43 / 266
2-2 山と神隠し side B
8 八尋の白智鳥
しおりを挟む
「でも、わたし、どっかで対峙しなきゃいけないんじゃないかなーと思ってたんですよね」
実際のところ、あれが対峙と言えるかというと、微妙なところだが。
ロビンが片眉を上げる。
「その心は」
「名前です。タケルと山なんて、不吉ですよ。彼岸に行くという方向で」
そう言えば、ロビンもああ、と納得の声を上げた。
「ヤマトタケルか」
「そうです。武くんの字、『日本書紀』での表記と一致しますし、名字の東は日本武の祖、天照大神の権能たる日の昇る方角を表す字です」
「うーん、影響、皆無とは言えないなあ……その上でだけど、アレ、わざと?」
ロビンの指すアレがわからず、弘は首を傾げる。
「確かに先に言ったのはボクだけど、それを『楚辞』の山鬼って確定させたのはヒロだろ?」
『楚辞』は古代中国の楚の地域の辞賦と呼ばれる形式の詩――特にいわゆる巫覡による神を祀るための詩と考えられるもの――を複数集めたものである。
その内、山鬼は意中の男を待つ山の女神の恋情を詩ったものだ。
「いえ、アレは反射です」
そう言うと、目に見えてロビンががっくりと脱力したのがわかった。
「そう……そうね、ヒロがそこまで考えるって考えたボクがバカだった」
「失敬な! ……でも何故?」
そういう所だぞ、と思われている気配がひしひしとする。
「ヤマトタケルの伝説をなぞってみな」
「えーと、斎宮の倭比売からもらった衣装で女装して熊襲平定をして、その後もいろいろ平定してから東征を命じられて、やっぱり倭比売から困った時に開けろって袋と草薙剣をもらって、相模国辺りで火攻めにあって」
袋の中の火打ち石と草薙剣を使って自身の周りの可燃物である草を刈り、先んじてこちら側から草を燃やすことで、火攻めを失敗させたのである。
「その後、上総に渡る時に海が大荒れであわや沈没というところを、弟橘比売の犠牲で助かって……で、またいろいろと平定してから草薙剣を手放して、伊吹山でのうっかり言挙げが原因で……」
「うっかり言挙げって」
堪らずにツッコんだロビンに、弘は唇を尖らせた。
「うっかりじゃないですか。神と神使を見誤って祟られて死んだというのが端的な結論なんですから」
伊吹山に入った日本武は『古事記』では猪、『日本書紀』では大蛇と対峙するが、これは神ではなく使いであると判断し、この山の神を殺すまでは殺さないと言挙げ――霊的な誓いを行ってしまう。
これに、当の神がなんだとコノヤロウ、と言わんばかりに悪天候と病を寄越し、日本武は死ぬのだ。
「……そう言われると否定できな…………いや、これボクが言うことじゃなくない?」
本来ヒロがツッコむところじゃないの、これ。
ロビンがげんなりした顔で呟く。
端的に表した言葉とは時として残酷であるし、ヘタなコメディより笑えるものである。
「それは脇に置いといて。で、どういうことです?」
「…………」
「なんで気付かないかなあ、みたいな生温い目やめてください」
そう言えば、最早何度目ともわからぬため息をロビンはつく。
「大ヒント、柳田國男」
「……ああ、なるほど、妹の力というやつですか?」
古くより、男女という二元論においては、女性の方が霊的能力に優るとされ、それにより血縁や相互感情において親しい男性に霊的守護を授けるものと考えられた。
というのが、柳田國男が唱えた妹の力だ。
なお、この場合の妹は妹でも、古語的に妻を指すのでもなく、それらも内包した親しい女性を指す。
実際のところ、あれが対峙と言えるかというと、微妙なところだが。
ロビンが片眉を上げる。
「その心は」
「名前です。タケルと山なんて、不吉ですよ。彼岸に行くという方向で」
そう言えば、ロビンもああ、と納得の声を上げた。
「ヤマトタケルか」
「そうです。武くんの字、『日本書紀』での表記と一致しますし、名字の東は日本武の祖、天照大神の権能たる日の昇る方角を表す字です」
「うーん、影響、皆無とは言えないなあ……その上でだけど、アレ、わざと?」
ロビンの指すアレがわからず、弘は首を傾げる。
「確かに先に言ったのはボクだけど、それを『楚辞』の山鬼って確定させたのはヒロだろ?」
『楚辞』は古代中国の楚の地域の辞賦と呼ばれる形式の詩――特にいわゆる巫覡による神を祀るための詩と考えられるもの――を複数集めたものである。
その内、山鬼は意中の男を待つ山の女神の恋情を詩ったものだ。
「いえ、アレは反射です」
そう言うと、目に見えてロビンががっくりと脱力したのがわかった。
「そう……そうね、ヒロがそこまで考えるって考えたボクがバカだった」
「失敬な! ……でも何故?」
そういう所だぞ、と思われている気配がひしひしとする。
「ヤマトタケルの伝説をなぞってみな」
「えーと、斎宮の倭比売からもらった衣装で女装して熊襲平定をして、その後もいろいろ平定してから東征を命じられて、やっぱり倭比売から困った時に開けろって袋と草薙剣をもらって、相模国辺りで火攻めにあって」
袋の中の火打ち石と草薙剣を使って自身の周りの可燃物である草を刈り、先んじてこちら側から草を燃やすことで、火攻めを失敗させたのである。
「その後、上総に渡る時に海が大荒れであわや沈没というところを、弟橘比売の犠牲で助かって……で、またいろいろと平定してから草薙剣を手放して、伊吹山でのうっかり言挙げが原因で……」
「うっかり言挙げって」
堪らずにツッコんだロビンに、弘は唇を尖らせた。
「うっかりじゃないですか。神と神使を見誤って祟られて死んだというのが端的な結論なんですから」
伊吹山に入った日本武は『古事記』では猪、『日本書紀』では大蛇と対峙するが、これは神ではなく使いであると判断し、この山の神を殺すまでは殺さないと言挙げ――霊的な誓いを行ってしまう。
これに、当の神がなんだとコノヤロウ、と言わんばかりに悪天候と病を寄越し、日本武は死ぬのだ。
「……そう言われると否定できな…………いや、これボクが言うことじゃなくない?」
本来ヒロがツッコむところじゃないの、これ。
ロビンがげんなりした顔で呟く。
端的に表した言葉とは時として残酷であるし、ヘタなコメディより笑えるものである。
「それは脇に置いといて。で、どういうことです?」
「…………」
「なんで気付かないかなあ、みたいな生温い目やめてください」
そう言えば、最早何度目ともわからぬため息をロビンはつく。
「大ヒント、柳田國男」
「……ああ、なるほど、妹の力というやつですか?」
古くより、男女という二元論においては、女性の方が霊的能力に優るとされ、それにより血縁や相互感情において親しい男性に霊的守護を授けるものと考えられた。
というのが、柳田國男が唱えた妹の力だ。
なお、この場合の妹は妹でも、古語的に妻を指すのでもなく、それらも内包した親しい女性を指す。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
餅太郎の恐怖箱
坂本餅太郎
ホラー
坂本餅太郎が贈る、掌編ホラーの珠玉の詰め合わせ――。
不意に開かれた扉の向こうには、日常が反転する恐怖の世界が待っています。
見知らぬ町に迷い込んだ男が遭遇する不可解な住人たち。
古びた鏡に映る自分ではない“何か”。
誰もいないはずの家から聞こえる足音の正体……。
「餅太郎の恐怖箱」には、短いながらも心に深く爪痕を残す物語が詰め込まれています。
あなたの隣にも潜むかもしれない“日常の中の異界”を、ぜひその目で確かめてください。
一度開いたら、二度と元には戻れない――これは、あなたに向けた恐怖の招待状です。
---
読み切りホラー掌編集です。
毎晩21:00更新!(予定)
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
天照の桃姫様 ~桃太郎の娘は神仏融合体となり関ヶ原の蒼天に咲く~
羅心
ファンタジー
鬼ヶ島にて、犬、猿、雉の犠牲もありながら死闘の末に鬼退治を果たした桃太郎。
島中の鬼を全滅させて村に帰った桃太郎は、娘を授かり桃姫と名付けた。
桃姫10歳の誕生日、村で祭りが行われている夜、鬼の軍勢による襲撃が発生した。
首領の名は「温羅巌鬼(うらがんき)」、かつて鬼ヶ島の鬼達を率いた首領「温羅」の息子であった。
人に似た鬼「鬼人(きじん)」の暴虐に対して村は為す術なく、桃太郎も巌鬼との戦いにより、その命を落とした。
「俺と同じ地獄を見てこい」巌鬼にそう言われ、破壊された村にただ一人残された桃姫。
「地獄では生きていけない」桃姫は自刃することを決めるが、その時、銀髪の麗人が現れた。
雪女にも似た妖しい美貌を湛えた彼女は、桃姫の喉元に押し当てられた刃を白い手で握りながらこう言う。
「私の名は雉猿狗(ちえこ)、御館様との約束を果たすため、天界より現世に顕現いたしました」
呆然とする桃姫に雉猿狗は弥勒菩薩のような慈悲深い笑みを浮かべて言った。
「桃姫様。あなた様が強い女性に育つその日まで、私があなた様を必ずや護り抜きます」
かくして桃太郎の娘〈桃姫様〉と三獣の化身〈雉猿狗〉の日ノ本を巡る鬼退治の旅路が幕を開けたのであった。
【第一幕 乱心 Heart of Maddening】
桃太郎による鬼退治の前日譚から始まり、10歳の桃姫が暮らす村が復讐に来た鬼に破壊され、お供の雉猿狗と共に村を旅立つ物語。
【第二幕 斬心 Heart of Slashing】
雉猿狗と共に日ノ本を旅して出会いと別れ、苦難を経験しながら奥州の伊達領に入り、16歳の女武者として成長していく物語。
【第三幕 覚心 Heart of Awakening】
桃太郎の娘としての使命を果たし、神仏融合体となって漆黒の闇に染まる関ヶ原を救い清めたのち、故郷の村に帰ってくる物語。
【第四幕 伝心 Heart of Telling】
村を復興する19歳になった桃姫が晴明と道満、そして明智光秀の千年天下を打ち砕くため、仲間と結集して再び剣を手に取る物語。
※水曜日のカンパネラ『桃太郎』をシリーズ全体のイメージ音楽として書いております。
〈完結〉暇を持て余す19世紀英国のご婦人方が夫の留守に集まったけどとうとう話題も尽きたので「怖い話」をそれぞれ持ち寄って語り出した結果。
江戸川ばた散歩
ホラー
タイトル通り。
仕事で夫の留守が続く十二人の夫人達、常に何かとお喋りをしていたのだけど、とうとうネタが尽きてしまっったので、それぞれに今まで起こったか聞いたことのある「怖い話」を語り出す。
ただその話をした結果……
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる