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シウマイ弁当に卵焼き
シウマイ弁当と卵焼き(13)
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先輩は、直ぐに見つかった。
居室を出ると顔見知りのヘルパーが看取り人に声をかけてきて、金髪の女の子が泣いて動けなくなってるからヘルパールームで休ませていると言う。
ホスピスという日常よりも死に近い空間で働く人達は誰かが泣いているくらいでは動じない。その時の様子を見て必要な動きを的確に判断する。
だからこそヘルパーは、直ぐに声を掛けるのではなく、看取り人が出てくるのを待っていてくれたのだろう。
看取り人は、ヘルパーの配慮に感謝し、頭を下げるとヘルパールームに向かった。
先輩は、ヘルパールームの簡易的なソファに座って膝を抱えて泣きじゃくりながら震えていた。
その姿が見たこともない先輩の幼い時と重なる。
先輩は、言葉にこそ出さないがずっとそうやっていつ帰ってくるか分からない母親を待っていた。
待っていて・・・裏切られた。
看取り人は,表情を変えないまま唇を小さく噛む。
「先輩・・」
看取り人が声をかけると先輩の身体がびくっと震える。
顔を上げた先輩の顔は涙に濡れ、血の気が引いていた。
看取り人は、三白眼を顰め、ポケットからハンカチを取り出して先輩に渡す。
先輩は、ハンカチを切長の右目でじっと見る。
「・・、ママは?」
先輩は、ハンカチを受け取らないまま顔を上げる。
目に溜まった涙が器から零れるように頬を伝う。
「・・・・昏睡状態に入りました」
看取り人の言葉に先輩の右目が震える。
看取り人は、先輩の隣に座ると手に持ったハンカチで彼女の右目から零れる涙を優しく拭う。
先輩の目が大きく開き、血の気のなかった頬が少しだけ赤らむ。
「先輩・・僕と一緒にお母さんのところに行きましょう」
看取り人の言葉に先輩の目が大きく震えた。
胸がゆっくりと浅く上下する。
酸素チューブがタイヤの空気が抜けるような乾いた音を立て、浅く短い息が漏れる。
切長の両目が半開きのまま虚空を見つめ、口は洞穴のように開いて、白い苔の生えた舌が見え隠れしている。
逃げ出すように居室を飛び出してから30分も経っていないはずなのにそのあまりの変わりように母親の枕元側に立った先輩は呆然とする。
「この状態になったらもう長くはありません」
先輩の背後に立った看取り人は先輩の耳に届くくらいの小さな声で言う。
「もう喋ることは出来ません。見えてもいません」
先輩は、青くなった唇を噛む。
「もう先輩を罵ることもしなければ暴言を浴びせることは出来ません。手を上げることだって2度と出来ない」
先輩は、右手でスカートの裾をぎゅっと握りしめる。
「でも、耳は最後まで聞こえてます。先輩の声は届きます」
先輩は、きゅっと左目の眼帯を触る。
看取り人は、三白眼を細める。
「まだ・・・看取られますか?」
先輩の右目が大きく見開き、震える。
「お母さんは、先輩に看取られたいと思っていません。特に大嫌いな先輩には・・」
先輩は、眼帯に爪を立てる。
表面に薄いキズが出来る。
「それに先輩が看取らなければいけない価値がお母さんにあるとは僕は思えない。むしろ罵り、恨み言をぶつけてもいいと思ってます」
看取り人は、冷徹に言葉を紡いでいく。
先輩の指の爪が眼帯に食い込む。
真っ青な唇を皺が出るほどに噛み締める。
「先輩、無理する必要なんてないですよ。お母さんはもう話せません。貴方に恨みを言うこともなければ酷いことももう出来ません。死んだって先輩の枕元に立ったりしません。謝る必要も許しを乞う必要ももうないんです」
看取り人は、優しく先輩の肩に手を置く。
先輩の肩が小さく震える。
「先輩、帰りましょう。もう辛い思いをする必要なんてないんです。もう全部忘れて・・・」
「・・・けないで・・」
あまりにも小さい、そして氷の礫のように冷たい声が先輩の口から溢れる。
唇の皮膚が千切れ、血が滲んで紅く染まる。
左目の眼帯を虫を潰すように握りしめ、千切るように剥がす。
眼帯の下から現れたのは火傷したように赤く爛れた瞼、そして空洞のようにぽっかりと開いた収まるべき眼球のいない目であった。
赤く爛れた瞼は小さく痙攣し、呪詛の言葉を吐く亡者の口のように見えた。
「ふざけないで!」
先輩は、肩に置かれた看取り人の手を弾くと眼帯を握った左手を母親の胸にすとんっと落とした。
看取り人の目が大きく見開く。
母親は、変わらず浅く短い息をし続ける。
「なんで・・・なんで死ぬのよ・・・」
嗚咽と共に声が漏れる。
「私・・私・・まだママと何にも話してないよ」
先輩は、その場にしゃがみ込み、母親を包む敷布を握りしめる。
「ねえ、なんか言ってよ。私のこと嫌いでいいから・・罵ってくれていいから、殴ってくれていいから何か言ってよ!」
先輩は、必死に母親の身体を揺さぶる。
しかし、母親は半目を開け、短く呼吸をしたまま動かない。
先輩の切長の右目から涙が溢れ、左目が叫ぶように痙攣する。
「ママぁ。ママぁ」
先輩は、溺れるように嗚咽した。
「死なないでママぁ。大好きだよママぁ!」
先輩は、母親の胸に向かって必死に叫んだ。
「もう一度名前を呼んでよぉ。ママぁ!ママぁ!」
先輩は、泣き続けた。
いつまでも、いつまでも泣き続けた。
看取り人は、泣き崩れる先輩の小さな背中をじっと見続けた。
居室を出ると顔見知りのヘルパーが看取り人に声をかけてきて、金髪の女の子が泣いて動けなくなってるからヘルパールームで休ませていると言う。
ホスピスという日常よりも死に近い空間で働く人達は誰かが泣いているくらいでは動じない。その時の様子を見て必要な動きを的確に判断する。
だからこそヘルパーは、直ぐに声を掛けるのではなく、看取り人が出てくるのを待っていてくれたのだろう。
看取り人は、ヘルパーの配慮に感謝し、頭を下げるとヘルパールームに向かった。
先輩は、ヘルパールームの簡易的なソファに座って膝を抱えて泣きじゃくりながら震えていた。
その姿が見たこともない先輩の幼い時と重なる。
先輩は、言葉にこそ出さないがずっとそうやっていつ帰ってくるか分からない母親を待っていた。
待っていて・・・裏切られた。
看取り人は,表情を変えないまま唇を小さく噛む。
「先輩・・」
看取り人が声をかけると先輩の身体がびくっと震える。
顔を上げた先輩の顔は涙に濡れ、血の気が引いていた。
看取り人は、三白眼を顰め、ポケットからハンカチを取り出して先輩に渡す。
先輩は、ハンカチを切長の右目でじっと見る。
「・・、ママは?」
先輩は、ハンカチを受け取らないまま顔を上げる。
目に溜まった涙が器から零れるように頬を伝う。
「・・・・昏睡状態に入りました」
看取り人の言葉に先輩の右目が震える。
看取り人は、先輩の隣に座ると手に持ったハンカチで彼女の右目から零れる涙を優しく拭う。
先輩の目が大きく開き、血の気のなかった頬が少しだけ赤らむ。
「先輩・・僕と一緒にお母さんのところに行きましょう」
看取り人の言葉に先輩の目が大きく震えた。
胸がゆっくりと浅く上下する。
酸素チューブがタイヤの空気が抜けるような乾いた音を立て、浅く短い息が漏れる。
切長の両目が半開きのまま虚空を見つめ、口は洞穴のように開いて、白い苔の生えた舌が見え隠れしている。
逃げ出すように居室を飛び出してから30分も経っていないはずなのにそのあまりの変わりように母親の枕元側に立った先輩は呆然とする。
「この状態になったらもう長くはありません」
先輩の背後に立った看取り人は先輩の耳に届くくらいの小さな声で言う。
「もう喋ることは出来ません。見えてもいません」
先輩は、青くなった唇を噛む。
「もう先輩を罵ることもしなければ暴言を浴びせることは出来ません。手を上げることだって2度と出来ない」
先輩は、右手でスカートの裾をぎゅっと握りしめる。
「でも、耳は最後まで聞こえてます。先輩の声は届きます」
先輩は、きゅっと左目の眼帯を触る。
看取り人は、三白眼を細める。
「まだ・・・看取られますか?」
先輩の右目が大きく見開き、震える。
「お母さんは、先輩に看取られたいと思っていません。特に大嫌いな先輩には・・」
先輩は、眼帯に爪を立てる。
表面に薄いキズが出来る。
「それに先輩が看取らなければいけない価値がお母さんにあるとは僕は思えない。むしろ罵り、恨み言をぶつけてもいいと思ってます」
看取り人は、冷徹に言葉を紡いでいく。
先輩の指の爪が眼帯に食い込む。
真っ青な唇を皺が出るほどに噛み締める。
「先輩、無理する必要なんてないですよ。お母さんはもう話せません。貴方に恨みを言うこともなければ酷いことももう出来ません。死んだって先輩の枕元に立ったりしません。謝る必要も許しを乞う必要ももうないんです」
看取り人は、優しく先輩の肩に手を置く。
先輩の肩が小さく震える。
「先輩、帰りましょう。もう辛い思いをする必要なんてないんです。もう全部忘れて・・・」
「・・・けないで・・」
あまりにも小さい、そして氷の礫のように冷たい声が先輩の口から溢れる。
唇の皮膚が千切れ、血が滲んで紅く染まる。
左目の眼帯を虫を潰すように握りしめ、千切るように剥がす。
眼帯の下から現れたのは火傷したように赤く爛れた瞼、そして空洞のようにぽっかりと開いた収まるべき眼球のいない目であった。
赤く爛れた瞼は小さく痙攣し、呪詛の言葉を吐く亡者の口のように見えた。
「ふざけないで!」
先輩は、肩に置かれた看取り人の手を弾くと眼帯を握った左手を母親の胸にすとんっと落とした。
看取り人の目が大きく見開く。
母親は、変わらず浅く短い息をし続ける。
「なんで・・・なんで死ぬのよ・・・」
嗚咽と共に声が漏れる。
「私・・私・・まだママと何にも話してないよ」
先輩は、その場にしゃがみ込み、母親を包む敷布を握りしめる。
「ねえ、なんか言ってよ。私のこと嫌いでいいから・・罵ってくれていいから、殴ってくれていいから何か言ってよ!」
先輩は、必死に母親の身体を揺さぶる。
しかし、母親は半目を開け、短く呼吸をしたまま動かない。
先輩の切長の右目から涙が溢れ、左目が叫ぶように痙攣する。
「ママぁ。ママぁ」
先輩は、溺れるように嗚咽した。
「死なないでママぁ。大好きだよママぁ!」
先輩は、母親の胸に向かって必死に叫んだ。
「もう一度名前を呼んでよぉ。ママぁ!ママぁ!」
先輩は、泣き続けた。
いつまでも、いつまでも泣き続けた。
看取り人は、泣き崩れる先輩の小さな背中をじっと見続けた。
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