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岩沢和文
24、→関係ない喧嘩←
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時は上納式の日の日の昼下がり。
今、正にこの時、この片田舎の何の変哲も無い空き地で世紀の大勝負が繰り広げられようとしていた。
右にはトラさん。黒い剛毛が特徴的な恰幅のいいドラ猫。
左にはタマさん。トラさんの3分の1程の細くしなやかな躯体の持ち主。ノラ猫だ。
両者は決闘開始の合図の後、背骨を釣りあげて睨み合い、暫くの間、膠着状態を維持していた。
「タマさん……」
そう、おいらは力なく呟いた。
おいらは今日、ほんの数分前にタマさんを、タマさんとは関係ない喧嘩に巻き込んでしまったのだ。
*
事の始まりは恒例の上納式だった。
今日はおいらの母猫が1番。おいらが10番目の順だった。
上納式はタマさんの寝床の空き地で行われる。
積み上げられた土管の上に3匹の、がたいの良い猫たちがトラさんを無理に持ち上げる。
そのてっぺんに置かれた紫色の座布団の上にトラさんが座ると儀式はいつも始まるのだ。
儀式の流れはこうだ。
まず、トラさんの重役のドラ猫がトラさんに上納品と上納品を献上する猫の名前を告げる。
そしてトラさんは跪いた猫が頭の上に掲げた上納品を奪い取るという流れだ。
トラさんの縄張りではこれを月2回。
満月の昼下りに行うのが習わしだ。
「和文、前へ」
トラさんの重役、毛が少ない太めの猫がおいらの順番がやって来たので、おいらに数歩前に出るように促した。
「トラ様。和文は今日、鰯の干し物を献上いたします」
重役の言葉に続き、おいらは地面に跪くと上納品をトラさんの前に掲げた。
「あい。分かった」
トラさんはいつも通り不機嫌そうに眉間に皺を寄せ鰯をおいらの前足から奪い取っていった。
(ふっ~、今月も無事に終わった。帰ったらテレビでも……)
そんな楽観的な考えで空を見上げた、おいらだったが、今日はいつもと場の様子が違った。
トラさんは鰯を受け取ると……
「ん、鰯?……。この鰯、鮭の脂の匂いがする……」
そう言うと尾を吊り上げおいらを睨んだ。
その顔はまるで近所にある門前の仁王像のそれと同じおどろおどろしい表情であった。
「「にゃ、何っ!?」 」
重役のこの言葉を合図に上納式の為に並んでいた猫たちは、蜂の子を散らしたように方々へ飛びのいた。
おいらは短い足で巨体を支えて跪いていたので、足が痺れその場で動けなくなって逃げ遅れてしまった。
仁王面のトラさんの眼下、おいらの髭は汗に濡れ、垂れ下がってしまって醜い顔は目も当てられないほどに醜くなった。
*
猫は噂好きだ。 不定期で深夜に集会を開いては人間の睡眠時間を奪うという奇行を楽しんでいる。
「圭さんのいなくなった理由ご存じ?」
噂好きの母猫たちが上納式の後に輪を作り井戸端会議を始めたところにおいらは偶然、出くわしたことがある。
「何でも、トラさんのために近所の家に忍び込んで鮭を盗んだことが原因で飼い主に追い出されたらしいですよ。奥様方、鮭には気を付けないとねぇ」
*
睨みを利かすトラさんの眼下でおいらの頭の中で短い走馬灯が駆け巡っていた。
それと同時においらは心の中で(お終いだ もう、お終いだ さようなら)と辞世の句を紡いでいた。
そしておいらは自分の失態に向き合うと覚悟を決め目を瞑り裁きの時を待った。
しかし、いくら待っても沙汰は下される様子はない。
その様子に恐々と目を開けるとおいらの目の前にはタマさんが仁王立ちで立ち塞がっていた。
これがタマさんには関係ない喧嘩の始まりである。
*
猫の決闘のルールは簡単だ。【どちらかが起きあげれなくなるまで戦う】それだけだ。
先行はタマさん。風を切りながらトラさんの懐に飛び込む。
タマさんの強烈なタックルを腹に受けトラさんはあっという間に地面へと巨体を横たえる。
そしてタマさんがマウントをとり、一瞬で勝負あったかに思われた。
だが、
「ミャ~(っ痛)!」
タマさんがトラさんの上に覆い被った瞬間、トラさんはタマさんの尾を掴み巨体からタマさんを引き離した。
「みゃ(反則)」
「みゃ~みゃ(ずるいぞ)」
外野からヤジが飛ぶ。
猫の決闘では尾を引っ張ることはルール違反だ。他の猫たちも内心トラさんのことを良く思っていないのか、ヤジがいつもより大きい。
「ㇱ~(……静かに)」
タマさんは苦痛で顔を歪めながらも後ろ足で立ち上がり、細い右前足が空き地の上で高々と上げ野次を制止した。そして
「みゃっ(続行よ)」
そう言うと再びタマさんはトラさんの巨体に飛び掛かっていった。
力の強さは五分五分といったところだが、トラさんの持ち味は何と言ってもあの巨体だ。
だが、タマさんはトラさんにはない俊敏さがある。 両者はマウントを取り合いながらクルクルと空き地を転げまわった。そして数分後
「みゃ(痛っ)」
トラさんがタマさんを巨体で押しつぶすとタマさんの前足に噛みついた。
タマさんの前足に血が滲む。
はじめは右前足次は左前足、その次は喉ぼとけとトラさんは容赦なくタマさんに噛みついていった。
「みゃ!(……!)」
それが彼女の空き地で発した最後の声になった。
*
私は今、場の雰囲気から自分とは関係ない喧嘩に巻き込まれていると周りから思われていると感じている。
猫とは非常に自分勝手な生き物なのだ。
私の名前はタマ。性別はメス。猫生活は3年目。
東京のとある下町の上区を治めているボス猫に担ぎあげられた存在だ。家や主は、ない。
兄弟や親がいたかは記憶にない。
生まれて最初の記憶はしわくちゃの老婆が脱脂綿に牛乳を含ませ飲ませてくれているそんな記憶だ。
*
「自分の為だけじゃなく誰かの為に」
それが老婆の口癖だった。
私の記憶に生きる老婆はいつも家の前の道路を曲がった腰を更に曲げ掃除をしたり、小学生の為に立ち当番をするようなボランティア精神の旺盛な聖人だった。
幼い私は、いつまでもこの老婆と暮らす幸せな日々が続くことを当たり前だと思っていた。
だが、ある寒い冬の晩、事態は急変する。
救急車と呼ばれる大きな車が老婆を足つきのベットに乗せ、運んでいってしまったのだ。
その日以来、私は隙間風の吹き込む古家で空腹に耐え、しわくちゃの優しい手を持つ老婆の帰りを待ち続けたが、老婆はあの日から一度もこの場所へは帰って来なかった……。
そして春が来ると老婆と暮らした家に土足の男性らが押し寄せ大きな機械で古屋を乱暴に壊していった。
私は住む家を失いノラ猫として生きることになったのだ。
そして3ヶ月も経つと古家の後には土管が置かれ老婆との思い出の地は空き地となった。
帰る家のない私は、同じ境遇のノラ猫を世話するようになって次第に上区のボス的なポジションに持ち上げられていった。
そして昨年の夏、この空き地の近くで薄汚い長毛の猫が保険センターの職員に追われているのを見かけた。
職員に網を持って追いかけられていたので、職員を攪乱させながら2匹で逃げたが、やはり他の猫を庇って逃げるというのは難しく、1時間の格闘の果、捕まってしまった。
まぁ、私は捕まってしまったが、長毛の猫の方が逃げきれたのだからよしとしよう。
私はそう思い、職員に促されるがまま大人しく診察台にのぼった。
*
あれからどれくらいの時が経っただろうか。
手術の傷も目立たなくなり、私は今、地面に横たわり青い空を見上げている。
周りからは他の猫たちの声援が聞こえてくる……。
(自分の為だけじゃなく誰かの為にか……おばあちゃん、私まだ何にもやり遂げられていないよ……)
そう、思い涙が視界に白い靄を掛けた瞬間、 皆の声を掻き分けるようにして聞こえてきたのは雲を割くような彼の叫び声だった。
「ごにゃん、みゃ!!(タマさん、頑張れ!!)」
私はその言葉を背に最後の力を振り絞り立ち上がったのだ。
今、正にこの時、この片田舎の何の変哲も無い空き地で世紀の大勝負が繰り広げられようとしていた。
右にはトラさん。黒い剛毛が特徴的な恰幅のいいドラ猫。
左にはタマさん。トラさんの3分の1程の細くしなやかな躯体の持ち主。ノラ猫だ。
両者は決闘開始の合図の後、背骨を釣りあげて睨み合い、暫くの間、膠着状態を維持していた。
「タマさん……」
そう、おいらは力なく呟いた。
おいらは今日、ほんの数分前にタマさんを、タマさんとは関係ない喧嘩に巻き込んでしまったのだ。
*
事の始まりは恒例の上納式だった。
今日はおいらの母猫が1番。おいらが10番目の順だった。
上納式はタマさんの寝床の空き地で行われる。
積み上げられた土管の上に3匹の、がたいの良い猫たちがトラさんを無理に持ち上げる。
そのてっぺんに置かれた紫色の座布団の上にトラさんが座ると儀式はいつも始まるのだ。
儀式の流れはこうだ。
まず、トラさんの重役のドラ猫がトラさんに上納品と上納品を献上する猫の名前を告げる。
そしてトラさんは跪いた猫が頭の上に掲げた上納品を奪い取るという流れだ。
トラさんの縄張りではこれを月2回。
満月の昼下りに行うのが習わしだ。
「和文、前へ」
トラさんの重役、毛が少ない太めの猫がおいらの順番がやって来たので、おいらに数歩前に出るように促した。
「トラ様。和文は今日、鰯の干し物を献上いたします」
重役の言葉に続き、おいらは地面に跪くと上納品をトラさんの前に掲げた。
「あい。分かった」
トラさんはいつも通り不機嫌そうに眉間に皺を寄せ鰯をおいらの前足から奪い取っていった。
(ふっ~、今月も無事に終わった。帰ったらテレビでも……)
そんな楽観的な考えで空を見上げた、おいらだったが、今日はいつもと場の様子が違った。
トラさんは鰯を受け取ると……
「ん、鰯?……。この鰯、鮭の脂の匂いがする……」
そう言うと尾を吊り上げおいらを睨んだ。
その顔はまるで近所にある門前の仁王像のそれと同じおどろおどろしい表情であった。
「「にゃ、何っ!?」 」
重役のこの言葉を合図に上納式の為に並んでいた猫たちは、蜂の子を散らしたように方々へ飛びのいた。
おいらは短い足で巨体を支えて跪いていたので、足が痺れその場で動けなくなって逃げ遅れてしまった。
仁王面のトラさんの眼下、おいらの髭は汗に濡れ、垂れ下がってしまって醜い顔は目も当てられないほどに醜くなった。
*
猫は噂好きだ。 不定期で深夜に集会を開いては人間の睡眠時間を奪うという奇行を楽しんでいる。
「圭さんのいなくなった理由ご存じ?」
噂好きの母猫たちが上納式の後に輪を作り井戸端会議を始めたところにおいらは偶然、出くわしたことがある。
「何でも、トラさんのために近所の家に忍び込んで鮭を盗んだことが原因で飼い主に追い出されたらしいですよ。奥様方、鮭には気を付けないとねぇ」
*
睨みを利かすトラさんの眼下でおいらの頭の中で短い走馬灯が駆け巡っていた。
それと同時においらは心の中で(お終いだ もう、お終いだ さようなら)と辞世の句を紡いでいた。
そしておいらは自分の失態に向き合うと覚悟を決め目を瞑り裁きの時を待った。
しかし、いくら待っても沙汰は下される様子はない。
その様子に恐々と目を開けるとおいらの目の前にはタマさんが仁王立ちで立ち塞がっていた。
これがタマさんには関係ない喧嘩の始まりである。
*
猫の決闘のルールは簡単だ。【どちらかが起きあげれなくなるまで戦う】それだけだ。
先行はタマさん。風を切りながらトラさんの懐に飛び込む。
タマさんの強烈なタックルを腹に受けトラさんはあっという間に地面へと巨体を横たえる。
そしてタマさんがマウントをとり、一瞬で勝負あったかに思われた。
だが、
「ミャ~(っ痛)!」
タマさんがトラさんの上に覆い被った瞬間、トラさんはタマさんの尾を掴み巨体からタマさんを引き離した。
「みゃ(反則)」
「みゃ~みゃ(ずるいぞ)」
外野からヤジが飛ぶ。
猫の決闘では尾を引っ張ることはルール違反だ。他の猫たちも内心トラさんのことを良く思っていないのか、ヤジがいつもより大きい。
「ㇱ~(……静かに)」
タマさんは苦痛で顔を歪めながらも後ろ足で立ち上がり、細い右前足が空き地の上で高々と上げ野次を制止した。そして
「みゃっ(続行よ)」
そう言うと再びタマさんはトラさんの巨体に飛び掛かっていった。
力の強さは五分五分といったところだが、トラさんの持ち味は何と言ってもあの巨体だ。
だが、タマさんはトラさんにはない俊敏さがある。 両者はマウントを取り合いながらクルクルと空き地を転げまわった。そして数分後
「みゃ(痛っ)」
トラさんがタマさんを巨体で押しつぶすとタマさんの前足に噛みついた。
タマさんの前足に血が滲む。
はじめは右前足次は左前足、その次は喉ぼとけとトラさんは容赦なくタマさんに噛みついていった。
「みゃ!(……!)」
それが彼女の空き地で発した最後の声になった。
*
私は今、場の雰囲気から自分とは関係ない喧嘩に巻き込まれていると周りから思われていると感じている。
猫とは非常に自分勝手な生き物なのだ。
私の名前はタマ。性別はメス。猫生活は3年目。
東京のとある下町の上区を治めているボス猫に担ぎあげられた存在だ。家や主は、ない。
兄弟や親がいたかは記憶にない。
生まれて最初の記憶はしわくちゃの老婆が脱脂綿に牛乳を含ませ飲ませてくれているそんな記憶だ。
*
「自分の為だけじゃなく誰かの為に」
それが老婆の口癖だった。
私の記憶に生きる老婆はいつも家の前の道路を曲がった腰を更に曲げ掃除をしたり、小学生の為に立ち当番をするようなボランティア精神の旺盛な聖人だった。
幼い私は、いつまでもこの老婆と暮らす幸せな日々が続くことを当たり前だと思っていた。
だが、ある寒い冬の晩、事態は急変する。
救急車と呼ばれる大きな車が老婆を足つきのベットに乗せ、運んでいってしまったのだ。
その日以来、私は隙間風の吹き込む古家で空腹に耐え、しわくちゃの優しい手を持つ老婆の帰りを待ち続けたが、老婆はあの日から一度もこの場所へは帰って来なかった……。
そして春が来ると老婆と暮らした家に土足の男性らが押し寄せ大きな機械で古屋を乱暴に壊していった。
私は住む家を失いノラ猫として生きることになったのだ。
そして3ヶ月も経つと古家の後には土管が置かれ老婆との思い出の地は空き地となった。
帰る家のない私は、同じ境遇のノラ猫を世話するようになって次第に上区のボス的なポジションに持ち上げられていった。
そして昨年の夏、この空き地の近くで薄汚い長毛の猫が保険センターの職員に追われているのを見かけた。
職員に網を持って追いかけられていたので、職員を攪乱させながら2匹で逃げたが、やはり他の猫を庇って逃げるというのは難しく、1時間の格闘の果、捕まってしまった。
まぁ、私は捕まってしまったが、長毛の猫の方が逃げきれたのだからよしとしよう。
私はそう思い、職員に促されるがまま大人しく診察台にのぼった。
*
あれからどれくらいの時が経っただろうか。
手術の傷も目立たなくなり、私は今、地面に横たわり青い空を見上げている。
周りからは他の猫たちの声援が聞こえてくる……。
(自分の為だけじゃなく誰かの為にか……おばあちゃん、私まだ何にもやり遂げられていないよ……)
そう、思い涙が視界に白い靄を掛けた瞬間、 皆の声を掻き分けるようにして聞こえてきたのは雲を割くような彼の叫び声だった。
「ごにゃん、みゃ!!(タマさん、頑張れ!!)」
私はその言葉を背に最後の力を振り絞り立ち上がったのだ。
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