怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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6-2 竜馬と松浦の姫 side B

8 泣く子と地頭には勝てぬ

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と、その流れで紀美きみが直接話させて、というのは紀美きみじかに話した方が、ロビンが話すより遥かに覚えることができるという前提を共有しているロビンとしては、まあ、至極当たり前ではあった。
だからこそ、勿論もちろん、追加の釘も刺したのだ。二、三回。

だというのに。
だというのに、な結果である。

「はあ……」
「……ロビンって絶対年取ってもカラスの足跡はできないけど、眉間のしわは深いですよね」

その言葉にロビンは、目つきが悪くなっている自覚があるままひろを見た。
正味、八分の一ぐらいはひろのせいな部分があるはずだ、きっと、たぶん。

「……なんか、中途半端な視線な気がする」

すでにロビンの目つきの悪さに慣れ切っているひろが、ぼそりとそうつぶやいた。
手の内をある程度のぞける同士なので、なんだか締まらないのはいつもの事であるし、まあそれが通常運転と言えるだけの時間を共に過ごしている。

気がつけば、ぱらぱらと不規則に雨戸に雨粒が当たる音がしていた。
遠くに雷が聞こえた気がして、ロビンが窓の方に目をやると、ひろもそれを追いかけるように顔を向ける。

「……敵意、あんまり感じませんね」
「そうだね。害意は見えない」

視覚野から危機を察知できるのがロビンなら、ひろはアンテナを張ったように感知する。
ロビンもひろも、当然のように紀美きみと互いを身内の勘定に入れている――勿論もちろん今回は関係ない織歌おりかも――ので、紀美きみに敵意が向かっていたとて、感知できるはずなのだが。

「というか……なんだろう、コレ」
「わたしにわからないなら、負の感情でないのは確実なんですけど……そんな難しい顔するようなもんです?」

雨戸越し。距離あり。
とは言え、頑張がんばれば千里眼clairvoyance真似まねができる程度の能力potentialがロビンの目にはある。
流石さすがに、遠すぎたり壁が厚かったりすると、しばらく頭痛と吐き気に襲われるのが経験則でわかってはいるが。

「……恨み節?」
「恨み節ぃ?」

何言ってんだという反応をひろが返してくる。
まあ、そうなるよな、とロビンは思う。

「恨めしいという感情はある。でも害意はない。ただただクドい」
「……うーん、恨み節だなあ」

ロビンにとって、こういう情報は別に何か表象symbolによって示されるわけでも、なにがしかの文字character言葉word、ましてグラフで表されるわけでもない。
視界に入れた瞬間ないし、入れようとした瞬間に、漠然と、しかし確かにわかるのだ。
読みくという手数すら、基本は不要であって、ただ他の人が見た場合と比べて極端に情報量が多いだけなのだ。

「……どうしよう?」
「え、わたしに聞かれても……いや、うーん、レイヤーという話にしちゃうとちょっと接触されるのは……いや、でもこれ、うーん」

ひろがめちゃくちゃに悩んでいる。
珍しく眉間にしわが寄るほど。
まあ、このあたりの感覚はロビンにはほぼないので、ひろに任せるのが得策なのだ。

「……下手になぐさめると調子に乗られそうだし、逆にこっちから仕掛けたら仕掛けたで、ダイナマイトの入ってる堪忍袋かんにんぶくろの緒に着火しかねない気がするんですよねえ」
「的確なイヤガラセかな……?」 
「いやホント、わたしたちの懸念を考えたら一番の嫌がらせなんですよねー、ねらってはないと思いますけど」

ぎぃ、とひろが変な声でうめいた。
こちらから手を出すのが全ての角度で得策でない、となると、一番やりたくなかった事をしなければならない。
――それこそ

徹夜てつやしたのに」
「寝てきたらどうです、もう。わたしももっかい寝ます」

あきらめた表情と声色でひろがそう言って立ち上がる。

「だって、まぁるくおさめちゃうでしょ、が」

それはロビンにとっても、ひろにとっても、不服な事態ではあって、けれど、現状もうそれしか手がないし、そもそもそうなった原因も――

「センセイが悪い」

あきらめ半分でつぶやいて、閉じた本を手に、ロビンも席を立った。
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