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第8部
第140話
しおりを挟む亮介のもとを離れたキールは、丸太小屋へもどろうとしていた。イタチの上空を飛ぶ鴫は、「キーシッシッ」と明るい声で啼く。
「ほうほう、なるほど。イタチめ、そんな小さなからだで、しんがりにでもなったつもりかの?」
「なんだおまえ、おいらについてくるな! 目障りだ!」
「キシシッ、わしの行く手にイタチも向かっておるのだから、しかたあるまい。なんじゃ? そう腹を立てるほどのことではあるまい?」
「けっ、だったら話かけるな」
キールはシギの目的を察したが、突き放そうにも空を飛んでいるため、手がだせない。ミュオンを襲った灰色大熊とキツネは、かならず丸太小屋にあらわれる。そして、もぬけの殻だと知った場合、においをたよりに追跡するにちがいない。キールは、亮介たちが通った道に木の実をつぶしてバラ撒いた。少しでも行き先をごまかすには、足跡も消す必要がある。4本足で地面を蹴りあげ、わざと砂埃を立てた。
「キーシッシッ、イタチよ。残念ながら、向こうに気配があるぞい。……うむ、まちがいない。あやつら2匹であろう」
「けっ。そーかい。思ったより早いおでましだな。そんなにおいらたちの生活を、踏みにじりてぇのかよ」
「キシシッ。妬み、嫉み、恨み、第三者の思惑に振りまわされているうちは、傍迷惑ってなあ。……若造、ひとりで決着をつける気かい?」
「そんなかっこいい話じゃねーよ。おいらはな、ただ、大熊とキツネ野郎が気に入らないだけだ。これ以上、ミュオンや亮介をつけ狙うってなら、おいらが始末してやる」
単純に、キールは怒っていた。丸太小屋での暮らしを奪われ、ミュオンに手をかけようとする大熊は強敵だが、力だけが勝負を左右するとはかぎらない。キールは、走りながらずっと考えていた。それぞれが適した環境で、幸せになる方法を。どうすれば、悪縁を断ち切ることができるのか。
「おいらだって、やってやらぁ。そっちがその気なら容赦しねえ!!」
「む? 早まるなよ、イタチ。自己犠牲なぞ、のちに美談とされる類の手段ではない」
「あん、誰が死ぬって言った? おいらはひとりじゃねえ。……へへっ、協力な味方がついてらぁ!」
キールは、なぜか自信ありげに笑って見せたが、腑に落ちないシギは「むう」と、目を細めた。そして、丸太小屋の門扉の前に、大熊とキツネが待ち構えていた。
「よう」と、キールが挑発する。大熊は右目だけでギロッと睨みつけた。
「兄者、こいつ、生意気なイタチですぜ。どうしやす?」
「雑魚に用はない。人間のガキと精霊を逃がしたつもりのようだが、ハイロはどうした」
「教えてやる義理はねぇな。おまえらこそ、いいかげん、しつこいぞ。ミュオンをどうしたいのか知らねーが、あいつは身ごもってンだ。もう、そっとしてやれよ」
「知っている。ハイロの子だろう。それがどうした」
「どうしたもこうしたもあるか。ふたりの邪魔をするな!」
「笑わせるな。ほしいものは力づくで奪う。それが自然界の法則だ」
「兄者、兄者。話すだけ時間のむだですぜ。いっそのこと、このイタチを人質に、あいつらを誘きだしやしょう」
キツネの提案に大熊はフンッと鼻息を吐くと、数十秒ほど考えこみ、キールを見据えた。体格差は圧倒的に有利だが、素速さでは負ける。相手の挑発に興味はないが、大熊はイタチの漢気を認め、「おもしろいやつだな」とつぶやいた。
★つづく
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