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タオのことが知りたい

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 翌日、朝になって服を着替えた後、リビングに向かったがタオの姿はない。

(まだ部屋にいるのかな)

 早く起き過ぎてしまっただろうか。タオのいないリビングは静かだ。椅子に腰掛けて待っていたがなかなか来ないので、部屋をのぞいてみることにした。

 部屋に近づくと、なにやらバタバタと音が聞こえる。扉の隙間からのぞくと、部屋中の荷物をひっくり返していた。

(え、どうしたんだろう)

 まさか昨日の話を本気にして、王都へ旅立つ準備でもしているのだろうかと、焦って扉を開ける。彼は静樹の顔を見るなり嬉しそうに笑み崩れた。

「シズキ、おはよう!」
「おはよう、タオ。何してるの?」
「ああ、本を持ってなかったっけと思って探していたんだけど、こんな物しかなかったよ」

 タオは紐で綴じられた古い本を差し出した。受け取って、今にも千切れそうなページをめくると達筆な文字が書かれている。

「これは?」
「死んじゃったお母さんの日記らしいんだけど、悪筆すぎて誰も読めないんだ。それでも文字が書かれているし、静樹に貸してあげようかと思ったんだけど、こんな崩れた文字じゃ勉強にならないよねえ」

 残念、と肩を落とすタオに、慌てて本を突き返す。

「そんな、肩身の本を僕なんかに貸しちゃダメだよ」
「なんで? シズキだったらこの家にある物、なんでも使ってもらっていいよ? あ、斧は勝手に使っちゃダメだけど、危ないから」

 再び本を差し出されて、勢いで受け取ってしまった。

「さあ、遅くなっちゃった。ご飯を作ろうか」
「あ、僕にも手伝わせて?」
「もちろん! 一緒に作ろう!」

 借りた日記は失くさないように、自室のベッド脇に置いておく。

 タオの炊いた米を使ってお粥を作った。自分でも美味しいと思える出来栄えに仕上がり、タオから絶賛されながら食事を終える。

「今日も木の実を取りに行く?」
「行きたい」
「じゃあ行こうか、こっちだよ」

 昨日採った実は全て玄関脇に置いてある。後でまとめて保存食にするらしい。

 森の中にいくつか木を倒したまま放置してあるのを見つけて、不思議に思って問いかける。

「これは薪にしないの?」
「後でやるよ。まだ水を吸ったままで重いから、水分が抜けた後で運んだ方が楽ちんなんだ」
「そうなんだ……」

 木こりなんて全く今まで縁がなかった職業だから、詳しく話を聞いてみたくなった。

(いや、木こりというよりも……)

 できれば、タオ自身のことを聞いてみたい。タオは静樹の好みや生い立ちを聞きたがるけれど、自分の話はほとんどしないのだ。

「タオは……」
「ん?」

 どうしよう、聞いてもいいだろうか。彼自身のことを詮索すると嫌がられるかもしれないと懸念したけれど、一歩だけ踏み込んでみることにした。

「木こりの仕事は好きでやってるの?」
「好きっていうか、必要とされてるからかなあ。チェンシー町には大型の獣人が少ないから、木こりとかの力が必要な働き手が求められているんだ」
「そうなんだ」
「だからユウロンにもしょっちゅう頼まれるよ、屋根の修繕やら米を運ぶから人手が欲しいとか、力仕事ばっかりをね」
「力強そうだもんね」
「虎獣人だからねえ。この前なんか、牛が足を怪我したから担いでくれって呼び出されてさ。流石に重かったよ」
「牛を担いだの? すごい」
「ふっふーん、力持ちだからね」

 タオは嫌がるどころか積極的に自分の話をしてくれた。静樹と会話するのを楽しんでいる様子だ。

「俺のお父さんが虎獣人だったんだ。お父さんはもっと力持ちで、牛を二頭いっぺんに運んだこともあるって」
「それは、すごすぎるね……」

 二頭の牛を担ぐタオを思い浮かべて、ぶるると背筋を戦慄かせた。

「あの、タオのお母さんは……」
「お母さんは牛獣人らしいよ。俺が物心つく前に死んじゃってたから、どんな人かよく知らないんだけど。お家でのんびり裁縫するのが好きな、穏やかな人だったって」

 あっけらかんとした様子で話すタオからは、寂しさや辛さは伝わってこなかった。けれど突然ハッと顔色を変えて、おろおろしはじめる。

「ごめん、俺の両親の話なんかしたら、シズキは嫌だよね」
「え、なんで?」

 静樹の方から聞いたのに、嫌なはずがない。

「だってシズキは親に会いたくても会えないのに」
「それは……別に、大丈夫だよ。元気で暮らしているなら、それで」
「ええっ、本当に?」

 頷いて肯定する。タオと暮らすようになってから、日本の生活が恋しいと思うことはあっても両親に会いたいと願ったりはしなかった。

 これ以上聞かれても返事に困ってしまうので、話を逸らす。

「タオのお母さんは裁縫が得意だったから、裁縫を練習したいと思ったの?」

 全般的に器用じゃないのに、静樹の服の裾上げは頑なにやりたがる。タオはあからさまに視線を逸らして尾を忙しなく動かした。

「えーっと、まあうん。そんな感じ。シズキも指先を使う細かい作業が得意だよね。前に饅頭を捏ねた時、生地をしっかり等分に分けてたじゃない? ああいうのって俺は苦手だからさ」
「そうかな? 指に針を刺しちゃう不器用者だけど」
「あの時はきっと緊張してたからだよ! シズキは兎獣人みたいに、怖がりなんだよね」
「え」

 ごく自然に指摘されて、ドキリと心臓が嫌な音を立てる。静樹は自他共に認める怖がりではあるが、この性質が好意的に受け入れられた試しはない。

 隣で実をむしり取りながら、気分を害していないかなと表情をうかがうと、彼はにんまりと牙を見せて微笑んだ。

「ふふ、怖がりなシズキが俺にはこんなに心を開いてくれて、嬉しいなあ。また肩車しようか? 上の実取る?」

 怖がりなことを疎ましく感じていないどころか、好意的な様子を目の当たりにして酷く驚く。牙を見ても恐ろしがることも忘れるくらいに、静樹にとっては衝撃的だった。

「え、あ……うん?」

 気もそぞろになり曖昧な返事をすると、彼はしゃがんで待ってくれたので、急いで肩の上に乗った。
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