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第一章

あすこのお屋敷には美しい女性がいるらしい……

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 ーー他の女性と比べて短いが、質の良い美しい髪。肌の色も透き通るような白い肌。あすこの山には天女と思しき美しい女人がいるーー

 この噂は約1年ほど前から流れ始めたもの。ある1人の貴族男性が、お供とともに山へお詣りに行った際、誤って山奥に偶然迷い込んでしまった時にその屋敷を見つけたらしい。

「ああ、こんな所に屋敷が。助かった、水でも頂こう。おい、聞いてまいれ」
「はい」

 そう指示を出した後、男はハタと気づいた。このような山奥に屋敷があるのはおかしい。もしや、山賊の屋敷ではないか? と。

 だが、意外にも連れの下人は無事に戻ってきた。

「お屋敷に入ってもよろしいと」
「なんと、では行かせてもらおう」

 疲れ切った体を休めるということで、男は先程の警戒もすっかり忘れて屋敷へ向かう。屋敷は思った以上にこじんまりとしていて、そこかしこに花が植えてあった。

 今は春。ツツジが綺麗に手入れされ美しく咲き誇っている。

 美しいな……男はぐるりと庭を見回し感嘆した。

「どうぞ入ってください」
「うむ、失礼する」

 女の声がして、ゆっくりと屋敷へ向かえば男は次の瞬間顔を赤らめた。

「そ、そそそそちは、何という格好を!」

 現代ではありえない、体の線が出る着物。無造作にまとめられた髪は見たこともないほど艶やかで、腰までと短い。そして何より、美しかった。このような美しい娘がいるのか? と疑問に思うほど。

 もしやモノノ怪か。男は疑ったが、その美しい娘は可笑しそうに笑うのだった。

「あはは、何を言ってるんですか? 普通の格好ですよ。それよりも貴方達の方が不思議な格好をしてるじゃないですか」

 何か近くで撮影でもしているんですか? そう問われて、聞き慣れない単語に男は固まる。

「あれ? まぁお疲れのようですし。中に入ってください。あ、縁側でもいいですよ? その服じゃあ中に入るのは大変そうですね。縁側にしましょうか」

 娘はそう言って、屋敷の中へ消えていった。袴を細くしたようなピッタリしたモノをはいているせいか、その後ろ姿さえも不思議な魅力があった。

 しばらくして、ガラリと音がして庭の方を見れば娘が扉から顔を出している。

「ここに座ってください! 水も用意したので遅くなりましたがどうぞ!」

 男の知っている女性というのは、このように大声で話さないし、口元も隠している。歯を見せて笑うなど言語道断。そう教わっていたのだが、今見ている娘は違った。

「なんと。ありがたい」

 男はいつの間にか娘に夢中になっていた。まるで天女だ。天から落ちてきた天女がここに住み着いたのだろうか? それとも、天女の休息所なのだろうか?

 縁側に座り、用意された水を飲みながら、男は屋敷の中へ戻った娘に想いを馳せていた。

「はい、迷ったって聞いたからお腹の足しにどうぞ」
「これは?」
「水羊羹。前にスーパーで買ってきたのがあったから」
「すうぱあ」
「そ、スーパー。お兄さん、役になりきってるねぇ。凄い!」
「はあ」
「お付きの人もどうぞ!」
「かたじけない」

 娘の話す言葉は理解できないものもある。やはり、天女か? そう思いながら、男は一口みずようかんなるモノを口に入れた。

「っ!? 何だこれは!」
「疲れた体には美味しいでしょう?」

 男は今まで口にしたことのないほど美味な食べ物に仰天していた。

 何だこれは。この世の食べ物なのか? えぐみもない、雑味も何もない。ただ透き通った甘さと旨味がある。

 下人も、目を見開いて男の方を見ていた。

 これを食べてしまえば、今まで食べていた料理が味気なく感じてしまう。

「これをもう一つ頂けないか」
「ごめんなさい、もうこれで最後だったの」
「そうか……」

 残念な顔をしていたのだろう。男が娘の方をみれば、娘は困ったように眉を寄せて笑っていた。

 ふわりと不思議な芳しい香りが娘が動くごとに漂う。

 やはり、この娘は天女だ。

 男の中に一つの確信が芽生えた。

 この娘を返すのは惜しい。私の妻にしたい。娘が器を片付けている間に、男は下人へ指示を出した。

「私はあの娘が欲しい。帰ったらすぐに、文を出す用意をしておきなさい」
「承知いたしました」

 知られる前に、自分のものにしよう。そう男は思ったのだった。

 そして、男は自身の宣言どおり文を出そうとするのだがそれを政権敵の貴族に知られてしまう。長年女に興味のなかった男が文を出すなど何事か? と興味を持たれ、男だけの秘密はすぐさま皆のものへとなってしまったのであった。
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