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028 第二のコレクター比江島氏のこと④

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「ごめーん。もうあらかた食べちゃった」

 山森が謝るけど、別に構わないですよと答えて休憩スペースに腰を下ろす。

「今日は俺も入れてー」

 遅れて弁当とドリンクを持ってきた池上も参加し、三人でのランチとなった。

「けいちゃん達、昨日は大変だったね。大分遅くなったんじゃないの?」
「いえ、そこまで遅くはならなかったですよ。でもびっくりしちゃって······」
「そうだよねー。俺もびっくりしちゃったよ、山森さん」
「刑事さんってどんな人だった? 鋭い感じの探偵風なの?」
「いや、どうだろ? でもああいう職業の人ってさすがだよね。俺達の名前とか事件の経緯とかスラスラ記憶して答えてるしさ」
「池上だって映画のこと詳しいじゃん。あんなに多く観てて、ストーリーとか忘れないものなの?」
「うーん、それは人によるだろうけど。俺は結構メモ魔なのよね。観た後になるべく自分の言葉で書いておくと覚えてるかなあ。忘れるものは忘れるけどね」
「課長達とか異常だよね。資料の記憶の仕方とか。図書室の司書さん達もね」

 山森の言葉にうんうんと同意する。研究員の記憶力はお化けだ。私はあんまり記憶力に自信がないのでスチルの仕分けも時間がかかる。モノクロの俳優さんの顔って似て見えてしまうのだ。

「そういえば、佐山さんに娘さんがいるんですけど、その人『牧田道佳』さんと結婚してるんですって! スチルのデータでよく見る名前! と思って不謹慎にも興奮しちゃいました」
「······えっ? 牧田さんに、会ったの?」
「そうなんです。課長は記憶あるっぽくて、前にうちでバイトしてましたって言ってたから、あのデータの人ですよ。もしかして山森さん知ってるんですか?」
「······あ、彼がバイトしてた時、私も一緒だったの」
「それなら山森さんに会いたかったかもしれませんね」

 雑談をしながらおにぎりを食べ終えると、昼休み終了の時間になった。休憩スペースのテーブルを軽く拭いてから席に戻り、午前中に仕分けた映プロの映画館名を入力していく。
 この当時は浅草だけではなくて東京全体の色んな街に映画館があったのだな、と映画興隆期の活気を想像してしまう。映画の街だった浅草六区ですら2012年には全ての映画館が消えてしまった。シネコンが悪いとも思わないが、街を歩いていて身近にあった映画館がどんどんと消えていく様を実感していた佐山氏や比江島氏とシネコン世代の私とでは、映画への憧れとか根本的な何かが違うのだろうか。

 ともに昨日故人となった映画コレクターの二人に思いを馳せていると、隣の席から「けいちゃん、ちょっと」と声をかけられた。

「何かありましたか、山森さん」
「ううん、そうじゃないんだけどさ」

「あの······、佐山邸にはさ、また行くのかな?」
「そうなんじゃないですか? でも帰り際に立入禁止にして鑑識の人とか来てましたから、どのくらい経ったら調査再開になるんでしょうね。
 ······もしかして時間外になるなら行かれないからってことですか? 気にしなくても平気ですよ。人手がいるのは資料を持ち帰ってからだねえ、刑事さん来たんだって!」

 受付からの電話を受けながら、池上が皆に伝えた。

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