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冥府①

15、→いたいけな携帯←

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 さて、話はさかのぼること数刻前。  

この日の午後、私は冥府で犬猿の仲と噂されている泰山王たいざんおうとふたりきり、恒例の秘密の茶会を開いた。

私たちは朱の宮殿の執務室の床に座り、肩を寄せ合いながら大きな黒いうるしの箱の中身を一つ一つ手に取り、声を出し笑い合っていた。  

はたから見れば、私たちの後ろ姿は、思春期のカップルを思わせる微笑ましいものなのだろう。 

そう、犬猿の仲というのは全くの誤報なのだ。 

だが、噂を否定し、新たな噂をあれこれ言われると面倒なので、ふたり共、否定も肯定もしないまま……。
 
  
 私たちは今、とある人間のひつぎから拝借した携帯電話・・・・という電子機器の使い使い方を確認しているところだ。  

ピロピロ……  

「!泰山たいざん殿。これ、どうすれば?……」  

ピロピロ…… 

「あぁ、この音がなったら、この真ん中の丸印を押せ。俺が要件を話す。そしてそなたは、また丸印を押すと」

「……止まった。これが人間道にんげんどうで流行りの携帯……電話。どこにいても話ができる。すっごく便利ですね!でも、泰山たいざん殿、なぜこれを私に?」 


泰山王たいざんおうは私の言葉に耳を紅くして目をらしこう言った。  


「そなたは……我慢強すぎる。部下にも話せない悩みのひとつくらい俺が聞いてやっても良いかと。ちなみに五道のは朱、俺のは黄……おそろ……」 


「わぁ、この本 、読みたかった本だ。泰山王たいざん殿この本、いただいても!?」


私は彼の話の大事な言葉をわざと最後まで聞かずにくだんの本を胸に男に笑いかけた。  


「はぁ~。勿論もちろんだ。だから持ってきた。箱の中身はいつも通り、そなたの好きにして良い」


 「ありがとうございます!さすが、泰山たいざん殿。私の好きな書籍やら装飾やら自ら見繕ってくださるとの事。分かってらっしゃる。生まれ変わる時、冥府から3つしか来世に持ち込みは出来ませんから……死者が置いていく置土産はやっぱり貴重ですよね。これは何かな?……」 


彼は私の普段とは違う、くるくるとよく変わる表情に夢中になり叱咤するのを忘れ話に適宜てきぎ、笑顔でうなずいてくれているようだった。 

 私が兄のように慕うこのひとは私にとって唯一無二の大切な存在だ。 

私はこの良好な関係を崩したくなくて大切な言葉をいつも飲んでばかりいる。 

でも、それでいい。 

私は彼が思うほど諦めは良くないから……。 

* 

  この時、泰山王たいざんおうから贈られたこの朱色の携帯電話ガラケーが今後、大事件を巻き起こすなど今の私達は知る由もなかった。
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