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49.月夜の訪問者(SIDEセティ)
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*****SIDE セティ
眠ったイシスに念入りに魔法を重ね掛けする。音を消し、眠りを深くし、保護の結界を数枚。それでも心配なので、長い黒髪を使ったお守りも手首に巻いた。外へ出ると虫の声がぴたりと止む。
「殺気が駄々洩れだ」
虫や鳥は敏感だ。夜なので虫の声だけだが、夜行性の獣も散って逃げただろう。左に2人、右に1人、後方に1人か。思ったより数が少ない。
2つある月は両方とも欠けていた。上下に満ち欠けする月は、青と黄色の光を降らせた。青い月は古代神を、黄色い月は自然神を示す。合わさって緑を濃くした森の木々は、沈黙を守った。
葉を揺らす音はなかった。だが左から突き出されたナイフを叩き落とし、腕をつかんで投げ飛ばす。ついでに腕をひねって折った。苦痛の悲鳴を上げないところを見ると、何らかの魔法を使ったか。顔をしかめて起き上がった黒服の男を見て、納得した。
「声帯をつぶしたか」
これなら不用意に声を上げる心配はない。暗殺に特化した集団のようだ。遠慮も容赦も不要だと判断し、オレは口角を持ち上げた。赤毛の親子を殺せ――命じれらた獲物の情報はその程度だろう。目印になる絵本を抱えて歩くことをイシスに許したのは、彼らを呼び寄せるためだ。
先に手を出してもらわなければ、大義名分が立たない。利き腕を折られた仲間を見捨て、右側の男が魔法陣を使う。本来は大した魔力を持たない男だが、増幅の魔法陣によって炎は大きく膨らんだ。叩きつける動きに、オレは手を広げてかざした。振り抜いて投げるはずの手が止まれば、炎は男自身を焼き尽くす。
悲鳴を上げることもなく身を捩って転がる男が、ぐったりと動かなくなった。後ろから飛んできた矢を指先で掴んで折る。結界があるので迎撃しなくても構わないが、折角の獲物だ。プロである男達の心を絶望で染めるには、圧倒的な実力差を見せつけるのが早い。
一歩も動かず、2人を戦闘不能にした。後ろの矢は複数本飛んできたが、それも折った。次の手は左の男か? 目の前で痛みにのたうつ男だろうか。どちらでも構わない。
後ろの男が弓を捨て、ナイフを手にぐるりと回り込む。イシスの眠るテントへ近づこうとするが、手前で透明の壁に阻まれた。ナイフの柄や刃を叩きつけて破ろうとするが……。
「オレの結界を破れるわけないが、不愉快だ」
破壊に特化した能力だが、守るための力も持っている。他の神々の加護がある武器を弾くくらい、造作もなかった。男が持つナイフに込められた加護は、アトゥム神殿のものだ。
「アトゥム、邪魔するなら殺すぞ」
空中へ向けて警告した。どうせ周辺で見ているはずだ。その予想は当たった。ふわりと空中に姿を見せたアトゥム神は、黄金の前髪を弄りながら迷惑そうに呟く。
「僕の差し金じゃないのに」
「お前の信徒だろ」
同じだと切り捨てる。溜め息をついたアトゥムは、ひらりと手を振って暗殺者を消した。文字通り彼らの姿も気配もなくなる。豊穣の神殿に相応しくない暗殺者を、世界から抹殺した神は肩を竦めて笑った。
「ああいうの、大っ嫌い」
神託で告げればよいものを。人間に対しては良い顔しか見せないアトゥムは、ひらりと舞い降りた。
「ねえ、あの国を亡ぼすの?」
タイフォーンを祀る国は意外と多いが、大神殿があるウーラノス国のことだろう。洞窟の神殿があったティターン国はイシスの故郷で、ウーラノスの属国だった。どちらを示しているのか曖昧な問いに、オレは肩を竦める。
「言ったはずだぞ、オレに信徒は不要と」
眠ったイシスに念入りに魔法を重ね掛けする。音を消し、眠りを深くし、保護の結界を数枚。それでも心配なので、長い黒髪を使ったお守りも手首に巻いた。外へ出ると虫の声がぴたりと止む。
「殺気が駄々洩れだ」
虫や鳥は敏感だ。夜なので虫の声だけだが、夜行性の獣も散って逃げただろう。左に2人、右に1人、後方に1人か。思ったより数が少ない。
2つある月は両方とも欠けていた。上下に満ち欠けする月は、青と黄色の光を降らせた。青い月は古代神を、黄色い月は自然神を示す。合わさって緑を濃くした森の木々は、沈黙を守った。
葉を揺らす音はなかった。だが左から突き出されたナイフを叩き落とし、腕をつかんで投げ飛ばす。ついでに腕をひねって折った。苦痛の悲鳴を上げないところを見ると、何らかの魔法を使ったか。顔をしかめて起き上がった黒服の男を見て、納得した。
「声帯をつぶしたか」
これなら不用意に声を上げる心配はない。暗殺に特化した集団のようだ。遠慮も容赦も不要だと判断し、オレは口角を持ち上げた。赤毛の親子を殺せ――命じれらた獲物の情報はその程度だろう。目印になる絵本を抱えて歩くことをイシスに許したのは、彼らを呼び寄せるためだ。
先に手を出してもらわなければ、大義名分が立たない。利き腕を折られた仲間を見捨て、右側の男が魔法陣を使う。本来は大した魔力を持たない男だが、増幅の魔法陣によって炎は大きく膨らんだ。叩きつける動きに、オレは手を広げてかざした。振り抜いて投げるはずの手が止まれば、炎は男自身を焼き尽くす。
悲鳴を上げることもなく身を捩って転がる男が、ぐったりと動かなくなった。後ろから飛んできた矢を指先で掴んで折る。結界があるので迎撃しなくても構わないが、折角の獲物だ。プロである男達の心を絶望で染めるには、圧倒的な実力差を見せつけるのが早い。
一歩も動かず、2人を戦闘不能にした。後ろの矢は複数本飛んできたが、それも折った。次の手は左の男か? 目の前で痛みにのたうつ男だろうか。どちらでも構わない。
後ろの男が弓を捨て、ナイフを手にぐるりと回り込む。イシスの眠るテントへ近づこうとするが、手前で透明の壁に阻まれた。ナイフの柄や刃を叩きつけて破ろうとするが……。
「オレの結界を破れるわけないが、不愉快だ」
破壊に特化した能力だが、守るための力も持っている。他の神々の加護がある武器を弾くくらい、造作もなかった。男が持つナイフに込められた加護は、アトゥム神殿のものだ。
「アトゥム、邪魔するなら殺すぞ」
空中へ向けて警告した。どうせ周辺で見ているはずだ。その予想は当たった。ふわりと空中に姿を見せたアトゥム神は、黄金の前髪を弄りながら迷惑そうに呟く。
「僕の差し金じゃないのに」
「お前の信徒だろ」
同じだと切り捨てる。溜め息をついたアトゥムは、ひらりと手を振って暗殺者を消した。文字通り彼らの姿も気配もなくなる。豊穣の神殿に相応しくない暗殺者を、世界から抹殺した神は肩を竦めて笑った。
「ああいうの、大っ嫌い」
神託で告げればよいものを。人間に対しては良い顔しか見せないアトゥムは、ひらりと舞い降りた。
「ねえ、あの国を亡ぼすの?」
タイフォーンを祀る国は意外と多いが、大神殿があるウーラノス国のことだろう。洞窟の神殿があったティターン国はイシスの故郷で、ウーラノスの属国だった。どちらを示しているのか曖昧な問いに、オレは肩を竦める。
「言ったはずだぞ、オレに信徒は不要と」
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