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昔話2 弘の話
断章 鷹視と狼歩の語らい 2
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紀美が父と話をするために席を外してから、ずっと気不味いまではいかない沈黙を保っていたこの英国人は、紀美がいた時よりも幾分落ちたトーンの声で、弘の思考を確実に読み切った発言をした。
整った造作の割に、一口にイケメンと言い切るには凶悪過ぎる目つきで首を傾げ、ほんのり微笑んで、ロビンは更に言う。
「ボクの噂ぐらい、聞いたことあるでしょう?」
眼鏡の奥から険の強い青い目が射抜くように見据えてくる。
そうだ、この英国人にまつわる噂は既に広まっている。
葛城の家や紀美自身の噂も知っているし、界隈の噂など、ほいほい弘の手元には入ってくる。
曰く、海を超えて変わり者のところに押しかけてきた、その変わり者と変わらぬほどの変人。
言語が違うだけで、まだ話が通じる変人。
狂人の信奉者、狂人の紛い物辺りは、かなり当たりが強い呼び方だが。
しかし、その全てを見透かすほどの目の良さについては、多くの者の折り紙付きである。
例えば、その青天を切り取ったような鮮やかな青色にかこつけて、天網恢恢疎にして漏らさず、なんて言われてたりとか。
弘は思わず、はは、と乾いた笑いを零してから、口を開いた。
「噂通りですか……随分と嫌味な出歯亀ですね」
無遠慮な物言いに対する皮肉を込めた弘に、ロビンは軽く肩を竦める以上に動じた様子はない。
その余裕は見透かしているから、だろうか。
それからふと、出歯亀という言葉を知らない可能性もあるな、と思う。
「ボク、出歯亀の意味は知ってるからね。でも、助かりたいと思ったのはキミだろ」
そこを突かれると、弘としては否定しきれない。
だが、そもそも、弘が望んだのは、ありえないかもしれない完全なる解決であって、こんな搦手めいた結末ではない。
「……全部に片が付ききってない現状が本当に助かったと?」
「それは、そこに絶対の二項対立を求めること自体が間違ってる」
目の前の青年は、弘の思いに対して、非情なほど冷静にそう切り捨てた。
「キミは死にたくなかったし、キミのお父さんも死なせたくなかった。そして、センセイもそれを望まなかったし、そうするようにするだけの力があった。それだけで、キミが死ぬ必要がないという一点についてはクリアされる。最重要の目的はそこであって、その目的の前に他の些事は最低限のラインさえクリアすればいい」
「……」
「チェスにたとえてもいい。最重要の駒を、それ以外の駒を棄てても守れ。将棋なら、玉とか王だっけ? クリアすべきポイントの優先度の話だよ。取られて構わない駒は切り捨てればいい」
それはつまり、目的のためには手段を選ばないということにも近い。
紀美の、あのどこか調子の狂う、柔らかく包み込むような対応に反して、この弟子は余りにシビアな事を言う。
それとも、あの紀美も内心はそうもシビアなのだろうか。
そうした内容を淡々と言ってのけたロビンは、ふっと息を吐いて肩の力を抜くと、弘の目を真っ直ぐに見つめた。
「今回は最優先がキミだった……というのは、まあ、ボクとしてはこの依頼を受けた上でのタテマエってヤツになったかな」
その不可解な言い方に対する感情を表情にして返せば、ロビンは少しだけ、その鋭い目つきをやわらげるように、わずかに目を細める。
眼鏡もその行動も、その目つきの凶悪さを完全に消すことはできないのだが。
「……ボク個人としては、ボクが助かるためにセンセイに犠牲にさせたものが、十年を超えて、ここで初めて意味を成したからね。それでボクは救われた」
――だから、ありがとう。
唐突に、ロビンからそうまっすぐに感謝の言葉を告げられて、弘は混乱した。
何を言ってるのだ、この英国人は。
「……どういうこと、です?」
よく意味がわからなかった。
ロビンは少し遠くを見やって、小さくため息を漏らした。
整った造作の割に、一口にイケメンと言い切るには凶悪過ぎる目つきで首を傾げ、ほんのり微笑んで、ロビンは更に言う。
「ボクの噂ぐらい、聞いたことあるでしょう?」
眼鏡の奥から険の強い青い目が射抜くように見据えてくる。
そうだ、この英国人にまつわる噂は既に広まっている。
葛城の家や紀美自身の噂も知っているし、界隈の噂など、ほいほい弘の手元には入ってくる。
曰く、海を超えて変わり者のところに押しかけてきた、その変わり者と変わらぬほどの変人。
言語が違うだけで、まだ話が通じる変人。
狂人の信奉者、狂人の紛い物辺りは、かなり当たりが強い呼び方だが。
しかし、その全てを見透かすほどの目の良さについては、多くの者の折り紙付きである。
例えば、その青天を切り取ったような鮮やかな青色にかこつけて、天網恢恢疎にして漏らさず、なんて言われてたりとか。
弘は思わず、はは、と乾いた笑いを零してから、口を開いた。
「噂通りですか……随分と嫌味な出歯亀ですね」
無遠慮な物言いに対する皮肉を込めた弘に、ロビンは軽く肩を竦める以上に動じた様子はない。
その余裕は見透かしているから、だろうか。
それからふと、出歯亀という言葉を知らない可能性もあるな、と思う。
「ボク、出歯亀の意味は知ってるからね。でも、助かりたいと思ったのはキミだろ」
そこを突かれると、弘としては否定しきれない。
だが、そもそも、弘が望んだのは、ありえないかもしれない完全なる解決であって、こんな搦手めいた結末ではない。
「……全部に片が付ききってない現状が本当に助かったと?」
「それは、そこに絶対の二項対立を求めること自体が間違ってる」
目の前の青年は、弘の思いに対して、非情なほど冷静にそう切り捨てた。
「キミは死にたくなかったし、キミのお父さんも死なせたくなかった。そして、センセイもそれを望まなかったし、そうするようにするだけの力があった。それだけで、キミが死ぬ必要がないという一点についてはクリアされる。最重要の目的はそこであって、その目的の前に他の些事は最低限のラインさえクリアすればいい」
「……」
「チェスにたとえてもいい。最重要の駒を、それ以外の駒を棄てても守れ。将棋なら、玉とか王だっけ? クリアすべきポイントの優先度の話だよ。取られて構わない駒は切り捨てればいい」
それはつまり、目的のためには手段を選ばないということにも近い。
紀美の、あのどこか調子の狂う、柔らかく包み込むような対応に反して、この弟子は余りにシビアな事を言う。
それとも、あの紀美も内心はそうもシビアなのだろうか。
そうした内容を淡々と言ってのけたロビンは、ふっと息を吐いて肩の力を抜くと、弘の目を真っ直ぐに見つめた。
「今回は最優先がキミだった……というのは、まあ、ボクとしてはこの依頼を受けた上でのタテマエってヤツになったかな」
その不可解な言い方に対する感情を表情にして返せば、ロビンは少しだけ、その鋭い目つきをやわらげるように、わずかに目を細める。
眼鏡もその行動も、その目つきの凶悪さを完全に消すことはできないのだが。
「……ボク個人としては、ボクが助かるためにセンセイに犠牲にさせたものが、十年を超えて、ここで初めて意味を成したからね。それでボクは救われた」
――だから、ありがとう。
唐突に、ロビンからそうまっすぐに感謝の言葉を告げられて、弘は混乱した。
何を言ってるのだ、この英国人は。
「……どういうこと、です?」
よく意味がわからなかった。
ロビンは少し遠くを見やって、小さくため息を漏らした。
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