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69 交渉
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暫く続いたピリピリとする沈黙を破ったのはフェルナンドであった。
「全く、お前はこうと決めたら頑固だと言う事はわかっているけれどね。交渉と言うのはもっと上手くやる物だよテオドール」
フェルナンドは鋭い雰囲気を散らし、まるで出来の悪い生徒を見る様にテオドールに優しく諭した。
変わった事は変わったがそれはまだまだ成長過程であり、本格的なやり取りとなればボロが出るのは当たり前だった。
いきなり王族らしい狡賢さを身に付けろと言われても、テオドールにその素地は無い。今は漸く新地に植えた若木から新芽が生え始めた程度の物で、それが1日やそこらで成長出来るはずもないのだ。
それでも成長したと言えるのだが、フェルナンドやシルフィアからすればまだまだ足元にも及ばない。
「姫君との婚姻の話を無かった事にしたとして、我々のメリットはあるかい? 死にかけているフェリチアーノ君に、それ程の価値があるのかな?」
一介の、それも領地も返上し今や爵位しか持たないフェリチアーノに、王族から見れば価値が無いのは当然の事だ。
後ろ盾もなければ、今あるとすれば厄介事を撒き散らす家族ぐらいのもので、フェリチアーノに差し出せる物など存在しない。突き付けられる現実にフェリチアーノは僅かに眉を寄せ、悔しげに口内を噛んだ。だがこれぐらいの嘲りなどで逃げ出す事は出来ない。
下を向きそうになるのをフェリチアーノは必死に堪え、テオドールに視線を向ければ力強く頷かれる。
「これを見てください。美しいでしょう?」
テオドールに手を取られ、フェルナンドとシルフィアに見える様に差し出される。二人はその様子を訝しげにしながら見た。
「それが何だと言うのテオドール」
「このブレスレットは魔術師リンドベル・カーネンが、フェリチアーノ個人の為に造り上げた物です。彼は俺の友人ですが、フェリチアーノとも友人となりました。これでも価値がないと?」
リンドベルの名前を出した途端、目を見開いたフェルナンドとシルフィアは未だ差し出されたままになっているフェリチアーノの手首を飾るブレスレットを凝視した。
「協定の為の婚姻の話を白紙にし、尚且つ俺達を認めてくれるならば、リンドベルは俺達二人の為に協力は惜しまない……そう言っています」
「あのリンドベルが…」
フェルナンドは口元に手を当て、思案し始める。人嫌いで有名なリンドベルは、どこの国にも属さず各国を転々と渡り歩いていて、そもそもが連絡を取り付ける事すら難しい。
その腕は魔術師達の中でも突出しているが、どの魔術師よりも欲が無く、気まぐれだ。どの国も取り込もうと必死だが、リンドベルはそれに頷く事は無かった。
そして昔ならいざ知らず今ではいくら金銭を積み上げようともリンドベル自身が興味のある物か、または何かしらの事情がない限り魔道具を作る事は無い。その為付加価値が存分についており、リンドベルの魔道具はどの国の王族も貴族も喉から手が出る程欲しがる物だ。
フェルナンドはテオドールがリンドベルと親しくしている事は知っていたが、リンドベルに出した依頼はことごとく断られていたし、テオドールに繋ぎを頼んでも友人に無理強いはできないからと断られていた。
だがここに来てテオドールはその意志を曲げ、リンドベルに協力を願い、そしてリンドベルはそれを受け入れた。これがどれほどの利益を国に齎すか。
考え込むフェルナンドに、テオドールはこれでも交渉材料に足りなかったのかと内心焦っていた。
リンドベルと親しくなってからと言うもの、事ある毎にサライアスやフェルナンドから繋ぎを頼まれていた為、友人を交渉の材料にするのは躊躇われたがこれ以上の材料は無いと、この場で出せる手札を切ったのだ。
テオドールの考えでは、この話にすぐにでもフェルナンドが両手を上げて喜び、協定による婚姻の話を取り消してくれると思っていたのだが、難しい顔をしながら黙り込んだままのフェルナンドを見て、失敗した可能性に不安が大きくなる。
「あの、宜しいでしょうか」
そんなテオドールの不安を感じ取ったフェリチアーノは、意を決して声を出す。
「リンドベル様は、もし私達の望みを聞いていただけるのであれば、この国に定住しても良いと言っています」
「は?定住だって??」
「は、はい、そのように言ってました。そうですよねテオドール様」
「リンドベル自身からの提案です。それに関して書面にし、既にリンドベルからサインも貰っていますが……これでも足りないですか?」
「いやいや、待て待て待て!」
言葉を止められ不安そうに顔を見合わせ合うテオドールとフェリチアーノに、フェルナンドは頭を抱えたくなってしまった。
「母上、私は頭が痛いです」
「まぁフェルナンド、私も同感ですよ」
呆れ返ったような疲れた表情をするフェルナンドとシルフィアは、あまりの出来事に脱力し姿勢を崩して椅子にもたれた。
「君達はまだまだ子供過ぎる。王族、貴族とはとても思えない程だよ」
「えぇ全くですよ。貴方達はことの重大さをまるでわかっていないわ」
「やはりダメですか…」
「いやその逆だ、リンドベルに協力を取り付けている時点でお前の勝ちだよテオドール」
未だによくわかっていないと言った風のテオドールとフェリチアーノを見て、フェルナンドもシルフィアも苦笑するしかなかった。
「全く、お前はこうと決めたら頑固だと言う事はわかっているけれどね。交渉と言うのはもっと上手くやる物だよテオドール」
フェルナンドは鋭い雰囲気を散らし、まるで出来の悪い生徒を見る様にテオドールに優しく諭した。
変わった事は変わったがそれはまだまだ成長過程であり、本格的なやり取りとなればボロが出るのは当たり前だった。
いきなり王族らしい狡賢さを身に付けろと言われても、テオドールにその素地は無い。今は漸く新地に植えた若木から新芽が生え始めた程度の物で、それが1日やそこらで成長出来るはずもないのだ。
それでも成長したと言えるのだが、フェルナンドやシルフィアからすればまだまだ足元にも及ばない。
「姫君との婚姻の話を無かった事にしたとして、我々のメリットはあるかい? 死にかけているフェリチアーノ君に、それ程の価値があるのかな?」
一介の、それも領地も返上し今や爵位しか持たないフェリチアーノに、王族から見れば価値が無いのは当然の事だ。
後ろ盾もなければ、今あるとすれば厄介事を撒き散らす家族ぐらいのもので、フェリチアーノに差し出せる物など存在しない。突き付けられる現実にフェリチアーノは僅かに眉を寄せ、悔しげに口内を噛んだ。だがこれぐらいの嘲りなどで逃げ出す事は出来ない。
下を向きそうになるのをフェリチアーノは必死に堪え、テオドールに視線を向ければ力強く頷かれる。
「これを見てください。美しいでしょう?」
テオドールに手を取られ、フェルナンドとシルフィアに見える様に差し出される。二人はその様子を訝しげにしながら見た。
「それが何だと言うのテオドール」
「このブレスレットは魔術師リンドベル・カーネンが、フェリチアーノ個人の為に造り上げた物です。彼は俺の友人ですが、フェリチアーノとも友人となりました。これでも価値がないと?」
リンドベルの名前を出した途端、目を見開いたフェルナンドとシルフィアは未だ差し出されたままになっているフェリチアーノの手首を飾るブレスレットを凝視した。
「協定の為の婚姻の話を白紙にし、尚且つ俺達を認めてくれるならば、リンドベルは俺達二人の為に協力は惜しまない……そう言っています」
「あのリンドベルが…」
フェルナンドは口元に手を当て、思案し始める。人嫌いで有名なリンドベルは、どこの国にも属さず各国を転々と渡り歩いていて、そもそもが連絡を取り付ける事すら難しい。
その腕は魔術師達の中でも突出しているが、どの魔術師よりも欲が無く、気まぐれだ。どの国も取り込もうと必死だが、リンドベルはそれに頷く事は無かった。
そして昔ならいざ知らず今ではいくら金銭を積み上げようともリンドベル自身が興味のある物か、または何かしらの事情がない限り魔道具を作る事は無い。その為付加価値が存分についており、リンドベルの魔道具はどの国の王族も貴族も喉から手が出る程欲しがる物だ。
フェルナンドはテオドールがリンドベルと親しくしている事は知っていたが、リンドベルに出した依頼はことごとく断られていたし、テオドールに繋ぎを頼んでも友人に無理強いはできないからと断られていた。
だがここに来てテオドールはその意志を曲げ、リンドベルに協力を願い、そしてリンドベルはそれを受け入れた。これがどれほどの利益を国に齎すか。
考え込むフェルナンドに、テオドールはこれでも交渉材料に足りなかったのかと内心焦っていた。
リンドベルと親しくなってからと言うもの、事ある毎にサライアスやフェルナンドから繋ぎを頼まれていた為、友人を交渉の材料にするのは躊躇われたがこれ以上の材料は無いと、この場で出せる手札を切ったのだ。
テオドールの考えでは、この話にすぐにでもフェルナンドが両手を上げて喜び、協定による婚姻の話を取り消してくれると思っていたのだが、難しい顔をしながら黙り込んだままのフェルナンドを見て、失敗した可能性に不安が大きくなる。
「あの、宜しいでしょうか」
そんなテオドールの不安を感じ取ったフェリチアーノは、意を決して声を出す。
「リンドベル様は、もし私達の望みを聞いていただけるのであれば、この国に定住しても良いと言っています」
「は?定住だって??」
「は、はい、そのように言ってました。そうですよねテオドール様」
「リンドベル自身からの提案です。それに関して書面にし、既にリンドベルからサインも貰っていますが……これでも足りないですか?」
「いやいや、待て待て待て!」
言葉を止められ不安そうに顔を見合わせ合うテオドールとフェリチアーノに、フェルナンドは頭を抱えたくなってしまった。
「母上、私は頭が痛いです」
「まぁフェルナンド、私も同感ですよ」
呆れ返ったような疲れた表情をするフェルナンドとシルフィアは、あまりの出来事に脱力し姿勢を崩して椅子にもたれた。
「君達はまだまだ子供過ぎる。王族、貴族とはとても思えない程だよ」
「えぇ全くですよ。貴方達はことの重大さをまるでわかっていないわ」
「やはりダメですか…」
「いやその逆だ、リンドベルに協力を取り付けている時点でお前の勝ちだよテオドール」
未だによくわかっていないと言った風のテオドールとフェリチアーノを見て、フェルナンドもシルフィアも苦笑するしかなかった。
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