月冴ゆる離宮

み馬

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第一部

原罪の箱庭⒅

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 産医ではないクオンだが、アセビ(リュンヌ)の妊娠期と分娩の介助を任された以上、全期を通じて責任は重大だ。自己の判断ミスで母子ともに害が及ぶような状況だけは、絶対に避ける必要があった。

「皇帝陛下の頼みとあらば、やるしかねぇな」

 小さく溜め息を吐き、青寝殿へ向かったクオンは、女官たちに出産だけでなく育児に至るまでの流れを教わった。


 季節は春へと移り変わり、中庭に桜の花が咲いた。皇帝の寝所から一歩も外へ出られないアセビの生活も、4ヵ月目に突入した。

「リュンヌさま、湯加減ゆかげんはどうですか?」

「ああ、大丈夫だ……」

 炊事場すいじばで沸騰させた湯を平たい桶に汲んで寝所へ運び入れ、リュンヌの背中を流すシルキは、クオンの指示で動くことが多くなっていた。紫寝殿ししんでんに身をおくアセビは、これまでの経緯を察するに、出産は寝所ここおこなうのだろうと思えた。

(……寵女クピドとなった今も、外部との接触を禁じられているのは、生まれてくる赤子の性別が、どちらなのか、わからないからだろう。……男児であれば、わたしは皇帝の権限で寵主ハイムとなる。確固かっこたる称号を手に入れさえすれば、ここから出られるはずだ)

 しばらく熱っぽくだるい症状が続いたアセビだが、最近は基礎体温が下がり、体調も落ちついていた。おなかが少し大きくなり、外的な変化として認められた。また、乳腺の発達により胸が張ったり、腰痛に悩まされたが、胎児の成長を実感できるため、アセビは(不本意ながらも)自分が一児いちじの母になる意識を高めていった。

(どうか無事に生まれてきますように……。父親が誰であろうと、わたしの血と肉を分けた子なのだ。わたしがしっかりせねば、誰がこの子を愛してくれるだろうか……)

 生まれてくる赤子に罪はない。アセビは、無条件で我が子を愛すると誓った。

「よう、シルキ。邪魔するぜ」

「あっ、クオンさんだ! こんにちは!」

 全裸で湯浴ゆあみ中のところへ、クオンが顔をだす。アセビの肌へ目を留めるなり、「胸が大きくなったな」と云って、脇に片膝かたひざをつく。

「体調はどうだ」

「あ、ああ……。胸が張って少し痛く感じるが、食欲はあるし、至って順調だと思う」

さわっても?」

「うむ、構わぬが……」

 クオンは、アセビの許可を得て胸に手を添えると、軽くんで触診した。

「なるほど。乳房の大きさに関係なく、産後は母乳が分泌される仕組みになっているから、このように張ってくるのだ。……母乳は血液から作られるゆえ、乳首に血がにじむことがあっても驚く必要はないが、念のためすぐにしらせろよ」

「わ、わかった……」

 クオンの知識は、妊婦のアセビより豊富ほうふにつき、今となっては心強こころづよい存在だ。クオンは胸に添えた手を下降させ、アセビの下腹部を撫でた。

「おまえの胎内なかにリヤンの子がいるとは、ふしぎなものだな」

「べつだん、ふしぎな話ではない。そうなるよう、わたしは何度もあの男に抱かれたのだ。これは当然の結果ではないか」

「正論だが、色気がねぇな」

「そんなもの必要ない。わたしは、あの男に利用されているにすぎぬ」

 今のところ皇帝の成すがままに応じるアセビだが、あくまで、内側から離宮制度の廃止を実現させるためである。

(……ジュリアンさま、もうしばらくの辛抱しんぼうです。必ず、あなたを救い出してみせます……)


✓つづく
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