看取り人

織部

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シウマイ弁当に卵焼き

シウマイ弁当と卵焼き(12)

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「あの子にね。暴行を加えるつもりなんてなかったんだ」
 母親は、当初、実家に電話し、アパートの住所を伝えて先輩を引き取りに行ってもらうつもりだった。そして自分は要件だけを伝え、姿を消す。そう言う算段であった。
 しかし、その算段は脆くも崩れ去る。
 電話に出たのが両親ではなく妹であったから。
 母親は驚いた。
 妹がまだ両親と一緒に住んでいるかもとは思っていたが、記憶の中での妹は固定電話に出ることなんてなかったので大丈夫だろうと鷹を括っていた。
 母親はその時知らなかった。
 自分の両親が失踪して数年後に旅行先の事故で亡くなり、その後は妹と婚約者が住んでいたことに。
「もしもし?」
 妹の声が電話の向こうから聞こえる。
 電話越しなので少しトーンが変わっているが間違いようのない妹の声。
 胸が懐かしさと愛おしさで掻きむしられる。
「もしもし・・どなたですか?」
 妹の声からは明らかな不信感が溢れている。
「あ・・の・・」
 母親は、声を振り絞るもそれ以上の言葉が出なかった。
 電話が切られる。
 悪戯か不審者と判断されたのだろう。
 母親は、もう一度掛けようとて・・止めた。
 そんな勇気は少しも湧いてこなかった。
 しかし、あの時、少しでも勇気を振り絞っていて妹に連絡していれば事件は起きなかったであろう。
 しかし、そんな事は起きなかった。
 母親は、携帯をポケットにしまうとそのまま自分のアパートに向かった。
 あの子を連れて警察に行こう。
 事情を話して自分から引き剥がしてもらおう。
 そうすれば警察から妹のもとに連絡が行くか施設に入れてもらうことが出来るかもしれない。
 最悪、自分は育児放棄による虐待で逮捕されるかもしれない。
 それでも構わない。
 自分が与えることの出来ない愛情を誰かが与えてさえくれれば。
 そう思い母親は、アパートに戻り、玄関を開けた。
 何日かぶりに見た幼い先輩は酷く痩せていた。
 よく慈善事業のCMで流れる子供達の方がまだ健康的なのではないかと思えるくらいに肌は黒く汚れ、肉もこそげ落とされたのではないかと思えるほどに痩せ細り、衣服もゴミ袋をそのまま着たのではないかと思えるほどにズタズタだ。
 それでも先輩は、母親を見た瞬間に満面の笑みを浮かべ、筋肉のない足で駆け寄ってきたと言う。
 その時、母親の胸に訪れたのは言いようのない愛しさだった。
 可愛い。
 抱きしめたい。
 手放したくない、
 そんな手前勝手な感情が幾つも溢れて心を埋め尽くす。

「ダメだ。このままじゃダメだ。このままじゃ私はこの子を手放さない。この子も私の元を離れることが出来ない。だから私は決めた。この子に生涯、恨まれようと」

 恨め!
 母親は、母親は胸中でそう叫び、愛おしい我が子の顔の左半分を蹴り付けた。
 そこからはもう先輩の話しの通りであった。

 酸素を供給する機械の音が虚しく居室を響く。
 全てを話し終えた母親は苦しげに胸を上下させながら天井を見る。
 目尻には涙の跡がくっきりと残っていた。
 看取り人は、表情を変えずじっと母親を見つめる。
「あの子は・・・ちゃんと暮らせてるのかい?」
「はいっ。貴方の妹さんが愛情いっぱいかけてます」
「そうかい・・」
 母親は、切長の目を細める。
「妹にも苦労かけたね」
 母親は、看取り人を見る。
「あんたはあの子の彼氏かなんかかい?」
「違います」
「そこは嘘でもそうですと答えるんだよ。これから死ぬ人間を少しでも安心させな」
「これから死にゆく人だからこそ嘘はつきません」
 看取り人は、澱みなく答える。
 母親は、苦笑する。
「それじゃあ、嘘をつけないあんたに聞くよ。私のことをどう思った?」
 看取り人の三白眼が僅かに揺れる。
「・・・最低だと思ってます」
 パソコンの上に置かれた手を小さく握る。
「どんな理由があろうが、どれだけ先輩のことを愛していると口に出そうが、貴方のやったことは許されることではない。許されちゃいけない。貴方の罪が消えることは決してありません」
 酸素チューブから息が漏れる。
 母親の切長の目が大きく揺れ、悲しげに笑う。
「その通りだ」
 その声は震え、掠れていた。
「だからこそ・・あの子には言わないで。私があの子を愛しているなんて間違っても言わないで」
 母親は、天井に顔を向ける。
 切長の目から涙が溢れ、シーツを濡らす。
「私を嫌って。私を憎んで。私を恨んで。貴方がもらえるはずだった幸せを、愛情を奪った私を・・」
 枯れ木のような腕が敷布から出て空で動く。
 まるで何かを撫でるように。
「あんたにお願いがある」
 母親は、天井を向いたまま言う。
「・・なんでしょう?」
 母親は、優しく優しく空を撫でる。
「一つは・・さっきも言ったように今話したことは絶対に伝えないで」
「・・分かりました」
「もう一つはね・・・」
 母親は、息と涎を飲み込み、口を開く。
 看取り人の目が大きく開く。
「それは・・・」
「私の最後の願いだ」
 母親は、切長の目で看取り人を見る。
 その弱々しい光を放つ目から強い願いが溢れていた。
「頼んだよ」
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