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2-1 山と神隠し side A

11 犯されざる禁忌

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――ぐゎん、ぐゎん、ぐゎん、ぐゎん

ひろに言われた通り、音のする方へたけるは真っ直ぐに進む。
不思議とその方向に茂みが主張をしていることはなく、今まで通ってきたものとくらべれば、獣のものであっても確実に道があった。

それでも、一人で行くには長い道だし、先程より雲が薄くなって道は見やすく、勢いがやや軽くなったとはいえ雨粒がレインコート越しにたけるを叩く。
そんな状況、どうしたって自然と心細さが出てくる。
その時だった。

「待って」

後ろから、声がした。
女性の声。少女の声。
どちらかといえば、愛らしくて甘くて柔らかい声。凛と固く通る声のひろとは、まるっきり違う声だった。
振り向くなというひろの言葉を思い出して、少し、足を速める。

「ねえ、、待って」

足音はしない。
それ以上に、今、たけるはレインコートのフードをかぶっているから、後方からの音はくぐもるはずだ。
なのに、まるで、耳元でささやかれたかのように、はっきりと声がした。

「一目でいいから、あたしを

笑みをふくんだつややかな声がした。
もし、たけるがもう少しばかり怖いもの知らずの豪胆ごうたんたちで、もう少しばかり大人びていて、ませているタイプの悪ガキだったら、どんな美女の声かと鼻の下を伸ばして、振り向いていたかもしれない。
だがしかし、そんなのは所詮しょせんの話であるので、実際にはすっかりおびえきったたけるの足がすっかりすくみあがってしまうだけにとどまったのである。

「ねえ、こっちを見て」

くすくすと笑い声が聞こえる。

――こごったあぶらごとくぬめるように白く、草原に生い茂る茅花つばなの穂のようにやわらかな指先が、頭のすぐ後ろまでせまる。

振り向いてもいないのに、まるで視界に入れたかのようにその冷たく甘い気配を感じる。
雨で巻き上げられた湿った土のにおいに混ざって、かすかに甘くさわやかな、奥にわずかに青臭あおくさい苦みをともなう桃や梅のようなにおいがたけるの鼻をくすぐったその瞬間だった。

――うぉん

低い犬の一声と共に、何かがたけると白い手の間をさえぎる気配と獣特有のにおいと、きゃあという悲鳴がした。
同時に、これ以上動かせないほどに強張こわばっていたたけるの足から適度に力が抜け、一歩踏み出す。
後ろを、振り向いてはならない。

「なんて、ひどいの。ねえ、もそう思わない?」

きゃははははははは、と後ろからの声が哄然こうぜんと笑う。
その声の主とたけるの間に割り入った犬らしき何かが、ぐるぐると警戒してうなる声がする。

「きゃはは、あの女、こんな、なんて、巫山戯ふざけているわ、ひどいわ、ひどいわ、非道ひどいわ」

振り向いてはならない。絶対に、振り向いてはならない。
けたたましく笑うあでやかな女の気配が、たけるが一歩一歩足を進めるごとに遠ざかる。
たけるは自身に振り向くなと言い聞かせながら、金属を叩き合わせる音の方へと向かう。
徐々じょじょに弱くなる雨の中、けれども、遠ざかる笑い声が聞こえなくなることはない。
耳に突き刺さるその狂ったような甲高かんだかい笑い声は、たけるの恐怖をり、それは少しずつ足を速めるにいたって、最終的にたけるは転げるように駆け出していたのである。
ついに、道の先に、ぽっかりと茂みが口を開けているのが見えた。
きゃらきゃらきゃら、とかまびすしい笑い声が嘲笑ちょうしょうに変わる。

「いいわ、いいわ、見逃してあげる。こんなをつかうほど必死なんだもの、振り返らなかったのだもの、わ」

負けしみにも似たようなその叫びが耳にこびりつく。
それを上書うわがくように、たけるの背を押すように、わん、と一声だけ、後方の犬がえて、たけるは茂みの切れ目から、強い光に照らされた世界へところがり出た。
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