怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

文字の大きさ
上 下
240 / 266
昔話2 弘の話

断章 鷹視と狼歩の語らい 2

しおりを挟む
紀美きみが父と話をするために席をはずしてから、ずっと気不味きまずいまではいかない沈黙をたもっていたこの英国人は、紀美きみがいた時よりも幾分いくぶん落ちたトーンの声で、ひろの思考を確実に読み切った発言をした。
整った造作ぞうさくの割に、一口にイケメンと言い切るには凶悪過ぎる目つきで首をかしげ、ほんのり微笑ほほえんで、ロビンは更に言う。

「ボクの噂ぐらい、聞いたことあるでしょう?」

眼鏡の奥からけんの強い青い目が射抜くように見据みすえてくる。

そうだ、この英国人にまつわる噂はすでに広まっている。
葛城かつらぎの家や紀美きみ自身の噂も知っているし、界隈かいわいの噂など、ほいほいひろの手元には入ってくる。

いわく、海を超えて変わり者のところに押しかけてきた、その変わり者と変わらぬほどの変人。
言語が違うだけで、まだ話が通じる変人。
狂人の信奉者、狂人のまがい物あたりは、かなり当たりが強い呼び方だが。
しかし、その全てを見透みすかすほどのについては、多くの者の折り紙付きである。
例えば、その青天を切り取ったような鮮やかな青色にかこつけて、天網てんもう恢恢かいかいにして漏らさず、なんて言われてたりとか。

ひろは思わず、はは、と乾いた笑いをこぼしてから、口を開いた。

「噂通りですか……随分ずいぶんと嫌味な出歯亀でばがめですね」

無遠慮な物言いに対する皮肉を込めたひろに、ロビンは軽く肩をすくめる以上に動じた様子はない。
その余裕は見透みすかしているから、だろうか。
それからふと、出歯亀でばがめという言葉を知らない可能性もあるな、と思う。

「ボク、出歯亀でばがめの意味は知ってるからね。でも、助かりたいと思ったのはキミだろ」

そこを突かれると、ひろとしては否定しきれない。
だが、そもそも、ひろが望んだのは、ありえないかもしれない完全なる解決であって、こんな搦手からめてめいた結末ではない。

「……全部に片が付ききってない現状が本当に助かったと?」
「それは、そこに絶対の二項対立ゼロかイチかを求めること自体が間違ってる」

目の前の青年は、ひろの思いに対して、非情なほど冷静にそう切り捨てた。

「キミは死にたくなかったし、キミのお父さんも死なせたくなかった。そして、センセイもそれを望まなかったし、そうするようにするだけの力があった。それだけで、キミが死ぬ必要がないという一点についてはクリアされる。最重要の目的はそこであって、その目的の前に他の些事さじは最低限のラインさえクリアすればいい」
「……」
「チェスにたとえてもいい。最重要のKingを、それ以外の駒をてても守れ。将棋なら、ぎょくとか王だっけ? クリアすべきポイントの優先度の話だよ。取られてかまわない駒は切り捨てればいい」

それはつまり、目的のためには手段を選ばないということにも近い。
紀美きみの、あのどこか調子の狂う、柔らかく包み込むような対応に反して、この弟子は余りにシビアな事を言う。
それとも、あの紀美きみも内心はそうもシビアなのだろうか。
そうした内容を淡々と言ってのけたロビンは、ふっと息を吐いて肩の力を抜くと、ひろの目を真っ直ぐに見つめた。

「今回は最優先がキミだった……というのは、まあ、ボクとしてはこの依頼を受けた上でのタテマエってヤツになったかな」

その不可解な言い方に対する感情を表情にして返せば、ロビンは少しだけ、その鋭い目つきをやわらげるように、わずかに目を細める。
眼鏡もその行動も、その目つきの凶悪さを完全に消すことはできないのだが。

「……ボク個人としては、ボクが助かるためにセンセイに犠牲にさせたものが、十年を超えて、ここで初めて意味を成したからね。それでボクは救われた」

――だから、ありがとう。

唐突に、ロビンからそうまっすぐに感謝の言葉を告げられて、ひろは混乱した。
何を言ってるのだ、この英国人は。

「……どういうこと、です?」

よく意味がわからなかった。
ロビンは少し遠くを見やって、小さくため息を漏らした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

File■■ 【厳選■ch怖い話】むしごさまをよぶ  

雨音
ホラー
むしごさま。 それは■■の■■。 蟲にくわれないように ※ちゃんねる知識は曖昧あやふやなものです。ご容赦くださいませ。

ill〜怪異特務課事件簿〜

錦木
ホラー
現実の常識が通用しない『怪異』絡みの事件を扱う「怪異特務課」。 ミステリアスで冷徹な捜査官・名護、真面目である事情により怪異と深くつながる体質となってしまった捜査官・戸草。 とある秘密を共有する二人は協力して怪奇事件の捜査を行う。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

焔鬼

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ホラー
「昨日の夜、行方不明になった子もそうだったのかなあ。どっかの防空壕とか、そういう場所に入って出られなくなった、とかだったら笑えないよね」  焔ヶ町。そこは、焔鬼様、という鬼の神様が守るとされる小さな町だった。  ある夏、その町で一人の女子中学生・古鷹未散が失踪する。夜中にこっそり家の窓から抜け出していなくなったというのだ。  家出か何かだろう、と同じ中学校に通っていた衣笠梨華は、友人の五十鈴マイとともにタカをくくっていた。たとえ、その失踪の状況に不自然な点が数多くあったとしても。  しかし、その古鷹未散は、黒焦げの死体となって発見されることになる。  幼い頃から焔ヶ町に住んでいるマイは、「焔鬼様の仕業では」と怯え始めた。友人を安心させるために、梨華は独自に調査を開始するが。

処理中です...