48 / 74
冥府②
44、→即、告訴←
しおりを挟む
最後の十王、 泰山王の官署に向かう道は、鉄でできた暗くて細い子宮のような胎道のようなところを潜る抜けなくてはいけない。
この道は細く暗い。 酷く長い道のりだ。
歩き続けて7日後の夕方。
「眩しい」
関所を超えると、私は6日ぶりに地上に出た。
そして長い長い階段を登り終えると眼前に梔子色の渡り廊下が広がった。
廊下の向うに見えたのは中国の宮廷にある本殿に似た造りの建物だ。
柱や欄間に龍が彫り込まれている。
階段を登りきった先で私は、欄干の下の地面に植えられた大きな朱い薔薇の花を見つけた。
「綺麗、これは……使えるかも」
私は無理やり、花盛りの朱い薔薇を手折ると丁寧に棘を取り華を胸に抱き目的の部屋を目指し再び走り出した……。
*
冥府入り48日目。
ついに目的の部屋の扉の前まで辿り着いた。
予定よりも1日早く着いたのは幸運だった。
私は、乱れた髪を高く結いなおし先程、手折ったばかりの華を優しく髪に指す。
周りを見回しても人の往来はない。
今日判決を待つ死者はもういないようだ。
「ふぅ~」
私は、深呼吸の後に扉の向こうから顔を出した山梔子色の衣を着た小鬼に
「五道転輪王……が来たと伝えて頂戴……」
息も絶え絶えにそう言い扉にもたれ掛かり座り込むと扉が開くその時を待った。
*
目を開くと 辺りは薄暗くなり空に月が顔を出し始めている時刻になっていた。
今日は三日月。
白い月は夕陽を浴び、朱色に染まった空は首を傾げ怪しく笑っているように見える。
(もう、すぐだわ。もうすぐ私の時代が来る。あれ?でも変ね。私、裁判中ずっと金って呼ばれていたわ。普通なら前世の呼び名・金って呼ばれるばすなのに……。まぁ、いいか。少し安も……)
私はひと呼吸つくと寿服の袂に手を入れ、着物を着崩した。
そして扉が開くその時を目を瞑り呼吸を整えて静かに待つことにした。
*
最後に出会う十王は、泰山王という名前の男性だ。
彼は裁判も審議も行わない。
彼は中国で大昔、皇帝だけが着ることを許された黄丹袍という山梔子色の衣に金の龍の刺繡を施した衣を着た若い姿の男性だ。
決定した六道の中でどのような容姿、名前に生まれるかを決めるのが仕事である。
背丈は六尺を超え、如何にもエリートというような整った容姿と大王の風格の持ち主、所謂イケメンである。
彼は泰山府君いう中国の神様も兼任している。
この王の裁きの後、上告すれば、平等王、都市王と審議、裁判は続くが……。
私は彼の顔を一目見た瞬間から上告しないこと心に決めていた。
そう、上告などしなくてもこの彼の裁量、次第で冥府の官職を得ることなど造作もないということを知っているからだ。
彼は私の妹の緑、つまり五道転輪王のことが好きだと以前、千手観音の与太話の時にもその話題が持ち上がった。
だが、彼は妹を前にするとを冷やかすばかりで肝心の気持ちを伝える言葉を言えずじまいということらしかった。
(私にもチャンスはある)
ガタンッ
泰山王は私が部屋に入ると急いで玉座から立ち上がり黄丹袍の裾の布を織りあげて床を滑るように走り寄ってきた。
そして私の顎を右の手の平で包むようにして持ち上げると私を自分の胸に引き寄せた。
黒い双眼で穴が開くのでなかいかというほど私の顔を見つめる。
「……五道、初めてだな。そなたから逢いに来てくれるとは。仕事……、ん、違っ?」
バッ
彼は顔を赤らめ寿服の懐の下の方まで目線を落としたところで突然、私を突き放した。
カタンッ…… カラカラ……
同じ頃、私の細腕に握られた巻子が床に落ち、音を立てて転がった。
どうやら、彼は私が五道転輪王とは別人であることを認識したらしい。
ガタン ドサッ
そして彼は床に落ちた巻子を拾うと急ぎ、階段の上の玉座に座り直し、何食わぬ顔をして今までの裁判結果を読みはじめた。
「……他の十王の審議、裁判の結果はお前の希望である人間道でも天道でも可と。で?どうしたいんだ?」
彼はそう吐き捨てると肘をつき不機嫌そうな顔で私を見下した。
先程とは打って変わって冷たい眼だ。
彼は五道転輪王の過去を知らないのだろう。
十王に1番初めになったのは閻魔王、2番目は都市王、3番目は泰山王。彼は十王の創設者を知る古株だ。
対して五道転輪王は最後に十王に選ばれた元・人間。
彼女の審議は地蔵菩薩が行ったので、彼は五道転輪王の過去を全く知らないらしかった。
だが、彼の知る件の女とは違う張り付いた笑みの同じ容姿の女を見ると、目の前にいる私には好感は持てないらしい。
警戒する彼に私は少し首を傾げて上目遣いで見上げるとこう呟いた。
「私、泰山王様の秘書になりとうございます」
私はそう言うと泰山王を守るために周りに群がってきた小鬼たちを押しのけた。
そして彼の座る玉座の前まで進み出ると彼の両手を私の自慢の胸の前に押し当て頬を少し赤らめてみた。
「ダメだと言ったら?」
彼は当然の如く、私の甘言を警戒し、言葉を跳ねのけようと発言を否定した。
「そうですね……。秘書にしてくださらないのであれば、即、告訴して都市王様に先程の無礼の件お話しても良いのです、が」
私は彼にこう耳打ちすると意味ありげに笑い、男の胸板に顔を近づけ返答を待った。
「……」
私からは何とも言えぬ甘い香りが拡がって彼の鼻腔を刺激したのだろう。
彼は私から顔を反らし肩で息をしている。
私は薔薇の花の芳香には男を惑わす特別な力があると知っていた。
この香りと状況にこの男は贖うことはできないだろう。
自分の好きな女に似た容姿の女の甘い顔に彼の体温も徐々に上がっていくのを感じているようだ。顔が紅くなっていく。
「くっ」
彼は私から放たれる甘い香りに言葉を充分に選べないくらい困惑し、肩で息をして横を向いた。
(あと少し……)
男を知る私にとって泰山王を手の上で転がすことなど造作もないことであった。
泰山王の官邸は十王の中で1番、往来も仕事量も多い。
なので、天道行きの優秀な人材に人間道の富裕層を餌に数年間、仕事を押し付けることはままある話だ。
だが、得体も知れない女を自分の一番近くに置くのには少し躊躇いがあるようだが……。
「……五道」
男は窓から見える朱の宮殿を見た。
「泰山王様……ねぇ 」
私はそれだけ言うと泰山王の右の手の上を自分の懐の上に更に押し当てた。
男の顔が熱を帯びているかのように更に朱く染まる。
「ねぇ……、お願い 」
「あゝ、分かった。分かった。良鬼、璽をここに」
泰山王は私の色香に耐えられず、部下に山梔子色の絹に包まれた璽を取り出してくるように指示した。
ザワザワ ザワザワ
彼は戸惑う小鬼から重い金色に輝く璽を奪うと右の手に握った。
目は虚ろ、顔は高揚していて正しい判断ができていないようにも見える。
「ねぇ、早く……」
私は甘い声を耳元で囁きながら泰山王を誘った。
なかなか覚悟が決まらないそんな泰山王の態度に苛立ちを感じ始めた私は判に朱肉をつけると巻子を下敷きの上に置き上から体重をゆっくりとかけていった……。
*
冥府に終業の鐘が鳴る。
泰山王は終業の儀式を適当に終えると私の手を奪うように取り私邸へと急いだ。
泰山王の執務室に置かれた6つの鳥居は音を立てて並びを変え始める。
この鳥居は見かけは同じだが、それぞれ違う六道に繋がっている。
毎日、終業の儀が終わると並びを変え、死者が鳥居を潜るまでどの六道に生まれ変わるか分からないように工夫しているのだ。
まだ、夕刻なのに辺りは薄暗かった。
彼は私を抱き寄せて絹のような髪を梳きながら耳元で愛の言葉を囁いた。
私その言葉を聞くと細い腕で男性を抱き寄せて彼の胸に顔を埋めた。
池の水面に映る私の横顔は口角が上がりいかにも勝ち組というような嫌な笑い方をしていた。
この道は細く暗い。 酷く長い道のりだ。
歩き続けて7日後の夕方。
「眩しい」
関所を超えると、私は6日ぶりに地上に出た。
そして長い長い階段を登り終えると眼前に梔子色の渡り廊下が広がった。
廊下の向うに見えたのは中国の宮廷にある本殿に似た造りの建物だ。
柱や欄間に龍が彫り込まれている。
階段を登りきった先で私は、欄干の下の地面に植えられた大きな朱い薔薇の花を見つけた。
「綺麗、これは……使えるかも」
私は無理やり、花盛りの朱い薔薇を手折ると丁寧に棘を取り華を胸に抱き目的の部屋を目指し再び走り出した……。
*
冥府入り48日目。
ついに目的の部屋の扉の前まで辿り着いた。
予定よりも1日早く着いたのは幸運だった。
私は、乱れた髪を高く結いなおし先程、手折ったばかりの華を優しく髪に指す。
周りを見回しても人の往来はない。
今日判決を待つ死者はもういないようだ。
「ふぅ~」
私は、深呼吸の後に扉の向こうから顔を出した山梔子色の衣を着た小鬼に
「五道転輪王……が来たと伝えて頂戴……」
息も絶え絶えにそう言い扉にもたれ掛かり座り込むと扉が開くその時を待った。
*
目を開くと 辺りは薄暗くなり空に月が顔を出し始めている時刻になっていた。
今日は三日月。
白い月は夕陽を浴び、朱色に染まった空は首を傾げ怪しく笑っているように見える。
(もう、すぐだわ。もうすぐ私の時代が来る。あれ?でも変ね。私、裁判中ずっと金って呼ばれていたわ。普通なら前世の呼び名・金って呼ばれるばすなのに……。まぁ、いいか。少し安も……)
私はひと呼吸つくと寿服の袂に手を入れ、着物を着崩した。
そして扉が開くその時を目を瞑り呼吸を整えて静かに待つことにした。
*
最後に出会う十王は、泰山王という名前の男性だ。
彼は裁判も審議も行わない。
彼は中国で大昔、皇帝だけが着ることを許された黄丹袍という山梔子色の衣に金の龍の刺繡を施した衣を着た若い姿の男性だ。
決定した六道の中でどのような容姿、名前に生まれるかを決めるのが仕事である。
背丈は六尺を超え、如何にもエリートというような整った容姿と大王の風格の持ち主、所謂イケメンである。
彼は泰山府君いう中国の神様も兼任している。
この王の裁きの後、上告すれば、平等王、都市王と審議、裁判は続くが……。
私は彼の顔を一目見た瞬間から上告しないこと心に決めていた。
そう、上告などしなくてもこの彼の裁量、次第で冥府の官職を得ることなど造作もないということを知っているからだ。
彼は私の妹の緑、つまり五道転輪王のことが好きだと以前、千手観音の与太話の時にもその話題が持ち上がった。
だが、彼は妹を前にするとを冷やかすばかりで肝心の気持ちを伝える言葉を言えずじまいということらしかった。
(私にもチャンスはある)
ガタンッ
泰山王は私が部屋に入ると急いで玉座から立ち上がり黄丹袍の裾の布を織りあげて床を滑るように走り寄ってきた。
そして私の顎を右の手の平で包むようにして持ち上げると私を自分の胸に引き寄せた。
黒い双眼で穴が開くのでなかいかというほど私の顔を見つめる。
「……五道、初めてだな。そなたから逢いに来てくれるとは。仕事……、ん、違っ?」
バッ
彼は顔を赤らめ寿服の懐の下の方まで目線を落としたところで突然、私を突き放した。
カタンッ…… カラカラ……
同じ頃、私の細腕に握られた巻子が床に落ち、音を立てて転がった。
どうやら、彼は私が五道転輪王とは別人であることを認識したらしい。
ガタン ドサッ
そして彼は床に落ちた巻子を拾うと急ぎ、階段の上の玉座に座り直し、何食わぬ顔をして今までの裁判結果を読みはじめた。
「……他の十王の審議、裁判の結果はお前の希望である人間道でも天道でも可と。で?どうしたいんだ?」
彼はそう吐き捨てると肘をつき不機嫌そうな顔で私を見下した。
先程とは打って変わって冷たい眼だ。
彼は五道転輪王の過去を知らないのだろう。
十王に1番初めになったのは閻魔王、2番目は都市王、3番目は泰山王。彼は十王の創設者を知る古株だ。
対して五道転輪王は最後に十王に選ばれた元・人間。
彼女の審議は地蔵菩薩が行ったので、彼は五道転輪王の過去を全く知らないらしかった。
だが、彼の知る件の女とは違う張り付いた笑みの同じ容姿の女を見ると、目の前にいる私には好感は持てないらしい。
警戒する彼に私は少し首を傾げて上目遣いで見上げるとこう呟いた。
「私、泰山王様の秘書になりとうございます」
私はそう言うと泰山王を守るために周りに群がってきた小鬼たちを押しのけた。
そして彼の座る玉座の前まで進み出ると彼の両手を私の自慢の胸の前に押し当て頬を少し赤らめてみた。
「ダメだと言ったら?」
彼は当然の如く、私の甘言を警戒し、言葉を跳ねのけようと発言を否定した。
「そうですね……。秘書にしてくださらないのであれば、即、告訴して都市王様に先程の無礼の件お話しても良いのです、が」
私は彼にこう耳打ちすると意味ありげに笑い、男の胸板に顔を近づけ返答を待った。
「……」
私からは何とも言えぬ甘い香りが拡がって彼の鼻腔を刺激したのだろう。
彼は私から顔を反らし肩で息をしている。
私は薔薇の花の芳香には男を惑わす特別な力があると知っていた。
この香りと状況にこの男は贖うことはできないだろう。
自分の好きな女に似た容姿の女の甘い顔に彼の体温も徐々に上がっていくのを感じているようだ。顔が紅くなっていく。
「くっ」
彼は私から放たれる甘い香りに言葉を充分に選べないくらい困惑し、肩で息をして横を向いた。
(あと少し……)
男を知る私にとって泰山王を手の上で転がすことなど造作もないことであった。
泰山王の官邸は十王の中で1番、往来も仕事量も多い。
なので、天道行きの優秀な人材に人間道の富裕層を餌に数年間、仕事を押し付けることはままある話だ。
だが、得体も知れない女を自分の一番近くに置くのには少し躊躇いがあるようだが……。
「……五道」
男は窓から見える朱の宮殿を見た。
「泰山王様……ねぇ 」
私はそれだけ言うと泰山王の右の手の上を自分の懐の上に更に押し当てた。
男の顔が熱を帯びているかのように更に朱く染まる。
「ねぇ……、お願い 」
「あゝ、分かった。分かった。良鬼、璽をここに」
泰山王は私の色香に耐えられず、部下に山梔子色の絹に包まれた璽を取り出してくるように指示した。
ザワザワ ザワザワ
彼は戸惑う小鬼から重い金色に輝く璽を奪うと右の手に握った。
目は虚ろ、顔は高揚していて正しい判断ができていないようにも見える。
「ねぇ、早く……」
私は甘い声を耳元で囁きながら泰山王を誘った。
なかなか覚悟が決まらないそんな泰山王の態度に苛立ちを感じ始めた私は判に朱肉をつけると巻子を下敷きの上に置き上から体重をゆっくりとかけていった……。
*
冥府に終業の鐘が鳴る。
泰山王は終業の儀式を適当に終えると私の手を奪うように取り私邸へと急いだ。
泰山王の執務室に置かれた6つの鳥居は音を立てて並びを変え始める。
この鳥居は見かけは同じだが、それぞれ違う六道に繋がっている。
毎日、終業の儀が終わると並びを変え、死者が鳥居を潜るまでどの六道に生まれ変わるか分からないように工夫しているのだ。
まだ、夕刻なのに辺りは薄暗かった。
彼は私を抱き寄せて絹のような髪を梳きながら耳元で愛の言葉を囁いた。
私その言葉を聞くと細い腕で男性を抱き寄せて彼の胸に顔を埋めた。
池の水面に映る私の横顔は口角が上がりいかにも勝ち組というような嫌な笑い方をしていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
13
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる