47 / 82
第47話:エル、指輪の意味を聞かされる
しおりを挟む
その途端、木々の間に隠れていたはずのローニが飛び出した。
「――そうか、角だッ! ミスリルにされていた混ぜ物は、ユニコーンの角だったんだねッ!?」
勢い込んで彼が叫ぶと、ユニコーンたちはじろりとそちらへ目を向ける。
ローニはほとんど転がるように一角獣の元へ走り寄り、その鋭い角を指差して、興奮した様子でさらに絶叫した。
「〝真なる銀〟であるミスリルにこんなものを混ぜるなんて――凄いや! まったくもって正気じゃないぜッ!!」
「――なんだ、この無礼なドワーフは……? 我らの神聖な角を、こんなもの呼ばわり……あまつさえ〝混ぜ物〟だと……?」
いましがた進み出て言葉を話したユニコーンが、苛立たしげにそう呟く。
ユニコーンたちはローニの物言いがよほど腹に据えかねるのか、足元の土を蹄でガツガツと掘り返し始めた。
そしてゆらりと、一頭のユニコーンが無礼なドワーフの腹へ角の尖端を差し向ける。
「お? なんだい? よく見せてくれるのかい? いやはや、でもまさかミスリルに混ぜ物をしようなんて考える奴がいたなんてね。でもそれなら納得だよ! だってユニコーンの角っていったら――」
「ろ、ローニさん、危ないですから……」
「その指輪に付与された異常なまでの〝浄化〟の術式――いや、もはや〝消滅〟かな? 根幹にあるのは使用者の魔力の〝放出〟みたいだけど、とにかくエルフの魔術式ではこの混ぜも――げふぅッ!?」
「ローニさん!?」
にわかに突き飛ばされ、ローニの体が花畑を転がる。
慌てて駆け寄るエルの姿に、ユニコーンたちはまたも苛立たしげに蹄で地面を掘り返す。
「痛てて……。いやはや、びっくりしたよ。でも大丈夫! こんなこともあろうかと服の下に鎧を――ッ、ああ!? 貫通してるッ!? すんごい痛いッ!?」
「お、落ち着いてくださいっ! いま治しますから!」
「へ? え? ええッ!?」
エルの《回復魔法》によって、ローニのお腹に開いた穴はみるみる塞がり始める。
無礼なドワーフはぽかんとした顔で聖女を見つめて呟いた。
「……き、きみって、ただの暴力女じゃなかったんだね」
「おヒゲを引っこ抜いて、傷口に詰めて回復して差し上げましょうか?」
「すみません」
どうやらローニの傷は浅く、すぐに完治したようだった。
エルがほっと息を吐くと、直後にガキンと甲高い音が鳴り響き、目の前にヴァルロの背中が立ち塞がった。
「おい! 動けるんならさっさとずらかるぞッ!!」
「え? あ、待って、待ってください!」
「あん?」
剣の腹でユニコーンの角を弾いたヴァルロは振り返らず、エルの制止に訝しげに声だけ返す。
エルはすっと立ち上がると、ぼんやりと佇むレウシアを一瞬だけ見てから、一頭のユニコーンへと向き直った。先ほどの、言葉を話した個体である。
「彼らは、私を待っていたようなことを言っていました。……教えてください。この指輪は、なんなのですか? 〝聖剣の欠片〟では、ないのですか?」
ユニコーンたちはエルの問いかけを受け、ぶるりと身を震わせながら目配せをし合った。そしてざっと、足音を揃えて後ずさる。
もう襲ってくる気はないのか、白い一角獣たちは逡巡した様子で視線を森へと彷徨わせる。
「えっ!? ま、待ってください!」
「――ッ!?」
――まさか立ち去るつもりなのか。
そう察したエルが慌てて一歩踏み出すと、ユニコーンたちはびくりと体を強張らせた。
ちらちらと互いに目配せを続けながら、ぶるる、と荒い息を吐く。
「え、えっと……?」
「……える、待って、あげ、て?」
「レウシアさん……?」
「……恥ずかしい、ん、だって」
「へ?」
レウシアがエルにぽつりと告げる。
やがて一頭のユニコーンが進み出て、厳かな口調で語りだした。
「――〝約束の乙女〟よ。それは婚姻の証である」
「……こんいん、ですか?」
「然り。――かつて、我らが角を与えることと引き換えに、あの森人が差し出すと約束した純なる乙女。その乙女と、我らとの契りの証である!」
「えっと、はい……? 婚姻……契り……って、えええええっ!?」
口元に手を当て考え込んでから、やっと言葉の意味を理解したエル。思わず大声を上げてしまう。
ユニコーンたちは相変わらず目配せを送り合いながら、長い角の生えた頭部をぶるんぶるんと激しく上下させた。
「……しかり、しかり、だっ、て」
「え、あの、婚姻って、人と馬ですよね? それはちょっと――」
「馬ではない。聖獣である!」
「……せーじゅう?」
レウシアがこてんと首を傾げる。
ローニはお腹をすりすり擦り、ヴァルロが頭を掻いて嘆息する。
エルは戸惑い混じりの苦笑いのような表情を浮かべて、手の中の指輪に視線を落とした。
「……でも、私は――」
「盟約が守られないというのなら、この島の〝火山〟を噴火させる」
「……かざん、ですか?」
「ま、ままマズいよッ!? そんなことされたらッ!」
「あの……火山って、なんですか?」
首を傾げてエルが尋ねる。
カザドの紳士は必死の形相で、ぴょんぴょん跳ねつつ説明をする。
「あの暖かい川を見ただろう!? この島は地下に〝溶岩〟っていう、どろどろに溶けた熱い岩が流れてて、それが噴き出すと――」
「噴き出すと……?」
「――し、島の生き物がみんな死んじゃうんだよッ!!」
「え、えええっ!?」
エルが目を剥き驚くと、ユニコーンはすっと視線をレウシアへ向け、ほふぅと大きな鼻息を吐いた。
その一角獣はもごもごと口元を動かしてから、付け足すように言葉を続ける。
「貴女が我らとの契りを望まないというなら、そちらの竜でも我らは構わん。その竜も〝証〟を持ち乙女であ」
「レウシアさんはダメです」
「……乙女であるゆえ――」
「ダメです」
「…………むぅ」
がつりと地面を掘り返してから、ユニコーンは身を震わせた。
じとりとしたエルの視線から逃れるように頭を森の方角へと向け、厳かな声で話を続ける。
「……とにかく、我らの角で作られた〝証〟を持つ者が婚姻を結ばぬというのならば、それは盟約違反である。我らは火山を噴火させる。……できぬと思うなよ? 我らユニコーンは〝憤怒〟を司る者なり。〝火の怒り〟を操ることなど造作もない」
「っ、それは」
思わず手を――そこで銀色に光る指輪を握りしめ、エルは言葉を詰まらせた。
憤怒。それはこの〝聖剣の欠片〟に与えられた〝怒り〟という名前と一致する。恐らくハッタリではないのだろう。
「一夜だけ待とう。どちらが我らの花嫁になるか、明日の太陽が中天に昇り切る時合までに決め、この場所を再び訪れるがいい。……某は貴女を所望するが、なんなら二人ともでも――」
「レウシアさんは、ダメです」
「……そうか」
頭を振って目配せをし合うと、ユニコーンたちはすぐさま踵を返し、森の中へと消えていく。
チッ、と舌打ちの音が響き、ヴァルロが剣を鞘に納めた。
「あのクソ馬ども、隙がねぇ。殺っちまえれば話が早かったんだが」
「……聖獣ですよ?」
「ッ、おま、どの口が言いやがる!? 銃を一発撃つ前は、てめぇだって殺る気満々だったじゃねぇか!」
「ええ、まあ、その……ちょっと後悔しています」
「……そうかよ」
なにについてをだ? とは尋ねずに、ヴァルロは白髪混じりの金髪を掻き毟った。
聖女エルは腰の銃を一度撫でてから、レウシアへと目を向ける。
「どうしましょう、レウシアさん」
「……ぅ?」
レウシアはこてんと首を傾げて、エルを見つめ返すのみだった。
◇
けっこんて なんだろう
ずっと いっしょに いること だって ばるろは いってました
ずっとって どれくらいの ずっとだろう
わたしには よく わからないなあ
◇
「――そうか、角だッ! ミスリルにされていた混ぜ物は、ユニコーンの角だったんだねッ!?」
勢い込んで彼が叫ぶと、ユニコーンたちはじろりとそちらへ目を向ける。
ローニはほとんど転がるように一角獣の元へ走り寄り、その鋭い角を指差して、興奮した様子でさらに絶叫した。
「〝真なる銀〟であるミスリルにこんなものを混ぜるなんて――凄いや! まったくもって正気じゃないぜッ!!」
「――なんだ、この無礼なドワーフは……? 我らの神聖な角を、こんなもの呼ばわり……あまつさえ〝混ぜ物〟だと……?」
いましがた進み出て言葉を話したユニコーンが、苛立たしげにそう呟く。
ユニコーンたちはローニの物言いがよほど腹に据えかねるのか、足元の土を蹄でガツガツと掘り返し始めた。
そしてゆらりと、一頭のユニコーンが無礼なドワーフの腹へ角の尖端を差し向ける。
「お? なんだい? よく見せてくれるのかい? いやはや、でもまさかミスリルに混ぜ物をしようなんて考える奴がいたなんてね。でもそれなら納得だよ! だってユニコーンの角っていったら――」
「ろ、ローニさん、危ないですから……」
「その指輪に付与された異常なまでの〝浄化〟の術式――いや、もはや〝消滅〟かな? 根幹にあるのは使用者の魔力の〝放出〟みたいだけど、とにかくエルフの魔術式ではこの混ぜも――げふぅッ!?」
「ローニさん!?」
にわかに突き飛ばされ、ローニの体が花畑を転がる。
慌てて駆け寄るエルの姿に、ユニコーンたちはまたも苛立たしげに蹄で地面を掘り返す。
「痛てて……。いやはや、びっくりしたよ。でも大丈夫! こんなこともあろうかと服の下に鎧を――ッ、ああ!? 貫通してるッ!? すんごい痛いッ!?」
「お、落ち着いてくださいっ! いま治しますから!」
「へ? え? ええッ!?」
エルの《回復魔法》によって、ローニのお腹に開いた穴はみるみる塞がり始める。
無礼なドワーフはぽかんとした顔で聖女を見つめて呟いた。
「……き、きみって、ただの暴力女じゃなかったんだね」
「おヒゲを引っこ抜いて、傷口に詰めて回復して差し上げましょうか?」
「すみません」
どうやらローニの傷は浅く、すぐに完治したようだった。
エルがほっと息を吐くと、直後にガキンと甲高い音が鳴り響き、目の前にヴァルロの背中が立ち塞がった。
「おい! 動けるんならさっさとずらかるぞッ!!」
「え? あ、待って、待ってください!」
「あん?」
剣の腹でユニコーンの角を弾いたヴァルロは振り返らず、エルの制止に訝しげに声だけ返す。
エルはすっと立ち上がると、ぼんやりと佇むレウシアを一瞬だけ見てから、一頭のユニコーンへと向き直った。先ほどの、言葉を話した個体である。
「彼らは、私を待っていたようなことを言っていました。……教えてください。この指輪は、なんなのですか? 〝聖剣の欠片〟では、ないのですか?」
ユニコーンたちはエルの問いかけを受け、ぶるりと身を震わせながら目配せをし合った。そしてざっと、足音を揃えて後ずさる。
もう襲ってくる気はないのか、白い一角獣たちは逡巡した様子で視線を森へと彷徨わせる。
「えっ!? ま、待ってください!」
「――ッ!?」
――まさか立ち去るつもりなのか。
そう察したエルが慌てて一歩踏み出すと、ユニコーンたちはびくりと体を強張らせた。
ちらちらと互いに目配せを続けながら、ぶるる、と荒い息を吐く。
「え、えっと……?」
「……える、待って、あげ、て?」
「レウシアさん……?」
「……恥ずかしい、ん、だって」
「へ?」
レウシアがエルにぽつりと告げる。
やがて一頭のユニコーンが進み出て、厳かな口調で語りだした。
「――〝約束の乙女〟よ。それは婚姻の証である」
「……こんいん、ですか?」
「然り。――かつて、我らが角を与えることと引き換えに、あの森人が差し出すと約束した純なる乙女。その乙女と、我らとの契りの証である!」
「えっと、はい……? 婚姻……契り……って、えええええっ!?」
口元に手を当て考え込んでから、やっと言葉の意味を理解したエル。思わず大声を上げてしまう。
ユニコーンたちは相変わらず目配せを送り合いながら、長い角の生えた頭部をぶるんぶるんと激しく上下させた。
「……しかり、しかり、だっ、て」
「え、あの、婚姻って、人と馬ですよね? それはちょっと――」
「馬ではない。聖獣である!」
「……せーじゅう?」
レウシアがこてんと首を傾げる。
ローニはお腹をすりすり擦り、ヴァルロが頭を掻いて嘆息する。
エルは戸惑い混じりの苦笑いのような表情を浮かべて、手の中の指輪に視線を落とした。
「……でも、私は――」
「盟約が守られないというのなら、この島の〝火山〟を噴火させる」
「……かざん、ですか?」
「ま、ままマズいよッ!? そんなことされたらッ!」
「あの……火山って、なんですか?」
首を傾げてエルが尋ねる。
カザドの紳士は必死の形相で、ぴょんぴょん跳ねつつ説明をする。
「あの暖かい川を見ただろう!? この島は地下に〝溶岩〟っていう、どろどろに溶けた熱い岩が流れてて、それが噴き出すと――」
「噴き出すと……?」
「――し、島の生き物がみんな死んじゃうんだよッ!!」
「え、えええっ!?」
エルが目を剥き驚くと、ユニコーンはすっと視線をレウシアへ向け、ほふぅと大きな鼻息を吐いた。
その一角獣はもごもごと口元を動かしてから、付け足すように言葉を続ける。
「貴女が我らとの契りを望まないというなら、そちらの竜でも我らは構わん。その竜も〝証〟を持ち乙女であ」
「レウシアさんはダメです」
「……乙女であるゆえ――」
「ダメです」
「…………むぅ」
がつりと地面を掘り返してから、ユニコーンは身を震わせた。
じとりとしたエルの視線から逃れるように頭を森の方角へと向け、厳かな声で話を続ける。
「……とにかく、我らの角で作られた〝証〟を持つ者が婚姻を結ばぬというのならば、それは盟約違反である。我らは火山を噴火させる。……できぬと思うなよ? 我らユニコーンは〝憤怒〟を司る者なり。〝火の怒り〟を操ることなど造作もない」
「っ、それは」
思わず手を――そこで銀色に光る指輪を握りしめ、エルは言葉を詰まらせた。
憤怒。それはこの〝聖剣の欠片〟に与えられた〝怒り〟という名前と一致する。恐らくハッタリではないのだろう。
「一夜だけ待とう。どちらが我らの花嫁になるか、明日の太陽が中天に昇り切る時合までに決め、この場所を再び訪れるがいい。……某は貴女を所望するが、なんなら二人ともでも――」
「レウシアさんは、ダメです」
「……そうか」
頭を振って目配せをし合うと、ユニコーンたちはすぐさま踵を返し、森の中へと消えていく。
チッ、と舌打ちの音が響き、ヴァルロが剣を鞘に納めた。
「あのクソ馬ども、隙がねぇ。殺っちまえれば話が早かったんだが」
「……聖獣ですよ?」
「ッ、おま、どの口が言いやがる!? 銃を一発撃つ前は、てめぇだって殺る気満々だったじゃねぇか!」
「ええ、まあ、その……ちょっと後悔しています」
「……そうかよ」
なにについてをだ? とは尋ねずに、ヴァルロは白髪混じりの金髪を掻き毟った。
聖女エルは腰の銃を一度撫でてから、レウシアへと目を向ける。
「どうしましょう、レウシアさん」
「……ぅ?」
レウシアはこてんと首を傾げて、エルを見つめ返すのみだった。
◇
けっこんて なんだろう
ずっと いっしょに いること だって ばるろは いってました
ずっとって どれくらいの ずっとだろう
わたしには よく わからないなあ
◇
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
40
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる