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三章 遂に禍の神にまで昇華される
朱、僕だけの『運命』。お前はずっと僕だけの番だ。
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ご覧頂きありがとうございます。
朱点のモラハラ旦那具合とロマンティックな雰囲気を常に壊すところを許してください。
*誤字脱字の修整と会話を追加しました。
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あいつとは何千年も共に居たから、それはもう何度も衝撃的な話をされたよ
どれもこれもなかなかにありえないものばかりだったけれど、その中でもこれは一番に酷かったかと思う
《今まででさえ、誰に聞いてもシュテンはないって言われると思うぞ…》
《曰く付き過ぎるうえに、後出し小出しで話すのは困ってしまうね…》
ホント、そうだよね
…あのね、みんな、百合はね…鬼族の殆どの者が焦がれていた『運命』の番になんて、全然期待していなかったんだ
《どうしてですの?『運命』を貴いと思い、鬼は本当にそれを大切にしていたのでしょう?》
ママ、リスはね、人伝に聞いていた母親の最期の事があったから、例え結ばれても幸せになれるかわからなかったし、父親がそれを失ったことで、色々と苦しんでいたことも知っていたし…
その生まれや立場から本人は見合いばかりしていたしね
《わたくしも旦那様との出会いはそうでしたわね》
《私たちの時代くらいまでは、身分ある者の自由な結婚は難しかったね》
だから緋には、『自分で選び、掴め』と、ずっとそう言われていた。
けれど、リスは全く乗り気じゃなくて、伴侶は迎えても番にするつもりはなかった
なのに、いざそれに出逢ってしまったら…その後は今まで話したように離れ難くて、大切で…
《えぇ、えぇ…お嬢様よくわかりますよ》
鬼は愛を求め、それに狂った種
あいつはその中で一番それに狂ったやつだった
ケモノみたいにそれを求め、あいつの言う地獄に一緒に堕ちてくれる相手をずっと望んでいた
それ故なのかな?その伴侶であるリスもそれに倣う様に、自ら進んでそこに堕ちてしまった。
あいつはあの告白の時から時間をかけて、リスを本当に自分好みの【運命の番】にしちゃったんだ
『漸くそれに成った』なんて言われた時は、なんともいえない気持ちになったよ…
《《《《《は?》》》》》
あいつは本当にそのへんのワガママが過ぎる!
ニホンでは【光源氏計画】なんて言われているらしいんだけど、知ってる?
リスの【真名】が、紫なだけに怖すぎるよね?
◇◇◇
言われたことの衝撃から立ち直れず、僕は未だに乱れた心を持て余していた。
奇声をあげたりして取り乱していたから、こいつも不安げな目つきを僕に寄越してくれている。
そのことは些か不本意だが、まだまだ話すこともあるようなので、取り敢えずそれを聞かなければいけない。
先程から何度も繰り返ししているが、気持ちを落ち着かせる為に、深く息を吸い込み、静かに吐き出す。
それから目の前にいる僕の『運命』に続きを促した。
「続き、あるんだろう?僕は大丈夫だから」
色違いの金と銀の綺麗な瞳には、微かに陰りが見え、出逢った頃にはしなかった自嘲するような笑みを浮かべている。
その様子から、これから話すことがこいつにとってとても苦しいことだと察する。
「叔父上を食み、異常な空腹から解放された俺の様子のおかしさに、叔父上はすぐに気づかれた。
叔父上は既に俺が取り込んでしまった、親父や母上の肉体を吐き出させることを諦め、 俺の口に突っ込んでいた腕をすぐさま抜き、自分と俺とを繋ぐ魂の縁を断ち切るとともに、俺をバラバラにした」
どこかひとごとのように話されるこいつの秘密。
そこまで喋ると急に口調が重くなり、一呼吸おいてからまた話しだした。
「…これが俺のはじめての『死』であり、それまでの俺の世界全てが終わった出来事だ。
幼く、分別のない頃の俺が引き起こしてしまった過ちであるが…悔やんでいる」
酒を飲んだときなどに、ぽつりぽつりと話してくれていた、こいつの幼い頃の話。
えらく口が重くて、母がおらず家族との関係も微妙な僕に配慮しているのかと思っていたが、こういうことだったらしい。
「その後叔父上は親父と母上に血を与え、すぐさま回復した親父は俺を再び【域】に封じた。
だが、母上の回復には暫く…幾日もの時を要したと聞いた。
実際、母上とは半年近く会うことは叶わず、俺は嘆き、悲しみ、幾度も【呪】で一族に禍を撒いた。
結果、その後の俺と親父との仲は、今のような状態になった」
一族で恐れられる、数々の恐ろしいこいつに関する逸話。
それが本当であったことに、僕はもう深く考えないことにすることにした。(呆然自失とも言うけど)
「…僕はもう、どこからツッコんで良いのかすら、わからないよ…」
「そうか?巫山戯てはおらんのだが、すまんな」
思わず漏れた本音に、至極真剣な表情で返されるが、その返事に力が抜けてしまう。
(姉様も言ってたけどこいつは「真面目にボケる」からなぁ…)
「それまでにも過ちを繰り返し、折檻されるほどの事だと、幾度もそう叱られていた。
俺は親父や母上、叔父上に言われる様な阿呆だった」
淡々と語られるこいつの一番隠していたかったこと。
それを今、話させている。
「俺はそのように愛するものを狂おしく求めるように生まれついた。
幼い頃に比べれば分別もあるが、お前の味を知ってしまった今は、時に耐え難いこともある。
俺が【華】を与えた時に結んだ誓約はその為のものでもある」
「僕を喰い殺したくないから、自分を強力な呪いで縛ったのか?」
僕の問いかけにこいつは頷き「それもあるな」と告げられる。
「俺は今になって気づいたが、お前には申し訳ないことを沢山した。
済まなかった、紫」
珍しくこいつがちゃんと謝ることにも驚くが、不安しかない。
そこに隠された先程までの話よりも、ぶっ飛んでて、重く、悪い。
そんな話を隠している予感がして、僕はなんとも言えない気持ちになる。
「お前はお義父様と仲直りをしたいか?」
「そうだな…今の俺はそれを望むが、それが許されるかはわからぬ」
「お義父様は亜神であられるから大丈夫だろうけど、言えなくなることだってあるんだからな…」
悲しそうな表情を一瞬見せて、こいつは黙り込んだ。
どうやらまだそれは難しいらしい。
僕にはもう、こいつの両親しか『父』と『母』がいない。
父は辛うじて生きてはいるが、あまり長くは持たないと聞いていた。
息子の為にも出来れば早くに関係の修復を望むが、これに関してはこいつら父子の問題であり、あまり強く口は出せない。
一先ずこいつの話は終わったようなので、話を整理してから質問をすることにした。
目の前にいる、僕の『運命』の番、朱天。
僕ら鬼の守護者で、『神』様として生まれた優しい朱の魂をその身に宿す、愛しい僕の旦那様。
その生まれの特異さや持っている力、隠された名前など、沢山の秘密を僕に教えてくれた。
これまでにしてくれた話も大概ぶっ飛んでて凄いのに、今回もどこからツッコんで良いのか非常に困る、そんなとんでもない話をしてくれた。
僕ら鬼の中で大変貴ばれる、『運命』という強烈に引き寄せ合うモノ。
僕とこいつにもそんな魂の繋がりがある。
出逢えば強烈に惹かれ合い、体も心も満たされる。
そのことから、正しく『運命』としか言いようがないと、そう言われている。
『ひと口でも満たされる』と言われるように、その血肉は堪らないくらいに美味だ。
そのこともあり、同族の血肉でしか腹を満たされない鬼は、『運命』を求めてしまうのかもしれない。
僕も毎日こいつを飲んでいるけど、こいつより美味しいものは存在しないと思うほどに美味だ。
実際にそれで満足してしまい、肉や魂を食べないときはお菓子も要らない。
おかげでこいつと出逢ってからの僕は、家出中を除き、調理された一般的な食べ物を殆ど食べていない。
でも、そんな魂の縁を持つ相手は、普通ならひとりしか存在しない筈で、それが多数見つかるのはおかしい。
(けれど…こいつは言った)
『俺はαでもΩでもどちらでもあるだろう?
『運命』はふたりいた。
ひとりはお前。そしてもうひとりが叔父だった』
こいつの話してくれたことを反芻してみたら、なんと言っていいのかわからないくらいに、僕は今、非常に混乱している。
そうとしか言えない。
自分がずっと強請っていて、渋るこいつに何度もせがみ、それを言わせる決意をさせたが、色々と困惑させられる話ばかり出てきた。
こいつから話されることは理解が追いつかず、いつも僕を困らせ、悩ませ、そして落ち込ませてくれる。
茶杯を手に取り、まだ熱いそれを一息で飲む。
喉がかっと熱くなり少し苦しいが、胸のあたりはじんと温くなり、それで気持ちを奮わせる。
僕を心配して、「お姫様、大丈夫か?」などと声を掛けてくれているが、元凶はこいつだ。
先程までの淡々、滔々とした口調と、ちらりと見た今の様子からは、そのことを悔いていたり、悲しんでいるのかはよくわからない。
だけど、皇弟殿下を敬い慕っている様子から、その方を好ましく思っていることに、ドロドロとした感情と大きな不安が生まれた。
考えてみたらこいつはどちらでもあったから、その可能性もあったことに気づくべきだったのかもしれない。
そのことに、思ったよりも大きな衝撃を受けている自分がいる。
ずっと僕以外に「惹かれない」、僕以外は「要らない」と言ってくれているが、『運命』の引き寄せ合う力は侮れない。
それは鬼にしてはありえない価値観の僕を、ここまで変えてしまったくらいのものだと、身をもって知っているからだ。
(これを失ってしまうのか?)
(怖い…)
この後に続く、茨木がこいつの『運命』と思われていたという話もそうだけれど、こいつの話はいつも僕の想像の上を行く。
『運命』が僕以外に存在するということ。
そんなことは思いもしなかった。
僕の覚悟が足りなかった訳ではないと思いたいが、詳しく聞くことが怖い。
この話を聞く前には、話されるであろうどんなぶっ飛んだ話でも、受け止める為に心の準備をした。
そのつもりだった。
(両親を喰い殺したと告白したこいつが一瞬、恐ろしい化け物にしか見えなくて、怖くなった。
いつも僕を抱きながら飲んだり、偶に食べるからほんとうに怖くなった)
それでもこいつのことが大好きで、そう思ったら全部受け止めようと踏ん張れた。
それなのに打ち明けられた話は、僕の想像を大きく凌駕するもので、全然それを受け止め切れていない。
さっきから変な声は出るし、混乱して取り乱してもいる。
それに妙な飢餓感がずっと燻っていることもツラい。
今さら僕を捨てたりすることは流石にないだろう。
皇弟殿下もその気があるなら既にこいつを娶るなりしてる筈だとも思う。
そんなことは理解しているが、気持ちは沈み良くないことを考えてしまう。
(けど…こいつが発情期中誰かに噛まれたら、そいつの番にされたりするのか?)
(そうなれば僕はどうなるんだ?)
(僕もいつか見た、それを失った者たちのようになるのだろうか?)
(父様みたいな、あんなことになるのか?!)
悪い考えが頭をいっぱいにして、胸に生まれた不安の種もどんどん大きくなる。
涙もろい僕は込み上げてくるそれを堪えるのに必死だ。
「落ち着け、俺が誰かのΩになるなど、それはない。
俺も望まんし、お前が【華】を与えた際の誓約もあるだろう?
安心しろ、俺の貞操は堅い」
僕が一番恐れていることに対する答えは、全く以て安心できるものではなかった。
「発情して理性が飛んだら無理かもしれないだろ!」
「お前にしか許さん。メスもオスもお前しか要らぬ。そうとしか言えん!」
不安のあまりこいつを信じきれなくて、珍しく怒らせてしまった。
僕を安心させる為に、ただそれだけの為に、こいつはその欲求からすれば、苦しいほどガチガチに貞操を守っている。
それなのに疑って申し訳ない。
言い訳にならないかもしれないが、番の喪失を想像したりしただけでも、こんなにも心や体を蝕むものとは僕も思っていなかった。
こいつには悪いけれど、このままだと不毛な言い争いになりそうだ。
(父様みたいに、僕も庭に咲くこいつの【青薔薇】を見ながら、こいつを想って泣いて暮らしたりするようになるんだろうか?)
(そんなの絶対に嫌だ!)
泣きそうな顔を見せないように俯いて、嗚咽が出ないよう下唇をきつく噛んだ。
震えている手も見られたくないから、正座した膝の上で強く握りしめる。
様子のおかしくなった僕に、「お姫様、先程から早とちりが過ぎるぞ」と言いながら、きつく握りしめた僕の手を、こいつが上から優しく包み込む。
伝わって来るこいつの温もりで体の震えが次第に治まる。
(今感じてるこの温もりを失いたくない…)
顎を掴まれ顔を上げさせられると、目の前には金と銀の穏やかな光を宿した瞳があった。
「取り乱すな。いたと言っただろう?」
整い過ぎた顔が近づいて、強く結んだ唇に口づけが落とされると、それは綻んだ。
「はやるな、続きを聞け」
「…うん」
優しい抑揚の声で慰め、僕が安心する話をしようとしてくれている。
冷静になってそれを受け入れるように自分に言い聞かせて、こいつの紡ぐ言葉を待つ。
「結論から言えばそれは無い」
「なんでそう言いきれるんだよ!」
再び僕はいきり立ってしまう。
父が新たに番を作り『運命』を喪失し、苦しんでいる姿を見てきた僕には、そのことに強い恐怖心がある。
こいつが嘘をつかないことが分かっていても、素直にその言葉を受け入れられない。
『知らぬ間にそれを断ち切られ、俺はΩの『運命』を随分幼い頃に失っていたらしい』
(確かにこいつはこんな妙な事も言っていた)
でも、そんなことがあるなんて聞いたことがなかった。
尚も話は続けられる。
「俺のΩの縁は【消去】されていると、先程そう話しただろう?」
「はぁ?!そんなことができるものなのか?!」
皇弟殿下は義父に次いで、鬼のαの中ではとても強い力を持つと言われている。
とはいえ、いくらなんでもそんな事は容易に出来ない筈だ。
言うまでもなく【四家】の【青】の当主であった父にそんな力はなかった。
僕の知る中でこいつと義父に次いで強いαであり、皇弟殿下の娘の茨木でさえ出来るのかはわからない。
にもかかわらず、いとも簡単に「【消去】した」と言ってのける、こいつの相変わらずの常識外れっぷりに僕は呆れる。
こいつの身内だから、ぶっ飛んでおかしい力があるのかもしれないが。
「無論、皇の鬼で直系くらいにしか、その力は受け継がれぬ」
「…だろうな」
どうやら皇の特に血の濃いαにしか出来ないという事らしいが、それはそれで逸脱したその能力に驚く。
「俺に親父に叔父上、それに黒もいまに出来るようになる」
「皇のαってホントに凄いな…そんなことにも干渉できるのか」
素直にその力に感心していると、こいつは眉間に皺を寄せ、「お前は納得せんだろうが」と呟き、少し悩んだ素振りをしてから口を開いた。
「…そうだな、紫。
今は俺の責務であるが、俺が生まれる以前は親父や叔父上の務めであったことだ」
語りはじめてくれたわりには、些か口が重い様子が気になる。
(もしかして、禁に触れるようなことか?)
未だに一部からはとんでもない道楽者と誤解されているが、鬼の守護者としての務めは多岐にわたる。
なかなかに忙しく、こいつは日々勤勉にそれに勤しんでいる。
言われた務めも沢山ありすぎて分からない。
義父や皇弟殿下には、こいつやその伴侶の僕にしか出来ない魂の浄化や、旧い世代故に呪いの力も持たない筈で、縛ることも無理だろう。
となると、それ以外のことになる。
(そうなると…)
「狩りでのこと?」
「違う」
αの力は破壊に特化しているので、それくらいしか思いつかないが、あっさり否定された。
「例えば、【名】を奪う程の大罪を犯した者、『末端』などの良くない者がいたとする」
実は妃の仕事には魂の見極め、【名付けの儀】のようなものの他にも、呪いで縛り罪びとに罰を与えることなども含まれる。
本来ならそれに関わるべきなのだが、僕は罪びとに近づくことさえ禁じられている。
そのことでこいつが話をするのを渋った理由がわかった。
「……罪びとを奴隷に落とす時のことか?」
「そうだ」
【華】の質に『無実』持ち、姉から耳長の二つ名【慈悲[エイル]】まで授かっている僕は、嫁いですぐに「お前には向かん」とこいつに言われた。
義父母にも「罪びとに容易く赦しを与えかねない」とまで言われ、その仕事から外されていた。
その為、そちら関係の話については妃教育の際に教えられた、一般的な鬼の常識くらいしか持ち合わせておらず、自分でも偏った見方をすることが分かっていた。
(裁きに納得出来ないから、口を出しちゃダメらしいんだよな…)
正直に言うと苦手な話で、役目を果たしていない負い目も感じている。
そんな複雑な気持ちの僕に、こいつは柔らかい表情と声で「気に病むな」と言ってくれるが、心苦しく思うことは変わらない。
「【犬】や【猫】などの奴隷の身に落とす際、番が居らねばその魂の縁を母上が視て、叔父上が【消去】していたそうだ」
「………………………」(ぇえぇ…マジ?)
こともなげにサラッと話してくれたが、あまりのことに絶句する。
因みに【犬】というのは、主にαなどの罪びとで、その身を削り肉を差し出したり、頭脳や肉体の労働で贖う者の蔑称だ。
昔のこいつみたいにαを抱きたい者や、Ωなどの抱かれたい者もいるので、性奴隷としても勤めている。
【猫】はΩの罪びとで、愛玩や性交目的の公娼となり、義父やこいつが囲っていやつらにもそれがいた。
どちらも奴隷になる時には、呪いで以て去勢され、子を作ることが出来なくなり、新たに奴隷としての名まで与えられ、償いが終わればそれを戻される。
【名】を奪われた者に関しては、穢れを撒き散らすので公娼にはならず、血や肉を限界になるまで捧げさせてから、そのまま戮することになるが…
(あの子…編笠も【猫】になる筈だ)
義父やこいつの後宮の中には公に開かれた場所があり、基本的には番のいない鬼などが訪れ、それを買い求める。
あの子のように高い地位にあった者は、色々と問題が起こる為、義父の妾奴や妾婢となり、それには含まれない。
なかにはそこで『運命』と出逢い、身請けをされることもままあるが、既に罪びとと番になっていることも多く、その場合は良くない結果に終わる事が多い。
「殊勝にしていて罪を犯さず、共に奴隷落ちする者ばかりなら良い。
お前は関われず知らぬだろうが、『運命』の為に片割れも罪を犯すことがままある」
「…そこまでするほどの事か?」
「紫、それは浅慮が過ぎる。こちらが参るほどの割合だぞ?」
心底面倒だという気持ちが言葉の端々から出ており、片眉を上げ呆れたような口調で返された。
「一度結ばれたものを切り離すことはなかなかに難しい。
魂を傷つけるうえに片割れ…特にΩが病む故、こういった処置をすることになった」
以前にこいつは茨木と『運命』は縁付かないと言っていたが、こういうことで既に縁切りされているのかもしれない。
だが、繋がりを消滅させられた、『運命』を失った者達がどうなってしまうのかが気になる。
二度とそれを手にすることが出来ないのなら、大変残酷なことをしているのではないだろうか?
「大罪を犯し、いずれ極刑に処される者か、酷く穢れのある魂の者にする。
魂の清らかなる者がそんな者と縁付き、喪失して病むことや罪を犯してはならぬ」
こいつは真摯に答えてくれるが、僕はそれに納得できない。
「そうだけれど…やっぱり可哀想だ」
「知ってから喪うよりもまだ良い。それ故、未然にそれを行い防いでいる」
意見してみたが逆に強く言い切られ、納得出来ないまま黙るしかなくなる。
こいつや義父母に甘いと言われるかもしれないが、気に入らないものは仕方がない。
自分が手にしたからこそわかるこの幸福を、永遠に喪うのを哀れに思い、気持ちは沈む。
罪びとを不憫に思い、黙り込んでいる僕を見かねたのか、こいつは小さく溜息を吐き「俺はお前に甘すぎるな」と呟いてから、
「……………【呪】で以て、次の縁を繋げる様に願うこともあれば、浄化し転生に導く事もある。
これ以上は語れん。それでおさめろ」
少し渋りながらもぽつりと小声で話してくれた。
どうやら禁に触れるギリギリのところまで話してくれたらしい。
「無理に話させて悪い」
「この先は言わぬし、言えぬ。この話はこれで終いだ」
そう言うとこいつは今度こそその口を噤んで沈黙した。
物凄く渋い顔をしているので、相当マズいことを話させたことを心の中で反省した。
(やっぱり僕には向いてない…)
「……裁きを与えることを、お前ひとりに任せてて…ゴメン」
気持ちは収まらないが僕の不足を詫びることで、とりあえず話を切り替えることにする。
「手が足らぬ時は母上やその【目】の従者を当てにしている。
近頃はお前の従者を借りていただろう?
あれの力はお前の物であるから、気に病むことなどない 」
こいつに頼まれ、度々綱を貸していたが、そのことを不思議に思っていた。
(【鬼切】で処刑でもさせてるかと思って心配したけど、蒼には『気にすんな』って言われてたし…)
妃の務めを果たせていないと思い悩んでいたが、間接的には出来ていたらしい。
気になっていた話が落ち着いてくると、今度は妙な興奮状態にある体が苦しい。
喉の渇きと飢えを感じるうえに、胎の奥も疼く。
昼時を大分過ぎているからお腹が空くのは分かるが、こいつの精まで欲しくなるのには参ってしまう。
真面目な話をしているのに、どうしてこんな状態なんだろうかと、最近の自分の淫乱具合に腹が立ってきた。
喉が渇き、胎から込み上げてくる飢えの気配は酷くなるばかりだ。
「俺もお前が欲しい」
僕がそれを求めていることに気づいたのか、少し強引に手を引かれ褥へと連れて行かれる。
◇
再び戻ってきたそこには、無くなった【巣】に変わり、いくつかの青薔薇の花束と沢山の青い薔薇の花びらが敷き詰められていた。
いつの間にこれを用意したのか不思議に思っていると、こいつがその場に片膝をついて跪く。
恭しく僕の左手を取り、それに口づけを落としてくれた。
さっきからこいつが何をしようとしているのか、なんとなく想像はついたが、ここでする意味がわからない。
綱がいつもしている求愛の行動だと思うが、彼からは花畑や河原、星空の下なんかでするのが良いと聞いていた。
(他には相手の好む場所とかが良いらしいけど…)
確かにここは、こいつの薫りが一番強くて、僕が一番落ち着く場所だ。
こいつも僕をここで可愛がるのを好む。 (他のとこでしたことないけど、蒼は凄いところですることも教えてくれた)
求愛というよりも肉欲が全面に出すぎていて、僕を見るその視線もギラギラとしていて呆れてしまう。
夢見がちなメスにすると喜ばれるという、そんな行為もこいつにかかると形無しだ。
でも凄く即物的でこいつらしい。
そのうち押し倒されて、僕の中に強引に入ってきたり、首もとにあるこいつの【青薔薇】や、心臓の【庭白百合】に顔を埋め、そこに牙を立てたりするだろうなんて考えていた。
(こいつが欲しい…)
不意にこいつから香ってきた、青薔薇の薫りに我を忘れ、こいつを押し倒した。
褥に広がるこいつの朱い髪と、舞い上がった青い薔薇の花びらの対比が凄麗なまでに美しい。
艶っぽく笑う目を彩る、軽く伏せた長い睫毛も鮮やかな朱だ。
「今のお前にとって、俺はこれ以上ないほど美味いだろう?」
そんな姿に目を奪われ、正気に戻った僕をこいつは誘う。
吸い寄せられるように、広げられた腕の中に飛び込んで行き、抱き止められる。
僕の魂の片割れを味わう為に、僕のものだという証の場所…首もとの【華】に顔を埋めた。
「朱、僕だけの『運命』。お前はずっと僕だけの番だ」
たっぷりと匂いを嗅いで、そこに交じるのが自分の【庭白百合】の薫りしかしないことに、悦びをおぼえる。
「俺はずっとそう言っている、お前しか愛さないと。
ずっとずっとお前を愛しつづけると、そう言い続けているのに…困ったお姫様だ」
その返事に満足した僕はさらに強く抱きつき、甘く芳醇だけど爽やかな【青薔薇】の薫りを堪能する。
「ゴメン、不安すぎて色々と変なことを言った」
僕のつけたしるしをぺろりと舐めてから軽く食み、小さな声で謝った。
「構わんから、好きに持っていけ」
許しを貰うより先に牙を立てていたが、僕の空腹を察したこいつは僕の頭を撫で、それを受入れてくれる。
愛する者、そして『運命』。
この二つの条件を満たすこいつは、僕にとってとんでもないご馳走だ。
『美味い』としか説明できないけれど、日々それは増す一方で、それもこいつから離れられない理由のひとつだ。
もちろんこいつのことは食欲や肉欲だけでなく、ちゃんと愛しているし、大好きで大切だけど、あんまり口にすると軽くなるから偶にしか言ってやらない。
僕のそんな心の声が聞こえたのか、こいつが笑ったみたいで微かに震えている。
いつもの様にこいつから貰っていくが、腹は満たされても体の疼きが治まらない。
飲んでいる間も、もどかしいものが下肢に留まり燻っていた。
自分で慰めることを知らない僕には、非常にじれったく苦しい状態が続いている。
(こいつは僕を抱きながら飲むだろうから、あと少しの辛抱だ)
満足いくまで飲み終え、僕の牙の痕を舐めて癒やしてから、「ありがとう」と感謝を伝えると、いつものように「構わん」と返される。
『恐ろしい』、『怖い』なんて言われていたから、どんな癇癪持ちかと思っていたが、こいつは意外にも鷹揚で穏やかな性質だ。
特に僕や黒のすることは、さっきみたいにいきなり噛み付いたり、角を触ったりするような無茶でも、甘く許してくれる。
そんな寛容過ぎるところも大好きだ。
「しかしなぁ…お姫様。未だに気づかんのはどうかと思うぞ?」
僕の頭を優しく撫でながら、こいつは突然おかしなことを僕に告げた。
呆れを含んだその言葉に嫌な予感しかない。
「俺はお前を俺と同じにしたとあの時伝えた。そして先達て、漸くそれに成った」
「は?」
なんだかとてもよろしくない方向に話が向かっている気がする。
ぎょっとした僕は、こいつの顔を見上げる。
「背丈も伸びず、目方もあまり変わらなくなっただろう?」
「お前はその変態的な能力で、いつもそれを教えてくれてたね…」
少し前に僕の成長が止まったことをこいつは大変喜んだ。
あまりにも喜ぶので不思議に思っていたくらいだった。
なんのことかは分からないが、不穏な話の気配を感じて、盛り上がった気分は下降していく。
「お前はもう、俺と同じように愛するものしか美味いと感じぬ」
こちらが拍子抜けするくらいのしれっとした態度で、こいつはそれを口にした。
「ハイ?」
言われたことを理解出来ず、またまた変な声が出た。
先程までの話がまだまだ序の口であったことを、僕はこの後に続く言葉で知ることになる。
「血や肉にお前の好む菓子などの甘い物、それから酒にも酔えるだろうが、他はきっと何の味もせんぞ?」
目の前にいるすっごい美貌の、ぶっ飛んだ力を持っていて、全然ひとの都合なんて考えず、信じられないことをしてくれちゃう、そんな僕の旦那様は平然とした様子でそんなことをほざいた。
「ハイイイイイィィィィィィィィぃぃぃ?!」
───勝手に『ヒト』をやめさせられたりとか、僕以外に『運命』が他に居たとか、それらもなかなか凄かったけど、僕は多分この時、生まれてから一番の衝撃を受けた───
「あ、ぇ…マジですか?」
困惑している僕の問いかけに、こいつは大変機嫌を良さげにして「誠だ」と言ってから、妙に可愛らしくこくりと頷いた。
(クソっ!こいつの美しさや可愛さに騙されるな!!)
度重なる僕の意思を無視した看過できないとんでもないワガママ。
それに対して沸々と込み上げてくる怒り。
(ありえない!ありえないだろう!!)
煮えたぎるそれに、さっきまでの喜悦に満ちた気分は吹っ飛んでしまう。
「オイ、なぁ…朱天。」
「ん?どうした、お姫様?」
怒りを堪えながらの僕の呼びかけに、不思議そうな顔で返してくれる僕の旦那様。
全然悪いなんて思ってなさそうな、そんなこいつの態度に、とうとう僕はブチ切れた。
( コ イ ツ ! 絶 対 に 許 さ ん ! ! )
絶対に泣かせて、僕に土下座して謝らせることを誓い、自分の右手の中に、紫色の鬼の魂ですら切り裂ける力の刃を生じさせ、
こいつが「すっごい痛い」と思えるくらいの極々抑えた威力でそれを作り出し、
「お前なぁ…いい加減にしろよなッ!!!」
満面の笑みを浮かべた、クソ赤毛に殴りかかった。
その後、部屋の外から騒ぎを聞きつけた従者に止められるまで、屋内、それも閨にも関わらず【血吸】でこいつをボコボコに殴った僕は、悪くないと思う………
◇◇◇
リスは自分の味覚が永遠に喪われたことをその時初めて知ったんだ
肉や甘味を好んだけど、魚や野菜が嫌いであったことが幸いしたと言うべきかな?
本当にあいつの言ったとおりにリスは、美味い、不味い、甘いしか分からなくなっていた
《《《《《………………………》》》》》
うん、もうね…ないよね? (まぁ…絶句するよね…)
《シュテンはリスに無茶をし過ぎではないかい?》
《どうしてそこまでして、それをリスに求めるんだ?》
《そのことはシュテンのコンプレックスだったのに、なんて事をするのです!》
あいつも気まずそうに『俺の【域】の中であったが故、成してしまった。すまん』なんて謝ってくれたから、多分、いや…間違いなく、ついうっかり口にして、やらかしてしまったんだと思うよ
《《《《《エエェェェ…》》》》》
鬼の呪いが【言霊】を使ったものだからこそだね。
強く願っていたからこそ出来たらしくて、それに気づいてからは自分好みに仕込んでいくし、ホント怖いよね……
でもまさかそんなことをしちゃうなんて誰も思わないから、それを知った義母は大変嘆いて、従者たちは呆然としていて、激怒した義父からはそれは凄まじい折檻に処されることになったよ
《あ、当たり前でしょう!》
《リスはもっと怒って良いと思うぞ?よく許したな》
《諦め…もあったんじゃないかな?》
そう、リスは諦めた
あいつは自分と同じ存在の伴侶がずっと欲しかったと言っていたから、仕方がないとリスはそう思うことにした。
もうそうするしか出来なかったというところもあるけど…
惚れた弱みもあったし、それまでも色々と無茶をされ過ぎていたから、感覚がマヒしてたのかも…
因みにプロポーズはみんなの想像の通り、2回目のそれにも失敗した
《やっぱり…》
《そんな気はしていたよ》
かりんとうを取りに行った際に、わざわざ従者に言いつけて、僕に気づかれないようにやらせたのに、その機会をまたまた駄目にした
リスもそういうことを台無しにするタイプだけど、あいつもサプライズなんて無理なやつだった
《いるよなそういうやつ》
《素直すぎて顔などにすぐ出る方や妙に間の悪い方。そんな方はいらっしゃいますからね…》
《か、かわいらしいじゃありませんの!》
え? 《《《《え?》》》》
《今までも真っ直ぐに愛を伝えてくれていますし、完璧な方よりもそういう抜けたところのあるほうが、好ましく思えます》
そ、そうだねママ…あいつはなんか妙に可愛くて憎めないんだよ、それで色々と許したのかも
うん、色々とストレートに告白し過ぎてこっちが困惑させられるけどね
リスも…私も妙に抜けてるし、配慮にかけたところが結構あるからね…アハハ……
当たり前だが、この後暫くはリスの機嫌が大変悪くかった
数日同衾を拒んだら、あいつの精が無くて腹の子らが飢えて体に不調が出てきたから、毎日おやつの時間に好みのお菓子を貢がせることで和解したよ
朱点のモラハラ旦那具合とロマンティックな雰囲気を常に壊すところを許してください。
*誤字脱字の修整と会話を追加しました。
───────────
あいつとは何千年も共に居たから、それはもう何度も衝撃的な話をされたよ
どれもこれもなかなかにありえないものばかりだったけれど、その中でもこれは一番に酷かったかと思う
《今まででさえ、誰に聞いてもシュテンはないって言われると思うぞ…》
《曰く付き過ぎるうえに、後出し小出しで話すのは困ってしまうね…》
ホント、そうだよね
…あのね、みんな、百合はね…鬼族の殆どの者が焦がれていた『運命』の番になんて、全然期待していなかったんだ
《どうしてですの?『運命』を貴いと思い、鬼は本当にそれを大切にしていたのでしょう?》
ママ、リスはね、人伝に聞いていた母親の最期の事があったから、例え結ばれても幸せになれるかわからなかったし、父親がそれを失ったことで、色々と苦しんでいたことも知っていたし…
その生まれや立場から本人は見合いばかりしていたしね
《わたくしも旦那様との出会いはそうでしたわね》
《私たちの時代くらいまでは、身分ある者の自由な結婚は難しかったね》
だから緋には、『自分で選び、掴め』と、ずっとそう言われていた。
けれど、リスは全く乗り気じゃなくて、伴侶は迎えても番にするつもりはなかった
なのに、いざそれに出逢ってしまったら…その後は今まで話したように離れ難くて、大切で…
《えぇ、えぇ…お嬢様よくわかりますよ》
鬼は愛を求め、それに狂った種
あいつはその中で一番それに狂ったやつだった
ケモノみたいにそれを求め、あいつの言う地獄に一緒に堕ちてくれる相手をずっと望んでいた
それ故なのかな?その伴侶であるリスもそれに倣う様に、自ら進んでそこに堕ちてしまった。
あいつはあの告白の時から時間をかけて、リスを本当に自分好みの【運命の番】にしちゃったんだ
『漸くそれに成った』なんて言われた時は、なんともいえない気持ちになったよ…
《《《《《は?》》》》》
あいつは本当にそのへんのワガママが過ぎる!
ニホンでは【光源氏計画】なんて言われているらしいんだけど、知ってる?
リスの【真名】が、紫なだけに怖すぎるよね?
◇◇◇
言われたことの衝撃から立ち直れず、僕は未だに乱れた心を持て余していた。
奇声をあげたりして取り乱していたから、こいつも不安げな目つきを僕に寄越してくれている。
そのことは些か不本意だが、まだまだ話すこともあるようなので、取り敢えずそれを聞かなければいけない。
先程から何度も繰り返ししているが、気持ちを落ち着かせる為に、深く息を吸い込み、静かに吐き出す。
それから目の前にいる僕の『運命』に続きを促した。
「続き、あるんだろう?僕は大丈夫だから」
色違いの金と銀の綺麗な瞳には、微かに陰りが見え、出逢った頃にはしなかった自嘲するような笑みを浮かべている。
その様子から、これから話すことがこいつにとってとても苦しいことだと察する。
「叔父上を食み、異常な空腹から解放された俺の様子のおかしさに、叔父上はすぐに気づかれた。
叔父上は既に俺が取り込んでしまった、親父や母上の肉体を吐き出させることを諦め、 俺の口に突っ込んでいた腕をすぐさま抜き、自分と俺とを繋ぐ魂の縁を断ち切るとともに、俺をバラバラにした」
どこかひとごとのように話されるこいつの秘密。
そこまで喋ると急に口調が重くなり、一呼吸おいてからまた話しだした。
「…これが俺のはじめての『死』であり、それまでの俺の世界全てが終わった出来事だ。
幼く、分別のない頃の俺が引き起こしてしまった過ちであるが…悔やんでいる」
酒を飲んだときなどに、ぽつりぽつりと話してくれていた、こいつの幼い頃の話。
えらく口が重くて、母がおらず家族との関係も微妙な僕に配慮しているのかと思っていたが、こういうことだったらしい。
「その後叔父上は親父と母上に血を与え、すぐさま回復した親父は俺を再び【域】に封じた。
だが、母上の回復には暫く…幾日もの時を要したと聞いた。
実際、母上とは半年近く会うことは叶わず、俺は嘆き、悲しみ、幾度も【呪】で一族に禍を撒いた。
結果、その後の俺と親父との仲は、今のような状態になった」
一族で恐れられる、数々の恐ろしいこいつに関する逸話。
それが本当であったことに、僕はもう深く考えないことにすることにした。(呆然自失とも言うけど)
「…僕はもう、どこからツッコんで良いのかすら、わからないよ…」
「そうか?巫山戯てはおらんのだが、すまんな」
思わず漏れた本音に、至極真剣な表情で返されるが、その返事に力が抜けてしまう。
(姉様も言ってたけどこいつは「真面目にボケる」からなぁ…)
「それまでにも過ちを繰り返し、折檻されるほどの事だと、幾度もそう叱られていた。
俺は親父や母上、叔父上に言われる様な阿呆だった」
淡々と語られるこいつの一番隠していたかったこと。
それを今、話させている。
「俺はそのように愛するものを狂おしく求めるように生まれついた。
幼い頃に比べれば分別もあるが、お前の味を知ってしまった今は、時に耐え難いこともある。
俺が【華】を与えた時に結んだ誓約はその為のものでもある」
「僕を喰い殺したくないから、自分を強力な呪いで縛ったのか?」
僕の問いかけにこいつは頷き「それもあるな」と告げられる。
「俺は今になって気づいたが、お前には申し訳ないことを沢山した。
済まなかった、紫」
珍しくこいつがちゃんと謝ることにも驚くが、不安しかない。
そこに隠された先程までの話よりも、ぶっ飛んでて、重く、悪い。
そんな話を隠している予感がして、僕はなんとも言えない気持ちになる。
「お前はお義父様と仲直りをしたいか?」
「そうだな…今の俺はそれを望むが、それが許されるかはわからぬ」
「お義父様は亜神であられるから大丈夫だろうけど、言えなくなることだってあるんだからな…」
悲しそうな表情を一瞬見せて、こいつは黙り込んだ。
どうやらまだそれは難しいらしい。
僕にはもう、こいつの両親しか『父』と『母』がいない。
父は辛うじて生きてはいるが、あまり長くは持たないと聞いていた。
息子の為にも出来れば早くに関係の修復を望むが、これに関してはこいつら父子の問題であり、あまり強く口は出せない。
一先ずこいつの話は終わったようなので、話を整理してから質問をすることにした。
目の前にいる、僕の『運命』の番、朱天。
僕ら鬼の守護者で、『神』様として生まれた優しい朱の魂をその身に宿す、愛しい僕の旦那様。
その生まれの特異さや持っている力、隠された名前など、沢山の秘密を僕に教えてくれた。
これまでにしてくれた話も大概ぶっ飛んでて凄いのに、今回もどこからツッコんで良いのか非常に困る、そんなとんでもない話をしてくれた。
僕ら鬼の中で大変貴ばれる、『運命』という強烈に引き寄せ合うモノ。
僕とこいつにもそんな魂の繋がりがある。
出逢えば強烈に惹かれ合い、体も心も満たされる。
そのことから、正しく『運命』としか言いようがないと、そう言われている。
『ひと口でも満たされる』と言われるように、その血肉は堪らないくらいに美味だ。
そのこともあり、同族の血肉でしか腹を満たされない鬼は、『運命』を求めてしまうのかもしれない。
僕も毎日こいつを飲んでいるけど、こいつより美味しいものは存在しないと思うほどに美味だ。
実際にそれで満足してしまい、肉や魂を食べないときはお菓子も要らない。
おかげでこいつと出逢ってからの僕は、家出中を除き、調理された一般的な食べ物を殆ど食べていない。
でも、そんな魂の縁を持つ相手は、普通ならひとりしか存在しない筈で、それが多数見つかるのはおかしい。
(けれど…こいつは言った)
『俺はαでもΩでもどちらでもあるだろう?
『運命』はふたりいた。
ひとりはお前。そしてもうひとりが叔父だった』
こいつの話してくれたことを反芻してみたら、なんと言っていいのかわからないくらいに、僕は今、非常に混乱している。
そうとしか言えない。
自分がずっと強請っていて、渋るこいつに何度もせがみ、それを言わせる決意をさせたが、色々と困惑させられる話ばかり出てきた。
こいつから話されることは理解が追いつかず、いつも僕を困らせ、悩ませ、そして落ち込ませてくれる。
茶杯を手に取り、まだ熱いそれを一息で飲む。
喉がかっと熱くなり少し苦しいが、胸のあたりはじんと温くなり、それで気持ちを奮わせる。
僕を心配して、「お姫様、大丈夫か?」などと声を掛けてくれているが、元凶はこいつだ。
先程までの淡々、滔々とした口調と、ちらりと見た今の様子からは、そのことを悔いていたり、悲しんでいるのかはよくわからない。
だけど、皇弟殿下を敬い慕っている様子から、その方を好ましく思っていることに、ドロドロとした感情と大きな不安が生まれた。
考えてみたらこいつはどちらでもあったから、その可能性もあったことに気づくべきだったのかもしれない。
そのことに、思ったよりも大きな衝撃を受けている自分がいる。
ずっと僕以外に「惹かれない」、僕以外は「要らない」と言ってくれているが、『運命』の引き寄せ合う力は侮れない。
それは鬼にしてはありえない価値観の僕を、ここまで変えてしまったくらいのものだと、身をもって知っているからだ。
(これを失ってしまうのか?)
(怖い…)
この後に続く、茨木がこいつの『運命』と思われていたという話もそうだけれど、こいつの話はいつも僕の想像の上を行く。
『運命』が僕以外に存在するということ。
そんなことは思いもしなかった。
僕の覚悟が足りなかった訳ではないと思いたいが、詳しく聞くことが怖い。
この話を聞く前には、話されるであろうどんなぶっ飛んだ話でも、受け止める為に心の準備をした。
そのつもりだった。
(両親を喰い殺したと告白したこいつが一瞬、恐ろしい化け物にしか見えなくて、怖くなった。
いつも僕を抱きながら飲んだり、偶に食べるからほんとうに怖くなった)
それでもこいつのことが大好きで、そう思ったら全部受け止めようと踏ん張れた。
それなのに打ち明けられた話は、僕の想像を大きく凌駕するもので、全然それを受け止め切れていない。
さっきから変な声は出るし、混乱して取り乱してもいる。
それに妙な飢餓感がずっと燻っていることもツラい。
今さら僕を捨てたりすることは流石にないだろう。
皇弟殿下もその気があるなら既にこいつを娶るなりしてる筈だとも思う。
そんなことは理解しているが、気持ちは沈み良くないことを考えてしまう。
(けど…こいつが発情期中誰かに噛まれたら、そいつの番にされたりするのか?)
(そうなれば僕はどうなるんだ?)
(僕もいつか見た、それを失った者たちのようになるのだろうか?)
(父様みたいな、あんなことになるのか?!)
悪い考えが頭をいっぱいにして、胸に生まれた不安の種もどんどん大きくなる。
涙もろい僕は込み上げてくるそれを堪えるのに必死だ。
「落ち着け、俺が誰かのΩになるなど、それはない。
俺も望まんし、お前が【華】を与えた際の誓約もあるだろう?
安心しろ、俺の貞操は堅い」
僕が一番恐れていることに対する答えは、全く以て安心できるものではなかった。
「発情して理性が飛んだら無理かもしれないだろ!」
「お前にしか許さん。メスもオスもお前しか要らぬ。そうとしか言えん!」
不安のあまりこいつを信じきれなくて、珍しく怒らせてしまった。
僕を安心させる為に、ただそれだけの為に、こいつはその欲求からすれば、苦しいほどガチガチに貞操を守っている。
それなのに疑って申し訳ない。
言い訳にならないかもしれないが、番の喪失を想像したりしただけでも、こんなにも心や体を蝕むものとは僕も思っていなかった。
こいつには悪いけれど、このままだと不毛な言い争いになりそうだ。
(父様みたいに、僕も庭に咲くこいつの【青薔薇】を見ながら、こいつを想って泣いて暮らしたりするようになるんだろうか?)
(そんなの絶対に嫌だ!)
泣きそうな顔を見せないように俯いて、嗚咽が出ないよう下唇をきつく噛んだ。
震えている手も見られたくないから、正座した膝の上で強く握りしめる。
様子のおかしくなった僕に、「お姫様、先程から早とちりが過ぎるぞ」と言いながら、きつく握りしめた僕の手を、こいつが上から優しく包み込む。
伝わって来るこいつの温もりで体の震えが次第に治まる。
(今感じてるこの温もりを失いたくない…)
顎を掴まれ顔を上げさせられると、目の前には金と銀の穏やかな光を宿した瞳があった。
「取り乱すな。いたと言っただろう?」
整い過ぎた顔が近づいて、強く結んだ唇に口づけが落とされると、それは綻んだ。
「はやるな、続きを聞け」
「…うん」
優しい抑揚の声で慰め、僕が安心する話をしようとしてくれている。
冷静になってそれを受け入れるように自分に言い聞かせて、こいつの紡ぐ言葉を待つ。
「結論から言えばそれは無い」
「なんでそう言いきれるんだよ!」
再び僕はいきり立ってしまう。
父が新たに番を作り『運命』を喪失し、苦しんでいる姿を見てきた僕には、そのことに強い恐怖心がある。
こいつが嘘をつかないことが分かっていても、素直にその言葉を受け入れられない。
『知らぬ間にそれを断ち切られ、俺はΩの『運命』を随分幼い頃に失っていたらしい』
(確かにこいつはこんな妙な事も言っていた)
でも、そんなことがあるなんて聞いたことがなかった。
尚も話は続けられる。
「俺のΩの縁は【消去】されていると、先程そう話しただろう?」
「はぁ?!そんなことができるものなのか?!」
皇弟殿下は義父に次いで、鬼のαの中ではとても強い力を持つと言われている。
とはいえ、いくらなんでもそんな事は容易に出来ない筈だ。
言うまでもなく【四家】の【青】の当主であった父にそんな力はなかった。
僕の知る中でこいつと義父に次いで強いαであり、皇弟殿下の娘の茨木でさえ出来るのかはわからない。
にもかかわらず、いとも簡単に「【消去】した」と言ってのける、こいつの相変わらずの常識外れっぷりに僕は呆れる。
こいつの身内だから、ぶっ飛んでおかしい力があるのかもしれないが。
「無論、皇の鬼で直系くらいにしか、その力は受け継がれぬ」
「…だろうな」
どうやら皇の特に血の濃いαにしか出来ないという事らしいが、それはそれで逸脱したその能力に驚く。
「俺に親父に叔父上、それに黒もいまに出来るようになる」
「皇のαってホントに凄いな…そんなことにも干渉できるのか」
素直にその力に感心していると、こいつは眉間に皺を寄せ、「お前は納得せんだろうが」と呟き、少し悩んだ素振りをしてから口を開いた。
「…そうだな、紫。
今は俺の責務であるが、俺が生まれる以前は親父や叔父上の務めであったことだ」
語りはじめてくれたわりには、些か口が重い様子が気になる。
(もしかして、禁に触れるようなことか?)
未だに一部からはとんでもない道楽者と誤解されているが、鬼の守護者としての務めは多岐にわたる。
なかなかに忙しく、こいつは日々勤勉にそれに勤しんでいる。
言われた務めも沢山ありすぎて分からない。
義父や皇弟殿下には、こいつやその伴侶の僕にしか出来ない魂の浄化や、旧い世代故に呪いの力も持たない筈で、縛ることも無理だろう。
となると、それ以外のことになる。
(そうなると…)
「狩りでのこと?」
「違う」
αの力は破壊に特化しているので、それくらいしか思いつかないが、あっさり否定された。
「例えば、【名】を奪う程の大罪を犯した者、『末端』などの良くない者がいたとする」
実は妃の仕事には魂の見極め、【名付けの儀】のようなものの他にも、呪いで縛り罪びとに罰を与えることなども含まれる。
本来ならそれに関わるべきなのだが、僕は罪びとに近づくことさえ禁じられている。
そのことでこいつが話をするのを渋った理由がわかった。
「……罪びとを奴隷に落とす時のことか?」
「そうだ」
【華】の質に『無実』持ち、姉から耳長の二つ名【慈悲[エイル]】まで授かっている僕は、嫁いですぐに「お前には向かん」とこいつに言われた。
義父母にも「罪びとに容易く赦しを与えかねない」とまで言われ、その仕事から外されていた。
その為、そちら関係の話については妃教育の際に教えられた、一般的な鬼の常識くらいしか持ち合わせておらず、自分でも偏った見方をすることが分かっていた。
(裁きに納得出来ないから、口を出しちゃダメらしいんだよな…)
正直に言うと苦手な話で、役目を果たしていない負い目も感じている。
そんな複雑な気持ちの僕に、こいつは柔らかい表情と声で「気に病むな」と言ってくれるが、心苦しく思うことは変わらない。
「【犬】や【猫】などの奴隷の身に落とす際、番が居らねばその魂の縁を母上が視て、叔父上が【消去】していたそうだ」
「………………………」(ぇえぇ…マジ?)
こともなげにサラッと話してくれたが、あまりのことに絶句する。
因みに【犬】というのは、主にαなどの罪びとで、その身を削り肉を差し出したり、頭脳や肉体の労働で贖う者の蔑称だ。
昔のこいつみたいにαを抱きたい者や、Ωなどの抱かれたい者もいるので、性奴隷としても勤めている。
【猫】はΩの罪びとで、愛玩や性交目的の公娼となり、義父やこいつが囲っていやつらにもそれがいた。
どちらも奴隷になる時には、呪いで以て去勢され、子を作ることが出来なくなり、新たに奴隷としての名まで与えられ、償いが終わればそれを戻される。
【名】を奪われた者に関しては、穢れを撒き散らすので公娼にはならず、血や肉を限界になるまで捧げさせてから、そのまま戮することになるが…
(あの子…編笠も【猫】になる筈だ)
義父やこいつの後宮の中には公に開かれた場所があり、基本的には番のいない鬼などが訪れ、それを買い求める。
あの子のように高い地位にあった者は、色々と問題が起こる為、義父の妾奴や妾婢となり、それには含まれない。
なかにはそこで『運命』と出逢い、身請けをされることもままあるが、既に罪びとと番になっていることも多く、その場合は良くない結果に終わる事が多い。
「殊勝にしていて罪を犯さず、共に奴隷落ちする者ばかりなら良い。
お前は関われず知らぬだろうが、『運命』の為に片割れも罪を犯すことがままある」
「…そこまでするほどの事か?」
「紫、それは浅慮が過ぎる。こちらが参るほどの割合だぞ?」
心底面倒だという気持ちが言葉の端々から出ており、片眉を上げ呆れたような口調で返された。
「一度結ばれたものを切り離すことはなかなかに難しい。
魂を傷つけるうえに片割れ…特にΩが病む故、こういった処置をすることになった」
以前にこいつは茨木と『運命』は縁付かないと言っていたが、こういうことで既に縁切りされているのかもしれない。
だが、繋がりを消滅させられた、『運命』を失った者達がどうなってしまうのかが気になる。
二度とそれを手にすることが出来ないのなら、大変残酷なことをしているのではないだろうか?
「大罪を犯し、いずれ極刑に処される者か、酷く穢れのある魂の者にする。
魂の清らかなる者がそんな者と縁付き、喪失して病むことや罪を犯してはならぬ」
こいつは真摯に答えてくれるが、僕はそれに納得できない。
「そうだけれど…やっぱり可哀想だ」
「知ってから喪うよりもまだ良い。それ故、未然にそれを行い防いでいる」
意見してみたが逆に強く言い切られ、納得出来ないまま黙るしかなくなる。
こいつや義父母に甘いと言われるかもしれないが、気に入らないものは仕方がない。
自分が手にしたからこそわかるこの幸福を、永遠に喪うのを哀れに思い、気持ちは沈む。
罪びとを不憫に思い、黙り込んでいる僕を見かねたのか、こいつは小さく溜息を吐き「俺はお前に甘すぎるな」と呟いてから、
「……………【呪】で以て、次の縁を繋げる様に願うこともあれば、浄化し転生に導く事もある。
これ以上は語れん。それでおさめろ」
少し渋りながらもぽつりと小声で話してくれた。
どうやら禁に触れるギリギリのところまで話してくれたらしい。
「無理に話させて悪い」
「この先は言わぬし、言えぬ。この話はこれで終いだ」
そう言うとこいつは今度こそその口を噤んで沈黙した。
物凄く渋い顔をしているので、相当マズいことを話させたことを心の中で反省した。
(やっぱり僕には向いてない…)
「……裁きを与えることを、お前ひとりに任せてて…ゴメン」
気持ちは収まらないが僕の不足を詫びることで、とりあえず話を切り替えることにする。
「手が足らぬ時は母上やその【目】の従者を当てにしている。
近頃はお前の従者を借りていただろう?
あれの力はお前の物であるから、気に病むことなどない 」
こいつに頼まれ、度々綱を貸していたが、そのことを不思議に思っていた。
(【鬼切】で処刑でもさせてるかと思って心配したけど、蒼には『気にすんな』って言われてたし…)
妃の務めを果たせていないと思い悩んでいたが、間接的には出来ていたらしい。
気になっていた話が落ち着いてくると、今度は妙な興奮状態にある体が苦しい。
喉の渇きと飢えを感じるうえに、胎の奥も疼く。
昼時を大分過ぎているからお腹が空くのは分かるが、こいつの精まで欲しくなるのには参ってしまう。
真面目な話をしているのに、どうしてこんな状態なんだろうかと、最近の自分の淫乱具合に腹が立ってきた。
喉が渇き、胎から込み上げてくる飢えの気配は酷くなるばかりだ。
「俺もお前が欲しい」
僕がそれを求めていることに気づいたのか、少し強引に手を引かれ褥へと連れて行かれる。
◇
再び戻ってきたそこには、無くなった【巣】に変わり、いくつかの青薔薇の花束と沢山の青い薔薇の花びらが敷き詰められていた。
いつの間にこれを用意したのか不思議に思っていると、こいつがその場に片膝をついて跪く。
恭しく僕の左手を取り、それに口づけを落としてくれた。
さっきからこいつが何をしようとしているのか、なんとなく想像はついたが、ここでする意味がわからない。
綱がいつもしている求愛の行動だと思うが、彼からは花畑や河原、星空の下なんかでするのが良いと聞いていた。
(他には相手の好む場所とかが良いらしいけど…)
確かにここは、こいつの薫りが一番強くて、僕が一番落ち着く場所だ。
こいつも僕をここで可愛がるのを好む。 (他のとこでしたことないけど、蒼は凄いところですることも教えてくれた)
求愛というよりも肉欲が全面に出すぎていて、僕を見るその視線もギラギラとしていて呆れてしまう。
夢見がちなメスにすると喜ばれるという、そんな行為もこいつにかかると形無しだ。
でも凄く即物的でこいつらしい。
そのうち押し倒されて、僕の中に強引に入ってきたり、首もとにあるこいつの【青薔薇】や、心臓の【庭白百合】に顔を埋め、そこに牙を立てたりするだろうなんて考えていた。
(こいつが欲しい…)
不意にこいつから香ってきた、青薔薇の薫りに我を忘れ、こいつを押し倒した。
褥に広がるこいつの朱い髪と、舞い上がった青い薔薇の花びらの対比が凄麗なまでに美しい。
艶っぽく笑う目を彩る、軽く伏せた長い睫毛も鮮やかな朱だ。
「今のお前にとって、俺はこれ以上ないほど美味いだろう?」
そんな姿に目を奪われ、正気に戻った僕をこいつは誘う。
吸い寄せられるように、広げられた腕の中に飛び込んで行き、抱き止められる。
僕の魂の片割れを味わう為に、僕のものだという証の場所…首もとの【華】に顔を埋めた。
「朱、僕だけの『運命』。お前はずっと僕だけの番だ」
たっぷりと匂いを嗅いで、そこに交じるのが自分の【庭白百合】の薫りしかしないことに、悦びをおぼえる。
「俺はずっとそう言っている、お前しか愛さないと。
ずっとずっとお前を愛しつづけると、そう言い続けているのに…困ったお姫様だ」
その返事に満足した僕はさらに強く抱きつき、甘く芳醇だけど爽やかな【青薔薇】の薫りを堪能する。
「ゴメン、不安すぎて色々と変なことを言った」
僕のつけたしるしをぺろりと舐めてから軽く食み、小さな声で謝った。
「構わんから、好きに持っていけ」
許しを貰うより先に牙を立てていたが、僕の空腹を察したこいつは僕の頭を撫で、それを受入れてくれる。
愛する者、そして『運命』。
この二つの条件を満たすこいつは、僕にとってとんでもないご馳走だ。
『美味い』としか説明できないけれど、日々それは増す一方で、それもこいつから離れられない理由のひとつだ。
もちろんこいつのことは食欲や肉欲だけでなく、ちゃんと愛しているし、大好きで大切だけど、あんまり口にすると軽くなるから偶にしか言ってやらない。
僕のそんな心の声が聞こえたのか、こいつが笑ったみたいで微かに震えている。
いつもの様にこいつから貰っていくが、腹は満たされても体の疼きが治まらない。
飲んでいる間も、もどかしいものが下肢に留まり燻っていた。
自分で慰めることを知らない僕には、非常にじれったく苦しい状態が続いている。
(こいつは僕を抱きながら飲むだろうから、あと少しの辛抱だ)
満足いくまで飲み終え、僕の牙の痕を舐めて癒やしてから、「ありがとう」と感謝を伝えると、いつものように「構わん」と返される。
『恐ろしい』、『怖い』なんて言われていたから、どんな癇癪持ちかと思っていたが、こいつは意外にも鷹揚で穏やかな性質だ。
特に僕や黒のすることは、さっきみたいにいきなり噛み付いたり、角を触ったりするような無茶でも、甘く許してくれる。
そんな寛容過ぎるところも大好きだ。
「しかしなぁ…お姫様。未だに気づかんのはどうかと思うぞ?」
僕の頭を優しく撫でながら、こいつは突然おかしなことを僕に告げた。
呆れを含んだその言葉に嫌な予感しかない。
「俺はお前を俺と同じにしたとあの時伝えた。そして先達て、漸くそれに成った」
「は?」
なんだかとてもよろしくない方向に話が向かっている気がする。
ぎょっとした僕は、こいつの顔を見上げる。
「背丈も伸びず、目方もあまり変わらなくなっただろう?」
「お前はその変態的な能力で、いつもそれを教えてくれてたね…」
少し前に僕の成長が止まったことをこいつは大変喜んだ。
あまりにも喜ぶので不思議に思っていたくらいだった。
なんのことかは分からないが、不穏な話の気配を感じて、盛り上がった気分は下降していく。
「お前はもう、俺と同じように愛するものしか美味いと感じぬ」
こちらが拍子抜けするくらいのしれっとした態度で、こいつはそれを口にした。
「ハイ?」
言われたことを理解出来ず、またまた変な声が出た。
先程までの話がまだまだ序の口であったことを、僕はこの後に続く言葉で知ることになる。
「血や肉にお前の好む菓子などの甘い物、それから酒にも酔えるだろうが、他はきっと何の味もせんぞ?」
目の前にいるすっごい美貌の、ぶっ飛んだ力を持っていて、全然ひとの都合なんて考えず、信じられないことをしてくれちゃう、そんな僕の旦那様は平然とした様子でそんなことをほざいた。
「ハイイイイイィィィィィィィィぃぃぃ?!」
───勝手に『ヒト』をやめさせられたりとか、僕以外に『運命』が他に居たとか、それらもなかなか凄かったけど、僕は多分この時、生まれてから一番の衝撃を受けた───
「あ、ぇ…マジですか?」
困惑している僕の問いかけに、こいつは大変機嫌を良さげにして「誠だ」と言ってから、妙に可愛らしくこくりと頷いた。
(クソっ!こいつの美しさや可愛さに騙されるな!!)
度重なる僕の意思を無視した看過できないとんでもないワガママ。
それに対して沸々と込み上げてくる怒り。
(ありえない!ありえないだろう!!)
煮えたぎるそれに、さっきまでの喜悦に満ちた気分は吹っ飛んでしまう。
「オイ、なぁ…朱天。」
「ん?どうした、お姫様?」
怒りを堪えながらの僕の呼びかけに、不思議そうな顔で返してくれる僕の旦那様。
全然悪いなんて思ってなさそうな、そんなこいつの態度に、とうとう僕はブチ切れた。
( コ イ ツ ! 絶 対 に 許 さ ん ! ! )
絶対に泣かせて、僕に土下座して謝らせることを誓い、自分の右手の中に、紫色の鬼の魂ですら切り裂ける力の刃を生じさせ、
こいつが「すっごい痛い」と思えるくらいの極々抑えた威力でそれを作り出し、
「お前なぁ…いい加減にしろよなッ!!!」
満面の笑みを浮かべた、クソ赤毛に殴りかかった。
その後、部屋の外から騒ぎを聞きつけた従者に止められるまで、屋内、それも閨にも関わらず【血吸】でこいつをボコボコに殴った僕は、悪くないと思う………
◇◇◇
リスは自分の味覚が永遠に喪われたことをその時初めて知ったんだ
肉や甘味を好んだけど、魚や野菜が嫌いであったことが幸いしたと言うべきかな?
本当にあいつの言ったとおりにリスは、美味い、不味い、甘いしか分からなくなっていた
《《《《《………………………》》》》》
うん、もうね…ないよね? (まぁ…絶句するよね…)
《シュテンはリスに無茶をし過ぎではないかい?》
《どうしてそこまでして、それをリスに求めるんだ?》
《そのことはシュテンのコンプレックスだったのに、なんて事をするのです!》
あいつも気まずそうに『俺の【域】の中であったが故、成してしまった。すまん』なんて謝ってくれたから、多分、いや…間違いなく、ついうっかり口にして、やらかしてしまったんだと思うよ
《《《《《エエェェェ…》》》》》
鬼の呪いが【言霊】を使ったものだからこそだね。
強く願っていたからこそ出来たらしくて、それに気づいてからは自分好みに仕込んでいくし、ホント怖いよね……
でもまさかそんなことをしちゃうなんて誰も思わないから、それを知った義母は大変嘆いて、従者たちは呆然としていて、激怒した義父からはそれは凄まじい折檻に処されることになったよ
《あ、当たり前でしょう!》
《リスはもっと怒って良いと思うぞ?よく許したな》
《諦め…もあったんじゃないかな?》
そう、リスは諦めた
あいつは自分と同じ存在の伴侶がずっと欲しかったと言っていたから、仕方がないとリスはそう思うことにした。
もうそうするしか出来なかったというところもあるけど…
惚れた弱みもあったし、それまでも色々と無茶をされ過ぎていたから、感覚がマヒしてたのかも…
因みにプロポーズはみんなの想像の通り、2回目のそれにも失敗した
《やっぱり…》
《そんな気はしていたよ》
かりんとうを取りに行った際に、わざわざ従者に言いつけて、僕に気づかれないようにやらせたのに、その機会をまたまた駄目にした
リスもそういうことを台無しにするタイプだけど、あいつもサプライズなんて無理なやつだった
《いるよなそういうやつ》
《素直すぎて顔などにすぐ出る方や妙に間の悪い方。そんな方はいらっしゃいますからね…》
《か、かわいらしいじゃありませんの!》
え? 《《《《え?》》》》
《今までも真っ直ぐに愛を伝えてくれていますし、完璧な方よりもそういう抜けたところのあるほうが、好ましく思えます》
そ、そうだねママ…あいつはなんか妙に可愛くて憎めないんだよ、それで色々と許したのかも
うん、色々とストレートに告白し過ぎてこっちが困惑させられるけどね
リスも…私も妙に抜けてるし、配慮にかけたところが結構あるからね…アハハ……
当たり前だが、この後暫くはリスの機嫌が大変悪くかった
数日同衾を拒んだら、あいつの精が無くて腹の子らが飢えて体に不調が出てきたから、毎日おやつの時間に好みのお菓子を貢がせることで和解したよ
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