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なんで離婚するのがそんなに嬉しそうなの?

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僕たちは離婚することになってしまった。
お互いに仕事が忙しいし、敢えて家庭を持つ意味を互いに見い出せなくなったからだ。離婚の話し合いは、実にスムーズに進んでいった。
そもそも結婚して一年も経っていない。
まだ二十代半ばで新婚と言ってもいい時期だったから、生活の基盤も整っていなかった。
お互いの両親には悪いと思ったけど、話はまとまった。
今日でこの家とも僕はおさらばだ。
「荷物は少ないな」
引っ越し業者が来る前に自分の荷物を整理していると、つい独り言が出てしまう。もともと家具の少ない部屋だし、私物は少ない方だと思う。
必要最低限のものだけを持っていくことにした。
そして引っ越し業者が来たので手早く荷造りをして、トラックへと運び込んでもらった。
幸いなことに荷物が少ないこともあってか、予定よりも早く終わった。
ふと視界を横に向けると、何故か笑顔の妻…いや、昨日までの妻がいた。
なんで笑っているんだ?どうしてそんな幸せそうな顔をしているんだ? 僕たちは別れるんだよ?
「あなた……」
妻がゆっくりと口を開く。
その声はとても優しくて、どこか懐かしさを感じるものだった。
「これから大変だろうけど頑張ってね!」
「えっ?」
「私は幸せもっと探すから!」
「あ、あのさ、なんでそんなに嬉しそうなの?」
「ふふっ…だって、やっと離婚できたんだもの!こんな嬉しいことはないわよ!」
「…………」
なんだこれ? 僕は夢でも見ているのか?
「じゃぁね!元気でいてね!」
そう言うと妻は部屋から出て行った。
まるで何事もなかったかのように。
あれほどまで愛していたはずの妻のことが急にどうでもよくなった。
なんだ?あれは。僕は結婚生活をそれなりに大事にしていた。彼女は違ったということか?それとも、最初から嘘の結婚だったということなのか? 分からない。
だけど、もういいや。考えることも面倒くさい。
僕は思考を停止させた。
こうして僕は妻を捨てた。
離婚して半年後、僕は新たな恋をした。
相手は同じ職場の後輩だった。
真面目な子だけど、結構かわいい。
彼女の名前は美紀ちゃんと言うらしい。
彼女との出会いは偶然だった。
会社の飲み会で隣り合わせになったのだ。
最初は特に何も感じなかったのだが、よく見ると彼女はとても可愛かった。
それからというもの、自然と目が彼女を追っていた。気付いたら恋に落ちていたのだ。
彼女はいつも笑顔で明るい性格をしている。
一緒にいるだけで心が安らぎ癒される。
彼女と一緒にいる時間が何より楽しい。だからといって別に束縛しようとかそういうことは考えていない。彼女が望まないなら無理矢理付き合おうとは思わない。
あくまでも、お互いの気持ちを大切にしたいと思っているだけだ。
ある日のこと、珍しく残業することになった。
同僚たちと会社を出ると、ちょうど同じタイミングで彼女も出てきた。
「あれ?今帰りですか?」
「うん。君も?」
「はい」
「そっか。途中まで一緒だね」
「ですねー。せっかくですし、駅まで歩きませんか?」
「もちろんだよ」
「ありがとうございます!」
彼女の提案を受け入れ、二人で歩くことになった。
「先輩って優しいですよね」
「そうかな?」
「はい!みんな言ってますよ!」
「へぇ~そうなんだ。なんか照れるな……」
「ふふっ……」
彼女の言葉が嬉しかった。誰かに褒められるのは初めてかもしれない。
しばらく歩いていると駅が見えてきた。
「ここでお別れだね」
「あっという間でしたね……」
名残惜しいな……。もう少し話していたい。だけど、迷惑をかけるわけにもいかないか……。
「そうだね……」「また機会があったら一緒に歩いてくれますか?」
「当たり前じゃないか。いつでも誘ってくれて構わないよ」
「やった!」
喜ぶ姿を見るとこちらまで幸せな気分になれる。
「じゃあ、俺はこっちなので。今日は楽しかったよ。ありがとう!」
「いえいえ、私こそ楽しかったです!」
「じゃあ、また明日ね!」
「はいっ!」
こうして彼女と別れた。
家に帰ってからも彼女のことばかり考えていた。
「やっぱり可愛いなぁ……」
独り言を呟きながらベッドに入る。
そして目を閉じた瞬間のことだった。「……?」
妙な気配を感じた。
何かが僕を見ているような感覚がする。
誰だ?誰が僕を見ているんだ? 恐怖を感じながらも目を開けると……
そこには女性の姿があった。
美しい容姿をしている。長い黒髪が印象的だ。
そう、前の妻だった。
「ひっ!?」
思わず声を出してしまった。
「なんでここに……」
「ふぅん。もう新しい恋したんだ。」
「だってもう離婚したじゃないか。」
「うるさい。私、男にフラれたの。」
「君だって新しい恋…」
「やぶれちゃ意味ないの!あなたとの結婚生活は正直退屈だったし、だから離婚するとき嬉しかったのに。思う存分彼と愛し合える、って。」
「待って…まさか、浮気してたの?」
「はぁ…頭悪いの?気付かなかったあなたの問題でしょ。」
「そんな……」
「そこまでしたのに、残酷にも彼は私を振ったんだよぉ!ひどいよね!」
彼女が泣き出した。
「うっ……」
僕は何も言えなかった。
彼女をこんな風にしてしまった原因は僕にあるからだ。
「ごめんなさい……」
僕には謝ることしかできなかった。
「まぁいいわ。これから私は自由の身だし。これからの人生、恋愛しないで生きていく。あなたも勝手に生きていればいいんだ。」
「ちょっと待って!なんでここに来たの?」
「さあ、なんでかな…さようなら。」
凄いスピードで人生の新たな一歩を踏み出した彼女は去っていった。
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