!!」

 夜の闇に紛れてタカヤ達は出口を目指した。
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