上 下
1 / 21

1. 家(朝)

しおりを挟む
 昔から夏が大嫌いだった。暑いし、日差しはキツいし、虫は増えるし、食べ物はすぐ傷むし...理由を挙げればキリがない。母の介護を始めてからは、また一つ、嫌いな理由が増えた――。

ミンミンミンミンミンミン―――。
 耳元に纏わりつくセミの聲。シャツが肌にジットリ張り付く嫌な感覚と共に目が覚める。

 季節は7月の始まり――。長かった梅雨が明け、真っ青に晴れ渡る空とは対照的に、僕の心はこのシーズンの到来に憂鬱感を募らせるばかりだ。

(・・・あーあ。変な意地張らずにエアコンつけとくんだったな・・・。)
 シャワーで汗を流しながら、昨晩一回分のエアコン代と足下を流れる水道代を脳内の天秤にかける。その辺の事情に詳しい訳でもないので、ずっと均衡を保っていた天秤もシャワーを終える頃には、浪費した10分を上乗せした水道代の側へと傾いていた。

(今日からはエアコンつけて寝よ。いや...でも、夜まで使うのは罪悪感が・・・)
 三人分の朝食と一人分の昼食を準備しながら頭を悩ませる。
(いっそ床でもいいから”千夜子ちよこ”の部屋で寝させてもらうか?…いや、でもなあ...千夜子ももう小4だし…自分が寝てる部屋に兄貴が居るのは嫌だよなあ・・・)

ピーーーッ、ピーーーッ、ピーーーッ。
 数ヶ月前に新調したドラム式洗濯機が洗濯の終了を知らせる。昼御飯の準備も後は煮込むだけなので、火に掛けたままにして洗濯物を干しに行く。

 夏は確かに嫌いだけど、梅雨が明けて洗濯物を干せるようになるのは助かる。ドラム式とはいえ乾燥まで回すのは、やっぱり電気代がどうしても気になってしまう…。
 電気代のことを考えていると連鎖的に、今朝の水道代のことが思い起こされる。
(というか、今日みたいに朝シャワーにすればいいか?…いや、この時期にそのままで寝るのはさすがに気持ち悪いなぁ・・・。
 …ま、濡れタオルかボディーシートとかで拭いとけばいっか。)

「あ、おにぃ。おはよー。」
 洗濯物を干し終えてキッチンに戻ると、妹の千夜子が起きていた。

「おー、おはよう。朝ごはんすぐ出来るから、もうちょっと待っててな。」

「何か手伝おうか?」

「大丈夫。それより母さん起こしてきて貰える?」

「はーい。」

 三人分の朝食をお皿に乗せ、母さんの昼食も器に移してラップをかけておく。そうして空いた、鍋,フライパン,フライ返しや菜箸など、今のうちに洗えるものは先に洗っておく。

ジャーーーーーッ。

 ウチでは現在、母,僕,妹の三人が暮らしている。父は千夜子が産まれて半年もしない内に事故で亡くなってしまったようで、僕も当時は4歳だった為、父さんのことはあまり覚えていない。周囲からはよく、父親が居なくて寂しいね、と言われるが...正直なところ、そこまで寂しいと思うことはない。他の家族と比較すると、確かにそう感じることもあるけれど...それさえしなければ、初めからそういうものだったと思って受け入れることが出来た。

「ふわぁ~あ...おはよ~。」
 丁度洗い物が終わる頃に、着替えを済ませた母さんが起きてきた。

「おはよう母さん。千夜子もご苦労さま。」

「んー。あ、おにぃケチャップ取ってー。」
 千夜子は戻って来るや否や早々に席に着き、一足先に朝食を食べ始めている。

「あいよ。」

「クンクン――っ。いい匂い...ベーコンにトースト、それにスクランブルエッグね。」

「うん。昼ごはんもそこに置いてあるから、温め直して食べてね。」

「本当に、いつもありがとね~”夕也”。愛してるわー。」

「はいはい…」

「ママ~、わたしはー?」

「もちろん!千夜子も愛してるわよ~。」

「えへへ~。わたしも愛してるー。」

「千夜子ぉ、兄ちゃんは~?」

「んー...?おにぃは普通~。」

「えぇ~~~!?」

 ・・・と、こんな具合に僕たち家族は、母子家庭ながらもそこそこ幸せな生活を送れている。
 ―――まあ、母親が半身不随でなければ...もっと幸せだったのだろうけど・・・。

 朝食と後片づけを終えて、僕と千夜子は学校へと向かう。

「二人とも、ちゃんと日焼け止めは塗った?」
 玄関先で母さんに呼び止められる。

「うん、塗ったよー。」

「僕は大丈夫だよ。長袖だし、帽子もあるし・・・」

「だめよ~、手や首元なんかは紫外線にさらされてるんだから。ほら!塗ってあげるから…こっち来なさいな。」
 母は右手を手すりから放し、下駄箱の上にある日焼け止めクリームに手を伸ばす。

「いいよ!自分でやるから…」

「あら~、そう?」
 母の右手は宙で制止し、元の手すりへと戻っていく。

(ふぅ~...)
 そこまで心配は要らないのかもしれないが、母さんが両足だけで立っているのを見ると、どうしても不安になってしまう…。

「今日は特に暑くなりそうだし、水分はこまめに摂って熱中症には気を付けるのよ~。」

「はーい。いってきまーす。」

「うん、母さんも気を付けて。冷房はずっと付けてていいからね。じゃあ、行ってきます。」

「行ってらっしゃ~い。」

パタン―――ッ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

My Doctor

west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生 病気系ですので、苦手な方は引き返してください。 初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです! 主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな) 妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ) 医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)

JC💋フェラ

山葵あいす
恋愛
森野 稚菜(もりの わかな)は、中学2年生になる14歳の女の子だ。家では姉夫婦が一緒に暮らしており、稚菜に甘い義兄の真雄(まさお)は、いつも彼女におねだりされるままお小遣いを渡していたのだが……

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...