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第12話 情報・収集

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「なんか……静かだな」

 無事、ツーコンの町へと到着したタカヤ達は、日が昇る頃に町へと入っていた。
  しかしその町は、不気味な静けさに包まれていた。

「そうですね。朝なのに活気が無いです。このくらいの時間なら皆畑仕事に出かけてもおかしくないんですが」

 タカヤと共にやってきたイミアも違和感を感じているらしくそわそわとしていた。
 アリシアだけはピーシェンの騎士と遭遇しない様、町の外で待機してい事も二人の不安を助長させていた。

「早いな農民。こりゃあ早い所売っぱらって撤収した方が良さそうだ」

「はい!」

 ◆

「すいませーん」

「はいよー」

 声をかけると店の主がやってくる。
 この町には店が一つしかなかった。厳密には他にも店舗はあったのだが、どの店も休業の札がかかっていたのだ。開店前だからかと思われたがそれにしては空箱が乱雑に置かれていて商売をしている様子が見られなかった。
 そうした理由からタカヤ達は唯一営業しているであろうこの店にやってきたのだ。

「ずいぶんと早い客だな……ってあんた等見ない顔だな。どっから来なすった」

 店主は見覚えの無いタカヤ達を不審な目で見てくる。

「私達ウィーユの方から来たんです」

 すかさずイミアがフォローを行う。

「ウィーユ? ……ああ、東の方にあるってぇ国か。嬢ちゃん達ずいぶんと遠い所から来たんだな」

 店主が目を丸くすると言う事はこの世界の常識から考えても遠い土地なのだろう。
 その目つきが不審者を見る物から珍しい物を見る目に変わっていた。

「はい、キャラバンにくっついての旅の最中です。今日はローガーとマジャ芋を売ってくる様に
親方に言われてやってきました」

「ローガーとマジャ芋? それなら自分達で売れば良いんじゃないのか? キャラバンなんだろ?」

 耳ざとい店主の視線が再び変わりそうになる。

「実は旅の途中でキャラバンがローガーの大群に襲われたんです。傭兵さん達が何とか退治したんですが、キャラバンに積むには量が多過ぎて、それであんまり多くても運べないから少し売って来いって言われて来たんです。ローガーとマジャ芋はお店の外に置いてあります」

 それを聞いた店主が店の外を確認しに出て行く。

「ほう、どれどれ……って、なんだこの量は!?」

 店主が驚きの数を上げる。そこには山積みになったローガーの死体とマジャ芋が積み上げられていた。

「1,2,3……ローガーは全部で15匹か。で、マジャ芋は30個。こりゃ確かに多いな。しかしどうやって二人で運んできたんだ?」

「持ってくる時はキャラバンの人が運ぶのを手伝ってくれたんです。その後は売るだけなら私達だけでも十分だろって言われてお兄ちゃんと一緒にお店が開くまで待っていました」

 実際にローガーとマジャ芋を運んだのはアリシアだ。夜が明ける前に彼女がすべてのローガーを店の前に運んでおいたのである。

「ふむ、このローガーを倒した傭兵は良い腕をしているな。全部一撃で倒している。毛皮の傷が少ないし内臓も傷ついていない。そうだな、全部でこんなモンでどうだ?」

「うーん……お兄ちゃんはどう思いますか?」

「え? 俺?」

 突然話を振られてタカヤが動揺する。
 イミアとは町に入る前に二人は兄弟という設定で振舞う事を決めていた。
 関係を聞かれた時に王と農民ではまずいからだ。

「あー、いやそれは駄目だろ。ここで俺に聞いたらイミアの勉強にならないからな。まずは自分で交渉してみな。あんまりひどい値段だったら俺が手伝ってやるから」

 それらしい事を言って誤魔化すタカヤ。

(いやいや、無理だから交渉なんて。この世界の相場も分からないに交渉なんてできるかよ)

 そう言う訳でイミアに無茶振りをするタカヤ。とは言え何も考えていない訳でもない。
 暫くすると店主の交渉が終わったらしく、イミアが確認を求めてくる。

「お兄ちゃん、コレでどうですか?」

「どれどれ? ……ねぇ店主さん。実は俺達野菜の種がいくつか欲しいんだけどさ、ちょっとおまけしてくんない?」

「種? ふーむ、種ねぇ」

 これがタカヤの作戦だった。相場が分からない以上あまり高値での買取を求めれば、相手の機嫌を損ない買い取りを拒否されるかもしれない。だから子供であるイミアに手上げ交渉をさせて、最後におまけを要求したのだ。コレなら相場を理解していない事もバレにくい……とタカヤは考えていた。

「じゃあ、レンソー草の種を付けてやるよ。これでどうだ」

「じゃあそれで」

「よし、商談成立だな……ほれ、ローガー15匹は肉と皮ありだが解体料差っぴいて銀貨3枚、マジャ芋30個は銅貨15枚。で、こっちがレンソー草の種だ」

 タカヤは店主から代金とレンソー草の種を受け取る。

「どうも。あと他の野菜の種も買いたいんだけど」

「だったらそっちの箱だ」

「イミア。適当に見繕っておいてくれ」

「はい!」

 イミアが嬉々として野菜の種を見繕いっている間にタカヤは情報収集を行う事にした。

「そういえばこの町ってえらい静かですけど、いつもこんななんですか?」

「いつもじゃねぇよ……いや。今はそうだな」

 不機嫌そうに店主は肯定する。

「今は?」

「ああ、この国……ファーコミンがピーシェンとの戦争に負けたのは知っているか?」

「ええ、確かピーシェンが宣戦布告もせずに侵略を開始したんですよね」

「そこら辺のしきたりは分かんねぇが、この町がピーシェンに征服されてから若い奴等はアシアダ鉱山の人足として連れて行かれちまった。残ったのはガキとジジィばっかりだ」

 拳を握り締めながら店主が悔しそうに語る。

(成る程。労働力として連れて行かれたって訳か。道理で活気が無いわけだ。……にしても、いかにもテンプレな展開だなこりゃ) 

 あまりのテンプレ具合にあきれるタカヤ。

「……あの、ファーコミンの王様ってどんな人だったんですか?」

 それはタカヤが一番知りたい事の一つだった。
 アリシア達が仕えていたファーコミンの国王はどんな人物だったのか、そして国民にどう思われていたのか。
 成り行きとはいえ王になってしまった以上、先代がどう思われていたのか気になるのは仕方のない事といえる。

「王様かい? そうだな、立派な方だったよ。重い税も要求しなかったしな。けど、良い人過ぎたのかねぇ」

「良い人過ぎた?」

「ああ、ピーシェンとの戦争で一度は盛り返したってのに、停戦の誘いになんて乗っちまったからあんな事になっちまった」

 それは停戦の儀でダルタニア王子が殺害された事を言っているのだろう。
 そしてその後なし崩し的にツーコンの町が支配されたと店主は悔しそうに語った。

(こんだけ悔しそうに語るってことはやっぱ王様は愛されてたって事か……あと何か聞く事はあったかな?)

「所で、ファーコミンの騎士様達は皆戦争で亡くなられたんですか? そんな風に慕われていた王様なら部下の人達も王様の敵討ちに燃えそうなものですけど」

 もしファーコミンの騎士達が反撃の機会を伺っているのなら旨く交渉すれば仲間にできるとタカヤは踏んだ。
 しかし店主は首を振って否定する。

「駄目だ、他の騎士連中は第一王子のラスロット王子と一緒に逃げちまった」

「え?」

 第一王子が生きていた事に驚くタカヤ。

(マジか? ってそれマズいんじゃねーの?)

 タカヤが危惧したのはピーシェンを撃退した後の事である。

(第一王子が生きてるって事は、俺がピーシェンを撃退できたとしても、後で戻ってきて国を返せって言われる可能性が高いって事じゃねーか)

 むしろ逃げたと言う事は確実にそれが行われるのは明白。タカヤはいずれ来るであろう未来にゲンナリとした。

「……じゃあ、いつかそのラスロット王子が国を取り戻してくれるって皆期待してるんですね」

 仮にも一国の王子なのだから人望もそれなりにあるだろう。
 再起を行う為国外に逃げるのもおかしい事ではない。
 だがまたしても店主の反応は違った。

「ああ、そりゃあないな。あのバカ王子が俺達の為に戦うなんてねーよ。今頃は王妃様の祖国に逃げて楽しくやってるだろうさ」

 意外にも第一王子は人望が無かった。

「もしかして嫌われてます? その人」

 黙ってうなずく店主。

(コレはもしかしたら第一王子がやってきても町の人達は味方してくれるかも)

「お兄ちゃん、決まりました!」

 店主との話が途切れた頃にイミアが複数の種を持ってやってくる。

「んじゃコレをお願いします」

「はいよ。……銀貨1枚と銅貨15枚だな」

「結構するなぁ」

「ナガ芋の種があるからな。そいつが高いんだよ」

 イミアを見ると買い物カゴにお菓子を入れたのがバレた子供の様に視線をそらす。
 そんな表情が微笑ましくてタカヤはイミアの頭を撫でる。

「良いのか?」

 確認を取ってくる店主に頷く事で肯定し代金を支払う。
 タカヤから受け取った代金を数えながら店主は呟く。

「アリシア様が国を治めてくれりゃあなぁ」 

「え?」

 それはどういう意味かと聞こうとしたその時だった。

「キャァァァァ!」

 店の外で悲鳴が聞こえる。

「なんだ!?」

 タカヤ達が困惑していると店主が舌打ちをする。

「今日は早ぇじゃねぇか。おい兄ちゃん、裏口からこっそり出ていきな。絶対兵隊共に見つかるんじゃねぇぞ」

「え?」

「早く行け!」

 店主が店の奥を指差す。
 状況が分からず困惑するタカヤだったが、彼の腕をイミアが引っ張る。

「行きましょう」

 イミアの表情は緊迫していた。理由は分からないがここにいては不味いとタカヤも理解する。

「分かった」

 タカヤ達が店の奥に入った直後、誰かが店内に入る音が聞こえる。

「おい、店の前に置いてあるローガーの山は何だ?」

「ああ、あれですか。あれは旅の商人達が置いていったものですよ。急ぎの旅だから食料と交換して欲しいって言われましてね」

「それはいつの事だ」

「昨日の夜ですかね。急に戸を叩かれてビックリしましたよ」

 タカヤ達はその会話を最後まで聞く事無く裏口から店を出た。

 ◆

 店を出たタカヤ達は急ぎ町の外へと走る。

「店に入ってきた奴等ってさ」

「たぶんピーシェンの兵隊だと思います」

「だよな」

 二人は言葉少なに道を行く。
 ツーコンの町はあまり広くない。一直線に走ればすぐに町を出る事ができるだろう。
 しかし、町を出る直前の十字路で二人は運悪くピーシェンの兵隊と思しき鎧の男達と遭遇してしまった。

「何だ? お前等見ない顔だな」

「あ、いや、俺達は唯の旅の兄弟です」

 突然の遭遇に動揺するタカヤだったが、とっさに先ほどの設定にあわせて弁解をする。

「旅人? 二人でか?」

「いえ、この先にキャラバンがありまして、俺達は親方に言われて買出しに来たんですよ。そしたらこの町店が全然無くて、どうしたもんかって困ってたんです」

 タカヤの説明を聞いた兵隊達は成る程と理解を示し笑いあう。

「この町は何にもねぇからな。店の人間も大半が鉱山に連れてかれてるからあいてるのは偏屈ジジイの店ぐらいしかねぇしよぉ」

「まったくだ、こんな田舎とはおさらばしてさっさとピーシェンに帰りてぇぜ」

「ははは……」

(これなら無事に帰れるか?)

「その為にも鉱山に人手が必要だよな」

 兵隊達がタカヤを見る。

(あ、これヤバいわ)

 逃げ出そうとするタカヤ達だったが兵隊達に行く手を塞がれてしまう。

「ここにちょうど良い『人手』が居るじゃねぇか」

「いや俺達旅の途中なんで」

「関係ねぇよ。鉱山に入っちまえばな」

(ああ、こうやって町の人間達は鉱山に連れて行かれたのか。となると……)

 タカヤは大きく息を吐いて肩を下ろす。それを見た兵隊達はタカヤが諦めたと判断して近づいてくる。
 しかし次の瞬間、タカヤは目の前の兵隊に体当たりを食らわせた。

「うぉっ!」

「貴様っ!!」

「イミアっ! 逃げろ!」

 タカヤの言葉に兵隊達の視線がイミアを見る。だがタカヤは兵隊の体をつかんでその動きを封じた。

「逃げろ!!」

 タカヤの言葉に押されるように駆け出すイミア。

「待てガキっ!! このっ! 離しやがれ!!」

 兵隊達がタカヤに暴行を食らわせる。

「がっ! ぐぁっ……」

「ガキなんてほっとけ。コイツだけ連れてきゃ良いだろ」

 運良く労働力として適さないと判断されたイミアが見逃される。
 だがそれを不服と感じた兵隊達がタカヤに再び暴行を行う。

「ぐっ、がっ!!」

「たかが平民の癖によくもに逆らってくれたなコラ」

「あんまりやりすぎるなよ。使えなくなったら隊長に大目玉だ」

 同僚の制止が聞こえていないかの様に兵隊達はタカヤを殴り続ける。

「はぁ、はぁ、お前は一番キツイ所で働かせてやる。ありがたく思うんだな」

 こうしてタカヤは兵隊達に連行され鉱山へと連れて行かれるのだった。 
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