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077 八頭家に起きたトラブル③
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「八頭さん。こちらの日比野さんが最後に娘さんと食事をされた方です」
話が途切れたところで辻堂刑事が話の舵取りを始めたので、私は慌てて皆さんにご挨拶をする。
「初めまして。今まで親しいお付き合いをしていたわけではないのですが、あの日お誘いいただいて早苗さんのご自宅で食事をご一緒しました」
「そうでしたか。あなたが······。可愛らしい人とでよかったわ。きっと華やかな食事会になったのでしょうね。
すみません、こんなお若い方に思い出させるのも酷だと思うけれど、何でもいいので当日のことを教えて下さらないかしら? あの男との結婚の話なんて出ていませんよね?」
悲しみをぐっと堪えたお母様が、私が話しやすいように場を和らげてくれる。
「はい。というより、彼らは突然来た様子でした。その前に早苗さんと比江島さんが前に用意していたというワインをいただきましたが、ほとんど一本丸々を早苗さんが空けましたし。何よりゆったりとした部屋着に途中で着替えたんです。あの服で役所に行こうとしていたとは思えません」
「日比野さん、よく思い出してくれたわ。着道楽のあの子が記念日に部屋着で行くなんてあり得ないわ。他にはないかしら?」
「······それに『来ちゃったものはしょうがない。女子会してるんだから招かれざる客のあなた達は早く帰って』とも」
そうだ、たしかにそう言っていた。その日に結婚する約束をしていた男に言う冗談とも思えない。
「私は比江島さんとはお話したことがないので何とも言えませんが、少なくとも早苗さんは比江島さんを愛していたのだと思います。あの日、そう言って泣いていましたから」
◇ ◇ ◇
私の証言もあって、八頭女史のご家族は川真田氏に対して、まずは婚姻届書受理証明書を持って来いと言っているらしい。当人の意思で結婚に同意した訳がないと踏んでいるのだ。それなのに川真田氏は、彼女の遺品は何も売るなと今から偉そうに命令して来るんだとか。「これからが見ものね」とお母様が高笑いをし、お父様とお兄様は弁護士に全面的に戦う準備をと指示するそうだ。
八頭女史は離婚して旧姓に戻る際に、分籍しており、新戸籍になっている。だから八頭女史の戸籍謄本を見ても離婚歴は記載されていないが、実際には離婚歴がある。若い頃の短期間の結婚だったため、世間的には彼女が結婚していたことをほとんどの人は知らない。ならば絶対に彼らの偽造した婚姻届には離婚歴なしになっているはずだ。
マイナカードを盗み出してコンビニで戸籍謄本を印刷し、夜間の役所に出したのかもしれないが、近いうちに戸籍課から受理できない旨連絡が来るだろう。
気になるのは、比江島氏が用意していたあのワインのことだ。サイレースは比江島氏が入れたのか、他の誰かが入れたのかはまだ分からない。比江島氏が何かを危惧して、もしも危ない相手が来たら、これを飲ませろと言うつもりでサイレース入りのものを用意していたのだったら、「何かあった時に開けよう」はそういう意味だったのかもしれない。
八頭女史はお兄様が言うように素直ですぐ顔に出るタイプだったようだから、詳しく言わずにいたことが仇になったのかなと思うが、亡くなった人が何を考えて用意したのかを突き止めるのは警察の仕事だろう。
話が途切れたところで辻堂刑事が話の舵取りを始めたので、私は慌てて皆さんにご挨拶をする。
「初めまして。今まで親しいお付き合いをしていたわけではないのですが、あの日お誘いいただいて早苗さんのご自宅で食事をご一緒しました」
「そうでしたか。あなたが······。可愛らしい人とでよかったわ。きっと華やかな食事会になったのでしょうね。
すみません、こんなお若い方に思い出させるのも酷だと思うけれど、何でもいいので当日のことを教えて下さらないかしら? あの男との結婚の話なんて出ていませんよね?」
悲しみをぐっと堪えたお母様が、私が話しやすいように場を和らげてくれる。
「はい。というより、彼らは突然来た様子でした。その前に早苗さんと比江島さんが前に用意していたというワインをいただきましたが、ほとんど一本丸々を早苗さんが空けましたし。何よりゆったりとした部屋着に途中で着替えたんです。あの服で役所に行こうとしていたとは思えません」
「日比野さん、よく思い出してくれたわ。着道楽のあの子が記念日に部屋着で行くなんてあり得ないわ。他にはないかしら?」
「······それに『来ちゃったものはしょうがない。女子会してるんだから招かれざる客のあなた達は早く帰って』とも」
そうだ、たしかにそう言っていた。その日に結婚する約束をしていた男に言う冗談とも思えない。
「私は比江島さんとはお話したことがないので何とも言えませんが、少なくとも早苗さんは比江島さんを愛していたのだと思います。あの日、そう言って泣いていましたから」
◇ ◇ ◇
私の証言もあって、八頭女史のご家族は川真田氏に対して、まずは婚姻届書受理証明書を持って来いと言っているらしい。当人の意思で結婚に同意した訳がないと踏んでいるのだ。それなのに川真田氏は、彼女の遺品は何も売るなと今から偉そうに命令して来るんだとか。「これからが見ものね」とお母様が高笑いをし、お父様とお兄様は弁護士に全面的に戦う準備をと指示するそうだ。
八頭女史は離婚して旧姓に戻る際に、分籍しており、新戸籍になっている。だから八頭女史の戸籍謄本を見ても離婚歴は記載されていないが、実際には離婚歴がある。若い頃の短期間の結婚だったため、世間的には彼女が結婚していたことをほとんどの人は知らない。ならば絶対に彼らの偽造した婚姻届には離婚歴なしになっているはずだ。
マイナカードを盗み出してコンビニで戸籍謄本を印刷し、夜間の役所に出したのかもしれないが、近いうちに戸籍課から受理できない旨連絡が来るだろう。
気になるのは、比江島氏が用意していたあのワインのことだ。サイレースは比江島氏が入れたのか、他の誰かが入れたのかはまだ分からない。比江島氏が何かを危惧して、もしも危ない相手が来たら、これを飲ませろと言うつもりでサイレース入りのものを用意していたのだったら、「何かあった時に開けよう」はそういう意味だったのかもしれない。
八頭女史はお兄様が言うように素直ですぐ顔に出るタイプだったようだから、詳しく言わずにいたことが仇になったのかなと思うが、亡くなった人が何を考えて用意したのかを突き止めるのは警察の仕事だろう。
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