僕の番が怖すぎる。

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三章 遂に禍の神にまで昇華される

朱と紫と水

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 ご覧頂きありがとうございます。
 今回は朱点による語りが多めです。
 *ほんの少しカニバリズム的描写があります。
 ───────────

 
 俺の語った話に驚愕し、互いに繋ぎ開け放った心に、最愛の感情が流れ込んでくる。
 乱れた感情を受け止め、俺に抱いた気持ちを知る。

『困惑』『恐怖』『怯え』『不安』それらを予想はしていたが、その事を耐え難く思う。

 (全てを諦めていた俺が、この様に思う日が来るとはな。)

 だが、漸く気持ちを奮い立たせて話し始めた、語り始めたことを途中で止める気はない。
 こいつも知りたいとずっと願い、俺に強請っていた。
 
「俺が初めて誰かの命を奪ったのは、とても幼い頃だった。」

 必死になり俺の手を握るお姫様に、どこか他人事の様にそれを話す。
 俺にとってもそれはとても現実感がなく、愛する大切な者たちをそうして害したことなど、忘れたかった。

「その相手が母上と…父上だった。」

 話を聞いている目の前の最愛には、少し疲れが見える。

 (先ほどは酷く泣きじゃくっていた。
 その疲れだろう。)

 これからの話はもっと心を疲れさせるだろう。
 冷めてしまったが、揚げ菓子を勧め、茶も淹れなおすことにする。

「お姫様、話も長くなる。
お前の好きな【ホアン】渡りの菓子も出してやる。
茶も淹れ直すから少し、待て。」

 安心させる為にも柔らかい声を出すことと、笑顔も作るように心がけた。

「……うん。」

 お姫様は乱れる心を治める為に、息を深く吸い吐いた後で了承する。

 クロや父母、従者たちなどの前では猫を被り大人ぶるが、こんなふうに子供っぽい仕草を俺の前では見せる。
 どんなに甘えても構わないから、出会った頃のままの生意気で可愛らしいお前でいて欲しいと思う。
 
 火鉢で湯を沸かし、再び茶を淹れ出してやる。
 俺から茶杯を受け取り、それに口を付け、泣いた事や緊張した事で乾いた喉を潤している。

「いつも思うけど、お前のそのなんでもできるのは凄いな。」

 怖れていた他の者の様に、おずおずとした態度などで俺を避けたりもしない。
 さっきまでの恐れや、怯えの感情が流れてこないことに安堵する。

「誰も俺の側に侍る事が出来ず、仕方がなかった。
故に俺はそれが出来ねばならなかった。」

 必要に迫られ身につけた事だが、本来なら俺もこいつや母の様に何も出来ず、傅かれる生活を送っていたのかもしれない。 

 (俺自身がΩ的な成長を望まなかったからそれはないな。)

「ゴメン、気にしていたことなら謝る。」

 俺の反応を気にしてか詫びを入れてきたが、その事については特に何とも思っていない。
 だが、それにまつわるあの方のことはまた別だ。

「…いや、構わぬ。」

 思い出すと苦い記憶しかないが、自分に『嫌悪』や『憎しみ』というものを、教えてくれたあの方のことを、最愛に話すのも悪くない。

「俺にもひとりだけ、ただひとり俺の側に居てくれた方が居た。
これら俺の出来ることの全ては、その方に仕込まれた。」
「え?!それは凄いな。どんな方?」

 あの箍の外れた一月程の間も、相変わらずの罵詈雑言をぶつけられたが随分世話になった。

「お前もよく知る茨木イバラキの父だ。」
「というと、お義父様の弟君だよな?」
「そうだ。親父にもだが、茨木とも全く似ておられぬ御仁だ。」

 強い力を持ち、父の昂ぶった心を鎮めることが出来た唯一の存在。
 俺の事を『クソガキ』と呼び、俺を嫌っているかの様に振る舞うあの方。

 俺が師とも仰ぐ気難しいあの方に、俺の最愛のお姫様を紹介したくもある。

「お前をあの方に会わせたい。」
「どんな方?」

 綱のツナの友人であり、あれを従者にしているお姫様になら会ってもらえるだろうが。

 (しかし、こればかりは分からんな。
『阿呆が!温泉に入ってるから出直せ、クソガキ。』などとまた言われるやもしれぬ。)

「湯と温泉を好まれ、甘いものもお好きだな。
医術などの知識に長け、茨木の知識もあの方仕込みだ。」
「へー。なら僕と話が合うかもしれないな。」

 何の為かわからぬがこいつは耳長エルフ族の医術を仕込まれている。
 その為、他者を害する様な術を好まぬ精神をしている。 

「親父をとても慕っていらして、男のΩを好まれず母上とは不仲であられるな。
それから鬼では珍しく『運命』を嫌悪されている。」

「………僕は男でΩだぞ?
お会いしても大丈夫か?それ。」

 お姫様は微妙な表情をしており、心配そうにこちらを伺う。

「問題ない。母上や俺のような顔貌の男を好まれぬだけだ。」
「本当か?まぁ… 綱や茨木に聞けば良いか。」

 とっつき難くはあるが、割と面倒見の良い方なので俺はそう答えておく。

 それにしてもお姫様が知りたいと願う俺の事を、何から話せば良いだろうか?
 どうすれば傷つけず、衝撃も与えることがないだろうか?

 前はそのように相手を慮り、それが受け入れられるかなど考える事もしていなかった。

 最愛を至らせ、俺の元に堕ちるように仕向けていたあの頃にした話…
 あれは当時のお姫様には随分と酷な話であっただろう。

 その事を今になって申し訳なく思っている。
 この様に多少は分かるようになったからこそ、返ってくる反応が恐ろしくもある。

 俺を嫌うくらいならまだ良い。
 恐ろしいと、共に在ることが耐え難いと思い拒絶し、逃げられたくはない。

 (我ながら随分臆病になったものだ。)

 気儘にそれを強いて認めさせることに良心の呵責を覚えたり、胸の痛みなどもあの頃は一切感じなかった。

 そもそも俺には【痛覚】というものがほぼ無い。
 だから余計にそうだったのだろう。
 母が良くないと何度も叱ったことを今になって理解した。

【味覚】も俺には良くわからない。
 そこに出しているお姫様の好む菓子などは、味すらわからぬ。

「お姫様、揚げ菓子の糖蜜絡め(かりんとう)とは、どんな味がする?」

 気になってこんな質問を投げかけてしまった。

「うーん、難しいな………
油で揚げているから濃厚で、甘ったるい蜜がやみつきになって、ついつい食べ過ぎちゃう。
姉様には『食べ過ぎると太るから気をつけなさい』ってよく言われたくらいには美味しいよ。
実際食べ過ぎちゃって、茨木からはちょくちょく叱られてる。
…ゴメンな、上手く説明できてないな。」

 顎に手を遣り首を傾げて、暫し考え込んでから教えてくれたが、やはり良くわからない。

「いや…すまんな。理解できぬ者に説明するのは存外難しいものだ。」

 俺も様々なことみなに乞われ教えているが、なかなか伝わらない。
 お姫様の再教育も母上に任せたくらいだ。

 力にしても感覚にしても、本当に他の『ヒト』とは違いすぎる。
 みなに『恐ろしく、怖い。』そう思われても仕方がない。

 そうして考えていると気持ちか僅かに重くなる。
 軽く瞼を閉じ、また開く。

 俺の前には一目で気に入り、閨に連れ込んで項を噛み、スメラギの角を与え、強引に俺のものにした愛しいお姫様がいる。
 
 虹色の煌めきを放つ銀の髪、きりりとした眉に涼やかな銀の切れ長の二重。
 高い鼻梁はこいつの生まれの良さをどこか感じさせ、熟れた果実のような厚い下唇は扇情的で、それを見るとつい口づけをしたくなる。

 (実際に気づいたらしている事が多々ある。)

 出会った頃よりも随分と背が伸び、細くあるが薄っすらとしなやかな筋肉も付いている。
 陽に当たったことの無い様な、真っ白な肌に咲く俺の【青薔薇】は、誂えたかの様にお前の美しさを引き立てている。

 (このように容れ物も好ましいが、お前の魂はさらに素晴らしい。)

 気高く、近寄り難いまでに潔癖で貴い色。
 赤と青という二つの色を均等に持ち合わせた、途轍もなく美しく稀な紫の魂を持つ俺の番。

 茶を飲み、俺と雑談したことで落ち着きを取り戻したのか、お姫様は神妙している。
 そこへ菓子を差し出しながら「好きに食いながら聞いて良い」と伝え、「茶も欲しくなれば言え」とも伝えると、肯首してそれに答えた。

 そして意を決した様に真剣な顔をして、俺の右手を両手でしかと握った。

「どんな話でも逃げずに最後まで聞くから。
だからお前のことをちゃんと教えて欲しい。」

 懇願するように俺を見上げる仕草は可愛らしく、無意識に空いている左手で軽く頭を撫でてしまった。

「なら、俺が生まれる事になった話から語ろう。」

 撫で続けていると次第に気持ち良さそうにして、とろんとした上目遣いになり、それに酔った様な顔を見せる。 

 (俺はこれにも弱い。)

 こういった俺を悶えさせる仕草をどこで学ぶのかはわからぬが、日毎に愛おしさは増すばかりで、いかんとは思うが、こんな感じで常に甘やかしてしまう。

 話が進まぬので名残惜しいが止める事にして、気を逸らす為に衣ずまいを正した。
 そしてお姫様には前置きをする。

ムラサキ、俺は語るのが得意ではない。
順に説明していくから、出来れば質問は後にしろ。」

「うん。」

 この美しい紫の魂に惚れ込みとんだ無体を幾度も強いた。
 今も逃したくないあまりに、発情期の惚けたところで強引に了承を得て孕ませている。

 (露見した時に怒り狂うだろうな。)

 鬼畜の所業と言われる事もするが、掌中の珠のように可愛がる事もしている。
 どちらも同じくらいの頻度でしているが、お姫様からは勝手が過ぎると怒られ、極端過ぎると母にも叱られている。
 
 それでも流れ込んで来るのは『アカを理解したい。朱と共に在りたい。』と願うお前の気持ち。

 その想いに癒やされる。
 どんなことがあったとしても、俺は絶対にこいつを離さない。

 (いや…離せない。)

 嬉しさで高揚した体に引きずられ、最愛にまた無体を強いてしまわぬよう気を引き締める。
 そして息子に強請られ物語を話す時の様に語りはじめた。

「俺の父と母の間に初めて生まれた子は、魂を持たない肉の塊だった。
それは『ヒルコ』と呼ばれるモノ・・だった。」

「はぁ?!」

 鬼の亜神として産まれ落ちたその時より俺がることを淀みなく紡ぐ。
 合いの手の様に驚き、声を上げるお姫様はとりあえず放っておく。

「次に生まれたモノも『アワシマ』と呼ばれ、これもヒルコと同じく肉の塊だった。」
「え…?」

 不思議なことに俺やフノスには、このような知識と紡がれる種の歴史…つまり記憶がある。
 さらに生まれてから今までのことも全て覚えており、決して忘れることができない。

 俺もあいつも意図的に話さず、忘れたフリや黙っていたりするが、それはこの事が教えてはならない、この世界の禁に当たるからだ。

 亜神とは識る者とは制約が大きい。
 この先も永遠にこの事は話せず、記憶は蓄積されていくばかりだろう。

「その様に俺の父母や伯母上たちはみな、内容は違っても子が作れぬ呪いを受けている。」

 俺自身が見たものではないので、その全てを識る訳ではないが、あらましは知っている。
 力の使い方などもそうだ。

 だが、心は伴わない。
 俺もフノスあいつも『ヒト』の心を持つが、理解しづらく苦労している。

 俺は母と父を襲ってからは、関係を拗らせ自棄になったところがあり、長くそれに歩み寄ることはしなかったが。

「ちょっと待て!」
「何だ?」

 何か納得できないことがあるらしいお姫様が、詰め寄る様に俺に問うてきた。

「それならお前やお前の兄弟はどうしてなんだ?
お義姉様がそうなら、フノスにロキはなんで生まれた?
お前も受けてるなら黒だって!」

 そういえばこの話に戸惑うのも無理はない。
 ただ大昔に『アレ』からそれを受けたと、内情に詳しい旧き者でもそれくらいしか知らないだろう。

「俺はまだそれを受けておらぬ。」

 俺は識っている事であったが、うっかりそれを失念していた。 

「それに耳長のことは語れぬ。
耳長の禁にあたり、俺が詳しく説明するのは憚られる。」
 
 お姫様が知りたいのは、俺やフノスが生まれた『仕掛け』の事だろう。
 俺のことであればこれから話すつもりであるが、他は語れぬ。

「俺が話せるのは鬼の禁のみだ。
そちらは伯母上やフレイヤに聞け。」
「…わかった。」

 それから既に子を孕ませ後出しではあるが、俺達にとってとても重要な事を伝える。
 
「俺たちはこれから先、親父や母上と同じ呪いを受ける日が必ず来る。」
「それは【予知】?」

 お姫様からの質問に「そうだ」と答え頷く。
 近頃それがより強まり、それで気がはやり強引にクロの弟達を身籠らせた。

 母のような苦しみを与えたくない。
 父や叔父のような事をしたくない。

 (その事からだったが、あんな話をされ、少しばかり頭に血が上っていたのかもしれぬ。 )  

「それ故、お前に子を与える前に絶対にこの事を話したかった。」

 だが、今回はそれを違えた。
 それを悪いとも思ってはいない。

 (後からお前に怒られるだろうが、これが最後だ。許せ。)

「多分だが、あの花笠末端が来たのはそれの為かもしれぬ。」

 あの様な【名無し】を妃として送り込み、俺に宛がわせようとした事と併せてみても、あながち見当違いではないだろう。

「そんな…!
でも、僕ら鬼族に重い呪いを多数与えた『アレ』ならありえる…」

 ただでさえ白い顔から血の気が引き、顔色がとても悪い。

「お姫様、大丈夫か?顔色が悪い。辛いようならまたにするが?」
「いや…大丈夫。ちょっと深呼吸してお茶を飲むよ。」

 また深く息を吸い込み吐いて気持ちを鎮め茶を飲んだ。
 どうやらそれで落ち着いたようなので声をかける。

「続けるぞ?」
「うん、話を止めてゴメン。」
「これくらいは構わん。」

 一先ず納得したらしいお姫様に話を続ける。

 ◆◆◆

 ───母のはらに居た頃より、俺の誕生は阻まれていた。

 俺が始末し尽くしたあのろくでもない奴ら、『末端』を使い、母に危害を与えたりもしていた。

 ん?安心しろお姫様、無論そんな奴らはあの親父が既に始末している。

 俺の父母はかなり歳を経た者であるから、母の本来の発情期である十数年に一度くらいの周期で子を成していた。

 だが、父と母との間にはどうやっても、先ほど話した『ヒルコ』や『アワシマ』の様な、魂の宿らぬ『ヒト』の形をした肉の塊しか生まれぬ。

 父母はどうしても子が欲しく、何度も繰り返すうちに呪いはさらに強くなり…
 その『ヒルコ』などは俺が以前始末した、あのろくでもない穢れた魂たちの容れ物になってしまった。
 
 しかしながら、中には少しであるが、偶にまともな魂を持つ者も生まれてきていた。
 スメラギの鬼の持つ力や角は持てなかったが、それらは伴侶を得て子を儲け、四童子の祖父母などになった。

 それらは強く美しい魂を持っていたらしいが、鬼として血や肉を糧とし生きることを望まなかった。

 いや?そうではなかった。

 かといって耳長の様な者にもならず、結局【華】も完全に捨て、不老不死に近い身を止め、とうの昔にみな全て死んだ。

 そうだ。【青】の魂を持つ者が多かった。

 皆に共通していたのは以前の生の記憶や知識を有しており、それに引きずられるものが多かったことだ。
 その為、鬼族の発展はあったが、それらの者たちは鬼の食性に慣れず病んでいった。

 それで、その後も何度かそのような者は生まれ、死んだ。

 だが、次第にまともな者は全く生まれて来なくなり、ろくでもない者ばかり繰り返し生まれ続けた。

 子を望んでも魂の宿らぬ肉の塊しか生まれない。
 それをろくでもない魂の容れ物にされている。

 幾星霜その様な事が続いた。

 多数の子を儲けたが、本当の子は決して得ることが出来なかった父と母は、最後に俺を生むことに決めた。
 母が大変疲弊していたということもあるが、 契機となったのは、耳長の始祖を密かに誕生させ匿ってもらいたいと、伯母上より持ちかけられたことだ。

 その代償に鬼族の亜神の誕生を約束されたそうだ。
 そうして母は伯母の手を借り、遠い昔別れた弟の魂を降ろす事にした。

 選んだ理由?

 伯母上と母上のどちらとも繋がりがあり、もとは『血を飲むもの』であったからだ。

 血も飲まず、肉も食わず、また他の者のように餓死されても困る。
【華】を捨て『ヒト』になるという懸念よりもそちらを優先したそうだ。

 それに強烈なくらい強く、呆れるほど頑丈な精神を持つから選んだそうだ。

 そうだ。それが俺の魂だな。

 うん?気になるか?

 そいつは人族の祖先にあたるものに一目惚れして、不死や力を捨て、人と番い『人』になって死んだそうだ。

 いや?普通であれば、 俺のように強く高い神格を持つ魂でも、今の俺にはお前の従者たちのように、以前の生の記憶や知識はほぼ無い。

 くだらんな。
 知るつもりもない。
 俺は俺でしかない。そうであろう?

 うむ…そうだな。
 お姫様、お前が取り込み今も浄化している『頼光ヤツ』も、俺と同じように記憶や知識は消える。
 だが、魂の格や力などは受け継ぐ。転生とは本来はそういうものだ。

 伯母上やお前の従者たちの方がおかしい。前の生に未練がありすぎる。
 
 うむ、実際に俺が生まれたような術式があるくらいだ。こういったことはままある。

 前の生での俺か?

 ………神格はとても高いが大変気性が荒く、お前と出会う前の昔の俺よりも酷く、手のつけようのないどうしようもない素行のやつだったらしいな。

 いや!問題ばかりのやつではないぞ。
 母思いで夢見がちだが一途。心優しく強かった!

 母上がそう言っていたが?

 唯一、詩的な感性が失われたことは嘆いておられたが。

 そうか…何がおかしい?
 …そんなに笑ってくれるな。

 あぁ、確かに母上や伯母上のように二つ名も多数あったらしいが、今の俺には引き継がれておらぬ。

 ……そんなに知りたいなら教えてやるが、また笑わないか?

『スサ』もしくは『スサノオ』と呼ばれていたそうだ。伯母上は偶にそう呼ぶ。
 魂の色や名も多少は変わっている。『アカ』だ。
 強烈な【赤】の強い魂で手に負えず、伯母上は本当に手を焼いたそうだ。

 ほぼ変わらん?まぁ…そうだな。
 
 ともあれ、そのような手を用いて、母の胎に宿って十月半程過ぎ俺は生まれた。


 それで俺は産まれ方も特殊でな、母の腹を裂いて飛び出し生まれた。


 ハハハ…絶句しているな。

 黒の時にそれが普通ではないと初めて知って驚いたな。
 いや?それを普通と思っていたことにみんなが驚いていたが?

 俺の様に腹を裂いて飛び出し、すぐに産まれるものだとずっと思っていた。
 痛みもろくに感じぬ俺は分からぬからとはいえ、出産のことでお前には随分痛い思いをさせたらしいな。
 血を飲めば傷もすぐ癒えるだろうと。
 そのように楽にこなせるものだと思っていた。


 …すまぬ。


 いや、構わん。
 何なら次は俺が産んでも構わんぞ?

 なぜそこまでして皆が止めるのか分からぬ。
 本当に心から大切なお姫様を苦しめたくないと、それだけで言っている。

 わかったわかった、もう言わぬように気をつける。

 ボソ…は俺が産まねばならんが。

 ん?いや、問題ない。
 続けるぞ?

 それで産まれ落ちて…と言えば良いかわからぬが、俺はその時に呪いを受けた。


『それは愛し愛されるものでしか決して満たされず、癒やされず、いずれそれに狂う。
【愛】を求めし種の守り神には、きっとそれが相応しい祝福であろう。』


アレ』は『末端』を介してそう言った。
 にたりと厭らしく嗤う様は花笠ともよく似ていた。
 本当に気味が悪く、不愉快でしかなく、産まれたばかりの俺はすぐさまそれを屠った。

 その時に発した産声が一族に今でも語られる、まがを撒いた【しゅ】であったな。

 そうだが?少し強く【去ね】と思い放った。

 お姫様…そんな顔して驚くほどのことでもないだろう?
 美しい顔が台無しだ。

 しかしあの時の『アレ』は本当に愉快だったぞ。
 事を成して誇るように笑っている最中さなか、臓腑などが内から弾け、千々になり飛び散った。

 母上の痛みや苦しみも、俺はずっといていたから、少しばかりだが溜飲も下がった。

 産夫や医師などは恐れ慄いていたが。

 他にも皇宮に居た全ての『末端』はそんなふうに弾けた。
 俺の兄や姉の肉に宿ったろくでもない奴らは、死なんだのでそのまま幽閉されることになった。

 どうしたお姫様?顔色が悪い。
 茶を淹れようか?

 …なら良いが。

 まぁ…半分くらいは俺のせいでもあるが、母は瀕死であるし、お産を手伝う者達の中に『末端』が居たものだから、大変な騒ぎになったものだ。

 まだ目も閉じ、聞こえぬ筈の歳であるが、既にえ、こえる産まれたばかりの赤子が恐ろしかったのもあるだろう。

 そんな訳で俺は暫く放置された。

 放っておかれた癇癪から、俺はその後も幾つか【呪】を放ち、そのうちに持ち直した母に止められ…

 結果、父の【域】に封じ込められた───

 ◆◆◆

 ───俺はそのようにして生まれた。」

 とりあえずのあらましを伝えてみたが、お姫様は何とも言えぬ顔をしている。
 俺も流石に喉が乾いたので、茶杯を手に取り冷めた茶で喉を潤してから声をかける。

「ここまでで何か質問はあるか?」
「なんというか…お前ってやっぱりぶっ飛んでて、どこをツッコんで良いのか僕は困惑している。」
「そうか?多少、他とは違う事はあるが俺はいつも真剣だ。」

 新しく茶を淹れるために俺はまた湯を沸かす。
 お姫様は揚げ菓子に手を伸ばし、勢いよくガッと両手に掴んだそれをバリボリと噛み砕き、どんどん平らげる。

「はぁ、…こいつに言ってもわかんないよなぁ…モグ」

 自棄になっているのか、菓子をガツガツと貪るから注意する。

「急いで食うとまた喉に詰まらせる。俺は食わぬから落ち着け。」
「気にすんな大丈夫だ!」

 ところが言っているそばから「ムグッ…ウッ!」と詰まらせたので、背中をポンポンと叩いてやり、急ぎ俺の茶杯に入っているものを飲ませた。

「……ゴメン。」
「何か気に触ることを言ったか?」
「お前が怖いとかは…あるけど今更だし、それが原因じゃないから。」

 俺に配慮してかそんなことを言ってくれた。

「お義母様とお義父様みたいなことに僕らもなるのか?」
「近い将来必ずな。」

 俺に質問するその返答を待たず目を閉じて、そのままじっと考え込んでいる。
 湯も沸いたのでそれぞれの茶杯に注いでゆく。

「お姫様、茶も入った。話を続けるが良いか?」
「うん……」

 俺も茶を一口含み、嚥下してからまた話をすることにした。

 ◆◆◆

 ───それで先ほど語った様な過程を経て誕生した俺は、産まれてから数年、父の【域】にて力を縛られ生活していた。

 お前の良く言う監禁だな。
 今の様に当初は俺の宮全てを覆う結界の中で育てられた。

 しかし、普通であれば世話をするために、側に侍る者がいるはずだが、誰もが俺の力を恐れ、怖ろしいと怯えた。
 唯一、父母以外では乳母である茨木の母が血を与えに来ただけだ。

 この頃の俺の世話は親父と母上が頻繁に様子を見に来て、身を清めたり、着替えなどをそれは楽しそうにしていたぞ。

 ん?そうだな…なんとなくそれらを覚えてはいる。
 幼い頃の事を仔細に憶えているものなど良くいるぞ?

 ふたりとも黒を預けた際は随分手慣れていて不思議だったのが理解できた?
 そうだな、お前も知ってのとおり、俺たちも黒の時にそんな事はさせてもらえなんだからな。

 母上が襁褓むつき(おむつ)を手づから変えたり、親父が湯あみをさせたりなどしてくれた。
 それにたらふく血を飲ませてくれ満足していたな、あの頃は。

 乳母か?ふたりが来れぬ時に俺に血を与え、その後すぐに立ち去っていた。
 そうしなければ力の放流が酷く、辛くて耐えれなかったと後に聞いた。

 そんな赤子の時期が過ぎて俺も成長し、次第に父や母の力を凌駕するようになってきた。

 そのうちにどんどん俺の生活できる【域】は狭くなり、この俺の部屋のみになってきた頃、俺を悩ませるものが出てきた。

 そうだ、耐え難い欲求だ。

 飢えに渇き、衝動と昂り、相当幼かったのに母の薫りに中てられ、何度も過ちを繰り返していた。
 当時の俺は黒のように血も飲むが、何よりも肉が好きでな?

 今と変わらない?まぁ、そうだな。

 母の血を貰っていたある時、美味くて飲み過ぎてしまい、さらに【華】の薫りに誘われ、肉を喰ってしまった。
 以来美味くて堪らないその味が忘れられず、しばしば襲い喰らっていた。

 ………思い返すと我ながら酷いな。
 親父に幾度となく繰り返し折檻された訳だ。

 いや、みなまで言うな…

 俺は父や母、それに大事にしてくれていた乳母などの、俺の境遇を不憫に思い甘やかし、俺に愛情を注ぎ接する者としか会っていなかった。
 そんな者達からしか血肉を分け与えてもらっていなかった。

 無論、いつも肉を貰う訳にはいかんので、下僕などを潰したものも喰っていたが、当時は好まなかった。

 腹が減ったら父から血を貰い、偶に…いや、しばしば母と乳母を襲って肉を食べる様になってきていた頃、俺はとんでもない過ちを犯した。

 母と父を害し命を奪った。

 ◆◆◆

 ───それは俺の色々なものが粉微塵に破壊された出来事だった。

 (さっきまではへいきだった。)

 恐ろしいほどに飢えて渇いていたのは、マシになっていたはずなのに、また耐えられなくなってきた。

 (ちちうえとははうえの【域】がこわれた?) 

 飢え、渇いてる。
 さっきもたくさん食べたのに。
 
「グー」という音が腹からする。

 この頃はずっとこんなふうに食っても食っても満足できない。

 父から仄かに薫るとても良い匂いで喉がより渇く。
 母の薫りも腹が減り、肉が欲しくなり飢える。

 (はらがへった。のどもかわいた。)

【域】が壊れたのかうまそうな薫りがして堪らない。
 ごちそうがたくさんある…

 でも遠くの方から父から少しだけ薫った匂いが近づいてきた。

 (とおくからいいにおいがする。
 けど、おれはここからでるなといわれてる。)
 
 腹を満たすために乳母を襲い、母や父の残骸を漁ろうとしたところで、異常に気づいた叔父が来た。

 (いいにおいがちかくにきた!)


『こんの阿呆っ!
兄上様とあの女男ヤローを喰ったうえに、僕の奥さんまで喰ったのか!!
…っふざけんなよクソガキ!!!』


 その声に振り返ると…

 総髪にした水色の髪を逆立てるかのように振り乱し、父や俺と同じ獲物を狩る肉食獣の様な金の眼で、俺を射殺さんばかりに睨みつけている、見目麗しい少年がいた。

 父の末の弟、俺の乳母の夫で皇弟である叔父、スイだった。

 叔父は祖父の腹から未熟な状態で生まれ、鬼のαにしてはあり得ないほど成長が遅く、幼いまま成熟してその成長を止めた。
 人族の十四、五歳くらいの少年にしか見えないが、母と同じくらいの歳であると聞いていた。
 他者にその姿を見られることを苦手とし、常に父の後ろの方に隠れて控えているらしかった。

 俺の足元は血溜まりとなり、母がバラバラに食い散らかされ冷たくなり、それを守ろうとした父もどうやらそれと判る、残骸らしきものしかなかった。

 どうやら俺が母と父を喰い殺してしまったようだった。
 右手に握りしめている乳母も力なくしなだれ瀕死の状態だ。 

 未だ正気ではなく、食欲に支配されそれらをまた貪ろうとする俺を、罵倒し止めようとする叔父。

『いい加減にしろよこのクソガキ!!!』

 幼く小柄な体躯の何処にそんな力があるのか?
 どう見ても元服前の幼く小さい少年なのに、妙に老成した様なそんな雰囲気がある。

 叔父は物凄い力で俺を殴りつけ、乳母から引き離し、頬に平手を何度も喰らわせ俺を正気に戻すと「吐き出せ!」と俺の喉に手を突っ込み、喰ったものを戻すよう促した。

 自分に対して行われる暴行に驚くが、一向に嘔吐感なども湧き上がらず、ただ腹が減って仕方なかった。

 また腹から「グー」と音がして、思わず俺の口に突っ込まれている叔父の腕を噛んだ。


 そして俺は生まれて初めて味わう、信じられないくらいの、それまで一番好きだった父と母でも感じたことのない、『一口でも満たされる』と言われる、それほど美味い血肉を叔父から知った。


 お姫様、あれはお前の血肉並に美味かった…───

 ◆◆◆

 ───え?どういうことだ?」 

 お姫様が困惑するのも無理はない。
 俺もお前と出逢うまでは分からなかった。
 
「俺はαでもΩでもどちらでもあるだろう?
『運命』はふたりいた・・
ひとりはお前。そしてもうひとりが叔父だった。」

「ハイーーーッ?!」

 驚きのあまり奇声をあげてから口ををあんぐりと開け、その後パクパクとさせ絶句している。

「母たちは茨木がそうだと思っていたが、あれとはもとより繋がってはおらぬ。」

「うぇ…えええええええええええ?!
イヤイヤイヤイヤイヤ!!!」

 また頭を押さえてぶんぶんと振りながら奇声をあげた。
 お姫様は良くこのような反応をする。

「今日一番びっくりしたのが、茨木がお前の『運命』だったって思われていたってことなんだけど!
だってお前、茨木に対してはなんて言うか…そんな感じ全然ないし。」

 このように大変喜怒哀楽が激しく見ていて楽しい。
 幼い頃に感情を押さえつけられ暮らしていた弊害なんだろうか?

「僕もそれに嫉妬したりするけどそれは愛人関係があったからで………」
「そうだ、茨木ではない。
知らぬ間にそれを断ち切られ、俺はΩの『運命』随分幼い頃にを失っていたらしい。
それに気づいたのはお前に会ってからだ。」

 長い間、俺を嫌う様に振る舞い続け、俺にさえ叔父が秘密にしていた事。
 
 気づいた時には喪失して、俺が番を得た今も尚、叔父がこの皇宮に戻って来ないその理由を俺の最愛に告白した。


 ───────────
 青薔薇の花言葉には『一目惚れ』もあったりします。
 朱点の秘密はこれで殆ど出ました。
 次の更新は番外編のホワイトデーとデートの話の続きになります。
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