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第171話 顔のない男

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 人を殴る術を効率化していくと武に行き着き、それを深める者を世間では武術家と呼ぶ。
 鍛えて、鍛えて、鍛えて続け、肉体と精神が一定以上に到達すると彼らは見える景色が常人とは違ってくる。
 それは僅かな挙動からあらゆるモノ読み取る力。相手の本質を見るとも言われ、長年の鍛練がソレを可能とする。

「後一回、どっちかが倒れたら終わりね!」
「はい」

 リョウは無理にでもケンゴに付き合わせてしまった事を心で謝った。何故なら彼の目的はケンゴを知るためだからである。

 彼女が……一途に彼へ惹かれる理由が知りたい。知ったところで彼女の気持ちが変わる事はないが、少しでも自分と彼の差を知りたいのだ。

「それじゃ、再開」

 シモンが告げる。
 リョウは極度のスロースターター。しかし、僅かな攻防で相手の本質が見える程度に集中力を上げる事が出来た。
 集中力が彼の本質を見る――

「――――」

 真っ暗だった。僅かな目線や呼吸から読み取れる喜怒哀楽。ソレが彼には無い――
 なんだ……これ……は――

 リョウは深いナニかを見て思わず硬直してしまった。すると、ケンゴは普通に片足を刈る様に払って彼の片膝を着かせる。

 足を払らわれた!? 不味い! このままだと――

 次にケンゴの手が肩に触れる。同時に本能が起き上がる事は危険だと判断し動きを止めた。

「あ……んたは――」

 ケンゴの本質。表情は黒く塗りつぶされた……顔のない男だ。
 底知れぬ悪寒。彼の作る表情は全て偽り。何も見えない水槽に得体のしれないモノが蠢く様に、心から触れる事を嫌悪させる。
 コレを彼女の側に居させるわけには行かない――

「動くな! 大宮司青年!」

 ケンゴが叫ぶ。しかし、リョウの眼には彼女を護るために立ち上がらなければと言う意志が強く宿っていた。





「おぉぉ!」
「っ!」

 立ち上がる大宮司青年に怪我をさせない為にオレは彼の肩から手を離した。
 しかし、大宮司青年の意志は既に極度の集中状態に入っている。すげぇな、普通にゾーンに入ってる。的は完全にオレ。
 止めるしかない……

“一度でも使うと癖になるからだ。お前を処刑人にするために教えた訳じゃねぇ”

「――オレのバカ」

 止めるしかない……じゃねぇよ。古式は軽々しく使うべきじゃないんだ。
 痛いのは正直嫌だが、軽々しくなっていた心を引き締める為にも殴られよう。この拳、痛そうだなぁ。

 と向かってくる大宮司青年を見ていると、横からリンカが抱き着いて来た。

「――――ちょっ! リンカちゃん!?」

 大宮司青年に殴られる位置ではないが、怪我の可能性は十分にある。オレはリンカを庇うように抱き止める。

「……あ……」

 すると大宮司青年の動きが止まった。
 瞬間、シモンさんと七海課長が大宮司青年の腕と身体を止めた。表情に色が戻った。あらゆる割り込みに彼の集中は解けた様だ。

「ふぃ……戻った?」
「先輩……?」

 大宮司青年はオレとリンカの視線を冷静に受け止め、自分が何をしようとしたのかを悟った様である。

「お、鳳さん……俺は――」
「リョウ! 顔洗ってこい! 外の水道でだ!」
「ケイさん……俺……」
「さっさと行け!」

 七海課長に言われて大宮司青年はとぼとぼと歩いていく。その背中は、身体がでかくてもやっぱり子供か、と思わせた。
 状況の理解が追い付かない弟クンとノーランドはそんな彼の後を追った。

「鳳、すまなかった。俺がアイツを甘やかし過ぎた」

 七海課長から見ても深刻な事になるレベルだったのだろう。頭を下げる彼女にオレは少したじろぐ。

「あ、いえ、まぁ……誰も怪我をしなかったですし」
「そう言ってくれて助かる。もう少し厳しく指導するよ」

 七海課長も彼が町の半分を掃除すると言うターミネーター事件の事を気にかけていたんだろう。

「それと、鳳」
「はい」
「そろそろ、ソイツ。離してやれ」
「はい?」

 と、大宮司青年から庇うように抱き締めたリンカはホールドアップするようにオレの身体を叩いていた。

「あ、ごめん」
「締めすぎだ……ばか」

 呼吸を整えるリンカ。オレは苦笑いをしつつも、言わなければならない事があった。

「リンカちゃん。何で急に飛び出してきたんだ?」
「何でって……お前、殴られるつもりだっただろ」

 うっ、鋭い。いや、論点はそこじゃない。怯むなオレ。

「そうだとしても急に出て来たら駄目だ。怪我をするだろう?」

 オレが少し怒っている事をリンカは察して、眼を伏せる。

「あたしは……お前に怪我をして欲しくなかったから」
「さっきは七海課長もシモンさんも間に合った」
「……あ……うん……」

 まぁ、少し無防備になったオレも彼女に行動させる起因となったのだろうが、それでもあの場は出てくるべきではない。

「オレはリンカちゃんに怪我をして欲しくない。絶対に」
「……ごめんなさい」

 眼を伏せて謝る彼女は過去に数回だけ叱った時のままだった。相変わらず素直に自分のやった事を理解している。
 そんな彼女にオレはもう怒っていない事を教える様に頭を撫でてあげた。

「優しいのは君の長所だけど、直感的に動く前に少し考えるんだ。いいね?」

 優しく撫でるオレにリンカは頷く。オレはそんな彼女にいつものように笑った。





「なんだ、普通に兄貴やってんじゃん」

 ケイはリンカの行動を叱るケンゴを見て、名倉の言っていた事を思い出す。

“部下からも学ぶ時はあります。見落とさぬ様に”

「……そうだな」

 怒るのではなく叱る事も必要だ。ケイは先を歩く者として、リョウに言葉を伝えるべく道場から出る。
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