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悪徳商人
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賑やかな港町は活気が溢れ、多くの買い物客や商人達で賑わっている。多くの商店がっち並び、道行く人々は品物を吟味したり、ひやかしたりしている。
多くの商店の中でも一際目を引く店がある。店内には簪や首飾りなどの装飾品、上質な
衣や帯、香油や紅などの化粧品などの女が好むであろう品々が美しく並べられている。
「鳳様、こちらとこちらの簪、どちらがよろしいと思います?」
紅色の花の簪と青色の連玉の簪を手にした女性が猫なで声で問う。
「困りましたね……どちらもお似合いになるので判断に困ってしまう」
などと甘い声で囁くように男が言うと顔を紅潮させてどちらの簪も買っていく。帰り際にまた顔を見せて欲しいと囁けば五日以内に現れ、購入し、また来店する。一度、道に出て客寄せすれば吸い込まれるように店に入り、数日後には必ず現れる。そして先程と同じ光景が繰り返されるのだ。
「恐ろしい」
その様子を扉の隙間から見ていた蒼子は呟いた。店の奥にある部屋から店内を窺い、客がいなくなったのを見計らい、店に出た。
「素晴らしいと褒めたたえろ」
「あぁ、そうだね。女の扱いがこうも上手いと天賦の才を感じるよ」
巷では美麗の商人と名高いこの男は琳鳳。
中性的で端整な顔立ち、背は高く、引き締まった体躯に漂う色香、右目に着けた眼帯が謎めいた雰囲気を演出している。
「女を操る事など私にかかれば容易い」
「悪徳商人」
この男はこの港町では名の知れた商人で女性客を標的にした商売で成功した手腕だ。
この店に来た女は心を売られると評判だ。この美貌と色気を持ってすれば仕方ないと思う。
「女はいい。裕福な層は特に使える」
「いつか刺されてしまえ」
麗しい見た目に反して、口が悪く最低な男だ。こいつの本性が大衆の前で暴かれる日が来れば良いのにと本気で願う。
「なんだ、出掛けるのか?」
店に出て来た蒼子に鳳が訊ねた。
「ならば私も行こう」
「うわっ」
蒼子の目線が急に高くなる。足は地面から高く離れて宙へ浮く。蒼子は慌てて鳳の襟首にしがみついた。
「降ろして」
「この方が遠くまで見えるだろう?」
「私は子供じゃない。降ろして」
鳳に高々と抱き上げられた蒼子は反抗するように訴える。
「心配するな。誰が見ても幼子。こうして抱かれていても恥ずかしくはない」
蒼子を同じ目線まで持ち上げて鳳が意地悪そうに笑む。
「柊、少し出て来る。店を頼むぞ」
嫌そうな顔をする蒼子を抱いたまま店の奥に声を掛けた。
「一人でも大丈夫だって」
「この町には色んな人間が集まる。お前のような幼子、すぐに売り飛ばされるぞ。その顔が人並み外れた不細工ならうるさくは言わないが」
蒼子の頭に被った外套を取り払い、鳳は言う。
外套に隠れていた幼子の顔が露わになる。
小さい顔に小さな身体、色白できめの細かな肌、将来は絶世の美女を約束されたかのような美しく整った顔立ち、黒く艶やかな髪は肩の上で切り揃えられている。
しかし鳳を睨む瞳は子供特有の幼さはなく、
万物を語るような、全てを見透かすような瞳をしている。
「子供じゃない」
「子供だろう」
蒼子は小さい唇を尖らせて不服そうな顔をする。そんな蒼子の鳳は愉快そうに見ている。
「さて、今日はどこへ行きたいんだ?」
「西の市。遅くなるから一人で行く。お店長く空ける事になるよ」
「構わないさ」
「私が構うんだよ」
そう言うと蒼子の頭に再び外套を掛け、店を出て西の方へ進み始める。
「怒られても知らないから」
目線だけを蒼子に寄越して口元に笑みを浮かべる鳳に蒼子は抗議するのを諦めた。
「早く見つかると良いが」
「うん……」
蒼子がこの港町に来たのは五日ほど前の事だった。
多くの商店の中でも一際目を引く店がある。店内には簪や首飾りなどの装飾品、上質な
衣や帯、香油や紅などの化粧品などの女が好むであろう品々が美しく並べられている。
「鳳様、こちらとこちらの簪、どちらがよろしいと思います?」
紅色の花の簪と青色の連玉の簪を手にした女性が猫なで声で問う。
「困りましたね……どちらもお似合いになるので判断に困ってしまう」
などと甘い声で囁くように男が言うと顔を紅潮させてどちらの簪も買っていく。帰り際にまた顔を見せて欲しいと囁けば五日以内に現れ、購入し、また来店する。一度、道に出て客寄せすれば吸い込まれるように店に入り、数日後には必ず現れる。そして先程と同じ光景が繰り返されるのだ。
「恐ろしい」
その様子を扉の隙間から見ていた蒼子は呟いた。店の奥にある部屋から店内を窺い、客がいなくなったのを見計らい、店に出た。
「素晴らしいと褒めたたえろ」
「あぁ、そうだね。女の扱いがこうも上手いと天賦の才を感じるよ」
巷では美麗の商人と名高いこの男は琳鳳。
中性的で端整な顔立ち、背は高く、引き締まった体躯に漂う色香、右目に着けた眼帯が謎めいた雰囲気を演出している。
「女を操る事など私にかかれば容易い」
「悪徳商人」
この男はこの港町では名の知れた商人で女性客を標的にした商売で成功した手腕だ。
この店に来た女は心を売られると評判だ。この美貌と色気を持ってすれば仕方ないと思う。
「女はいい。裕福な層は特に使える」
「いつか刺されてしまえ」
麗しい見た目に反して、口が悪く最低な男だ。こいつの本性が大衆の前で暴かれる日が来れば良いのにと本気で願う。
「なんだ、出掛けるのか?」
店に出て来た蒼子に鳳が訊ねた。
「ならば私も行こう」
「うわっ」
蒼子の目線が急に高くなる。足は地面から高く離れて宙へ浮く。蒼子は慌てて鳳の襟首にしがみついた。
「降ろして」
「この方が遠くまで見えるだろう?」
「私は子供じゃない。降ろして」
鳳に高々と抱き上げられた蒼子は反抗するように訴える。
「心配するな。誰が見ても幼子。こうして抱かれていても恥ずかしくはない」
蒼子を同じ目線まで持ち上げて鳳が意地悪そうに笑む。
「柊、少し出て来る。店を頼むぞ」
嫌そうな顔をする蒼子を抱いたまま店の奥に声を掛けた。
「一人でも大丈夫だって」
「この町には色んな人間が集まる。お前のような幼子、すぐに売り飛ばされるぞ。その顔が人並み外れた不細工ならうるさくは言わないが」
蒼子の頭に被った外套を取り払い、鳳は言う。
外套に隠れていた幼子の顔が露わになる。
小さい顔に小さな身体、色白できめの細かな肌、将来は絶世の美女を約束されたかのような美しく整った顔立ち、黒く艶やかな髪は肩の上で切り揃えられている。
しかし鳳を睨む瞳は子供特有の幼さはなく、
万物を語るような、全てを見透かすような瞳をしている。
「子供じゃない」
「子供だろう」
蒼子は小さい唇を尖らせて不服そうな顔をする。そんな蒼子の鳳は愉快そうに見ている。
「さて、今日はどこへ行きたいんだ?」
「西の市。遅くなるから一人で行く。お店長く空ける事になるよ」
「構わないさ」
「私が構うんだよ」
そう言うと蒼子の頭に再び外套を掛け、店を出て西の方へ進み始める。
「怒られても知らないから」
目線だけを蒼子に寄越して口元に笑みを浮かべる鳳に蒼子は抗議するのを諦めた。
「早く見つかると良いが」
「うん……」
蒼子がこの港町に来たのは五日ほど前の事だった。
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