水の神女と王印を持つ者~婚約破談のために旅に出た神女は出会った美麗の青年に可愛がられてます~

千賀春里

文字の大きさ
2 / 17

小さな旅人

しおりを挟む
その日、港町では大きな市で大通りには多くの出店と買い物客で賑わっていた。
 小さな身体で人混みの間を縫って歩く影がある。
 その身なりは砂埃に塗れ、小さな顔も泥で汚れて綺麗とは言い難い。
 汚れた外套を被り、顔を隠している為視界が悪い。

「お腹空いたな」
 

    ぐぅと空腹になった腹が音を立てる。

 昨日から何も食べておらず、何日も風呂に入れない日が続いた為、全身がベタベタして気持ち悪い。喉が渇いても海水ばかりで飲み水も口に出来ない状態だ。

 ここ数日の疲労が祟って精神的にも肉体的にも限界である。

 早く宿見つけて休まないと……死ぬ。

 人の波に乗り、大きな通りを進む。
 すると蒼子の目の前をフラフラと男が横切る。出店に並ぶ品物を吟味している買い物客とは違い、様子がおかしい。

 観察していると男の視線がある一点で定まった。視線の先では身なりの良い男が店主らしき男と話し込んでいる。
身なりの良い客人を捕まえようと店主は店の品を進めている。店先に並ぶのは真珠や石を使った装飾品で裕福層を狙った店に思えた。
そして不審な男の視線は客の財布に注がれている。重みがあり、かなりの金額が入っていると思われる。

「スリか」

 男が身なりの良い男に気取られないように近づいて行く。

 止めないと……。

 蒼子は男の後を追い掛ける。
 男の手が財布に伸びた。

「駄目」

 男が弾かれたように振り返った。
 寸での所で男の手が止まる。

「盗ってはいけない。そんな事をしても貴方の中に満たされるものはない」

 焦燥が瞳の中に見える。
 視線が定まらずにゆらゆらと揺れ動く。

「何だ? もしや、私の財布を盗ろうとしたのか?」

 身なりの良い男がこちらに異変に気付く。

「何だ?」
「スリか?」

周囲の人々がただならぬ様子に気付き始め、視線が集中する。

「退け! ガキ!」
「うわっ」

 突き飛ばされて地面に身体を打ち付ける。

「いってて……」

 身体を擦りながら顔を上げると男は顔を隠すように人混みの中へと消えていく。
 あっという間にその背中は見えなくなる。

 突き飛ばすのはあんまりじゃないか?

 身体が痛む。疲労が溜まった状態で今の衝撃が更に身体の負担になった。

「大丈夫か?」

 身体を起こせずにいると財布を狙われていた男が身体を持ち上げ立たせてくれた。

「ありがとうございます」

 少しだけ宙に浮いた足が地面に着く。

「こちらこそ助かった。礼を言う」

 片膝を着き蒼子の目線に合わせて男は言った。
 蒼子が思っていたよりも男はずっと若かった。整っていると思われる顔は右目が眼帯で覆われていて黒く艶のある長い髪を頭の上で結い上げ、質の良い衣を纏っている。

「人として当然の事をしたまで」

 男は蒼子を凝視すると怪訝そうな表情を作る。

「……礼をしよう」
「金ならいらない」

財布から金を取り出そうとする男を蒼子は止めた。
薄汚れた格好の蒼子を見ればどこからか流れ着いた浮浪者のように思っても仕方ない。

「できれば宿を紹介して欲しい。高くても安くても良いから安全な宿が良い」

 一刻も早く身体を休ませなければ倒れてしまう。
 若くてこの身なりの良さは貴族か繁盛している商家の息子だろう。
 その辺で適当な人に宿を訊ねるよりはいい宿を知っていそうだ。

「宿を探しているのか?」

 頷くと男は屈んだまま首を捻る。そして立ち上がり、辺りをきょろきょろと見渡して再び屈み込む。

「親はどこだ? はぐれたか?」
「親はいない。一人で来た」
「どこから来た?」
「王都、火露」
「何をしに?」
「人探し」
「もう一度聞くが誰と来たんだ?」
「一人で来た。正確には途中ではぐれた。はぐれた時はこの町で落ち合う約束になってる」

 そう言うと男は呆れたように大きく息を吐き出した。
 眉間に寄ったしわを指でほぐしながら言う。

「冗談を言うな。名は何という? 親を探してやる」
「……もういい」

 めんどくさい。

質問の応酬に疲れた。時間の無駄だろう。
悪い人ではないのだろう。
本気で蒼子を心配してくれている、というよりどう対応するべきか困惑しているようだ。

 蒼子は男に背を向け小さな歩幅で歩き出す。
 身体に力が入らず足元がおぼつかない。

「おい、待て」

 後ろから肩を掴まれそのまま後ろ身体が傾く。
青空を映したのを最後に蒼子の意識は沈んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」 魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。 ――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。 「ここ……どこ?」 現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。 救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。 「ほら、食え」 「……いいの?」 焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。 行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。 旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。 「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」 「ウチの子は天才か!?」 ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。 これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。 ※若干の百合風味を含みます。

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

処理中です...