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二章 あいつの存在が災厄
鬼神に横道なきものを。 弐
しおりを挟む綱のことが心配だし、『白』の君と呼ばれる彼の主人『源頼光』と名乗る鬼の事も気になる。
姉は金時の来訪を待っていたみたいで、了承を得るまでもなく彼と会うことになった。
逸る季武と貞光を金時が宥めてくれたので、僕が綱の薬などを用意して支度を整える間、彼らには食事を取ってもらった。
やっぱりお腹が空いているとイライラするし、話し合いをするなら二人には少し冷静になってもらいたかった。
(朱もお腹が空いているとおかしなことをするからね)
宮のみんなには京に住む友人に会いに行くと伝えると、彼らは綱の事だとすぐに気づいた。
僕の為に作られていた朱の【華】の砂糖漬けの残りを瓶詰めにして渡され「どうぞお大事にとお伝え下さい」という言付けまでもらった。
綱はあの憎めない性格からか、礼儀的にはアウトなことを結構やらかすわりには、みんなに気に入られている。
(すぐに『すんません』って謝るから、みんなもヤレヤレって感じで許しちゃうし)
朱の下部は旧く力の強い眼の良い者が多いから、あの赤ちゃんみたいに穢れのない清廉な【青】の魂も好ましいんだろう。
(孫を可愛がるみたいな感じなのかな?)
◇
金時の導きで向かう先は、鬼の郷であるこの神奈備の西。
それは僕の生家である【青】の家の支配する土地だった。
そのことに気づいたのは朱の宮の西の門、【青】の門を抜けるという時。
四家は【青】の家は西、【赤】の家は北、【黄】の家は南、そして【緑】の家は東の地に封ぜられている。
目的地が【緑】の家であるなら、向かっている場所とは全く反対の方向になる。
まだ皇宮一帯にある禁足の森を抜けていないし、迷っているのかもしれないので、念の為に確認する。
「待って!頼光が【緑】の家の者ならおかしい。
こっちは【青】の治める地だ」
金時は僕の問いかけにも足を止めることはなく、
「あの方の弟君が【青】に所縁ある方です。
【緑】やあの方の母君に内密にしたいがゆえのこととご理解下さい」
歩きながら答えてくれたが、さっきからずっとこんな感じだ。
僕や姉には貴人に対する礼儀を守っている。
(でも、僕には『様』なのに姉様には『殿』。なんでかな?)
その様は朱の宮の下部などと同じく、きちんと仕込まれた鬼の下部のそれだ。
(頼光のもとで仕込まれたんだろうか?)
そこには今までの友として接してくれていた気安さなどが一切無い。
たった二年ほどではあるが、それなりに親しく交流してきた友が、急に遠く感じて寂しくなる。
(無駄に高い身分て厄介だ)
それにもう一つ不思議なのは、人族のはずの金時がこの神奈備の土地にとても明るいこと。
抜け道なども知るらしく、姉が時折「ほぅ!」や「へぇ…」なんて声を上げている。
神奈備は義父母の結界によってこのあたりの山一帯を守っている。
入るための入口は皇宮まで続く参拝用の道しかない。
そこは他種族が入って来ても問題はない。人族や妖族の商人や使者なども来るからだ。
でも、一般の鬼の民が住まう場所には、他種族が足を踏み入れることは絶対に出来ない。
義父母が神木の森に結界を張り、彼らを侵入者から守っているからだ。
それは彼らも同じで気軽に郷の外には出ていけないから、昔は良くあったという他種族との問題も滅多に起こらない。
(昔、興味本位から人を食べたやつがいて、その始末が大変でこうなったらしい)
だから皇宮付近はその民の地を守る四家の者か、義父母が許しを与えられた者しか彷徨わず進むことは出来ない。
僕らが歩いている(僕と姉は猪に乗ってるけど)鬱蒼とした朱の宮から続く、鬼の禁足地である皇宮一帯の神木の森。
ここを迷いなく歩く姿を見て、確信する。
鬼狩りの一族の者が義父母と謁見できるはずがない。
それなら彼も頼光と同じ四家のどこかの縁の者に間違いない。
「金時も四家のどこかの生まれなんだね」
以前の彼の角は生えていなかったか、見えないくらいに小さかったんだと思う。
面のせいで分かりにくいが、今の彼のこめかみから生える少し黒みを帯びた立派な赤い双角は本物だ。
「…【赤】の宗家の者が私の母になります。
父が角なしですが、一応『角あり』のαです」
穏やかというよりも、感情を出さないようにした声で告げられた言葉に、僕だけでなく貞光や季武も驚くが、多分彼らも四家の血が入ってる筈だ。
でなければ結界によって弾かれている。
「角ありの鬼?!しかも【赤】の宗家だと!
お前も元服の儀式の時に、僕らを見定めて買いに来てた奴らと同じなのか!」
こんな言葉をぶつけられても、金時は後ろを振り返りもしないで先を急ぐ。
結局ごはんを食べても季武は変わらず、ずっと怒ったままだった。
今も怒りに任せて金時に酷い言葉を投げつけた。
さらに季武は金時の肩を掴んで歩みを止めさせようとする。
だがそれは寸前で躱され、いなされた。
「静かにしろ!騒ぐなら捨てていくぞ。
…内密に動いているんだあの方に気づかれたら終わりだ。
頼むから黙って着いて来てくれ」
ここに来てはじめてこちらを振り返った金時は、少しだけ声を荒げて怒った。
あんな言葉に傷つかないはずがない。
それでもそれ以上は騒いだりせず、僕らにも静かにしろという。
秘密にするだけの何かがあるんだろう。
だが、季武の「買いに来てた」発言は聞き逃せない。
これも後で問いたださないといけない。
姉が綱をずっと『少年』と呼ぶ理由や源氏の一族の秘密。
姉の話さないでいることやこれから会う頼光のこと。
わからないことだらけで落ち着かない。
「あの人が【緑】の宗家の鬼で、お前が【赤】の宗家の鬼。
それに行き先は【青】の家。
ここまで来ると俺らゲンジは鬼に飼われてたんだって良くわかるよ……」
苦しそうに吐き出された貞光の言葉には、どうしようもないやるせなせを感じた。
僕は綱からしか彼らのことについては教えてもらっていない。
頼光は角なしの鬼で【緑】の家と繋がりがある。
それくらいだ。
だからさっきからされている会話にもついていけない。
けど、このどんよりとした空気があまり良くないことだと教えてくれる。
いつもならこういう時に場を茶化して和ませたりする筈の姉が、さっきからずっと黙ったままなのもなんだか気持ち悪い。
「庇護することと、無知にして甘やかすのとは違うよ。
『白』くんはそこを間違えてるし、彼らもそれに甘えていた」
「姉様?」
「ま、ちょっと厳しくし過ぎたかもしれないけど、ここは『青の世界』とは違うんだ。
これから『白』くんの庇護なしに生きてく為には、彼らは目を覚まさないといけない」
僕の背後から聞こえたこんな姉の呟きを聞いてから、目的地に着くまで彼らを取り巻く環境を考えてみることにした。
彼らのように『青の世界』から来た者が多い、僕の生家である【青】の家では、『赤の世界』との価値観の違いから、一族の者は沢山の過ちを犯して何度も粛清された。
そんな中で薄まった血を濃くするために生まれた僕や姉などは、そういった者たちの失敗の尻拭いをさせられている存在だ。
悲惨な最期を遂げた母のこともあり、姉は彼らにあたりが強いのかもしれない。
学びたいなら教えるが、ちゃんと知ろうとしないものに姉は冷たい。
僕に対してもそれは変わらない。
金時の母が【赤】の宗家の者なら女のαが母親なんだろう。
あの家は【緑】と反対でΩが殆ど生まれず、当主は女のαが就くのが良しとされている。
僕の乳姉弟も先々代の【赤】の当主の子で、『運命』の番とに生まれた女のαだった。
(確か…嫡子のはずなのにアルフヘイムに行っちゃったんだよね)
それに鬼には女がほぼ生まれない。
いくら強い鬼でも当主の伴侶候補が増えても困るから、角ありでも家に迎え入れなかったんだろう。
頼光もそうだが、金時もひょっとするとなかなか厄介なところの生まれなのかもしれない。
綱の【髭切】や四天王のみんなが持ってる力は、どれも鬼のαの力に近い。
どうやら源氏の一族には鬼の血が相当混じっているらしい。
それも四家あたりの強い鬼の血が。
彼らの身体能力を考えてみるとそれは間違いないだろう。
問題はなぜ彼らの存在を皇の者が知らないということだった。
◇
早足で(鬼のそれは馬で駆けるよりもずっと速い)歩き、半刻ほどして着いたのは【青】の当主である父、藍青の別邸だった。
貞光と季武は息を乱れさせず付いてきた。
聞けば京から神奈備の朱の宮までも、一刻ほどで駆けてきたそうだから当たり前といえば当たり前だが…
(ふたりとも、ホントに人族?)
金時が先に頼光に知らせる為に中に入っていくと、緩くうねった薄桃色の髪に空色の瞳の、華奢で可愛らしい男の子が僕らを迎えに出てきた。
その姿を見て、間違いなくここが彼の家であると確信する。
僕と姉の異母弟、編笠の邸だと。
編笠…アミは制止する側仕えを振り切り、僕と姉のところまで駆けてきた。
アミの自慢の髪は乱れ、綺麗な空色の目は真っ赤に腫れていた。
目尻の大きな水溜りからぼろぼろと涙が零れている。
「姉さん、リリィ!お願いお兄様を止めて!!」
そう叫んでからアミは僕に抱きついた。
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