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68 王太子と王妃

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 グレイス邸から久々に外に出たフェリチアーノは馬車の中、隣で朝から何度目かわからない重たい溜息を吐いたテオドールを申し訳さなさそうに見ていた。
 本来であれば自身の家族の事だ、自分自身の手で何かしらの対処をしなければならないと言うのに、実際には王族を巻き込んでしまっているというとんでもない事態にフェリチアーノ自身頭を抱えたくなっていた。
 王子であるテオドールが恋人なのだから多少なりとも仕方が無い、とはどうしても思えない部分でもある。

「ごめんなさいテオ、僕が早めに家族を切り捨ててればこんな事には……」
「フェリのせいじゃないよ。それに制裁を加えたいのは俺の我儘でもある。何度も言うけど、俺はどうしても彼等が普通に裁かれる事に納得がいかないんだ。今までフェリを虐げるだけ虐げて、殺そうとまでするなんて許せるわけが無いだろう? それともそんな事を考える俺は嫌?」

 フェリチアーノはその問いに緩く頭を横に振った。嫌なわけがなかった。自身の為に明確な怒りを露わにし、制裁を下す決断をしているのだ。
 あの優しいテオドールを変えたのは紛れもなく自分なのだと、フェリチアーノの少しばかり歪んだ独占欲が満たされ、不謹慎だと思いながらもそれが嬉しかった。
 返事の代わりに隣に座るテオドールに体を預け、手を絡ませる様に握った。



 王太子フェルナンドと王妃シルフィアは、改めて見たテオドールの変わり様に驚いていた。
 フェリチアーノとの仲の良さに拍車が掛かっている事もそうだが、何よりも今まで子犬の様に家族へ愛嬌を振り撒いていたテオドールが、今ではフェルナンドを警戒し睨みを効かせているのだ。
 フェルナンドからすればまだまだ強がる子犬の域を出ないそれだが、確実に変わったテオドールの変化にサライアス同様、フェリチアーノの教材振りに大いに満足していた。

「それで、テオドールは何をお願いに来たのかしら?」

 にこにことしながらも、威圧感を感じる笑みにフェリチアーノは姿勢を思わず正し、自身の手を硬く握りしめた。

「お願い、と言うより相談です。フェリチアーノの家族に制裁を加えたいのですが、俺達ではどうすれば良いか考えつきません。ミリア姉上から二人に助言を貰えと言われたので聞きに来ました」
「制裁ねぇ……フェリチアーノさんが大変だと言う事は聞いていますよ。でも何故私達が助言をしなければならないのかしら?」
「母上の言う通りだよテオドール。ごっこ遊びじゃ無くなったとしても、たかが期限付きの恋人だ。お前には隣国の姫との婚約も控えているんだよ? そんなお前が婚約前とは言え、恋人の家族に制裁を加えたいと言うのは、立場的に褒められた物ではない事ぐらいわかるだろう?」

 フェルナンドの言葉にグッと眉根を寄せたテオドールだったが、ここで感情のままに反論するのは得策では無いと深呼吸をして自身を落ち着かせた。

「まだ顔合わせすらしてない状態の未来の婚約者より、今隣にいるフェリチアーノの方が大事ですので。そのお話も、お断りします。」
「テオドール、貴方何を言っているのかわかっているのですか? これは個人の問題では無く国同士の協定の為の婚姻ですよ?」
「母上の言う通りだよテオドール。まさかこんな男に籠絡されたのかい? お前はそこまで考えなしな愚か者だったと言うのか」

 フェルナンドとシルフィアの雰囲気ががらりと変わり、室内の温度が一気に下がる。二人の顔は笑みを浮かべたままだと言うのに威圧さが更に増していて、そこにはテオドールの親としてではなく、国を治める王太子と王妃の顔に切り替わった事がわかる。

「その協定の為に、俺が婚姻を結ばなければいけないとは思いません。それが敵国であったり、条約であるならわかりますが……そこまでの物でもないでしょう?」
「ほう? 言うじゃないかテオドール。だがもしそうだったとしても、既に両国で話はついている事だよ」
「口約束だったと聞きましたが? であれば尚の事、俺はお断りです」

 はっきりとフェルナンドを強い意志を持って見据え言い切るテオドールを、フェルナンドもシルフィアも目を細めじっと見つめた。
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