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131 そして映画は続く(終)

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「結局、あの『黄色い手紙』って何だったんでしょうね」

 この間図書館から借りた8ミリ映写機を返す期限が迫っていたので、池上に付き合ってもらいながら、私達は取っ手を片方ずつ持ちながら映写機を運んでいた。

「たぶん、聖マリアンヌ教会の案内か何かだと思う。あそこのカラーがイエローだから」
「あ、そういう······」

 意味がありそうなものほど深い意味などないのかもしれない。あの獣達は八頭女史のブレスレットに特別な意味があるのだと考えていたようだけど、実際には佐山氏との思い出と、比江島氏との思い出の写真が主だった。
 よく物を落とすと本人が言っていたし、スマホも井ノ口達に盗まれていたから、あのマイクロSDカードの中身はご遺族にとっても思い出の写真となるのかもしれない。複雑だろうけど。



 無事に映写機を返却して、手が軽くなった。次に映写機を借りる時はもっと幸せな理由がいい。8ミリフィルムも玩具フィルムも、管理する人がいなくなればビネガーシンドロームにかかったり、加水分解したり、可燃性フィルムでなくとも退色や経年劣化は避けられない。大切に保管することが第一だが、フィルムから遠くなってきた人達のためにはデジタル化と併用した方が映画も愛されていくだろう。

「日比野ちゃん、この後どうする?」

 ようやく復職して元気になった池上がこちらを覗き込んでいる。ニッコー門木の振りをさせられていたこの人は、井ノ口よりヨシイ古書店店主よりも背が高いのに、マスクをするとけっこう身長って錯覚しやすくなるものなんだなあ、なとど呑気な事を考えていた。

 ニッコー門木はひっそりと消えた。ヨシイ古書店も、川真田が計画していた予約制ミュージアムも消えた。
 沢山の映画コレクションも古本もフィギュアも持ち主を失ったけれど、映画が魅力的ならまた新たな持ち主の下へ行くのだろう。

「どうするって聞いてるのに」

 池上がおかしそうに笑ってこっちを見ていた。
 
 どうしよう?
 天気はいいけど、映画館に行くのか?
 それとも映画から離れて外でも歩くのか?

「決められないの?」

 そうですね、という風に頷いた。

「それじゃあ、こうしよう」

 痺れが治まってきた手を握られた。

「さっきも映写機を子供みたいにして手を繋いでいたんだから、同じだね」
「そういえば、そんな影でした」

 しばらく緊張しながら歩いていると、池上が思い出したように、あ、と声を出した。

「ごめん、カメラ屋さんの蚤の市があるんだ。なんか8ミリ撮ってみたくなったから、カメラ見に行かない?」
「私、大学時代にちょっとだけ撮ったことありますよ。コダックのやつで」
「出たの?」
「······ちょっとだけ。皆で代わる代わるに」
「大ホールで上映しよう! おじさんたちも喜ぶ! 日比野ちゃんの青春の1ページ観たい!!」
「絶対嫌です! あんな大画面では保ちません!」
「えー、観たかったのに」
「池上さんの映画を上映しましょうよ」
「俺? 監督デビュー?」

 池上が本当に映画監督になっている未来を想像して笑ってしまったが、未来に何が起こっているか分からない。もしかしたら、ひょっこり監督業をしているかもしれない。

 八頭女史は悲しい最後になってしまったけれど、あのフィルムの彼女はとても幸福そうだった。そんな幸せな日々を切り取って、いつか笑って楽しむことが出来るような一コマをフィルムに残していたら。それが先の私達を楽しませるだけじゃなくて、研究者の資料になっていたり、あるいは未来の事件解決のきっかけになったりするかもしれない。

「監督デビュー、楽しみですね! カメラ見に行きましょう」

 映画はどう観てもどう楽しんでも自由なのだから。



〈終わり〉
 
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