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昔話2 弘の話

憑き物 1

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もの、と言えば、神ならで人に憑依ひょういしたものを指し、特に動物の霊、殊更ことさら狐であることが多いものである。

しかし、この語の後ろに、「すじ」を付けるだけで、おおいにその意味合いは変わる。

ものすじは、その家系の血筋にき、至極単純な法則をもって、いた者にのみ利益をもたらすとされる。

その法則は、一つに、いた者の元に富を集めること。
二つに、いた者の敵を害すること。

なんてことはない。
閉鎖的村社会における不幸や不吉、理不尽の万能の受け皿だった、という話。
といっても、現代において、そう楽観視できるのは、本当の実害をともなわない場合だけだ。



ひろとの出会いは六年ほど前。
とはいえ、彼女については多くの説明をせねばならない。
ロビンが単純にのせいだけで成り立っているなら、ひろについては、大部分が人の血筋とごうで成り立っているからだ。

その日、依頼を受けた僕とロビンは唐国からくに家を訪問し、その古い日本家屋ならではの座敷で、冬も間近な底冷えする空気を正座した膝先に感じながら、ひろの父親であるいつきさんとまず対面した。
助手という名目でついてきたロビンは僕の後ろにひかえるように、いつまでたっても慣れないはずの正座をしている。
立ち上がる時、大丈夫かな、なんて考えが頭のすみぎった。

葛城かつらぎ殿、ご足労いただき、大変にありがたい」

よく日に焼けた疲れと苦みのにじむ顔で、依頼主でもあるいつきさんが目の前で頭をれた。
普段は僕の論理を否定する保守側についているのだから、そりゃ苦みがにじんだっておかしくはない。
逆に、僕に話を持ってきた時点で、相当行き詰まっているのだろう。

「いえ、こんな若輩者じゃくはいものに声をかけていただけたのですから」

とはいえ、向こうが大人な対応をするなら、こちらも大人な対応をするまでである。
呉越ごえつ同舟どうしゅう、共通の目的の前に、派閥はばつ争いなんてなんの益体やくたいもないのである。
しばしの沈黙の後、いつきさんは大きく息を吐いた。

「単刀直入に聞く、どこまで知っている?」
「残念ながら僕に情報を流してくれる人は少ないので、娘さんがどうかしたっぽい、ぐらいですね」

そうか、といつきさんはつぶやいた。
奥さんはだいぶ前に他界、息子さんのりつと娘さんのひろ、一昨年までは先代が健在だったが、老衰で他界……とは少ない伝手つてで得た基本情報パーソナルデータだ。

「頂いたお手紙には詳しい事は現場で、となっていましたし」

その現場がこの家なのだから、厄介事の気配ぐらいはひしひしと感じるけど。
いつきさんの目が、僕の後ろのロビンの方を向いた。

ひろは、娘は、離れに隔離している……その噂の助手がいるなら、嫌でもわかるだろう」

そこにある苦みが僕に頼る事に対するものではない、ということに今更ながら気が付く。
説明することすら苦痛に感じる何かが、娘さんに起きているということだろう。

「……わかりました。僕らのことは娘さんには?」
「……伝えてはある。離れは、そっちから出た廊下をそのまま突き当りまで奥に進んで、左に折れればいい」
「アナタは」

突然、ロビンが口を開いた。

「一緒でなくて、いいの?」

いつきさんは、ロビンのその言葉と視線を真っ向から受けるのをけるように、ふいと視線をそらした。

「……私は、娘に合わせる顔がない」

その声だけで、だいぶ憔悴しょうすいしていることが手に取るようにわかった。

「わかりました。それでしたら、場合によってはお呼びするかもしれませんが、僕とロビンで離れに向かいます」

そう告げて、立ち上がる。
心配してたロビンも、少しよろけつつも立ち上がった。

「……娘を頼む」

自身で力が及ばないからなのか、それ以外なのか、苦みのきわまった声がしぼり出すように投げかけられた。
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