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088 待ち伏せ⑤

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「『ひびの・けい』さん」
「あの······」

 最寄り駅から家路に向かっているところで、太った男――川真田猛氏に呼び止められた。ここは繁華街でもない、東京郊外の各駅停車しか停まらない小さな私鉄駅だ。余程のことでもなければ知人になど出くわさない。今まで駅で見たことのない川真田氏がここに住んでいるのも考えにくい。大学沿線なので学生さんとファミリー層が主流の街なのだ。

 わざわざ私に用があって来たのか? そう思うと身震いが起きた。

「これ以上あれこれ首突っ込むのは止めてもらえませんか?」
「あの、おっしゃる事が分かりませんが······」
「思いつきであれこれ話してかき回して、あなたは俺と八頭女史の婚姻にケチをつけているんだろう?」
「なに、を」

 言ってるんですか、と続けようとしたら、川真田氏に腕を掴まれた。強めの力でギリッと痛みが走る。

「ちょっと話をした方がいいと思うんだ。こっちに来てくれるか?」
「いや、痛いです、やめてください!」
「そこに車が停めてある。それなら騒がず来てくれ」
「腕を離して下さい。痛いです、痛い!」

 怖いのと痛いので涙目になって叫ぶと、周りを気にして川真田氏の拘束が少し緩んだ。
 無我夢中で腕を振り払い、後ろを振り返らず走って逃げる。

「っ、おい待て!」

 川真田氏が追いかけようとするが、走るのは苦手なのだろう。すぐに車に戻ったようで、車がこちらに向かって来る音がする。

 車が侵入出来ないような狭い商店街に入り込み、周りをよく見ながら交番の方向に進もうとするが、怖くてなかなか動けない。スマートフォンを持ちながら、手近のコンビニに入って助けを呼んでもらおうかと思い立つと、「日比野ちゃん」と背後から声をかけられる。

「あの、どうしたの? 顔色が······」
「池上さんこそどうして······」

 少し照れたように一瞬目を逸らしてから、また目が合う。

「ごめん! 気持ち悪いかなと思ったんだけど、最近話せないし、LINEの返事も来ないし、何か怒らせたんなら謝ろうと思って······」
「あ、返事······。ごめんなさい。えと、お一人ですか?」
「うん、そうだよ」
「そうですか······」

 池上はどう話を進めようか決めかねているように見える。井ノ口の言葉が気になって避けてしまっていたからLINEも読んでいなかった。一瞬気が抜けるが、コンビニの前から動こうとすると、その先で川真田氏の巨体が見えた。

 ――池上さんは川真田氏とグルなの? やはり池上さんが門木氏なの?

「池上さん、ちょっと買うものあるんで、ここで待ってて下さい」

 そう言いおいて、自分だけ店内に入った。ここのコンビニは反対側にも出入り口がある。気づかれないようそちらからひっそりと出てまた駆け出した。

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