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五道転輪王

59、→地獄行く、5時←

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 ガタンッ 

  私、元、淑妃しゅくひじんは新調したばかりの錆牡丹さぼたんの袖をあおりながら朱の宮殿の執務室の真横に火車かしゃを寄せさせた。  

火車かしゃは思いの外乗り心地は悪く、激しく揺れた。 

なので、降車時によろけてしまう程、鈍い頭痛がする。 

 更に苛立いらだちで眼の前が紅く染まって視界が悪い。 


「遅い!退きなさい。私は急いでいるの!!」 
 

私は執務室から出てきた膝丈くらいの背の小鬼らを強引に突き飛ばしながら、目的のモノのある場所を目指し急いで歩を進める。 


「お待ちくださいませ。五道様ごどうさま?……。不在の際に溜まった書類が山積みでございます。至急、緊急性の高い書類にだけでも目を通して……」

「ちょこまかと五月蝿うるさいわね。こっちは、それどころじゃないのよ!」 


 バタンッ ガチャ 


「……五道ごどう……さ、ま!?」


  私は執務室へ入ると邪魔者を払うように急ぎ鍵を締め部屋に立てもった。 

そして執務室の扉を勢いよく蹴り開ける。

続けて私室へと続くふすまを強引に開け、噂のカプセルトイの機械を見つけ怪しく笑い、息をついた。  


「~っ。あったわ!これが噂の……」


千手観音せんじゅかんのんの与太話の通り、五道転輪王いもうとの私室には腰丈ほどの白い箱が部屋の中央に置かれていた。  


「お待ちください!金殿じんどの。私室には五道様ごどうさまと書記官以外、入室禁止でございますので……あっ、コインが……」  


 チャリン チャリン 

どこから現れたのか、五道転輪王いもうとの部下のと呼ばれている口面布をした男は私の後について私室に入ってきた。

そして慌てた拍子に机の角に足をぶつけ、手に持っていた金色のコインが床に数枚、落し床にいつくばった。 

名は体を表す。とは、鈍臭い今の彼にぴったりの名だ。 

その直後、私は彼の落とした金色の硬貨コインに運命の糸が見えたのを感じた。 


(これだわ、この硬貨コインさえ手に入れれば例の機械が回せる!?) 


 ガバッ

私は自身の足元に落ちていた硬貨コインの1枚を鷲掴みにするとカプセルトイのコインメックに押し込み、中身も確認せず男が静止する声を背に急いで取手を右に回した。 


回し方は千手観音せんじゅかんのんの言っていた通り右に回すだけ。 

とても簡単だった。

 ガチャガチャ ガタン 

私の視界は暗闇でもないのに興奮して先程よりも濃い朱色に染まってしまって視界がより悪くなった。  

その上、運が悪いことに機械のハンドルを勢いよく回し過ぎたせいでハンドルが、半周した辺りで誤作動を起こしたように動かなくなった。 

 ガタン ガタン 


(これ以上、回らない!?まだカプセルと言う玉は出てきていないのに……) 


「ちょっと、そこの愚民。拾うの後でいいからこちらを 手伝いなさい!まったく、りょくに似て気が利かない……」 
  

 カチャ ガチャ ガチャ  

私は機械のハンドルを左右に何度も行き来させ大声で床に座る男に罵声を浴びせ続けた。

 ガチャ ガチャ ガチャ ガタン、ドンッ!! 


朱の宮殿に響き渡る轟音の後、やっとのことで機械から出てきたのは墨色のカプセルだった。 

このカプセルてのひらに乗せた瞬間から禍々しいオーラと不穏な空気を纏っていた。 

 開けたらこの世が終わるというような空気を纏った不吉なカプセルだ。 


「何?この黒いカプセル……。中身は……」


私は白く細い指に力をかけカプセルを力任せに開けた。 

 カパッ


「嫌だ、何て悪趣味……」 


中身は地獄道じごくどう大窯おおがまの写真の印刷された缶バッジ。

私の脳裏には、あの懐かしい醜悪な|血塗られたかまとのひとコマがよぎった。 

それとカプセルの裏側に意味有りげに白い紙が小さく折り畳まれて貼り付けられていた。  

折畳まれた白い紙を開くと中に【→地獄行く、5時←】と朱色の文字で書かれている。


まずい。はかられた!?)


 ドンッ バタンッ ガチャ

は私がカプセルを手にした様子を確認すると私室のふすまを駆け足で潜り抜け、勢いよく執務室に鍵をかけた。 

 私は扉が閉まる音を背に慌てて壁に掛けられた時計を見返す。

時計は4時58分を指している。


「っ。間に合わない……」


私は私室を飛び出し、と同じように執務室の扉から急ぎ外に出ようと駆けだした。  

だが、扉を押しても扉はびくりとも動かない。

 ドン ドン!!


「こら、、開けなさい。早く、早く、開け……仕舞った。まったく動かないっ」 


 ガンッ

 私は力任せに扉の金具をつかむと全体重を右の扉かけて倒れこんだ。 

どう足掻いても扉を開けることはできないようだ。

私は全く動く気配ない扉の前で失意の余り身動きが取れなくなり床に座り込んだ。 

無常にも時計の秒針が駆け足で45の数字の上を通り過ぎていく。

 シュー シュー


「何!?」


怪しげな音がする方を振り返ると執務室に掛けられたタペストリーの曼荼羅まんだらの向こうから赤とも白とも見える重い煙があふれているのが目についた。 


そして夕刻の鐘が約束の時を知らせた時、煙を押し留めていた朱色の扉が悲鳴のような音と共に立てゆっくり開いた。 

 中からは、人形ひとがたをした黒い生き物の無数の腕が伸び私の細い足をつかみ我先にと私を床に引き倒そうとした。 


「痛い。痛いっ。離しなさい!……」

 ガリッ

私の抵抗も虚しく細い身体からだは徐々に扉に引き寄せられていく。 


「あぁ、もうダメ!嫌、嫌あそこにだけは戻りたくない……っ!」 


 ガリッ 


私はそう言うと床の朱色の敷物のに爪を立て大声で言葉にならない声で叫んだ。  


「いや……」


必死の抵抗も空しく私の身体からだは握りしめた朱の敷物ごと徐々に扉に吸い寄せられていく。 

右足は完全に扉の中に引き込まれてしまった。  


「助けて、助けてよ!りょ……」 


 バッタンッ!! (シーン……) 


その命をかけた私の金切り声が終わらないうちに朱の扉は私の身体からだすべて飲み込み大きな音を立てて口を閉じた。

私がこの扉に飲み込まれたのはこれで2度目であった。  

惨事の後に部屋に残されたのは石竹せきちくで染められ金の刺繍を施した美しい披布だけだ。 

 私に少しの良心と学ぶ心があればもう二度とこの部屋を訪れることはないであろう……。
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