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6-2 竜馬と松浦の姫 side B
8 泣く子と地頭には勝てぬ
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◆
と、その流れで紀美が直接話させて、というのは紀美が直に話した方が、ロビンが話すより遥かに覚えることができるという前提を共有しているロビンとしては、まあ、至極当たり前ではあった。
だからこそ、勿論、追加の釘も刺したのだ。二、三回。
だというのに。
だというのに、な結果である。
「はあ……」
「……ロビンって絶対年取ってもカラスの足跡はできないけど、眉間のしわは深いですよね」
その言葉にロビンは、目つきが悪くなっている自覚があるまま弘を見た。
正味、八分の一ぐらいは弘のせいな部分があるはずだ、きっと、たぶん。
「……なんか、中途半端な視線な気がする」
既にロビンの目つきの悪さに慣れ切っている弘が、ぼそりとそう呟いた。
手の内をある程度覗ける同士なので、なんだか締まらないのはいつもの事であるし、まあそれが通常運転と言えるだけの時間を共に過ごしている。
気がつけば、ぱらぱらと不規則に雨戸に雨粒が当たる音がしていた。
遠くに雷が聞こえた気がして、ロビンが窓の方に目をやると、弘もそれを追いかけるように顔を向ける。
「……敵意、あんまり感じませんね」
「そうだね。害意は見えない」
視覚野から危機を察知できるのがロビンなら、弘はアンテナを張ったように感知する。
ロビンも弘も、当然のように紀美と互いを身内の勘定に入れている――勿論今回は関係ない織歌も――ので、紀美に敵意が向かっていたとて、感知できるはずなのだが。
「というか……なんだろう、コレ」
「わたしにわからないなら、負の感情でないのは確実なんですけど……そんな難しい顔するようなもんです?」
雨戸越し。距離あり。
とは言え、頑張れば千里眼の真似ができる程度の能力がロビンの目にはある。
流石に、遠すぎたり壁が厚かったりすると、暫く頭痛と吐き気に襲われるのが経験則でわかってはいるが。
「……恨み節?」
「恨み節ぃ?」
何言ってんだという反応を弘が返してくる。
まあ、そうなるよな、とロビンは思う。
「恨めしいという感情はある。でも害意はない。ただただクドい」
「……うーん、恨み節だなあ」
ロビンにとって、こういう情報は別に何か表象によって示されるわけでも、なにがしかの文字や言葉、ましてグラフで表されるわけでもない。
視界に入れた瞬間ないし、入れようとした瞬間に、漠然と、しかし確かに判るのだ。
読み解くという手数すら、基本は不要であって、ただ他の人が見た場合と比べて極端に情報量が多いだけなのだ。
「……どうしよう?」
「え、わたしに聞かれても……いや、うーん、層という話にしちゃうとちょっと接触されるのは……いや、でもこれ、うーん」
弘がめちゃくちゃに悩んでいる。
珍しく眉間にしわが寄るほど。
まあ、この辺りの感覚はロビンにはほぼないので、弘に任せるのが得策なのだ。
「……下手に慰めると調子に乗られそうだし、逆にこっちから仕掛けたら仕掛けたで、ダイナマイトの入ってる堪忍袋の緒に着火しかねない気がするんですよねえ」
「的確なイヤガラセかな……?」
「いやホント、わたしたちの懸念を考えたら一番の嫌がらせなんですよねー、狙ってはないと思いますけど」
ぎぃ、と弘が変な声で呻いた。
こちらから手を出すのが全ての角度で得策でない、となると、一番やりたくなかった事をしなければならない。
――それこそ
「徹夜したのに」
「寝てきたらどうです、もう。わたしももっかい寝ます」
諦めた表情と声色で弘がそう言って立ち上がる。
「だって、まぁるく納めちゃうでしょ、あのヒトが」
それはロビンにとっても、弘にとっても、不服な事態ではあって、けれど、現状もうそれしか手がないし、そもそもそうなった原因も――
「センセイが悪い」
諦め半分で呟いて、閉じた本を手に、ロビンも席を立った。
と、その流れで紀美が直接話させて、というのは紀美が直に話した方が、ロビンが話すより遥かに覚えることができるという前提を共有しているロビンとしては、まあ、至極当たり前ではあった。
だからこそ、勿論、追加の釘も刺したのだ。二、三回。
だというのに。
だというのに、な結果である。
「はあ……」
「……ロビンって絶対年取ってもカラスの足跡はできないけど、眉間のしわは深いですよね」
その言葉にロビンは、目つきが悪くなっている自覚があるまま弘を見た。
正味、八分の一ぐらいは弘のせいな部分があるはずだ、きっと、たぶん。
「……なんか、中途半端な視線な気がする」
既にロビンの目つきの悪さに慣れ切っている弘が、ぼそりとそう呟いた。
手の内をある程度覗ける同士なので、なんだか締まらないのはいつもの事であるし、まあそれが通常運転と言えるだけの時間を共に過ごしている。
気がつけば、ぱらぱらと不規則に雨戸に雨粒が当たる音がしていた。
遠くに雷が聞こえた気がして、ロビンが窓の方に目をやると、弘もそれを追いかけるように顔を向ける。
「……敵意、あんまり感じませんね」
「そうだね。害意は見えない」
視覚野から危機を察知できるのがロビンなら、弘はアンテナを張ったように感知する。
ロビンも弘も、当然のように紀美と互いを身内の勘定に入れている――勿論今回は関係ない織歌も――ので、紀美に敵意が向かっていたとて、感知できるはずなのだが。
「というか……なんだろう、コレ」
「わたしにわからないなら、負の感情でないのは確実なんですけど……そんな難しい顔するようなもんです?」
雨戸越し。距離あり。
とは言え、頑張れば千里眼の真似ができる程度の能力がロビンの目にはある。
流石に、遠すぎたり壁が厚かったりすると、暫く頭痛と吐き気に襲われるのが経験則でわかってはいるが。
「……恨み節?」
「恨み節ぃ?」
何言ってんだという反応を弘が返してくる。
まあ、そうなるよな、とロビンは思う。
「恨めしいという感情はある。でも害意はない。ただただクドい」
「……うーん、恨み節だなあ」
ロビンにとって、こういう情報は別に何か表象によって示されるわけでも、なにがしかの文字や言葉、ましてグラフで表されるわけでもない。
視界に入れた瞬間ないし、入れようとした瞬間に、漠然と、しかし確かに判るのだ。
読み解くという手数すら、基本は不要であって、ただ他の人が見た場合と比べて極端に情報量が多いだけなのだ。
「……どうしよう?」
「え、わたしに聞かれても……いや、うーん、層という話にしちゃうとちょっと接触されるのは……いや、でもこれ、うーん」
弘がめちゃくちゃに悩んでいる。
珍しく眉間にしわが寄るほど。
まあ、この辺りの感覚はロビンにはほぼないので、弘に任せるのが得策なのだ。
「……下手に慰めると調子に乗られそうだし、逆にこっちから仕掛けたら仕掛けたで、ダイナマイトの入ってる堪忍袋の緒に着火しかねない気がするんですよねえ」
「的確なイヤガラセかな……?」
「いやホント、わたしたちの懸念を考えたら一番の嫌がらせなんですよねー、狙ってはないと思いますけど」
ぎぃ、と弘が変な声で呻いた。
こちらから手を出すのが全ての角度で得策でない、となると、一番やりたくなかった事をしなければならない。
――それこそ
「徹夜したのに」
「寝てきたらどうです、もう。わたしももっかい寝ます」
諦めた表情と声色で弘がそう言って立ち上がる。
「だって、まぁるく納めちゃうでしょ、あのヒトが」
それはロビンにとっても、弘にとっても、不服な事態ではあって、けれど、現状もうそれしか手がないし、そもそもそうなった原因も――
「センセイが悪い」
諦め半分で呟いて、閉じた本を手に、ロビンも席を立った。
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