消された過去と消えた宝石

志波 連

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27 推定有罪

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 署に戻った二人は早速課長を捕まえた。

「進展か?」

「仮説段階ですが、かなり正解に近いと思っています」

 ソファーに座る三人の前に、気を利かせた同僚がインスタントコーヒーを運んでくれた。

「もう一度味わってみたいもんだな」

 課長が使い捨てカップから立ち上る湯気を吸い込みながら言った。
 コピ・ルアックのことを言っているのだろうことはわかったが、曖昧に頷いただけで口を開く伊藤。
 斉藤が小夜子の母親である小百合を見染めて、烏丸家に近づいたこと、その切っ掛けになったであろう山中の勤めていたデパートでのことなどを、順序だてて話す。
 時々相槌を打ちながらも、口を開くことなく聞き続ける課長の手がぴくっと動いた。

「サバン症候群の子供が描いた絵だと?」

「そうです。写真のように正確に描かれていました。事件当日、斉藤が午睡していた時間のうち、十四時半から十五時の間で小夜子は寝室から執務室に移動しています」

「だが、金庫を開けることはできんのだろう?」

「ええ、確かに開けることはできないでしょう。しかし閉まっていなければ子供でも開けられます。朝の確認時に斉藤からジュエリーボックスを受け取った小夜子が、それを金庫に仕舞うのですが、その日は金庫を閉めたふりだけしたのなら犯行は可能です」

「斉藤邸の金庫は建物に埋め込まれているタイプだったな?」

「そうです。かなり旧式ですが複雑な構造をした頑丈な金庫です。しかも金庫の前の家具調の扉を閉めてしまえば、そこに金庫があるとは思えない」

「斉藤は金庫が閉まったところまでは確認していないということか」

「長年の信頼でしょうね。確認しなかったのだと思います。それに、何かの拍子で閉まったとしても、彼女には時間はたっぷりありますから、再挑戦も可能でしょう」

「なるほどな。施錠部分に何かを嚙ませておいたとも考えられるな。長年の習慣と信頼か……斉藤にとっては盲点だったな。まさか妻が裏切るとは思わなかった故の油断だ」

「斉藤邸の金庫は、かなり旧式ですがシリンダーとダイヤルの併用式でしたから、何かを嚙ませるというのは有効な方法ですね」

 伊藤の言葉に藤田が疑問を投げかける。

「でも薄い布とかでは無理ですよ。あれほどごつい金属を押さえておくとなると……」

 課長がフッと笑う。

「何とでもなるだろ? 要は扉が閉まらなければいいんだ。例えば本とか?」

 伊藤がふと顔を上げる。

「念を入れるために、その瞬間だけ斉藤の気を逸らしたのかもしれません」

 課長が片眉を上げた。

「あり得るな。猫を膝に乗せるというのも手だ」

「あ……」

 藤田がポカンと口を開けた。

「まあ、そこはいいさ。それで寝ている間に『女神の涙』だけを取り出して、施錠してしまえばバレやしない」

「持ち出し方法ですが、やはり猫を使ったのだと思います」

「でも腹がでかい状態だったのだろう? しかも生まれた子も確認したと言ったのはお前だ」

「もう一匹いたんですよ。同じ種類の猫が」

「坂本の猫はオスだろ?」

「ええ、坂本ではありません。獣医が同じ猫を飼っていました。何度も出産経験がある熟女だと言っていましたよ」

「どういうことだ?」

 すでに冷めきっているコーヒーを一口飲んだ伊藤が持論を展開した。

「腹に異物を抱えた猫を、出産だと偽って病院に運びます。運ばれた病院には出産したばかりの猫がいる。協力者である院長は猫から異物を取り出し、何食わぬ顔で出産を終えた自分の猫と生まれた子供を斉藤邸に戻すのです」

「猫が違ったということか?」

「そうです。あの種の猫は全く同じに見えますからね。ご丁寧に運んだのも迎えに行ったのも警察官の我々だ。まんまとやられましたよ」

「なぜ気付いた?」

「例の被害届取り下げの件で斉藤邸に行った時、猫が客間に居たので抱き上げたのです。腹に傷がありました。小夜子に確認すると避妊手術をしたのだと言っていましたが、新しい傷には見えませんでした」

「小猫を売り飛ばしてから、また入れ替えたというわけか。辻褄はあうな。しかし宝石が他国でオークションにかけられた件はどう説明する?」

「あれは全く同じ形のデザインが存在していたのだと考えています」

 伊藤は蕎麦屋で聞いたインドネシアの置物の話をした。

「お前が言っていた双円錐の件か。ではまだ斎藤所有の物は日本にあると?」

「そこはまだわかりませんが、持ち出す方法ならありますよ」

「どうやるんだ? 億を超すような宝石を正規ルートで秘密裏に持ち出すなんて不可能だ」

「オークションの落札者が、あの宝石を加工したという話がありましたよね。その加工は日本の切子職人の手で行われたのはご存じですか?」

「ああ、新聞で読んだ……なるほど! 落札された宝石と加工された宝石は違うのか。だとすると落札者も共犯ってことになるぞ?」

「共犯ではなく利用されただけだと思います。出品者が日本に加工を依頼して、落札者がそれを受け取るという手筈にすれば問題ありません」

「しかし出品されたのはシンガポールだろ? それこそ持ち込んだ時にニュースになる」

「ええ、本物の宝石ならニュースになりますよね。でもプラスチックなら問題にもなりませんよ。それこそおもちゃのペンダントとかね」

「出品者は共犯確定か」

「主犯は斉藤小夜子、共犯は市場正平と出品者のサム・ワン・チェンの二人です」

「出品者は中華系シンガポール人か?」

「出身はジャワ島で、かなり裕福な家のようです。先祖は王族らしいのですが、今のところは斉藤との接点はありません」

「斉藤にないということは小夜子か市場か……」

「そっちの線だとしたら烏丸家かもしれませんね」

「もう一度洗ってみるか?」

「はい、是非」

「これはもう事件扱いにはできん。あくまでも俺たち三人の興味でやっていることだ。それは忘れるなよ」

 頷いた伊藤が立ち上がると、藤田も慌てて後に続いた。

「それにしても毎年インドネシアに行っていた斎藤と山本は何をしに行ってたんだ? 斎藤が行けなくなっても山本一人で行くほどだ。何かがあるはずだが……」

 資料室に向かう二人の背中を目で追いながら、課長が小さく呟いた。
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