77 / 131
077 八頭家に起きたトラブル③
しおりを挟む
「八頭さん。こちらの日比野さんが最後に娘さんと食事をされた方です」
話が途切れたところで辻堂刑事が話の舵取りを始めたので、私は慌てて皆さんにご挨拶をする。
「初めまして。今まで親しいお付き合いをしていたわけではないのですが、あの日お誘いいただいて早苗さんのご自宅で食事をご一緒しました」
「そうでしたか。あなたが······。可愛らしい人とでよかったわ。きっと華やかな食事会になったのでしょうね。
すみません、こんなお若い方に思い出させるのも酷だと思うけれど、何でもいいので当日のことを教えて下さらないかしら? あの男との結婚の話なんて出ていませんよね?」
悲しみをぐっと堪えたお母様が、私が話しやすいように場を和らげてくれる。
「はい。というより、彼らは突然来た様子でした。その前に早苗さんと比江島さんが前に用意していたというワインをいただきましたが、ほとんど一本丸々を早苗さんが空けましたし。何よりゆったりとした部屋着に途中で着替えたんです。あの服で役所に行こうとしていたとは思えません」
「日比野さん、よく思い出してくれたわ。着道楽のあの子が記念日に部屋着で行くなんてあり得ないわ。他にはないかしら?」
「······それに『来ちゃったものはしょうがない。女子会してるんだから招かれざる客のあなた達は早く帰って』とも」
そうだ、たしかにそう言っていた。その日に結婚する約束をしていた男に言う冗談とも思えない。
「私は比江島さんとはお話したことがないので何とも言えませんが、少なくとも早苗さんは比江島さんを愛していたのだと思います。あの日、そう言って泣いていましたから」
◇ ◇ ◇
私の証言もあって、八頭女史のご家族は川真田氏に対して、まずは婚姻届書受理証明書を持って来いと言っているらしい。当人の意思で結婚に同意した訳がないと踏んでいるのだ。それなのに川真田氏は、彼女の遺品は何も売るなと今から偉そうに命令して来るんだとか。「これからが見ものね」とお母様が高笑いをし、お父様とお兄様は弁護士に全面的に戦う準備をと指示するそうだ。
八頭女史は離婚して旧姓に戻る際に、分籍しており、新戸籍になっている。だから八頭女史の戸籍謄本を見ても離婚歴は記載されていないが、実際には離婚歴がある。若い頃の短期間の結婚だったため、世間的には彼女が結婚していたことをほとんどの人は知らない。ならば絶対に彼らの偽造した婚姻届には離婚歴なしになっているはずだ。
マイナカードを盗み出してコンビニで戸籍謄本を印刷し、夜間の役所に出したのかもしれないが、近いうちに戸籍課から受理できない旨連絡が来るだろう。
気になるのは、比江島氏が用意していたあのワインのことだ。サイレースは比江島氏が入れたのか、他の誰かが入れたのかはまだ分からない。比江島氏が何かを危惧して、もしも危ない相手が来たら、これを飲ませろと言うつもりでサイレース入りのものを用意していたのだったら、「何かあった時に開けよう」はそういう意味だったのかもしれない。
八頭女史はお兄様が言うように素直ですぐ顔に出るタイプだったようだから、詳しく言わずにいたことが仇になったのかなと思うが、亡くなった人が何を考えて用意したのかを突き止めるのは警察の仕事だろう。
話が途切れたところで辻堂刑事が話の舵取りを始めたので、私は慌てて皆さんにご挨拶をする。
「初めまして。今まで親しいお付き合いをしていたわけではないのですが、あの日お誘いいただいて早苗さんのご自宅で食事をご一緒しました」
「そうでしたか。あなたが······。可愛らしい人とでよかったわ。きっと華やかな食事会になったのでしょうね。
すみません、こんなお若い方に思い出させるのも酷だと思うけれど、何でもいいので当日のことを教えて下さらないかしら? あの男との結婚の話なんて出ていませんよね?」
悲しみをぐっと堪えたお母様が、私が話しやすいように場を和らげてくれる。
「はい。というより、彼らは突然来た様子でした。その前に早苗さんと比江島さんが前に用意していたというワインをいただきましたが、ほとんど一本丸々を早苗さんが空けましたし。何よりゆったりとした部屋着に途中で着替えたんです。あの服で役所に行こうとしていたとは思えません」
「日比野さん、よく思い出してくれたわ。着道楽のあの子が記念日に部屋着で行くなんてあり得ないわ。他にはないかしら?」
「······それに『来ちゃったものはしょうがない。女子会してるんだから招かれざる客のあなた達は早く帰って』とも」
そうだ、たしかにそう言っていた。その日に結婚する約束をしていた男に言う冗談とも思えない。
「私は比江島さんとはお話したことがないので何とも言えませんが、少なくとも早苗さんは比江島さんを愛していたのだと思います。あの日、そう言って泣いていましたから」
◇ ◇ ◇
私の証言もあって、八頭女史のご家族は川真田氏に対して、まずは婚姻届書受理証明書を持って来いと言っているらしい。当人の意思で結婚に同意した訳がないと踏んでいるのだ。それなのに川真田氏は、彼女の遺品は何も売るなと今から偉そうに命令して来るんだとか。「これからが見ものね」とお母様が高笑いをし、お父様とお兄様は弁護士に全面的に戦う準備をと指示するそうだ。
八頭女史は離婚して旧姓に戻る際に、分籍しており、新戸籍になっている。だから八頭女史の戸籍謄本を見ても離婚歴は記載されていないが、実際には離婚歴がある。若い頃の短期間の結婚だったため、世間的には彼女が結婚していたことをほとんどの人は知らない。ならば絶対に彼らの偽造した婚姻届には離婚歴なしになっているはずだ。
マイナカードを盗み出してコンビニで戸籍謄本を印刷し、夜間の役所に出したのかもしれないが、近いうちに戸籍課から受理できない旨連絡が来るだろう。
気になるのは、比江島氏が用意していたあのワインのことだ。サイレースは比江島氏が入れたのか、他の誰かが入れたのかはまだ分からない。比江島氏が何かを危惧して、もしも危ない相手が来たら、これを飲ませろと言うつもりでサイレース入りのものを用意していたのだったら、「何かあった時に開けよう」はそういう意味だったのかもしれない。
八頭女史はお兄様が言うように素直ですぐ顔に出るタイプだったようだから、詳しく言わずにいたことが仇になったのかなと思うが、亡くなった人が何を考えて用意したのかを突き止めるのは警察の仕事だろう。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】共生
ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。
ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。
隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる