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冥府②
45、→好みの娘←(このみのこ)
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あれからどれくらいの月日が流れたのだろうか……。
前世、双子の姉であった女、金が泰山王の秘書官になってから1ヶ月が経った。
|あの日《金が雇用された日》以来、彼が直接、私の住む朱の宮殿に休日、贈り物を運んでくることはなくなった。
私は彼が来る当たり前の日々に甘え、大切な言葉をいつも伝えられずにいた。
それは彼も同じだと思っていたのに……。
人の気持ちというものはよく分からないものだ。
そんなことを考え私は朱色の紅を唇に指し彼が訪れるかもしれないその時を今日も待つことにした。
*
その日の午後。陽の高い時刻、泰山王の部下の従者がいつもと同じ荷台をつけた火車を走らせて来た。
そして火車から独り降りてきた後すぐ、口を開けばあの女の悪口が始まった。
「五道様、聞いてくださいよ。泰山王様は昼夜問わず、いつもあの女と一緒にいるんです!あの女の強欲さといったら底なしです。昨日なんかですね……」
(昼夜問わず……か)
私は、大きな目に涙を溜めて愚痴をこぼす従者を見てあの女の存在が周りの従者や任務にも支障をきたしてきている事を知っていた。
「……そう、それは大変ね 」
カタンッ
私は従者の愚痴に適当に相槌をうちながら、冥官・癡が荷台から下ろした、いつもよりも少し大きめの贈り物の箱の蓋を優しく持ち上げた。
今日の私は珍しく髪を纏め、右のこめかみの辺りに翡翠の飾りのついた簪を挿している。
爪には優しい色の紅まで塗ってみたのだが……。
(気合なんか入れて、早起きして、化粧なんかしてバカみたい。男の人って胸が大きい女性の方が好きなのかしら。それとも私の事なんてはじめから何とも思ってなかったのかしら……)
そんな事を考えているうちに私の口からは溜息が出てきた。
「五道様。今回も中身は
泰山王様、ご自身が選定しています!!ここに来られないのは、あの女が監視しているからで……」
従者は箱の中身を取り出しながら私の眉間に寄せられた皺をしげしげと見つめた。
従者は 何か意を汲んでほしそうな目をしていたが、私はその眼差しに気が付かないふりをして品物を吟味しはじめる。
「今日は何かしら……あら?」
カタンッ
私はいつもよりも少し大きめの箱の中から小さな硝子玉ついた布地をゆっくりと引き出した。
色は白色に近いが、少し黄色みがかっている。
そして長い手袋のような物とお揃いの生地でできた腰の細い衣類らしきものが入っていた。
「これ、何だろう……」
私は姿見の前まで布を引きずっていくと自分の朱色の衣の前に当ててみた。
少し裾の長いような造りの服だが胸元や腰は私の身体にぴったりのサイズだ。
「ふんっ。泰山王様の仰っていた通り、サイズはぴったり。実にお美しいです。五道様!!」
カシャッ
従者は本音を言ったといわんばかりに息を荒げ鏡越しに私の姿をポロライドカメラに収めた。そして
「では、拙者はこれにて失礼おば致しまする」
そう言うと空になった箱を急いで火車の荷台に乗せると癡の淹れた茶も飲まず茶菓子の月餅だけ懐に入れると風のように去っていった。
「……忙しない事」
私は従者の去った後、箱から出された贈り物を床に並べ、ゆっくりと吟味していく事とにした。
*
触らぬ神に祟りなし。
従者はひと仕事終え首から提げたカメラを外すと泰山王のいる私邸に急いだ。
「今日の褒美は何かな~!」
従者は先程、撮ったばかりの女の写真を山梔子色の布で優しく包みながら馬に鞭を入れ|先を急ぐ。
山梔子色を基調に彩られた私邸に着くと泰山王がひとり庭の池の辺で従者の帰りを待っていた。
「お帰り。収穫は?」
従者は主の声を聞くとすぐさま膝を折り両手に頭上に上げ写真を手の平に載せて跪いた。
「こちらをお納めください」
「ご苦労」
泰山王は黄色の小さな重く垂れ下がった袋を従者に渡すと私邸の鍵のかかった蔵へと急いだ。
*
ガチャッ
俺は今、2畳ほどの広さしかない小さな石造りの蔵の鍵を開け部屋に灯を灯すことにした。
蔵の中は壁に取り付けられた棚が三方に置かれ光が入らないように窓のない造りになっている。
俺はその中に入ると火つけ石で袖から出した蝋燭の先に灯をつけ、件の写真を取り出すと写真の中の女を見つめた。
そして棚にある四角い紙の束を開くと件の写真を空いている場所に優しく置く。
「ふぅ~。あと少しでいっぱいになってしまう。これで何冊目になるだろう……」
俺は女に会えない間にも女が好きだと言っていた回文なるものを紙に書き散らし、告白をするその日の為に備えていた。
今、考案中の回文をもう少し捻れば彼女も良い返事をくれるはずなのだが……。
カタンッ
そんなことを考えながら俺は不揃いのアルバムを棚に戻しため息を漏らした。
「五道……。逢いたい……」
「泰山様~!泰山王様~!!」
嫌な女の声がする。
息をつく暇もないくらいしつこく呼ばれるその名前を捨ててやろうかと試みたが俺にはそれができなかった。
俺は急ぎ蔵に鍵をかけると女の声のする庭の方に歩を進めた。
「ここだ」
先程いた池の前の石段に腰を下ろすと声の主を呼びつけた。
女は俺を見つけると嬉しそうに軽やかに走り寄って来て自慢の柔らかい胸を腕に押し付ける。そして
「一人にされたらさみしいです~」
女は花鈿をつけた額の眉を下げ、甘えた声と上目遣いで男にすり寄って、俺の反応を見た。
女は前髪を頭の上で高く結い、その髪を金の蝶のような飾りで留めていた。
飾りには赤珊瑚が使われ彼女の指した赤い紅と相まって美しい。
黙っていれば、最高に美しい女なのだが……。
女の纏った衣は濃い桃色で金の刺繍が施された一級品である。
衣には最上級の白檀の高級な香りが焚き込めれている。
「うん……」
俺はその言葉だけ言うと女を胸板から引き剥がし山梔子色の衣の裾を返しながら私室へと向った。
(俺の好きな女は高い化粧や香を焚く事はしない。そんな事をしなくても彼女は誰よりも美しい……。この女はやはり、違う)
男は女に以前と同じような態度を取り、女の機嫌を損ねないように努めてはいた。
だが、女は心なしか少し距離を取るような様子を見せ始めた俺の態度に少なからず焦りを感じはじめているようであった。
「このままじゃ、不味いわね。何か手を打たないと……」
女は低い声でそう言い、長い親指の爪を噛むと空を見上げ、何もない空に向い嫌な笑みを浮かべていた。
前世、双子の姉であった女、金が泰山王の秘書官になってから1ヶ月が経った。
|あの日《金が雇用された日》以来、彼が直接、私の住む朱の宮殿に休日、贈り物を運んでくることはなくなった。
私は彼が来る当たり前の日々に甘え、大切な言葉をいつも伝えられずにいた。
それは彼も同じだと思っていたのに……。
人の気持ちというものはよく分からないものだ。
そんなことを考え私は朱色の紅を唇に指し彼が訪れるかもしれないその時を今日も待つことにした。
*
その日の午後。陽の高い時刻、泰山王の部下の従者がいつもと同じ荷台をつけた火車を走らせて来た。
そして火車から独り降りてきた後すぐ、口を開けばあの女の悪口が始まった。
「五道様、聞いてくださいよ。泰山王様は昼夜問わず、いつもあの女と一緒にいるんです!あの女の強欲さといったら底なしです。昨日なんかですね……」
(昼夜問わず……か)
私は、大きな目に涙を溜めて愚痴をこぼす従者を見てあの女の存在が周りの従者や任務にも支障をきたしてきている事を知っていた。
「……そう、それは大変ね 」
カタンッ
私は従者の愚痴に適当に相槌をうちながら、冥官・癡が荷台から下ろした、いつもよりも少し大きめの贈り物の箱の蓋を優しく持ち上げた。
今日の私は珍しく髪を纏め、右のこめかみの辺りに翡翠の飾りのついた簪を挿している。
爪には優しい色の紅まで塗ってみたのだが……。
(気合なんか入れて、早起きして、化粧なんかしてバカみたい。男の人って胸が大きい女性の方が好きなのかしら。それとも私の事なんてはじめから何とも思ってなかったのかしら……)
そんな事を考えているうちに私の口からは溜息が出てきた。
「五道様。今回も中身は
泰山王様、ご自身が選定しています!!ここに来られないのは、あの女が監視しているからで……」
従者は箱の中身を取り出しながら私の眉間に寄せられた皺をしげしげと見つめた。
従者は 何か意を汲んでほしそうな目をしていたが、私はその眼差しに気が付かないふりをして品物を吟味しはじめる。
「今日は何かしら……あら?」
カタンッ
私はいつもよりも少し大きめの箱の中から小さな硝子玉ついた布地をゆっくりと引き出した。
色は白色に近いが、少し黄色みがかっている。
そして長い手袋のような物とお揃いの生地でできた腰の細い衣類らしきものが入っていた。
「これ、何だろう……」
私は姿見の前まで布を引きずっていくと自分の朱色の衣の前に当ててみた。
少し裾の長いような造りの服だが胸元や腰は私の身体にぴったりのサイズだ。
「ふんっ。泰山王様の仰っていた通り、サイズはぴったり。実にお美しいです。五道様!!」
カシャッ
従者は本音を言ったといわんばかりに息を荒げ鏡越しに私の姿をポロライドカメラに収めた。そして
「では、拙者はこれにて失礼おば致しまする」
そう言うと空になった箱を急いで火車の荷台に乗せると癡の淹れた茶も飲まず茶菓子の月餅だけ懐に入れると風のように去っていった。
「……忙しない事」
私は従者の去った後、箱から出された贈り物を床に並べ、ゆっくりと吟味していく事とにした。
*
触らぬ神に祟りなし。
従者はひと仕事終え首から提げたカメラを外すと泰山王のいる私邸に急いだ。
「今日の褒美は何かな~!」
従者は先程、撮ったばかりの女の写真を山梔子色の布で優しく包みながら馬に鞭を入れ|先を急ぐ。
山梔子色を基調に彩られた私邸に着くと泰山王がひとり庭の池の辺で従者の帰りを待っていた。
「お帰り。収穫は?」
従者は主の声を聞くとすぐさま膝を折り両手に頭上に上げ写真を手の平に載せて跪いた。
「こちらをお納めください」
「ご苦労」
泰山王は黄色の小さな重く垂れ下がった袋を従者に渡すと私邸の鍵のかかった蔵へと急いだ。
*
ガチャッ
俺は今、2畳ほどの広さしかない小さな石造りの蔵の鍵を開け部屋に灯を灯すことにした。
蔵の中は壁に取り付けられた棚が三方に置かれ光が入らないように窓のない造りになっている。
俺はその中に入ると火つけ石で袖から出した蝋燭の先に灯をつけ、件の写真を取り出すと写真の中の女を見つめた。
そして棚にある四角い紙の束を開くと件の写真を空いている場所に優しく置く。
「ふぅ~。あと少しでいっぱいになってしまう。これで何冊目になるだろう……」
俺は女に会えない間にも女が好きだと言っていた回文なるものを紙に書き散らし、告白をするその日の為に備えていた。
今、考案中の回文をもう少し捻れば彼女も良い返事をくれるはずなのだが……。
カタンッ
そんなことを考えながら俺は不揃いのアルバムを棚に戻しため息を漏らした。
「五道……。逢いたい……」
「泰山様~!泰山王様~!!」
嫌な女の声がする。
息をつく暇もないくらいしつこく呼ばれるその名前を捨ててやろうかと試みたが俺にはそれができなかった。
俺は急ぎ蔵に鍵をかけると女の声のする庭の方に歩を進めた。
「ここだ」
先程いた池の前の石段に腰を下ろすと声の主を呼びつけた。
女は俺を見つけると嬉しそうに軽やかに走り寄って来て自慢の柔らかい胸を腕に押し付ける。そして
「一人にされたらさみしいです~」
女は花鈿をつけた額の眉を下げ、甘えた声と上目遣いで男にすり寄って、俺の反応を見た。
女は前髪を頭の上で高く結い、その髪を金の蝶のような飾りで留めていた。
飾りには赤珊瑚が使われ彼女の指した赤い紅と相まって美しい。
黙っていれば、最高に美しい女なのだが……。
女の纏った衣は濃い桃色で金の刺繍が施された一級品である。
衣には最上級の白檀の高級な香りが焚き込めれている。
「うん……」
俺はその言葉だけ言うと女を胸板から引き剥がし山梔子色の衣の裾を返しながら私室へと向った。
(俺の好きな女は高い化粧や香を焚く事はしない。そんな事をしなくても彼女は誰よりも美しい……。この女はやはり、違う)
男は女に以前と同じような態度を取り、女の機嫌を損ねないように努めてはいた。
だが、女は心なしか少し距離を取るような様子を見せ始めた俺の態度に少なからず焦りを感じはじめているようであった。
「このままじゃ、不味いわね。何か手を打たないと……」
女は低い声でそう言い、長い親指の爪を噛むと空を見上げ、何もない空に向い嫌な笑みを浮かべていた。
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