和ませ屋仇討ち始末

志波 連

文字の大きさ
10 / 72

家族

しおりを挟む
 部屋割りは、台所に近い六畳を共用として、その奥の四畳半を咲良が使うことになった。
 その二部屋と廊下を挟んだ六畳と四畳半を久秀と新之助が使う。
 裏庭に面した廊下は広縁で、その突き当りが風呂と雪隠という作りだ。
 久秀が同室するのは護衛も兼ねているからだと言われると、新之助も納得するしかない。

「あれ? 新之助は咲良と一緒に寝ようと思っていたという顔だな」

 口調を崩した久秀が揶揄うと、新之助は半泣きの顔で否定したが、顔は真っ赤だ。
 ところどころ塗が剝がれた箱膳が三つ、板場の隅に積まれている。
 それを見ただけで本当に家族になったような気がするから不思議だ。

「なんだか妙な気分ですね」

 届いたばかりの布団を敷きながら、久秀が咲良に言った。

「本当に……夢でも見ているようです。今日から一人寝なのですね」

「咲良、寂しいなら一緒に寝るか?」

 揶揄われたことに腹を立てたのか、咲良が久秀を睨む。

「はい、寂しいので一緒にお願いします。川の字で寝ましょう」

 言いだした久秀の方が慌てふためいたが、考えてみれば旅籠では同室で過ごしていたのだ。

「うん、慣れるまではそうしよう」

 結局六畳と四畳半を仕切っている襖を取り払い、同じ布団を三つくっつけて横になった。
 が、本当に寝ているのは新之助だけで、久秀も咲良もなかなか寝付けないでいる。
 話しかけるのも憚られ、何度も寝返りを打つ間に一番の鶏が鳴いた。

「では行ってまいります。咲良は新之助を柴田のところに送ってくれ」

「はい、畏まりました。帰りは買い物をして参ります」

「ああ、よろしく頼む」

 昨夜の残りもので朝食を済ませた久秀を、咲良と新之助が並んで見送る。
 新之助の着替えは久秀が用意していたので、それを着せて家を出た。
 咲良は旅装に変えた時から保管していた三沢家のお仕着せを包んだ風呂敷を抱えている。
 柴田の家までは、新之助の歩調に合わせると半刻ほどだ。
 途中でどこに何の店があるのかを確認しながら二人は手を繋いで歩いた。

「おはようございます」

 稽古初日ということもあり、今日だけは正面の玄関から声を掛ける。
 柴田本人が顔を出し、にこやかに二人を迎えた。

「おはようございます。あれ? 安藤は?」

「久秀様は本日より柳屋へ出ております」

「そうですか。ではご夫婦と子供という態で?」

「はい、そのようにすると言われました」

 柴田は小さく何度か頷いた。

「新之助様もそれはご承知なのですね?」

 新之助が大きな声で返事をする。

「はい、そのように承知いたしております」

「では、着替えてきなさい。その横から入ると通用口があります。この者に案内をさせますので、詳細は追ってご説明させましょう」

 新之助が柴田の後ろで白い稽古着に身を包み、黒髪をひとつに結んだ彩音が正座していた。

「彩音殿?」

「はい、彩音でございます、新之助様」

「彩音殿もお稽古を?」

「はい、父に指導を受けております。今日から同門ですね。よろしくお願いします」

 新之助が慌てて頭を下げた。

「こちらこそどうぞよろしくお願い申し上げます」

 彩音が先導して新之助がとことこと後を追う。
 その姿を微笑ましく見送りながら、咲良が柴田に聞いた。

「迎えは夕刻でしょうか?」

「いや、幼い子たちはそれほど長くはできません。終われば家の方で預かりますので、咲良殿のご都合で大丈夫ですよ」

「恐れ入ります。本日はいろいろと買い揃えねばならない物もございますので、とても助かります。それと稽古着と竹刀はどのようにすればよろしいでしょうか」

「ああ、それはこちらで。彩音のお古ですが丁度良い大きさでしょう。それとも新之助様にお古は不敬かな」

「いいえ、とんでもございません。久秀様も私も新之助と呼び捨てております。隠し通すためとはいえ、心苦しいのですが……」

「いや、大事なことです。では私もそのようにしましょう。そういえば家内が咲良様がお見えになったら家の方へ立ち寄ってほしいと言っておりました。きっと茶でも付き合わせようという魂胆でしょうが、よろしければ寄ってやってください」

「ありがとうございます」

 勝手口で声を掛けると柴田の妻女がすぐに戸を開けた。

「おはようございます。遠慮なくまかり越しました」

「ようこそ、さあどうぞ」

 台所にある小上がりに腰を掛け、女二人でおしゃべりを楽しむ。
 咲良は姉が健康であれば、このような時間を共に過ごしたのかもしれないと思った。

「そうそう、これをお渡ししようと思って」

 奥の間から妻女が持ちだしたのは紺色の風呂敷包みだった。

「これは?」

「私が娘の頃に来ていた物だから、もう古くて申し訳ないのだけれど、良かったら着てください。家事をすると思いのほか汚れるものですから、着替えは数枚持っていた方が良いですよ。咲良様のお召し物は、絹物でしょう? 木綿の方が何かと便利なんですよ」

「これは……何から何まで本当に……ありがとうございます。なんとお礼を申してよいやら」

「お礼など言っていただくようなものではございません。もう古いですから、破れたらそのまま座布団にでも仕立てなおしてください」

「大切に使わせていただきます」

 フッと息を吐いて湯吞を手に取った妻女が言う。

「私たちのことはお聞きになりました? 安藤様は変に義理堅いからお口にされていないかしら」

「はい、何も伺ってはおりません」

「私たちは両親に大反対されて、家出みたいにして一緒になったの。若い頃にね、私の友人が安藤様に熱を上げて、付き合いで道場に見物に行っていたのよ。あの頃の安藤様は、それはもう見目麗しいお方でねぇ、何人もの女たちが安藤様目当てで押しかけていたものよ」

「そうなのですか?」

「そうよ。本当に凄かったの。でも私は柴田を初めて見た時から、この人だって……一目惚れしたの。柴田は全然気付きもしないで、いくら声を掛けてもそっけなくてね。見かねた安藤様が取り持ってくださったのよ」

 何度か茶を淹れ変えながら、馴れ初めから駆け落ちもどきで家を出たことなどを、楽しそうに語る妻女の横顔は、とても美しいと咲良は思った。

「子供が出来てやっと許してもらえたの。それまでの暮らしはもう本当に貧しくてねぇ。でも好きな人と一緒だから耐えられたし、安藤様が柴田には内緒だと言って助けて下さったの」

「久秀様が?」

「ええ、自分は何とでもできますからって仰って。そのご恩もお返しできないままお国許に戻られてしまったから、今回頼って下さったことは本当にうれしいの。それに咲良さんというお知り合いもできたし。私を姉と思ってなんでも相談して下さいね」

「あ……ありがとうございます……本当に……ありがとうございます」

 城下を出てからずっと気を張っていたのだろう、思いがけない優しい言葉に咲良の目から涙が溢れた。

「頼りにしております。姉上」

 ひとしきり泣いて落ち着いた咲良は、明るい顔で立ち上がった。

「では後ほど迎えに参ります」

 咲良はその足で古着屋へ向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【アラウコの叫び 】第2巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

処理中です...