消された過去と消えた宝石

志波 連

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8  聴取 主治医 山本充(72)

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「もうこんな時間だ。そろそろ薬も切れるかもしれん。手短に頼むよ」

 入ってくるなり不機嫌さを隠そうともしない山本医師。
 慣れているのか、そんな態度を気にすることもなく伊藤刑事はソファーを勧めた。

「承知しました。確認だけですのでよろしくお願いします」

「フンッ」

 藤田刑事が片眉をぴくっと動かして、隣に座る伊藤刑事をちらっと見た。

「お名前と年齢、それとご職業は医師ということですので、斉藤さんとの馴れ初めをお願いします」

 藤田刑事が山本の前に缶コーヒーを置いた。
 一瞥をくれただけで手は伸ばさない。

「調べればわかるようなことを聞くんだな。山本充72歳だ。職業は医師だが今は斉藤以外の間者は診ない。奴とは学生時代からの付き合いだ」

「大学ですか」

「ああ、奴は法学部で私は医学部。N大学だよ」

「名門校ですね。それに国立だ」

「うちは貧乏でね、国立だから通えたようなもんさ」

「ご実家は開業医では無いのですか」

「開業医なら貧乏なわけないだろう? 備後の出身だ。家業で絣の反物を扱っていたが、軍需で兵隊のゲートルに切り替えた。いくら頑張っても大規模工場の百分の一も作れやしない。村人が総出で作業してもそんなもんだったよ。私は村の子供の中では優秀な方でね。村の分限者が金を出してくれて上の学校に通えたんだ。医者になって戻るのが約束だった。無医村だったからね」

「それで医師になられたわけですね。卒業後は戻られたのですか?」

「いや、戻らなかった。金を出してくれたじいさんが亡くなったら、ぱったりと仕送りが途絶えてね。お陰で苦労したもんさ。少しの恩は感じるが返すほどの義理じゃない」

「なるほど。では仕送りが途絶えてからは自力で卒業なさったわけですね?」

「まあいろいろやったが……その頃に斉藤と出会った。それからの付き合いだ」

「相当長いお付き合いですね」

「もう五十年を超えるな。お互いしか知らない秘密も抱え合う仲だ」

「それは是非お聞きしたいですね」

「事件には関係ない。言うはずが無いだろう? まだかかるかね? そろそろ患者の様子が見たいのだが」

「最後にします。今日までの三日間の行動を教えてください」

「三日間か……三日前は日曜だな? 息子とゴルフに行った。月曜は午後からここにきて診察をした。いつものことで回診みたいなもんさ。昨日の火曜は一日中自宅で過ごしたよ。読みたい本が溜まっていたから、最近はそういう日が多い。今日もその予定だったが夕方電話があって呼び出されて現在に至るというところだ」

「わかりました。また何かございましたら協力をお願いします」

「ああ、私にできることがあれば協力しよう。それとひとつ話しておきたいのだが」

「何でしょう?」

 刑事たちの中に緊張が走る。

「斉藤のことだが、もって一週間というところだと思う。今日のことが余程堪えたのだろう。不整脈が悪化している。斉藤は死ぬまでこの屋敷で過ごすと言っていた。病院には運ばないから、ここで看取ることになると思う。状態は悪い……今夜逝っても不思議じゃない」

「なぜ病院に行かないと?」

「知らん。知らんがこれは絶対的な約束だと言われている。私もそれを守ると誓った」

「わかりました。それでは先生はずっとここに寝泊まりされるのですね?」

「ああ、全てが片付くまではそうするよ」

「ありがとうございました。どうぞお戻りください」

 よっこらしょとわざとらしく声に出して山本医師が立ち上がった。
 伊藤と藤田は同時に立ち上がり、出て行く山本を見送る。

「喰えんじいさんでしたね」

「ああ、人の死に身近な仕事をしている人間特有の迫力があったな……何と言うか人を殺したことがある人間と同じ感じだ」

 藤田が肩を竦める。

「まあ医者なんだから人に死にかかわることは多いでしょうし、あのくらいの年齢ならきっと戦争に行ったのかな」

「どうだろうか。でもきっと、人の死と自分の死を同じ目線で見るような日々を送ったことがあるんだろうな」

「何歳でしたっけ?」

 そう言うと藤田は持っていた手帳を捲った。

「72か……戦争には行かなくて済んだ年齢だけど、戦後の混乱期を背負わされた年代ってところでしょうか」

「戦後の混乱か……俺でも知らないんだ。お前なんて教科書でしか知らないだろう?」

「ええ、それもあの分厚い社会科の教科書でも数ページで触れただけくらいのボリュームでしたよ。忘れちゃいけないものを忘れるように国が仕向けるってどういうことですかね」

「戦争を繰り返したいのだろうさ。余程の旨味があるんだろう」

 伊藤はポケットから煙草を取り出し、窓を開けて外に向かって煙を吐いた。
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