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閑話2 蛍招き

9 結に結ぶ

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「あの、ありがとうございました」
「どういたしまして。今度からもっと気を付けるんだよ」

そう言って、紀美きみひろは少女が家に入るのをしっかりと見届けてから、きびすを返した。
そのまましばらく二人で歩く内に、ひろが口を開く。

「で、先生?」

笑みの含まれたひろの声には、本来そぐわないはずの底冷えがどこかつきまとっている。

「……はい」
「危ない橋、渡りましたね?」

最早もはや事実を確認するトーンだった。
答えるにしても答えないにしても、行き着く先は決まり切っている袋小路ふくろこうじ
それでも紀美きみが答えないので、しびれを切らしたひろが呼びかける。

「せーんせ」
「……じゃあ、見捨てる?」

ねたような顔の紀美きみの言葉に、ひろは見るからにしぶい顔を作る。

「それしたら、先生のアイデンティティ、揺らぎません?」
「わかってるじゃないか」
「まあ、そんなアイデンティティなんぞ捨ててしまえってのがわたしとロビンとの総意ではありますよ?」

それを聞かされて紀美きみは困ったように笑う。

「ひどいなあ」
「……まあ、それでわたしとロビンが助けられたのも事実だから困るんですよねえ」

あきらめ半分のため息混じりでひろつぶやく。
ひろもロビンも、紀美きみのお節介焼きのお人好ひとよしな性分しょうぶんに助けられたようなものだからこそ、こうしてあきらめ半分に苦言をていするのだ。

「だから、下手に否定もできやしない。けど、わたしたちは先生を祭壇に上げる気もなければ、聖別sacrifyするつもりもないですから、報連相報告・連絡・相談ぐらいはしてもらわないと」

遠回しに犠牲にするつもりはない、と言いながら、ひろは道端の石を蹴り飛ばした。
かつ、かつん、と音を立てながら跳ねていった小石を追って少し前に出たひろは、下校中の小学生のようにその小石をまた蹴飛ばして追う。

「うーん、良い弟子を持ったって言うべきかな?」
「ロビンははぐらかせても、わたしははぐらかされませんからねー、それ」

かっ、と小石を蹴っ飛ばしながら、ひろ紀美きみの魂胆を見抜いてすっぱりと切り捨てた。

「それは、ロビンにも手厳しいなあ」
「ロビンは先生のことが一番ですからね。なんだかんだ先生に甘いですもん、あの人。なので、わたしがむちです」
「ロビンのアレがあめって言うのは……英国のリコリス菓子ポンテフラクトケーキかな?」
「確かにクセが強いのは同意です」

紀美きみの言葉に、ひろはからからと笑いながら、また小石を蹴った。
すると、笑いながら蹴ったせいか、かつかつとアスファルトを跳ねた小石は道の脇の用水路に落ちてしまう。
ふわりと一匹の蛍が飛び立った。

「……たまつ ぬしは誰とも知らぬとも むすとどめよ したがつま

足を止めた紀美きみとなえた魂結たまむすびのまじない歌を聞いて、ひろはくるりと紀美きみの方を向いた。

「なるほど、そういうのが必要な局面だったわけですか……言っときますけど、わたしたちは先生が思ってるより、ずっと先生のことが大事なんですからね?」

そうひろに言われて、ぱちくりとまはたきをした紀美きみは苦笑しながら、頬をく。

「そう面と向かって言われると……面映おもはゆいなあ」

それを少しじとりとした目で見て、ひろ自惚うぬぼれないでくださいね、と言いながら、またくるりと前を向いて、紀美きみを先導するように歩き出したのだった。
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