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3-1 肝試しと大掃除 side A
4 There is where angel fear to tread
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少し気の抜けるその笛の音が一旦途切れた瞬間、悠輔は脛の辺りを何かがするりと通った感触に驚いて、地面を見下ろした。
「な……?」
「安心してください。害はないです」
微かに、ちゃかちゃかという音が複数、弘の方に向かっていく。
だが、懐中電灯を向けても、何も見えない。
このどこかで聞いたようなちゃかちゃかという音が、昔友人と友人宅の犬を散歩させた時の犬の足音と同じ質のものだと気付いて、悠輔は思わず身体を強張らせた。
隣で都子が息を呑む音がする。
「人並みよりかは敏感って感じですか、お二人とも」
その様子を、鋭利な光を目に宿らせた弘がそう呟く。
微かに、あのなんとも言えない独特の獣の臭いが鼻を掠めた気がした。
「……探せ」
弘が鋭くそう言って、また犬笛を吹き鳴らす。
途端に、ざっと四方八方に揺れ動いた獣の臭いを伴う空気が、膝や脛に当たったその気配が、そこに何かが集まっていて、そして散開したことを示していた。
「いやだなあ、そこまで緊張しなくてもいいじゃないですか」
自分が、がちがちに引きつった表情をしていると悠輔は自覚しているし、都子も同じようなものだ。
それを見て、纏った刃物のような空気の片鱗を崩すように、弘は笑った。
一方、織歌は慣れきったように落ち着きはらっている。
「でも、弘ちゃん、島田さんはおそらく聞こえてましたよ」
そしてにこにこと、織歌がそんな事を言い放ったものだから、都子がびくりと身体を震わせた。
「え、あの……」
「吠えた瞬間にびくっとされてましたから……たぶん一時的に感化されただけではないかと思いますが」
「……織歌って意外としっかり観察してるんですよねえ」
弘はぼそりと、姉弟子として沽券に関わる、と呟く。
そういう関係性なのか、と思うと同時に、彼女達の師匠はなんのつもりで女の子二人を廃墟に行かせたんだ、と悠輔は思った。
思ったのだが、五点接地法をリアルでやってのける弘にそう簡単に敵う人間がいるとも思えなかった。少なくとも悠輔は敵う気がしない。
「まあ、聞こえたものは仕方ないです。それにそうであれば、お二人がビビりなんて言われるのは、逆にその敏感さに見合った危機管理能力があるということだと思います。今度言われたら、君子危うきに近寄らずとでも返せばいいですよ」
「そうですね、命を知る者は巌牆の下に立たずでもいいと思います」
織歌の同意の言葉を受けて、弘が一瞬だけ遠い目をしたのを悠輔は見逃さなかった。
まあたぶんわからなかったんだろうな、と思う。悠輔もよくわからない。
都子がどうかまでは表情からはよくわからなかった。
「ま、待ってください」
都子が声を上げる。
「その、私が危機管理能力も持ち合わせてる、ということは、その、唐国さんのさっきのアレも、怖かったのは、危険、ということ、なんですか?」
一瞬にして沈黙が降りた。
「な……?」
「安心してください。害はないです」
微かに、ちゃかちゃかという音が複数、弘の方に向かっていく。
だが、懐中電灯を向けても、何も見えない。
このどこかで聞いたようなちゃかちゃかという音が、昔友人と友人宅の犬を散歩させた時の犬の足音と同じ質のものだと気付いて、悠輔は思わず身体を強張らせた。
隣で都子が息を呑む音がする。
「人並みよりかは敏感って感じですか、お二人とも」
その様子を、鋭利な光を目に宿らせた弘がそう呟く。
微かに、あのなんとも言えない独特の獣の臭いが鼻を掠めた気がした。
「……探せ」
弘が鋭くそう言って、また犬笛を吹き鳴らす。
途端に、ざっと四方八方に揺れ動いた獣の臭いを伴う空気が、膝や脛に当たったその気配が、そこに何かが集まっていて、そして散開したことを示していた。
「いやだなあ、そこまで緊張しなくてもいいじゃないですか」
自分が、がちがちに引きつった表情をしていると悠輔は自覚しているし、都子も同じようなものだ。
それを見て、纏った刃物のような空気の片鱗を崩すように、弘は笑った。
一方、織歌は慣れきったように落ち着きはらっている。
「でも、弘ちゃん、島田さんはおそらく聞こえてましたよ」
そしてにこにこと、織歌がそんな事を言い放ったものだから、都子がびくりと身体を震わせた。
「え、あの……」
「吠えた瞬間にびくっとされてましたから……たぶん一時的に感化されただけではないかと思いますが」
「……織歌って意外としっかり観察してるんですよねえ」
弘はぼそりと、姉弟子として沽券に関わる、と呟く。
そういう関係性なのか、と思うと同時に、彼女達の師匠はなんのつもりで女の子二人を廃墟に行かせたんだ、と悠輔は思った。
思ったのだが、五点接地法をリアルでやってのける弘にそう簡単に敵う人間がいるとも思えなかった。少なくとも悠輔は敵う気がしない。
「まあ、聞こえたものは仕方ないです。それにそうであれば、お二人がビビりなんて言われるのは、逆にその敏感さに見合った危機管理能力があるということだと思います。今度言われたら、君子危うきに近寄らずとでも返せばいいですよ」
「そうですね、命を知る者は巌牆の下に立たずでもいいと思います」
織歌の同意の言葉を受けて、弘が一瞬だけ遠い目をしたのを悠輔は見逃さなかった。
まあたぶんわからなかったんだろうな、と思う。悠輔もよくわからない。
都子がどうかまでは表情からはよくわからなかった。
「ま、待ってください」
都子が声を上げる。
「その、私が危機管理能力も持ち合わせてる、ということは、その、唐国さんのさっきのアレも、怖かったのは、危険、ということ、なんですか?」
一瞬にして沈黙が降りた。
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