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1. 家(朝)
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昔から夏が大嫌いだった。暑いし、日差しはキツいし、虫は増えるし、食べ物はすぐ傷むし...理由を挙げればキリがない。母の介護を始めてからは、また一つ、嫌いな理由が増えた――。
ミンミンミンミンミンミン―――。
耳元に纏わりつくセミの聲。シャツが肌にジットリ張り付く嫌な感覚と共に目が覚める。
季節は7月の始まり――。長かった梅雨が明け、真っ青に晴れ渡る空とは対照的に、僕の心はこのシーズンの到来に憂鬱感を募らせるばかりだ。
(・・・あーあ。変な意地張らずにエアコンつけとくんだったな・・・。)
シャワーで汗を流しながら、昨晩一回分のエアコン代と足下を流れる水道代を脳内の天秤にかける。その辺の事情に詳しい訳でもないので、ずっと均衡を保っていた天秤もシャワーを終える頃には、浪費した10分を上乗せした水道代の側へと傾いていた。
(今日からはエアコンつけて寝よ。いや...でも、夜まで使うのは罪悪感が・・・)
三人分の朝食と一人分の昼食を準備しながら頭を悩ませる。
(いっそ床でもいいから”千夜子”の部屋で寝させてもらうか?…いや、でもなあ...千夜子ももう小4だし…自分が寝てる部屋に兄貴が居るのは嫌だよなあ・・・)
ピーーーッ、ピーーーッ、ピーーーッ。
数ヶ月前に新調したドラム式洗濯機が洗濯の終了を知らせる。昼御飯の準備も後は煮込むだけなので、火に掛けたままにして洗濯物を干しに行く。
夏は確かに嫌いだけど、梅雨が明けて洗濯物を干せるようになるのは助かる。ドラム式とはいえ乾燥まで回すのは、やっぱり電気代がどうしても気になってしまう…。
電気代のことを考えていると連鎖的に、今朝の水道代のことが思い起こされる。
(というか、今日みたいに朝シャワーにすればいいか?…いや、この時期にそのままで寝るのはさすがに気持ち悪いなぁ・・・。
…ま、濡れタオルかボディーシートとかで拭いとけばいっか。)
「あ、おにぃ。おはよー。」
洗濯物を干し終えてキッチンに戻ると、妹の千夜子が起きていた。
「おー、おはよう。朝ごはんすぐ出来るから、もうちょっと待っててな。」
「何か手伝おうか?」
「大丈夫。それより母さん起こしてきて貰える?」
「はーい。」
三人分の朝食をお皿に乗せ、母さんの昼食も器に移してラップをかけておく。そうして空いた、鍋,フライパン,フライ返しや菜箸など、今のうちに洗えるものは先に洗っておく。
ジャーーーーーッ。
ウチでは現在、母,僕,妹の三人が暮らしている。父は千夜子が産まれて半年もしない内に事故で亡くなってしまったようで、僕も当時は4歳だった為、父さんのことはあまり覚えていない。周囲からはよく、父親が居なくて寂しいね、と言われるが...正直なところ、そこまで寂しいと思うことはない。他の家族と比較すると、確かにそう感じることもあるけれど...それさえしなければ、初めからそういうものだったと思って受け入れることが出来た。
「ふわぁ~あ...おはよ~。」
丁度洗い物が終わる頃に、着替えを済ませた母さんが起きてきた。
「おはよう母さん。千夜子もご苦労さま。」
「んー。あ、おにぃケチャップ取ってー。」
千夜子は戻って来るや否や早々に席に着き、一足先に朝食を食べ始めている。
「あいよ。」
「クンクン――っ。いい匂い...ベーコンにトースト、それにスクランブルエッグね。」
「うん。昼ごはんもそこに置いてあるから、温め直して食べてね。」
「本当に、いつもありがとね~”夕也”。愛してるわー。」
「はいはい…」
「ママ~、わたしはー?」
「もちろん!千夜子も愛してるわよ~。」
「えへへ~。わたしも愛してるー。」
「千夜子ぉ、兄ちゃんは~?」
「んー...?おにぃは普通~。」
「えぇ~~~!?」
・・・と、こんな具合に僕たち家族は、母子家庭ながらもそこそこ幸せな生活を送れている。
―――まあ、母親が半身不随でなければ...もっと幸せだったのだろうけど・・・。
朝食と後片づけを終えて、僕と千夜子は学校へと向かう。
「二人とも、ちゃんと日焼け止めは塗った?」
玄関先で母さんに呼び止められる。
「うん、塗ったよー。」
「僕は大丈夫だよ。長袖だし、帽子もあるし・・・」
「だめよ~、手や首元なんかは紫外線にさらされてるんだから。ほら!塗ってあげるから…こっち来なさいな。」
母は右手を手すりから放し、下駄箱の上にある日焼け止めクリームに手を伸ばす。
「いいよ!自分でやるから…」
「あら~、そう?」
母の右手は宙で制止し、元の手すりへと戻っていく。
(ふぅ~...)
そこまで心配は要らないのかもしれないが、母さんが両足だけで立っているのを見ると、どうしても不安になってしまう…。
「今日は特に暑くなりそうだし、水分はこまめに摂って熱中症には気を付けるのよ~。」
「はーい。いってきまーす。」
「うん、母さんも気を付けて。冷房はずっと付けてていいからね。じゃあ、行ってきます。」
「行ってらっしゃ~い。」
パタン―――ッ。
ミンミンミンミンミンミン―――。
耳元に纏わりつくセミの聲。シャツが肌にジットリ張り付く嫌な感覚と共に目が覚める。
季節は7月の始まり――。長かった梅雨が明け、真っ青に晴れ渡る空とは対照的に、僕の心はこのシーズンの到来に憂鬱感を募らせるばかりだ。
(・・・あーあ。変な意地張らずにエアコンつけとくんだったな・・・。)
シャワーで汗を流しながら、昨晩一回分のエアコン代と足下を流れる水道代を脳内の天秤にかける。その辺の事情に詳しい訳でもないので、ずっと均衡を保っていた天秤もシャワーを終える頃には、浪費した10分を上乗せした水道代の側へと傾いていた。
(今日からはエアコンつけて寝よ。いや...でも、夜まで使うのは罪悪感が・・・)
三人分の朝食と一人分の昼食を準備しながら頭を悩ませる。
(いっそ床でもいいから”千夜子”の部屋で寝させてもらうか?…いや、でもなあ...千夜子ももう小4だし…自分が寝てる部屋に兄貴が居るのは嫌だよなあ・・・)
ピーーーッ、ピーーーッ、ピーーーッ。
数ヶ月前に新調したドラム式洗濯機が洗濯の終了を知らせる。昼御飯の準備も後は煮込むだけなので、火に掛けたままにして洗濯物を干しに行く。
夏は確かに嫌いだけど、梅雨が明けて洗濯物を干せるようになるのは助かる。ドラム式とはいえ乾燥まで回すのは、やっぱり電気代がどうしても気になってしまう…。
電気代のことを考えていると連鎖的に、今朝の水道代のことが思い起こされる。
(というか、今日みたいに朝シャワーにすればいいか?…いや、この時期にそのままで寝るのはさすがに気持ち悪いなぁ・・・。
…ま、濡れタオルかボディーシートとかで拭いとけばいっか。)
「あ、おにぃ。おはよー。」
洗濯物を干し終えてキッチンに戻ると、妹の千夜子が起きていた。
「おー、おはよう。朝ごはんすぐ出来るから、もうちょっと待っててな。」
「何か手伝おうか?」
「大丈夫。それより母さん起こしてきて貰える?」
「はーい。」
三人分の朝食をお皿に乗せ、母さんの昼食も器に移してラップをかけておく。そうして空いた、鍋,フライパン,フライ返しや菜箸など、今のうちに洗えるものは先に洗っておく。
ジャーーーーーッ。
ウチでは現在、母,僕,妹の三人が暮らしている。父は千夜子が産まれて半年もしない内に事故で亡くなってしまったようで、僕も当時は4歳だった為、父さんのことはあまり覚えていない。周囲からはよく、父親が居なくて寂しいね、と言われるが...正直なところ、そこまで寂しいと思うことはない。他の家族と比較すると、確かにそう感じることもあるけれど...それさえしなければ、初めからそういうものだったと思って受け入れることが出来た。
「ふわぁ~あ...おはよ~。」
丁度洗い物が終わる頃に、着替えを済ませた母さんが起きてきた。
「おはよう母さん。千夜子もご苦労さま。」
「んー。あ、おにぃケチャップ取ってー。」
千夜子は戻って来るや否や早々に席に着き、一足先に朝食を食べ始めている。
「あいよ。」
「クンクン――っ。いい匂い...ベーコンにトースト、それにスクランブルエッグね。」
「うん。昼ごはんもそこに置いてあるから、温め直して食べてね。」
「本当に、いつもありがとね~”夕也”。愛してるわー。」
「はいはい…」
「ママ~、わたしはー?」
「もちろん!千夜子も愛してるわよ~。」
「えへへ~。わたしも愛してるー。」
「千夜子ぉ、兄ちゃんは~?」
「んー...?おにぃは普通~。」
「えぇ~~~!?」
・・・と、こんな具合に僕たち家族は、母子家庭ながらもそこそこ幸せな生活を送れている。
―――まあ、母親が半身不随でなければ...もっと幸せだったのだろうけど・・・。
朝食と後片づけを終えて、僕と千夜子は学校へと向かう。
「二人とも、ちゃんと日焼け止めは塗った?」
玄関先で母さんに呼び止められる。
「うん、塗ったよー。」
「僕は大丈夫だよ。長袖だし、帽子もあるし・・・」
「だめよ~、手や首元なんかは紫外線にさらされてるんだから。ほら!塗ってあげるから…こっち来なさいな。」
母は右手を手すりから放し、下駄箱の上にある日焼け止めクリームに手を伸ばす。
「いいよ!自分でやるから…」
「あら~、そう?」
母の右手は宙で制止し、元の手すりへと戻っていく。
(ふぅ~...)
そこまで心配は要らないのかもしれないが、母さんが両足だけで立っているのを見ると、どうしても不安になってしまう…。
「今日は特に暑くなりそうだし、水分はこまめに摂って熱中症には気を付けるのよ~。」
「はーい。いってきまーす。」
「うん、母さんも気を付けて。冷房はずっと付けてていいからね。じゃあ、行ってきます。」
「行ってらっしゃ~い。」
パタン―――ッ。
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