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第23話 - 交渉:世界三大商会 ウルグス副総統②

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「いえ、そういうわけではございません。そもそも、前提が間違っているのです」
「……前提、だ?」
「我々は領地交換を拒否するつもりです。ウィンブームは、手元に残りません」

 ウルグスの片目が、ぎろりと、睨みつける。

「……ふざけてんのか、お前。話が滅茶苦茶だ。尚更、てめえらに貸す理由がねえじゃねえか」
「でしょうね。見えているものだけを数えたら、そうなるかもしれません」

 何を言っているのかわからない、というふうに、ウルグスは眉をしかめる。
 それをみて不敵に笑い、キースは続けた。

「あの港町と、こんな不毛の土地を交換するんですよ? 尋常ではない。ここには必ず、何かがある。それも、王子同士のパワーバランスが傾くほどの、何かが、です。これは戦争ですよ、副総統。金を貸す、貸さないではない。こんな大一番に、アリアクラフトは賭け金を乗せなくてよいのですか?」
「……馬鹿らしい」

 きっと、彼は領地交換の話など、とうに掴んでいただろう。何か陰謀がある、というのも、同じように思い至っていたはずだ。だから、キースの言っていることは、理解できてしまう。

「その何か、ってのは、なんなんだ?」
「お答えできません。最上級の機密になります」
「……あんたらはそれを、掴んでいるのか?」
「それをお答えすることもできません。我々が情報を持っているのかどうか、ということ自体が、情報になってしまいますので」
「ふざけんじゃねえぞ! 何が賭け金、だ! 勝算があるかどうかすらわかんねえ駄馬に、金なんざ積むわけがねえだろうが!」
「――駄馬かどうかは、これを見て、ご判断ください」

 そう呟くと、キースは、卓上に二枚の紙を出した。
 そこには借金の契約書で、その末尾に署名されている名前も、見えた。
 そこには、ハミルトンと、シェラードの名が、それぞれ記されていた。
 途端に、ウルグスの態度が、変容する。それまでの勢いが止まり、鋭い眼光が、二枚の紙きれに釘付けとなっている。それを見てキースは、ほくそ笑んだ。

「私は、先日この高名な二名の貴族の方との【テーブル】に打ち勝ち、このような債権を保持するにまで至りました」

 多少、事実を歪めて報告する。ここで広げている契約書はほんの一部で、マナの売買については記されていないので、真実は露見しない。

「あの、第六領の重要な地を管轄する貴族に食い込むことに成功しました。これは大きなアドバンテージです。確かに私は猿以下かもしれないが、まあ、ナイフとフォークを持てるくらいには成長しましたよ」

 ウルグスは再び、ぎろり、と睨みつけた。

「……気に食わねえなぁ、王子」
「ふふ、なにが、でしょうか」
「……俺がこの世で許せねえことが、三つある」

 ウルグスは、ごつごつとした手を掲げ、順々に指を折る。

「一つ、約束を守らねえ奴。二つ、手前の無能に無自覚な奴。三つ、貴族とは名ばかりの腐った奴、だ。ハミルトン、シェラード。こいつらはよォ、いつの日かこの手でぶちのめしてやろうと決めてる奴らだボケナス」

 怒髪天を衝く勢いであった。血管が浮き出るばかりに怒りを剥き出しにし、机を叩く。

「その債権がありゃあよ、あのクソ共の首輪を握るのも容易いわなぁ! それを担保にすりゃあよ、あんたらがヘマしても、俺らは怨敵の弱点が手に入るんだ、こんないい取引はねえわなあクソヤロウが!」

 ――そう。これが、唯一、この男に対して持ち出せる取引材料であった。
 ある筋から、特にウルグスは、この二人の貴族とは独特の敵対関係にある、ということを掴んでいた。であれば、この債権は、金額面だけではない価値を見出してもらえるのではないか、と考えたのだ。
 キースは、ここに至るまで、細い糸を手繰った。ウルグスが展開した論理を否定し、別の軸の交渉に塗り替えること。そして、その上で、彼に、最大の威力で打ち出せるようなタイミングを、作り出していたのだ。
 きっと彼は、キースのことを酷く軽んじていただろう。それがどうだ、別軸の提案を示し、【テーブル】の技術面の成長も示唆した上で、この二人の貴族を憎んでいるという情報を掴む力があることもアピールした。
 だがそれでも、これを受け入れるかは五分五分だ。出来るならば、マナーバトルは無く、話を結びたい。三大商会と争うのは愚の骨頂であり、話合いだけで済むのが最上だからだ。
 欲を出したウルグスが魔法を使うかどうかは、祈るしかない。
 しばらく、静まり返る。永遠にも思える時間の果てに動き出したのは――ウルグスであった。
 彼はおもむろに手を伸ばし、卓上に並べられたサンドイッチを掴んだ。そして大きな口を開き、がぶり、と食らいつく。
 そして予想外の一言を発したのだ。

「なんだこりゃ。クソ不味いな」
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