34 / 56
シウマイ弁当に卵焼き
シウマイ弁当と卵焼き(12)
しおりを挟む
「あの子にね。暴行を加えるつもりなんてなかったんだ」
母親は、当初、実家に電話し、アパートの住所を伝えて先輩を引き取りに行ってもらうつもりだった。そして自分は要件だけを伝え、姿を消す。そう言う算段であった。
しかし、その算段は脆くも崩れ去る。
電話に出たのが両親ではなく妹であったから。
母親は驚いた。
妹がまだ両親と一緒に住んでいるかもとは思っていたが、記憶の中での妹は固定電話に出ることなんてなかったので大丈夫だろうと鷹を括っていた。
母親はその時知らなかった。
自分の両親が失踪して数年後に旅行先の事故で亡くなり、その後は妹と婚約者が住んでいたことに。
「もしもし?」
妹の声が電話の向こうから聞こえる。
電話越しなので少しトーンが変わっているが間違いようのない妹の声。
胸が懐かしさと愛おしさで掻きむしられる。
「もしもし・・どなたですか?」
妹の声からは明らかな不信感が溢れている。
「あ・・の・・」
母親は、声を振り絞るもそれ以上の言葉が出なかった。
電話が切られる。
悪戯か不審者と判断されたのだろう。
母親は、もう一度掛けようとて・・止めた。
そんな勇気は少しも湧いてこなかった。
しかし、あの時、少しでも勇気を振り絞っていて妹に連絡していれば事件は起きなかったであろう。
しかし、そんな事は起きなかった。
母親は、携帯をポケットにしまうとそのまま自分のアパートに向かった。
あの子を連れて警察に行こう。
事情を話して自分から引き剥がしてもらおう。
そうすれば警察から妹のもとに連絡が行くか施設に入れてもらうことが出来るかもしれない。
最悪、自分は育児放棄による虐待で逮捕されるかもしれない。
それでも構わない。
自分が与えることの出来ない愛情を誰かが与えてさえくれれば。
そう思い母親は、アパートに戻り、玄関を開けた。
何日かぶりに見た幼い先輩は酷く痩せていた。
よく慈善事業のCMで流れる子供達の方がまだ健康的なのではないかと思えるくらいに肌は黒く汚れ、肉もこそげ落とされたのではないかと思えるほどに痩せ細り、衣服もゴミ袋をそのまま着たのではないかと思えるほどにズタズタだ。
それでも先輩は、母親を見た瞬間に満面の笑みを浮かべ、筋肉のない足で駆け寄ってきたと言う。
その時、母親の胸に訪れたのは言いようのない愛しさだった。
可愛い。
抱きしめたい。
手放したくない、
そんな手前勝手な感情が幾つも溢れて心を埋め尽くす。
「ダメだ。このままじゃダメだ。このままじゃ私はこの子を手放さない。この子も私の元を離れることが出来ない。だから私は決めた。この子に生涯、恨まれようと」
恨め!
母親は、母親は胸中でそう叫び、愛おしい我が子の顔の左半分を蹴り付けた。
そこからはもう先輩の話しの通りであった。
酸素を供給する機械の音が虚しく居室を響く。
全てを話し終えた母親は苦しげに胸を上下させながら天井を見る。
目尻には涙の跡がくっきりと残っていた。
看取り人は、表情を変えずじっと母親を見つめる。
「あの子は・・・ちゃんと暮らせてるのかい?」
「はいっ。貴方の妹さんが愛情いっぱいかけてます」
「そうかい・・」
母親は、切長の目を細める。
「妹にも苦労かけたね」
母親は、看取り人を見る。
「あんたはあの子の彼氏かなんかかい?」
「違います」
「そこは嘘でもそうですと答えるんだよ。これから死ぬ人間を少しでも安心させな」
「これから死にゆく人だからこそ嘘はつきません」
看取り人は、澱みなく答える。
母親は、苦笑する。
「それじゃあ、嘘をつけないあんたに聞くよ。私のことをどう思った?」
看取り人の三白眼が僅かに揺れる。
「・・・最低だと思ってます」
パソコンの上に置かれた手を小さく握る。
「どんな理由があろうが、どれだけ先輩のことを愛していると口に出そうが、貴方のやったことは許されることではない。許されちゃいけない。貴方の罪が消えることは決してありません」
酸素チューブから息が漏れる。
母親の切長の目が大きく揺れ、悲しげに笑う。
「その通りだ」
その声は震え、掠れていた。
「だからこそ・・あの子には言わないで。私があの子を愛しているなんて間違っても言わないで」
母親は、天井に顔を向ける。
切長の目から涙が溢れ、シーツを濡らす。
「私を嫌って。私を憎んで。私を恨んで。貴方がもらえるはずだった幸せを、愛情を奪った私を・・」
枯れ木のような腕が敷布から出て空で動く。
まるで何かを撫でるように。
「あんたにお願いがある」
母親は、天井を向いたまま言う。
「・・なんでしょう?」
母親は、優しく優しく空を撫でる。
「一つは・・さっきも言ったように今話したことは絶対に伝えないで」
「・・分かりました」
「もう一つはね・・・」
母親は、息と涎を飲み込み、口を開く。
看取り人の目が大きく開く。
「それは・・・」
「私の最後の願いだ」
母親は、切長の目で看取り人を見る。
その弱々しい光を放つ目から強い願いが溢れていた。
「頼んだよ」
母親は、当初、実家に電話し、アパートの住所を伝えて先輩を引き取りに行ってもらうつもりだった。そして自分は要件だけを伝え、姿を消す。そう言う算段であった。
しかし、その算段は脆くも崩れ去る。
電話に出たのが両親ではなく妹であったから。
母親は驚いた。
妹がまだ両親と一緒に住んでいるかもとは思っていたが、記憶の中での妹は固定電話に出ることなんてなかったので大丈夫だろうと鷹を括っていた。
母親はその時知らなかった。
自分の両親が失踪して数年後に旅行先の事故で亡くなり、その後は妹と婚約者が住んでいたことに。
「もしもし?」
妹の声が電話の向こうから聞こえる。
電話越しなので少しトーンが変わっているが間違いようのない妹の声。
胸が懐かしさと愛おしさで掻きむしられる。
「もしもし・・どなたですか?」
妹の声からは明らかな不信感が溢れている。
「あ・・の・・」
母親は、声を振り絞るもそれ以上の言葉が出なかった。
電話が切られる。
悪戯か不審者と判断されたのだろう。
母親は、もう一度掛けようとて・・止めた。
そんな勇気は少しも湧いてこなかった。
しかし、あの時、少しでも勇気を振り絞っていて妹に連絡していれば事件は起きなかったであろう。
しかし、そんな事は起きなかった。
母親は、携帯をポケットにしまうとそのまま自分のアパートに向かった。
あの子を連れて警察に行こう。
事情を話して自分から引き剥がしてもらおう。
そうすれば警察から妹のもとに連絡が行くか施設に入れてもらうことが出来るかもしれない。
最悪、自分は育児放棄による虐待で逮捕されるかもしれない。
それでも構わない。
自分が与えることの出来ない愛情を誰かが与えてさえくれれば。
そう思い母親は、アパートに戻り、玄関を開けた。
何日かぶりに見た幼い先輩は酷く痩せていた。
よく慈善事業のCMで流れる子供達の方がまだ健康的なのではないかと思えるくらいに肌は黒く汚れ、肉もこそげ落とされたのではないかと思えるほどに痩せ細り、衣服もゴミ袋をそのまま着たのではないかと思えるほどにズタズタだ。
それでも先輩は、母親を見た瞬間に満面の笑みを浮かべ、筋肉のない足で駆け寄ってきたと言う。
その時、母親の胸に訪れたのは言いようのない愛しさだった。
可愛い。
抱きしめたい。
手放したくない、
そんな手前勝手な感情が幾つも溢れて心を埋め尽くす。
「ダメだ。このままじゃダメだ。このままじゃ私はこの子を手放さない。この子も私の元を離れることが出来ない。だから私は決めた。この子に生涯、恨まれようと」
恨め!
母親は、母親は胸中でそう叫び、愛おしい我が子の顔の左半分を蹴り付けた。
そこからはもう先輩の話しの通りであった。
酸素を供給する機械の音が虚しく居室を響く。
全てを話し終えた母親は苦しげに胸を上下させながら天井を見る。
目尻には涙の跡がくっきりと残っていた。
看取り人は、表情を変えずじっと母親を見つめる。
「あの子は・・・ちゃんと暮らせてるのかい?」
「はいっ。貴方の妹さんが愛情いっぱいかけてます」
「そうかい・・」
母親は、切長の目を細める。
「妹にも苦労かけたね」
母親は、看取り人を見る。
「あんたはあの子の彼氏かなんかかい?」
「違います」
「そこは嘘でもそうですと答えるんだよ。これから死ぬ人間を少しでも安心させな」
「これから死にゆく人だからこそ嘘はつきません」
看取り人は、澱みなく答える。
母親は、苦笑する。
「それじゃあ、嘘をつけないあんたに聞くよ。私のことをどう思った?」
看取り人の三白眼が僅かに揺れる。
「・・・最低だと思ってます」
パソコンの上に置かれた手を小さく握る。
「どんな理由があろうが、どれだけ先輩のことを愛していると口に出そうが、貴方のやったことは許されることではない。許されちゃいけない。貴方の罪が消えることは決してありません」
酸素チューブから息が漏れる。
母親の切長の目が大きく揺れ、悲しげに笑う。
「その通りだ」
その声は震え、掠れていた。
「だからこそ・・あの子には言わないで。私があの子を愛しているなんて間違っても言わないで」
母親は、天井に顔を向ける。
切長の目から涙が溢れ、シーツを濡らす。
「私を嫌って。私を憎んで。私を恨んで。貴方がもらえるはずだった幸せを、愛情を奪った私を・・」
枯れ木のような腕が敷布から出て空で動く。
まるで何かを撫でるように。
「あんたにお願いがある」
母親は、天井を向いたまま言う。
「・・なんでしょう?」
母親は、優しく優しく空を撫でる。
「一つは・・さっきも言ったように今話したことは絶対に伝えないで」
「・・分かりました」
「もう一つはね・・・」
母親は、息と涎を飲み込み、口を開く。
看取り人の目が大きく開く。
「それは・・・」
「私の最後の願いだ」
母親は、切長の目で看取り人を見る。
その弱々しい光を放つ目から強い願いが溢れていた。
「頼んだよ」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる