上 下
217 / 321

216.嫌われてなかった ※微?

しおりを挟む
 嫌われたと思った。もうセティに捨てられちゃう、要らない子だと思ったら声が出なくなった。喉の奥に詰まった声、胸が締め付けられるように痛くて、真っ白になる。息をするのも苦しいほど怖かった。でも僕は汚れてないと言ってもらえた。抱きしめてくれる、だから大丈夫だよね。

 鼻を啜って尋ねる。

「名前、呼ぶ?」

 セティが付けてくれた名前だから。セティが呼ばなくなったら、僕の名前は消えちゃう。

「呼ぶさ、いつでもイシスと一緒にいたい。愛してる、だからオレを呼べ」

 僕が呼んだら、セティも呼んでくれるの? だったらいつでも呼ぶ。瞬きの間に移動して、セティはテントを用意した。当たり前みたいに僕の布団とセティの布団を用意する。火をつけて準備するセティの後ろをついて歩いて、ずっと裾を摘まんでいた。

 セティが離れようとしたら指は外れちゃうくらいの強さ、でもセティは距離を見ながら近くにいてくれた。歩いて離れる時は、僕の手を握る。愛してるの意味は分からない。今の僕にとって、この手が離れないことが大切だった。

 戻ってきたフェルが肉を転がす。大きな毛皮の付いた動物は4本脚で、頭が2つあって、角が生えていた。初めて見るけど、これ、何? しゃがんだ僕に、フェルがくーんと鼻を鳴らす。

 大きいのに、トムみたいに甘えん坊だ。両手を伸ばしてフェルの頭を撫でた。届きやすいようにぺたんとしてくれる。たくさん撫でて振り返ると、セティが手の届く距離にいた。

「セティ、フェルも一緒でいい?」

「お呪いだけは2人だぞ。仲直りしてから寝ような」

「うん!」

 一緒にご飯食べて、フェルも隣で寝ていい。フェルが手伝って、セティがナイフで肉から皮を剥がす。いつもはお父さんが簡単そうにやってたけど、見てると大変そう。時々汗を拭きながらセティは作業を終えた。汚れた手を浄化で綺麗にして、ついでにフェルも綺麗にしてもらう。一緒に寝るのに、血が付いてると汚れちゃうからだって。

 フェルが獲ってきた鹿は頭が2つある。絵本で見た鹿は1つだった。珍しい種類みたいで、肉が美味しいんだと教えてもらう。並んでお肉を叩いて柔らかくしてから、セティが太い串に刺した。塊を焼きながら切って食べるのは初めてだ。

「熱いから気を付けろ」

 そういうのに、ちゃんと冷ましてパンに挟んでくれる。お礼を言って齧る僕の横で、生の肉をフェルが勢いよく齧った。音をさせながら食べるフェルの口の周りはまた汚れている。後でちゃんと拭かないといけないね。ご飯が終わったら、フェルはふらりと立ち上がって走った。

「気の利く奴だな」

 セティの言葉の意味が分からないけど、僕はセティの膝に座る。後ろから抱っこされると安心するし、暖かかった。テントに入って、たくさんキスをする。首や胸にも噛みつかれて、今日は足の付け根も噛まれた。ちょっと痛いのに、嫌じゃない。

「もっと……」

「煽るな、痛い思いするぞ」

 セティが脅すみたいに言うけど、その目は優しくて口元は笑ってて……ちっとも怖くない。だから両手を伸ばして、僕はいっぱい好きだと繰り返した。そのたびにキスが返ってきて、嬉しくて涙が出る。疲れて動けなくなる頃、ようやくフェルが帰ってきた。テントの中に鼻先を入れて、くーんと甘える。

「外で寝るか」

 セティの提案で、焚火の側でフェルと寝ることにした。セティに抱っこされて、その周りをフェルがぐるりと巻く。時々火がぱちんと音を立てる森は静かで……見上げたら葉っぱの間から空が見えた。覚えているのはその辺まで、いつの間にか眠ってたみたい。セティに嫌われなくて良かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

セーリオ様の祝福

あこ
BL
不器用で、真面目だと言われるけれど融通が効かないだけ。自分をそう評する第一王子マチアス。 幼い頃幼馴染とふたりで机を並べ勉強をしていた時、「将来どのように生きていくか、今から考えておくことも大切です」と家庭教師に問われた。 幼馴染カナメは真面目な顔で「どこかの婿養子にしてもらうか、男爵位をもらって生きていきたいです」と言って家庭教師とマチアスを笑わせた。 今もカナメは変わらない。そんなカナメが眩しくて可愛い。けれど不器用で融通が効かないマチアスはグッと我慢するのである。 ✔︎ 美形第一王子×美人幼馴染 ✔︎ 真面目で自分にも他人にも厳しい王子様(を目指して書いてます) ✔︎ 外見に似合わない泣き虫怖がり、中身は平凡な受け ✔︎ 美丈夫が服着て歩けばこんな人の第一王子様は、婚約者を(仮にそう見えなくても)大変愛しています。 ✔︎ 美人でちょっと無口なクールビューティ(擬態)婚約者は、心許す人の前では怖がり虫と泣き虫が爆発する時があります。 🗣️『密着!カナメ様の学園生活』連載中。 ➡︎ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。 ➡︎ 婚約式後設定には『✿』が付いています。 🔺ATTENTION🔺 【「セーリオ様」「カムヴィ様」共通の話 】 こちらに入っているものは『セーリオ様の祝福』と『セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り』の両設定共通の話です。 【 感想欄のネタバレフィルター 】 『密着!カナメ様の学園生活』に関しては3話目以降に関するものについてはどのようなコメントであっても、ネタバレフィルターを使用します。 また、読み切り短編に対していただいたコメントは基本的にネタバレフィルターを使用しません。ご留意ください。 【 『運命なんて要らない』とのクロスオーバー 】 こちらで更新する『運命なんて要らない』のキャラクターが登場する話に関しては、『セーリオ様の祝福』及び『セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り』どちらの設定でも存在する共通の話として書いております。ご留意ください。 また、クロスオーバー先の話を未読でも問題ないように書いております。 一応、『運命なんて要らない』の登場人物は『セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り』には登場しているのですが、このようになっています。 ➡︎『運命なんて要らない』の舞台であるハミギャ国の第二王子であるアーロンはマチアスの友人です。出会ってからずっといわゆる文通をしています。 ➡︎アーロンの婚約者はノアという同じ歳の男の子です。精霊になんだか愛されています。

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~

てんつぶ
BL
「異世界……縁結び結婚相談所?」 仕事帰りに力なく見上げたそこには、そんなおかしな看板が出ていた。 フラフラと中に入ると、そこにいた自称「神様」が俺を運命の相手がいるという異世界へと飛ばしたのだ。 銀髪のテイルと赤毛のシヴァン。 愛を司るという神様は、世界を超えた先にある運命の相手と出会わせる。 それにより神の力が高まるのだという。そして彼らの目的の先にあるものは――。 オムニバス形式で進む物語。六組のカップルと神様たちのお話です。 イラスト:imooo様 【二日に一回0時更新】 手元のデータは完結済みです。 ・・・・・・・・・・・・・・ ※以下、各CPのネタバレあらすじです ①竜人✕社畜   異世界へと飛ばされた先では奴隷商人に捕まって――? ②魔人✕学生   日本のようで日本と違う、魔物と魔人が現われるようになった世界で、平凡な「僕」がアイドルにならないと死ぬ!? ③王子・魔王✕平凡学生  召喚された先では王子サマに愛される。魔王を倒すべく王子と旅をするけれど、愛されている喜びと一緒にどこか心に穴が開いているのは何故――? 総愛されの3P。 ④獣人✕社会人 案内された世界にいたのは、ぐうたら亭主の見本のようなライオン獣人のレイ。顔が獣だけど身体は人間と同じ。気の良い町の人たちと、和風ファンタジーな世界を謳歌していると――? ⑤神様✕○○ テイルとシヴァン。この話のナビゲーターであり中心人物。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

処理中です...