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7-1 わたしはあなたの side A
11 It cannot be said crime
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「さて、二人とも落ち着いたね」
にこ、と細めた紀美の色素の薄い目が、一瞬だけ緑に見えて、幻かと和音は瞬きする。
「で、ちゃんと自己紹介する気にはなってくれたかな?」
「……平良、珠紀」
呟くような珠紀の声に、うんうん、と紀美が頷く。
そして、またその指先を閃かせて、例のメダルをこちらに見せた。
「珠紀ちゃん、ね。キミが何を望んで、何のために、コレを使ったか。それは僕らには計り知れない話であるのだけれど、主目的はどっちで使ったんだい? それによって、こちらとしては出方を変えなくちゃいけない。正直に話してくれるかな」
「あの、どっちって、どういうことですか?」
和音の問いに柔らかな笑みを浮かべながら、紀美が口を開く。
「コレの、グラシャ・ラボラスの能力については言ったでしょう? そして、起きてる事象から逆算するなら、願ったことは二つに絞れる。血を流す事態をもって他者を害することか、友を望んだか。どちらがより、珠紀ちゃんの意思に則った結果か、ということだ」
「……わかってるんじゃ、ないの?」
棘を隠そうとしない声色が、我に返りつつある珠紀の口から出た。
紀美は余裕のありそうな笑顔のまま、それを肯定も否定もしない。
「どうして?」
「……あんたが言ったんじゃない。術者が望めば、友と敵に愛を催させるって」
「そうだね。僕が言った。ただ、それが本当かは、珠紀ちゃん、キミ自身に確認しなければわからない。どちらがより副次的効果か見極めなければ、叩き直さねばならないだけの性根の歪みを抱えているか、わからないからね」
ふう、とため息と共に紀美はきっぱりと言い切る。
「ああ、ここには嘘発見器みたいな人達がいるからね。嘘をついたら、より性根が歪んでると認識されるよ」
「……祐利奈が、あんな事になったのはいい気味だと思ったし、やってやったって思ったわ。でも、あれは偶然よ」
「……うん、嘘ではないね。珠紀ちゃん、キミは友達が欲しいだけで、あわよくば何らかの仕返しができそうなグラシャ・ラボラスを選んだ、ということかな」
珠紀と和音の背後に視線を向けた紀美は一つ頷いて、珠紀の言葉を受け入れた。
その紀美の言葉に、ぐっと言葉に詰まる様子を見せた珠紀の頬は、少し赤みを帯びている。
「だが、グラシャ・ラボラスは、流血と殺戮の権威者。それはどちらかといえば、術者が望めばの但し書きがつくものと比べれば、彼がいるだけで発動する自動的な権能と考えられる。今回は比較的制御権が確立できていたから、キミにとっての敵が対象になっただけで、もしかしたら和音ちゃんや関係のない誰かが対象になっていたかもしれない」
「そんな」
「何より、誰が対象だったとしても、その人が死んでいた可能性すらある。彼の権能は流血に留まらず、殺戮、すなわち数多の命を奪うこと。その危険性を、珠紀ちゃん、キミは重々に省みなくてはならないよ」
鉛のように重い事実を、軽やかな紀美の声色で突きつけられて、珠紀が押し黙る。
悪いことをした、というのは、わかっているのだろう。
「鋏や包丁、自動車が禁止されないように、道具に責任はなく、使用者に責任があるとするならば、呪いも、召喚魔法における精霊や悪魔も道具の側だ。使用者である珠紀ちゃん、キミは無差別殺人の責を負えるかい?」
「それは……」
「純粋な法律でいうならば、呪いの類によって殺した場合、それは当該行為から犯行が生じることを立証できないが故に裁けない。不能犯の中でも迷信犯とされるやつだ。よって司法でキミは裁かれない。だが、それでもキミの呪いで発生した事象は、キミの責任によるものだ」
そこで一度、紀美は淀みなかった言葉を区切り、そしてまた、珠紀をしっかりと見つめて、静かに口を開く。
「珠紀ちゃん、キミは、その重さを背負えるかな?」
にこ、と細めた紀美の色素の薄い目が、一瞬だけ緑に見えて、幻かと和音は瞬きする。
「で、ちゃんと自己紹介する気にはなってくれたかな?」
「……平良、珠紀」
呟くような珠紀の声に、うんうん、と紀美が頷く。
そして、またその指先を閃かせて、例のメダルをこちらに見せた。
「珠紀ちゃん、ね。キミが何を望んで、何のために、コレを使ったか。それは僕らには計り知れない話であるのだけれど、主目的はどっちで使ったんだい? それによって、こちらとしては出方を変えなくちゃいけない。正直に話してくれるかな」
「あの、どっちって、どういうことですか?」
和音の問いに柔らかな笑みを浮かべながら、紀美が口を開く。
「コレの、グラシャ・ラボラスの能力については言ったでしょう? そして、起きてる事象から逆算するなら、願ったことは二つに絞れる。血を流す事態をもって他者を害することか、友を望んだか。どちらがより、珠紀ちゃんの意思に則った結果か、ということだ」
「……わかってるんじゃ、ないの?」
棘を隠そうとしない声色が、我に返りつつある珠紀の口から出た。
紀美は余裕のありそうな笑顔のまま、それを肯定も否定もしない。
「どうして?」
「……あんたが言ったんじゃない。術者が望めば、友と敵に愛を催させるって」
「そうだね。僕が言った。ただ、それが本当かは、珠紀ちゃん、キミ自身に確認しなければわからない。どちらがより副次的効果か見極めなければ、叩き直さねばならないだけの性根の歪みを抱えているか、わからないからね」
ふう、とため息と共に紀美はきっぱりと言い切る。
「ああ、ここには嘘発見器みたいな人達がいるからね。嘘をついたら、より性根が歪んでると認識されるよ」
「……祐利奈が、あんな事になったのはいい気味だと思ったし、やってやったって思ったわ。でも、あれは偶然よ」
「……うん、嘘ではないね。珠紀ちゃん、キミは友達が欲しいだけで、あわよくば何らかの仕返しができそうなグラシャ・ラボラスを選んだ、ということかな」
珠紀と和音の背後に視線を向けた紀美は一つ頷いて、珠紀の言葉を受け入れた。
その紀美の言葉に、ぐっと言葉に詰まる様子を見せた珠紀の頬は、少し赤みを帯びている。
「だが、グラシャ・ラボラスは、流血と殺戮の権威者。それはどちらかといえば、術者が望めばの但し書きがつくものと比べれば、彼がいるだけで発動する自動的な権能と考えられる。今回は比較的制御権が確立できていたから、キミにとっての敵が対象になっただけで、もしかしたら和音ちゃんや関係のない誰かが対象になっていたかもしれない」
「そんな」
「何より、誰が対象だったとしても、その人が死んでいた可能性すらある。彼の権能は流血に留まらず、殺戮、すなわち数多の命を奪うこと。その危険性を、珠紀ちゃん、キミは重々に省みなくてはならないよ」
鉛のように重い事実を、軽やかな紀美の声色で突きつけられて、珠紀が押し黙る。
悪いことをした、というのは、わかっているのだろう。
「鋏や包丁、自動車が禁止されないように、道具に責任はなく、使用者に責任があるとするならば、呪いも、召喚魔法における精霊や悪魔も道具の側だ。使用者である珠紀ちゃん、キミは無差別殺人の責を負えるかい?」
「それは……」
「純粋な法律でいうならば、呪いの類によって殺した場合、それは当該行為から犯行が生じることを立証できないが故に裁けない。不能犯の中でも迷信犯とされるやつだ。よって司法でキミは裁かれない。だが、それでもキミの呪いで発生した事象は、キミの責任によるものだ」
そこで一度、紀美は淀みなかった言葉を区切り、そしてまた、珠紀をしっかりと見つめて、静かに口を開く。
「珠紀ちゃん、キミは、その重さを背負えるかな?」
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