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7  聴取 執事 山中誠(62)

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 疲れた顔で客間に入ってきた執事の山中は、出された缶コーヒーに手を付けることなく、正面に座った伊藤刑事の顔を見た。

「お疲れ様ですね。もう少しですので頑張ってください」

 フッと息を吐く山中。

「お疲れなのは刑事さん達もでしょう。それより煙草を嗜まれるのですね。私も良いですか?」

「もちろんです。取り調べというわけでは無いのですから、気軽になさってください」

 ポケットから煙草を取り出す山中に釣られた様に、伊藤もポケットに手を入れた。
 暫し無言のまま紫煙を燻らす二人。
 煙草を吸わない藤田がそっと窓を開けた。

「では始めましょうか。お名前と年齢と勤続年数をお願いします」

「山中誠、六十二歳です。こちらには二十五の時からお世話になっていますので……三十七年ですか」

「長いですね」

「ええ、長いですよ。最初は書生としてここに来たのですが、いつの間にか執事なんて呼ばれるようになっちゃって」

「最初からでは無かったのですか」

「ええ、同じころここに来た奴らはみんな独立させて貰ってましたが、私は秘書として残りました。書生っていう立場は先生から声がかからないと独立できないでしょ? それが嫌なら辞めるしかない。まあ、私の場合は嫌じゃなかったので残ったって感じですね」

「ではいつから執事になられたのですか?」

「ご主人様が体を壊されて、第一線から引かれてすぐですね。とにかく先見の明をお持ちでしたから、引き際も鮮やかでしたよ。私としてはその時に独立させられるのだろうと思ったのですが、なぜか手放して貰えず現在に至るというところです」

「余程手放したくなかったのでしょうね」

「使い勝手が良かったのでしょう。まあ、私も楽しかったですし」

「斉藤さんが引退なさったのは何年前ですか?」

「今の奥様とご結婚なさる少し前ですから……十二年になりますかね。その頃にはもう書生はいなかったのですが、メイドの千代さんも歳でしたからねぇ、丁度職を探していた姪に声を掛けたのです。ああ、姪というのはメイドの美奈です。姉の娘なんですがね」

「ええ、美奈さんから聞きましたよ。ご苦労なさったようですね」

「姉夫婦がかなり早くに亡くなりましたのでね。そんな話をご主人様にしたら、それほど心配ならいっそ引き取れと言われて、ここで働かせることになりました」

「なるほど、伺っていると斉藤さんという方はどうやら面倒見が良い方のようですね」

「ええ、ご主人様はとても面倒見が良いですよ。事業に関しては刃物のような鋭さをお持ちですが、一度懐に入れた人間は最後まで面倒をみるというタイプです」

「ところで斉藤さんとはどちらで知り合われたのですか?」

「大学を卒業して、最初に勤めたのが日本橋のデパートです。配属されたのは貴金属売り場でしてね。宝石やら時計やら、一から勉強させられました。その時のお客様ですよ」

「斉藤さんはその頃から宝石にご興味がおありだったのですね?」

「それはどうでしょうか。銀座のホステスさん達に買ってやっていたという感じです。ご自分で選ばれるということは無かったと思います」

「山中さんはそこから引き抜かれた?」

「引き抜かれた……う~ん、どうでしょうか。誘われはしましたが、結局決めたのは自分なので、引き抜きとは違うと思います。何と言うか、買い物の仕方がとても粋でしてね。私の方が憧れたって感じが近いかな」

「魅力的な方なのですね」

「ええ、一言でいえば人誑しでしょうね。あの頃のご主人様が本気で口説けば、男も女もいちころだったと思いますよ。そうやって事業を伸ばしていったのは確かですから」

「ああ、その頃は書生さんとして近くで見ておられたのですよね?」

「そうです。いろいろな手口を教わりましたね。金を出させる殺し文句とかね」

「面白そうですね」

「実際面白かったですよ。犯罪にはならないが、ギリギリの線までは攻めていましたし。若い頃はもっと際どいこともやったのかもしれませんが、そこは私は知りません」

「なるほど。話は変わりますが、昨日はどのように過ごしておられましたか?」

「昨日ですか? どのようにと言われても、いつも通りとしかお答えのしようがないですね。六時に起きて朝食をとって、届いた手紙をさばいて……ご主人様が保有している株の動向を確認していました。これも仕事でしてね」

「斉藤さん夫婦はどのように?」

「ご主人様は朝食後に日課のコレクション鑑賞をされたあとは、私と一緒に執務室で株価の確認をされます。奥様も同席されていますよ。昼食の後は午睡をされて、夕方まではテレビを観たり、本を読んだりでしょうか。夕食が済めば入浴して就寝です」

「午前中しか仕事はなさらない?」

「ええ、倒れてからはそうですね。仕事といっても私からの報告を聞くのがメインです。株の暴落でも無い限りは同じ毎日です」

「ずっと奥様もご一緒に? それは斉藤さんの希望ですか?」

「はいそうです。午睡の時でさえ奥様はずっと近くで読書をなさっているほどですよ」

「そりゃ束縛がきついですねぇ」

「私なら相当なストレスでしょうね。しかし元々人付き合いが苦手で、静かに本を読んだり刺しゅうをしたりという暮らしを望まれていたので、本人的には理想的な生活だそうですよ」

「なるほど……」

 山中は缶コーヒーには目もくれず、また煙草に手を伸ばした。  


「念のための確認ですが、ここ数日の間は皆さんお出かけになっていないということでしたが、この屋敷を訪ねた方はおられますか?」

「ここ数日ですか……ああ、そうだ。いますね、訪問者が」

「誰ですか?」

「一昨日ですが、契約しているスーパーの配達がありました。それとその前日には庭師の坂本さんが来ましたね」

「庭師の? その方は月末の二日間だけとお聞きしていますが?」

「ええ、本来はそうですね。あの日は仕事ではなく、二週間ほど預かっていた猫を引き取りに来られたのです」

「猫ですか? 預かっておられたというのはあなたが?」

「私ではなく奥様がです。二か月前にも繫殖のためにこちらで預かっていましたが、交尾が成功してすぐに戻したのです。先月仕事で来られた時に、坂本さんが胃の手術をすると聞きましてね。奥様が入院の間だけでもその猫を預かると仰って、今月の初め頃から再び預かることになったのです。そう言えば、今いる猫も坂本さんの紹介で来た子です。何でもとても珍しい種類の黒猫だそうですよ」

「珍しい黒猫ですか。ではこの家にも黒猫がいるのですね?」

「ええ、いますよ。真っ黒な雌猫です。繫殖は上手くいったみたいでもうすぐ生まれるはずです。何という種類だったかな……とにかくとても美しい猫ですよ」

「もう? 二か月前ですよね? そんなに早いんですか?」

「私は詳しくないのですが、猫ってそんなものらしいです」

「へぇ、知らなかった……そんなに早いんだ」

「ええ、そうみたいです」

「それにしても見かけませんね。普段はどこに?」

「家の中をうろうろしていましたが、最近は腹がでかいからか、ほとんど横になってます」

「どこにいるのですか?」

「ご夫婦の寝室ですよ。見ませんでしたか?」

「気付きませんでした」

「大人しい子ですからね。めったに鳴くことも無いし」

「珍しいですね」

「飼い主に似るといいますから、奥様似なのでしょう。本当に大人しい子です」
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