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第22話 - 交渉:世界三大商会 ウルグス副総統①
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男は、堂々たる風格で、入室してきた。
背後に、幾人もの部下を従え、険しい表情のまま、こちらの一挙手一投足を観ている。
皆、白い独特の装束を身に纏い、両手を背後に組んで、ボスの命令を静かに待つ。
彼らの前に立つ男は、装束の上からでもわかるほど、がっしりと鍛えられた肉体を有しており、その顔面には、大きな眼帯が掛けられている。かなり、物騒な雰囲気を醸し出していた。
この男こそが、世界三大商会の一つ、アリアクラフト大商会がナンバー2、ウルグスその人であった。
ウルグスは、大きな葉巻を咥えながら、実につまらなさそうに、ホスト側を眺めている。
出迎えるホスト……クロシェ、マリア、カイネ、そしてキースの第七領王子邸の一行は、にこにこと笑顔を浮かべ、彼らに敵意が無いことを必死にアピールしていた。
ここは、第七領の王子邸が、食堂であった。
突如、ウルグスとの【テーブル】の場を設けられるということで、とりあえず四名を伴うことにして、食事は軽食でよいとのことであったが、変なものを出すわけにもいかず、ギリギリの質を担保した食事を慌ただしく用意して、ようやくこの交渉に間に合った、のであった。
キースが、実に快活な声色で、挨拶を述べる。
「この度はご足労いただきまして、誠にありがとうございます。あの高名なウルグス様とお話できるとは、これ以上ない慶びでござい」
「オイ。つまんね御託を聞きに来たんじゃねえんだぞ、王子。」
商人というより、戦士のように太い声で、ウルグスは厳しく制した。彼はどかり、と近くの椅子に腰かけ、右手を掲げる。
「さっさと終わらせようや」
キースはウルグスの言葉に頷きながら、静かに己の席に座り、右手を掲げる。
「【奇跡は天秤に。祈りは神に。此処には我らの誇りがあるのみ】――【オープン・テーブル】」
そして【テーブル】は開かれた。途端に、ウルグスが第一声を発する。
「で、用事ってのはなんだ? どうして俺を呼びつけた?」
「ええ、それをお話するには、まず、第七領の状況からご説明を……」
「ウーちゃん! お金貸して、ちょーだい!」
話の筋道などを無視して、挙句に、誰もが恐れる副総統を「ウーちゃん」などと軽々しく呼んだ。背後に控える従者たちにかつてない緊張が走り、キースとクロシェの顔もみるみる青白く変化していく。
だが意外にも「ウーちゃん」はまるで動じず、さも当然のように返事するのだった。
「そりゃあ無理筋ってもんだよ、カイネちゃん。人・物・金。なんもねえ奴に金貸す阿呆なんていねえんだよ」
なんと、ウルグスもカイネのことを親しく読んだ。驚くことに、知己の間柄であるらしい。
――考えれば、当然か。でないと、こんな大物を呼びつけることなどできるはずもない。
彼女らの過去には触れない、という前提が立っているため、詳細は不明だが、カイネの財政の手腕を見るに、どこかで接点を持っていたとしても不思議ではなかった。
――とはいえ、これは良くない流れだ。
キースの思考などおかまいなしに、会話は進行する。
「えー! あたしの頼み断んの~? 随分ケチンボになったねぇ」
「はっ! バカタレ、商人とケチはイコールなんだよ。他でもないカイネちゃんからの便りがきたから、はるばるこんな辺境まで来てやった。それで義理はチャラだ。で、そこからどんな商談をするのかは、俺ら次第だろうが? キッチリ、損得を計らせてもらうぜ」
そしてウルグスの片目は、やけに鋭く、キースの方を向いたのであった。
「王子。金、貸して欲しいってことはよ。何かしらアテがあるから呼んだんだろ? それを教えてくんねえことには、話は一歩も進まねえわな」
「……鋭いんですね」
この一瞬で、話の主導権をウルグスが持って行った。キース達は、今この場で、情報というカードを一枚切らなければならない状況となったのだ。
「近く、第六王子との【テーブル】があります。詳細は控えますが、議題は、領地交換について。第七領のある土地と、第六領のウィンブームを交換できないか、というものです。ご存知のとおり、そこは大きな港町だ。我らの配下に入れば、毎日大きな収益が転がり込んでくる」
「だから返済能力には問題ねえってか。そりゃあ、いい話だなぁ。あそこは、猿が運営しても儲けられる町だ」
「ええ、その通りでございます。お恥ずかしい話、領地交換が済むまで、領内の蓄えが心もとなくてですね。多くの民を助けるべく、ご支援を頂きたいのです」
「それも道理だなぁ。領地交換とやらが終わっても、キャッシュが手元に残るまではタイムラグがあらぁ。どこかから資金を持ってこないとなぁ。とってもよくできた筋だ、王子」
そしてウルグスは、にこりとも笑わずに、告げる。
「却下だ。そんな話受けられん」
「……どうしてでしょうか。別段、おかしな提案はしていないつもりですが」
「まず第一に、俺はアンタのことを猿以下だと思っている。第七領を腐らせた奴が、あんな利権が絡みついた街を操縦できるわけがねえ」
ズバリ、と物を言う。ともすればマナー違反になりかねない暴言なのに、そんなことは気にせずに、話を進める。
「第二に、なんだその議題? 領地交換? こんなクソ領地のどこに、ウィンブームと釣り合う土地があるってんだ? キナ臭すぎるぜ。まさか、あんたらはそれを、アホ面下げて受け入れるつもりなのか? 獣でももっとまともにモノを考える。そんな馬鹿に預ける金なんざ一ミルもない。そして第三に、こんな間抜けにカイネちゃんが付いているいることが腹立たしい。見限って、こっちにこればいいのによ」
「もー、ウーちゃんしつこいな。あんなデカいだけの組織、行かないって言ってんでしょ」
むー、と頬を膨らませる。ウルグスはぽりぽりと頬を掻いて、「ま」と一言、漏らした。
「カイネちゃんに恥かかすのも、気が引けるからな。そのウィンブームを担保にしてくれるんだったら、貸してやらんこともない。ただ、腐ってから渡されてもかなわんからな。街の収益が悪化し始めた段階で、こちら側が強制的に接収できる、って条件付きならいいだろう。ここが落としどころだ、びた一文下がらねえ。譲歩の交渉なんざ始めた時点で帰ってやるからな」
そう言い切って彼は腕を組み、口から葉巻の紫煙を昇らせた。
――全く、最悪の展開だよ。
主導権を握られたが最後、終始彼のペースに乗せられ、気付ば相当不利な条件を突き付けられる恰好となった。
成果が悪化すれば強制的に接収できる、など、とんでもない条件である。彼らの商会の息のかかった者をけしかければ、一つの街の収益を悪化させることなど造作も無いだろう。好きな時に奪うと言っているようなものであった。
三大商会の幹部、という存在の重圧を感じ、冷や汗が滲んでくるようであった。
不利な条件を飲むか、不成立か。突き付けられた二択を前に、キースは、溜息を吐いた。
「申し訳ございませんが、ウルグス様。それは飲めません」
「はっ。オイオイ、なんだそりゃ。折角貸してやろうってんだぞ? それを袖にすんのか? 青色吐息の第七領は、喉から手が出るほど金が欲しいだろ? それともなにか、俺の出した条件――ひいては、アリアクラフトを疑うってのか?」
不用意なことを言えば圧を掛けてくる。なにがなんでも、こちらを不利な状況に追い立てる。さながら狩人と兎の力関係である。
本当に、ここをひっくり返すのは、ギリギリの勝負だ、と、キースは嘆息した。
最悪な状況であるはずなのに、彼の目は、奇妙なほど輝いて見えた。
背後に、幾人もの部下を従え、険しい表情のまま、こちらの一挙手一投足を観ている。
皆、白い独特の装束を身に纏い、両手を背後に組んで、ボスの命令を静かに待つ。
彼らの前に立つ男は、装束の上からでもわかるほど、がっしりと鍛えられた肉体を有しており、その顔面には、大きな眼帯が掛けられている。かなり、物騒な雰囲気を醸し出していた。
この男こそが、世界三大商会の一つ、アリアクラフト大商会がナンバー2、ウルグスその人であった。
ウルグスは、大きな葉巻を咥えながら、実につまらなさそうに、ホスト側を眺めている。
出迎えるホスト……クロシェ、マリア、カイネ、そしてキースの第七領王子邸の一行は、にこにこと笑顔を浮かべ、彼らに敵意が無いことを必死にアピールしていた。
ここは、第七領の王子邸が、食堂であった。
突如、ウルグスとの【テーブル】の場を設けられるということで、とりあえず四名を伴うことにして、食事は軽食でよいとのことであったが、変なものを出すわけにもいかず、ギリギリの質を担保した食事を慌ただしく用意して、ようやくこの交渉に間に合った、のであった。
キースが、実に快活な声色で、挨拶を述べる。
「この度はご足労いただきまして、誠にありがとうございます。あの高名なウルグス様とお話できるとは、これ以上ない慶びでござい」
「オイ。つまんね御託を聞きに来たんじゃねえんだぞ、王子。」
商人というより、戦士のように太い声で、ウルグスは厳しく制した。彼はどかり、と近くの椅子に腰かけ、右手を掲げる。
「さっさと終わらせようや」
キースはウルグスの言葉に頷きながら、静かに己の席に座り、右手を掲げる。
「【奇跡は天秤に。祈りは神に。此処には我らの誇りがあるのみ】――【オープン・テーブル】」
そして【テーブル】は開かれた。途端に、ウルグスが第一声を発する。
「で、用事ってのはなんだ? どうして俺を呼びつけた?」
「ええ、それをお話するには、まず、第七領の状況からご説明を……」
「ウーちゃん! お金貸して、ちょーだい!」
話の筋道などを無視して、挙句に、誰もが恐れる副総統を「ウーちゃん」などと軽々しく呼んだ。背後に控える従者たちにかつてない緊張が走り、キースとクロシェの顔もみるみる青白く変化していく。
だが意外にも「ウーちゃん」はまるで動じず、さも当然のように返事するのだった。
「そりゃあ無理筋ってもんだよ、カイネちゃん。人・物・金。なんもねえ奴に金貸す阿呆なんていねえんだよ」
なんと、ウルグスもカイネのことを親しく読んだ。驚くことに、知己の間柄であるらしい。
――考えれば、当然か。でないと、こんな大物を呼びつけることなどできるはずもない。
彼女らの過去には触れない、という前提が立っているため、詳細は不明だが、カイネの財政の手腕を見るに、どこかで接点を持っていたとしても不思議ではなかった。
――とはいえ、これは良くない流れだ。
キースの思考などおかまいなしに、会話は進行する。
「えー! あたしの頼み断んの~? 随分ケチンボになったねぇ」
「はっ! バカタレ、商人とケチはイコールなんだよ。他でもないカイネちゃんからの便りがきたから、はるばるこんな辺境まで来てやった。それで義理はチャラだ。で、そこからどんな商談をするのかは、俺ら次第だろうが? キッチリ、損得を計らせてもらうぜ」
そしてウルグスの片目は、やけに鋭く、キースの方を向いたのであった。
「王子。金、貸して欲しいってことはよ。何かしらアテがあるから呼んだんだろ? それを教えてくんねえことには、話は一歩も進まねえわな」
「……鋭いんですね」
この一瞬で、話の主導権をウルグスが持って行った。キース達は、今この場で、情報というカードを一枚切らなければならない状況となったのだ。
「近く、第六王子との【テーブル】があります。詳細は控えますが、議題は、領地交換について。第七領のある土地と、第六領のウィンブームを交換できないか、というものです。ご存知のとおり、そこは大きな港町だ。我らの配下に入れば、毎日大きな収益が転がり込んでくる」
「だから返済能力には問題ねえってか。そりゃあ、いい話だなぁ。あそこは、猿が運営しても儲けられる町だ」
「ええ、その通りでございます。お恥ずかしい話、領地交換が済むまで、領内の蓄えが心もとなくてですね。多くの民を助けるべく、ご支援を頂きたいのです」
「それも道理だなぁ。領地交換とやらが終わっても、キャッシュが手元に残るまではタイムラグがあらぁ。どこかから資金を持ってこないとなぁ。とってもよくできた筋だ、王子」
そしてウルグスは、にこりとも笑わずに、告げる。
「却下だ。そんな話受けられん」
「……どうしてでしょうか。別段、おかしな提案はしていないつもりですが」
「まず第一に、俺はアンタのことを猿以下だと思っている。第七領を腐らせた奴が、あんな利権が絡みついた街を操縦できるわけがねえ」
ズバリ、と物を言う。ともすればマナー違反になりかねない暴言なのに、そんなことは気にせずに、話を進める。
「第二に、なんだその議題? 領地交換? こんなクソ領地のどこに、ウィンブームと釣り合う土地があるってんだ? キナ臭すぎるぜ。まさか、あんたらはそれを、アホ面下げて受け入れるつもりなのか? 獣でももっとまともにモノを考える。そんな馬鹿に預ける金なんざ一ミルもない。そして第三に、こんな間抜けにカイネちゃんが付いているいることが腹立たしい。見限って、こっちにこればいいのによ」
「もー、ウーちゃんしつこいな。あんなデカいだけの組織、行かないって言ってんでしょ」
むー、と頬を膨らませる。ウルグスはぽりぽりと頬を掻いて、「ま」と一言、漏らした。
「カイネちゃんに恥かかすのも、気が引けるからな。そのウィンブームを担保にしてくれるんだったら、貸してやらんこともない。ただ、腐ってから渡されてもかなわんからな。街の収益が悪化し始めた段階で、こちら側が強制的に接収できる、って条件付きならいいだろう。ここが落としどころだ、びた一文下がらねえ。譲歩の交渉なんざ始めた時点で帰ってやるからな」
そう言い切って彼は腕を組み、口から葉巻の紫煙を昇らせた。
――全く、最悪の展開だよ。
主導権を握られたが最後、終始彼のペースに乗せられ、気付ば相当不利な条件を突き付けられる恰好となった。
成果が悪化すれば強制的に接収できる、など、とんでもない条件である。彼らの商会の息のかかった者をけしかければ、一つの街の収益を悪化させることなど造作も無いだろう。好きな時に奪うと言っているようなものであった。
三大商会の幹部、という存在の重圧を感じ、冷や汗が滲んでくるようであった。
不利な条件を飲むか、不成立か。突き付けられた二択を前に、キースは、溜息を吐いた。
「申し訳ございませんが、ウルグス様。それは飲めません」
「はっ。オイオイ、なんだそりゃ。折角貸してやろうってんだぞ? それを袖にすんのか? 青色吐息の第七領は、喉から手が出るほど金が欲しいだろ? それともなにか、俺の出した条件――ひいては、アリアクラフトを疑うってのか?」
不用意なことを言えば圧を掛けてくる。なにがなんでも、こちらを不利な状況に追い立てる。さながら狩人と兎の力関係である。
本当に、ここをひっくり返すのは、ギリギリの勝負だ、と、キースは嘆息した。
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