月冴ゆる離宮

み馬

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第三部

栄光の約束⑽

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「早まるなよ、寵主ハイム!」

 バンッと、勢いよく正殿の扉から登場したクオンは、卓子テーブルを挟んで茶を呑むふたりの姿を見るなり、皇帝側に駆け寄った。

「リヤン、無事か!?」

「なんだその反応は。わたしが茶に毒でも混入したかと思うたか。なんと無礼な……」

 クオンは、あからさまな態度で皇帝の身を案じるため、リュンヌのほうで唖然あぜんとした。不機嫌そうに顔をしかめると、皇帝が弁明した。

「クオンよ、リュンヌはを無駄に死なせる女ではない。むしろ、かすすべを身につけておる」

 意外にも褒められたアセビは、うれしく思った。改めて考えると、リヤンと会話する機会は少ない上、顔を合わせる時間も限られている。こうして意見を述べることは、今までにない状況だった。

(それも当然か。リヤンとは、寝台の上で肌を合わせるだけの関係だったからな。寵主ハイムとなった今だからこそ、堂々と皇帝に拝謁はいえつできるわけで……)

「おそれながら、皇帝陛下に申しあげます。じき朝議ちょうぎのお時間となりますゆえ、それまでに御髪みぐし衣服ころもを整えなければなりません」

「……うむ、左様さようである。リュンヌよ、余の返事は、しばし待て」

 褒美について言及げんきゅうを避けられたアセビは、残念な気持ちで寝所へ戻ると、シルキが待っていた。

「寵主さま、おはようございます!」 

「おはよう。グレンのようすは変わりないか?」

「はい。いつもどおり、食事の膳はカラにして、とても元気です」

「そうか」

 シルキは、女官のヒルダと共にグレンハイトの付人つきびととなり、日々の経過をリュンヌに報告していた。ありがたいことに、グレンの成長ぶりは安定していた。皇宮ほど不穏な空気が満ちる場所はない。幼い我が子に、窮屈な思いをさせては気が引けた。アセビは、あとから追いついてきたクオンを振り向くと、ビシッと人差し指を突きつけた。

「こやつめ、さっきの態度はあまりにも無礼であったぞ! あやまれ!」

「わ、悪かった……」

 素直に謝罪したクオンは、ぽかんとするシルキに「ははっ」と、苦笑にがわらいした。

「クオンさんがしかられるなんて、めずらしいですね」

「よせよ。おれは欠点だらけの男だぜ」

 謙遜けんそんする医官は、秘めた才能を隠しもっている。その事実を知るアセビは、かすかに目を細めた。ふたりの男によって築かれた地上最大の帝国は、永遠にほろんではならない。皇帝を支える側に立つアセビは、グレンハイトの未来をうれいたくはなかった。

「さて、わたしも朝食にしよう。それが済んだら、ルリギクさまの所へいかねばならん」

 皇后こうごうの住まいは、中庭を囲む長い回廊の先にあり、リュンヌは寵主となってから、数日置きに顔を出すようにしていた。ルリギクにとってもグレンハイトは息子という立場に当たるため、交流を深めておくべきだと判断したアセビは、積極的に皇后の部屋をたずねた。

(良好な付き合いなど、第三者の陰口かげぐちひとつで、たやすくこわされるものだからな。ルリギクとは、しつこいくらい会っておいたほうがいいだろう……)

 信用にる人物かどうか、ルリギク自身の評価を重視するアセビは、注意深くせっする必要があった。


✓つづく
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