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二章 あいつの存在が災厄
鬼神に横道なきものを。 参
しおりを挟む僕は…僕らは非常に気まずくいたたまれない気持ちでいっぱいだ。
それもこれも我慢できず暴走した友とぽろりと零した異母弟のせい………
入り口で制止されたのにも関わらず、それを振り切って彼は部屋に押し入った。
慌てて止めに入った僕らの目に入ってきたのは……
御簾越しに見える互いを求め合う鬼の番の姿。
「ん゛、………っ!ぁ……あ!………ア……ッ!」
止めようと飛び込んだ部屋では、番のオスの血を求める誕生したばかりの鬼、『アオ』がいた。
呆然とし立ち尽くす友と真っ赤になり陶酔する異母弟に、彼らを止めれなかった失態を嘆く僕ら。
そんな闖入者である僕らへオスの怒りの【威圧】が襲った。
『退がれ』という意志のもと、加減無しで放たれたそれは、僕らをその場で案山子のように棒立ちにさせた。
図らずも僕らは彼らの交わりが終わるまで、それをじっくりと見ることになってしまった。
(何が悲しくてひとの房事を見ないといけないんだよ…)
◇
───少し時を遡る。
僕らは金時の案内で【青】の当主 藍青の第三子である、編笠…アミの邸に到着した。
そこで迎えられたアミにいきなり泣きつかれた。
わんわん泣いているアミを慰め落ち着かせながら、
「アミ、とりあえず邸に入れて。
『お兄様』を助けるのならちゃんと話を聞きたい。
けど、お前の母親には聞かれたくないだろ?」
こんな言葉をアミにかけて、一先ず邸の中に入る事にした。
アミの邸には元々姉の結界があるから、あの鬼すら視る事は不可能だ。
それにここなら鬼の郷で姉が【域】を作っても疑問に思われない。
この邸には何度も来たことがあるので、下部たちとも
「おひさしゅうございますリリィ様」
なんて言われるくらいには顔見知りだし、僕らが密談をするには朱の宮よりもよっぽど都合が良かった。
通された部屋に頼光の姿はなく、アミのところの下部が茶などを出してくれたので、それを飲みながら頼光を待っている。
(金時の戻りが遅すぎる…)
頼光に知らせに行った彼も未だに戻らない。
仕方なくこの客間で寛いでいるが、それにしてもまさかここに来るとは思わなかった。
僕の乳兄弟がいた頃は、彼女と共にここによく来ていたので、コーヒーやミルク(豆やアーモンドとかのやつ)を常備してくれているのが有り難い。
だがそれも数年前から足が遠のいていた。
僕の乳兄弟のヴァイオレットこと菫がアルフヘイムに行ってからは、全く来ていなかったと思う。
それ以来なのに、彼女の為にコーヒーやミルクを置いているなんてアミも拗らしている。
(アミは菫のことが大好きだからなぁ)
成人まで待つのが辛いと父に頼み込んでいたから相当だ。
久しぶりに来るアミの邸が懐かしく、思い出に耽りたくなるが…
今はそんな暇はない。
アミに『お兄様』の話を聞く前に先に彼らから頼光の話を聞きたいのだが……
「あのクズ、人を呼びつけといて待たせるとかふざけてる!」
その言葉とともに床にドンと拳を落とした季武。
まだ気持ちが収まらないのか貞光に当たり散らしているが、貞光はそれを上手くいなして宥めている。
「落ち着けタケ。リリィが言うように少し頭を冷やさないと話にならないぞ」
頼光のもとに報せに行った金時がなかなか戻らない。
しびれを切らした季武は綱が心配なこともあり、苛立ちを隠さない。
今日はずっと怒っている彼だけど、友を思っているからこそだと分かるから僕らも強く言えない。
(出された茶や菓子に僕や姉様以外は手をつけないし…)
イライラしている季武と随分落ち込んでいる貞光の四天王の二人に、泣き止んだけど、落ち着かないのか爪を噛んでるアミ。
どちらに話を伺うにも機を見誤るとまた揉めたりしそうだ。
因みに僕の異母弟のアミもこの場に居るのは、この子が同席すると言って聞かないので、みんなから同意を得てそれを許したからだ。
アミは放っておくのがなんだか不安だし、四天王の二人もアミに事情を聞きたいらしかったので、先に『お兄様』について聞く事にする。
「アミ、『お兄様』がどうしたの?助けてってどういうこと?」
「お兄様は恋人の為に僕らを捨てるって言うんだ…ぅ…う、うッ…」
気持ちに余裕がないのか要領を得ないことを話してまた泣き出したアミを、黒にしてあげるみたいに抱きしめて背中や頭を撫でてやり落ち着かせる。
アミはとても華奢で小柄だ。角だってまだ生えていない。
父みたいに小さい頃からガリガリで、多分だが栄養不足から発育がとても遅いのだと思う。
この子は血を飲むことを好まない。
『お兄様』のものだけが平気という酷い偏食さんだ。
父のものですら駄目らしい。
僕が子を持って良くわかったのが、鬼の赤子には親の血が必要ということ。
黒の乳母の菖蒲や義父母などの血族のものでも代替は可能であるが、やはり母か父が一番だ。
僕や朱の血をあげると喜ぶし、成長もすごく早い。
(おかげで大きくなり過ぎて抱っこが辛いけど)
あんなに父子仲を拗らせている義父ですら、朱の幼い頃はずっと血をあげていたらしい。
でもアミの母親は彼に血を与えなかった。
僕やアミが生まれた当時の【青】は、母が亡くなった事でゴタゴタしていたし、うちの父は情けないことにその頃は病んでしまっていた。
だから全然アミのことを気遣う余裕がなかった。
僕と違いアミには下部などの世話をするものもおらず、心配して様子を見に来た『お兄様』が血を与え、使用人を雇い入れ、空っぽだったこの邸の環境を整えたそうだ。
【青】も落ち着き、ある程度大きくなった僕らが交流するようになると、アミを心配した僕の乳母が、定期的に親の血が飲めない彼への手土産に、花びらの砂糖漬けや蜜酒なんかを渡していたが、アミにとって『お兄様』は父よりも母よりも大切なひとだと聞いていた。
その為かアミの理想のオスは『お兄様』だ。
(今はどうでも良いことだけど…)
そんな親代わりがいなくなると言っている。
そのことが受け止められず辛いのだろう。
ぼろぼろ泣いている。
「お兄様は姉さんとリリィと取引して、僕ら兄弟たちやゲンジの事もお願いするから安心しなさいって……でも、僕は嫌だ!」
泣きじゃくるアミは『お兄様』をなんとか思い留まらせて欲しいと僕と姉に懇願した。
訳あって会わせることも出来ないし、名前も言えないと言われたアミの『お兄様』についてだが、それが誰なのかはこの流れでなんとなくわかる。
頼光だ。
アミ曰く、『お兄様』は配下の下僕たちから崇拝されている。
恐ろしく強く、どんな鬼も絶対に敵わない。
百を超えて暫く経つが妻を迎えていない。
でも恋人はいて飼っている『オスの性奴隷』がそれ。
『ワンコ』を溺愛して、性的にもとても満足させている素晴らしいひとだと聞いていた。
………五年は前の話だが、アミは許嫁が出来てすぐにお兄様にお願いして、彼とそのペットのワンコくんから閨事の手解きを受けたそうで…
メスの満足のさせかたを実地で学んだと誇らしげに語っていた。
アミの許嫁は女のαだが……
(お前、瞳孔の形とかからΩになるのが確定してるのに!)
…もうツッコミどころが多すぎて僕は辛い。
聞いていた時はその『お兄様』が鬼のオスらしいオス過ぎて僕の好みに合わなかったが、話に聞いていた友の飼い主の『ご主人サマ』の影がちらつく。
(ホントにどんな奴か余計にわからなくなってきた…)
だが、そうなると『白』の君こと頼光はあの鬼の子ということになる。
僕の母が亡くなり、父が媚毒中毒になり、僕が【華】について忌避するようになった、それらの原因である男。
【緑】の毒花、カルミア。
奴との縁がこんなところにもあるだなんて…
(世の中って本当に狭い)
頼光が奴の子であるなら、言われているように【緑】の宗家の血を引いているし、綱の話によると廃させられたばかりの当主なんかよりも、余程強い力を持つ鬼だろう。
聞くところよると源氏の歴史は浅く、まだ二百年に満たないそうだ。
それなのに【四天王】みたいな、凄い精鋭が揃うようになったのは、彼らが頼光に鍛えられたかららしい。
それ以前の彼らの持つ鬼狩りの力はそれほど強くなかった。
それがここ百年くらいで変わった。
頼光はまず武士の剣術(鬼キラー)を徹底的に鍛えた。
次に源氏の者にも使える呪術を開発し、それを陰陽師に授けたそうだ。
まるで伝えられている祝の神子みたいな在り方だ。
それも【黒】と【白】の神子どちらともつかない役割をしている。
源氏の一族の者はそんなこともあり、頼光をもの凄く慕っている。
あんなにも頼光に辛辣な季武も元は彼の信奉者らしく、思慕の情を拗らせてああなっていると貞光が教えてくれた。
このように本来なら彼が【緑】を継いでもおかしくはないほどの力を持つが、【緑】は男のΩが当主を務める家で、受け継がれた役割も『力』もΩのもの。
彼は『角なし』だから、【緑】の一族の長になれないが、それでもきっと強力な呪術師であることは間違いないだろう。
こんな話から分かるように、頼光は訳がわからないくらいにデタラメに強く
『光はめっちゃチート!』
らしい。
そんな頼光も流石に朱には劣るそうだが、彼の【童子切】は侮れない恐ろしい力だ。
どんな妖や鬼でもスパスパ切れるらしい。
角なしのはずなのに、何故かαの力とΩの力を持つ規格外の実力者と争うのは、攻撃するための魔術を知らない僕にとって正直、厳しかった。
和解できず敵対したまま【酒呑童子】討伐の日を迎えることになるかもしれず、その為に僕は『鬼』という条件から外れるように、自らを『耳長のリリィ』に変えたくらいだった。
(それでも不安はあるが…)
だから、はっきり言って今回の彼からの申し出は、僥倖と呼べるようなことだった。
問題はこちらの条件と彼の希望が合致するかだ。
これについてはどんなものが提示されるか分からず…不安だ。
「でもねぇ…アミ、それがお前の『お兄様』の望みなら叶えてあげたほうが良くないかな?」
姉は落ち込んでいるアミを追い詰めるようなそんな意地悪な質問をするので、それについて控えるように窘める。
「ちょっと姉様!」
「アミも本当なら元服するくらいの年齢だよ。そろそろ兄離れをしなければいけない。」
確かにアミと僕は半年程しか違わないし、姉の言いたいことも分かる。
でも、こんな状態のアミにそれを強いるのは酷だった。
尚も姉はアミを叱咤する。
「お前はブラコンが過ぎる。ヴァイオレットにはり倒されても知らないぞ!」
「僕だって子どものままじゃダメなことも…ほんとはもう止められないのもわかってる………」
だが、このあとアミが語った頼光のした事に僕らは驚愕することになる。
「もうすでに…お兄様はアオくんと…『契りの儀』を交わしたらしいんだ……
お兄様は『角無し』で眷属を作れないけど…アオくんはもう殆ど成っちゃった…………」
「え?」「へ?」
僕も姉もその詳細を知るので、自体の深刻さに驚きを隠せない。
「アミ!嘘だろう!」
姉は珍しく焦った様子で、アミにそれを聞き返すが、
「アオくんはあのままだと、長生き出来ないからって…」
暗にそれが事実だと教えられる。
ところでさっきから言われている渦中の人物『アオくん』のことだが、綱は「アオ」とも呼ばれているらしい。
彼の清廉な【青】の魂に相応しい名前で、妙にしっくりくる。
もし綱に真名を授けるなら僕はそれを選ぶだろう。
僕が朱に勝手にされた事と似たことをされている綱に同情を禁じ得ないが、一つ気になることがある。
「それはそうだけど…綱はそれを了承してたのかなぁ?」
「お兄様はそのへんはもの凄くαらしい考え方をするから……」
「…………無理やりか」
頼光は朱に本当によく似ている。
「もう…お兄様の『孚』は食べさせたし、最後に……心臓をあげるだけだって………」
「ウェッ?!」「ファーーーーーッ!」
アミは淡々と『お兄様』のした事を僕らに教えてくれ、それに僕らは驚き奇声をあげる。
「お兄様の本来の寿命と『孚』を手にしたアオくんは、至ることすら可能だよ」
「「………………………」」
僕と姉は絶句した。
頼光が綱に勝手にしたそれは、伴侶の契約。
彼は自らの命と綱の命を繋ぎ合わせる呪いを掛けた。
(【華】の代わりに与えたものが些か重いが…… )
綱に殉死をさせない為に解呪までする徹底ぷりに、僕ら姉弟は怖気すら感じた。
「まさか…まさか『白』くんがそこまで振り切れる子だとは…
『あちら』の生まれの魂は鬼の食性や価値観に馴染まないのに……何故そこまで出来る?」
やっぱり頼光は朱とそっくりだった。
自らの命を捧げてまで愛する者の在り方を変えてしまった。
さしずめ今の綱は僕の『半耳長』ならぬ『半鬼』というところだろうか?
いや、角がないだけのほぼ鬼だろう。
(頼光さん、ちょー怖いんですけど)
姉は先程から頼光が綱にした、ちょっと看過出来ない行為に頭を抱えて「ウンウン」言っている。
「いや…【白】や【黒】の神子として喚ばれるのは、私の様に『あちら』で『神』として祀られるくらいの格が必要だが、それは彼らの渡ってきたの時代からなら偶像などだろう?」
何やらブツブツと呟いているが、【青】の血筋にはあちら由来の魂が生まれることが多い。
だからそれほど驚くことではないが、話し合いに臨む殆どの者が、あちらから来た魂の持ち主だというのが不思議だ。
何か作為的なものを感じる。
(姉様、なんかしてないよね?)
「おいピンク頭!お兄様ってあのクズのことか?」
僕らの話を聞いていた季武が立ち上がりアミのもとに詰め寄る。
彼にとって何か聞き捨てならない事があったらしい。
「綱は…アオは大丈夫なのか?!あいつを何処へやった?」
「…アオくんの知り合い?」
それなりに背丈もあり、武人として鍛えられている彼に見下ろされ、アミは少し怯えたが、僕の手をぎゅっと握り彼の質問に返す。
「そうだよ、アオのお友達だよ」
「アオくんは今は体が創り変わって飢えてるから、奥の部屋でお兄様が慰めてる。
昨夜も凄い声で啼いてたからちょっと煩かった」
僕が必死にぼかして隠してきたことをアミは盛大に暴露した。
「あんの野郎~!またアオに目茶苦茶しやがって!!」
そう叫ぶと季武は部屋を飛び出し、僕らは慌てて彼を追いかけることになり……冒頭の出来事に続く。
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